318話_side_Rex_少し前_某所
~"主人公の幼馴染"レックス~
このリヒティナリア王国における長距離・大規模輸送の手段はいくつか存在している。
一つは言わずもがなの水上輸送。要するに船舶だ。これは魔法の無い前世の社会においても過去から現在に至るまで最もポピュラーな手段であると言えるだろう。魔法が存在する今世の社会においてもその有用性は揺るがない。ただし、当然ながら内陸における水運のためには運河の類が必要となるので、どこにでも運べるというわけではない。
一つはそんな魔法社会特有の手段である転移輸送。これは輸送対象の規模相応に多大な魔力と下準備が必要とされるので、コスト的な問題で然程普及しては居ない。どちらかというとコストをある程度度外視出来る戦時などの非日常下において威力を発揮するものであると言えよう。
では運河の無い内陸部における大規模輸送の花形は何かというと、それが今回利用する『馬車鉄道』である。
簡単に言えば、これは文字通りに馬が牽く荷車が軌条の上を走るという形態の輸送手段を指す。前世の歴史上では確か蒸気機関が登場する前身的な立ち位置だったはずだ。馬車を軌条に乗せる利点とは、主に乗り心地の改善と、そして輸送量の増大が挙げられる。
俺はこの世界に生まれ変わって初めて馬車というものを利用したが、はっきり言って、大抵の場合は乗り心地は最悪に近い。何故ならば道が舗装されておらず、車体の緩衝機構も発達していないからだ。非常に揺れるし、速度も出ない。地面の状況によってはそもそも走れない。まあそんな乗り物だ。比較的路面が整備されている大きな街道などを行く分には意外と問題ないが、一度そこから逸れると……である。
幸いにして俺自身が地属性魔法の遣い手なので『地隆操作』で道をセルフ整備すればある程度は快適になる。やんごとない人々が使うような高級馬車になってくると車自体にそういった魔法効果を持たせていたり、あるいは御者が魔法使いだったりもするようだ。
魔法を用いて、往く道を都度整備して通行するというのは一つの解答だろう。
それに対するもう一つの解答として、往く道を決め打ちで先に敷いてしまおうという発想が鉄道なのだ。
無論、鋼鉄の軌条を敷くのにもそれなりの工事は必要だが、それこそ地属性魔法使いを動員すればなんのことはない。平坦な軌条の上を走行することで馬車の揺れは最小限に抑えられるし、抵抗が少なくなれば馬力あたりの牽引量も増える。気候変動による地面の変容もある程度は無視出来る。そのような利点が認められて、馬車鉄道が普及していったわけだ。
ちなみに王政府主導のもと各地の貴族が運営しているので、官営事業である。
さて、それでは路線図の話をしよう。
大規模輸送に用いられる規模のものだけを考えれば、非常にわかりやすくシンプルだ。
リヒティナリア王国の広大な国土においては、王都はほぼ中央に位置している。王都周辺は王家直轄領であり、つまりはリヒティナリア家の領地だ。そして四方の国境線の大部分を支えるのが『四大貴族』と呼ばれる旧い一族の領地である。北の四大貴族であるアシュタルテ侯爵家以外の三家においては、王都と領地を結ぶ直通の線路が敷設されている。アシュタルテ領だけが例外なのは、まあ色々と理由はあるようだが、一番は政治的な事情だ。有り体に言ってしまうと、あの侯爵家が貴族社会から嫌われ過ぎているので官営事業からハブられているのだ。尤も、言うまでもなく侯爵家側から歩み寄る気が一切ないからこそそんな状態が罷り通ってしまっているわけだが。
ともあれ、若干の例外を除いたそれぞれの四大貴族領を線路の終点だとすれば、始点である王都との丁度中間程度の位置に、王国各地方の交通の要衝――所謂『ハブ』が置かれている。
西部のローゼンハイン伯爵領。
東部のブラッドフォード伯爵領。
南部のエルンスト伯爵領。
そして北部のフォンテ伯爵領――ここだけは事実上北部の終点である。
これら四つの伯爵領は馬車鉄道のターミナルであり、これらを円周上の点として結んだ円形の線路が王都をぐるりと取り囲んでいるのだ。謂わば『王国環状線』とでも呼ぼうか。
即ち、王都を全ての中心として、各地方の中心を通る環状線と、各方位の国境へと向かう直線が主な路線図となる。
いかに鉄道の名を冠するとはいえ、所詮は馬車である。
それにしては些か大仰過ぎる路線図だと思うだろうか。
その感覚は正しいし、俺もかつてはそう思った。利用規模に対して整備・維持のコストが見合っていないと。
だがそれも、この世界特有の『馬』を見た瞬間に認識を改めることになったのだ。
コーリッジ男爵領を出発した俺達は、最も近い位置の馬車鉄道駅へとやってきた。
路線図で言えばローゼンハイン伯爵領と王都を結ぶ途中だ。ここから鉄道馬車に乗り、一度王都を経由してから東部のブラッドフォード伯爵領駅行きに乗り換えることになる。
実家の馬車は御者と一緒に帰らせ、俺達は今日の滞在先を見繕う。
大規模な鉄道馬車はどちらかというと旅客ではなく交易品などを輸送する用途が主だ。目的地と同じ方面に向かう便があれば、それなりの料金を支払って便乗させてもらうことが出来る、といったほうが実態に即している。
独り別行動を取ったクリスティンが駅舎に赴いて確認してきてくれたところ、どうやら運が良いことに丁度明日ここから王都に向かう便があるようだ。既に馬車自体は到着していて、今日のところは荷の積み下ろしをしているのだとか。
数日待たされるのも覚悟していたので、一泊で済みそうなのは幸いである。
宿を取った俺とミアベルは、身体を休めるのもそこそこに、折角なので周辺を散策してみることにする。
なお全員分の荷物持ちを(クリスティンに)強制されたダリオは宿の部屋で完全に伸びているし、クリスティンは近くで消耗品の調達をしてくると言ってまた別行動をしている。大きな駅がある街は相対的に治安が良いので、特に心配することもないだろう。
「駅舎に行ってみるか?」
「え?でもどうせ明日も行くんじゃないの?」
俺の提案にミアベルは不思議そうな顔をする。
それはその通りなのだが、
「荷下ろしをしている今ならば、たぶん馬車を牽いている『魔獣』を間近で見られるぞ」
この魔法社会における大規模陸上輸送の要こそが、この魔獣であるのだ。
鉄道馬車を牽くのは馬の魔獣だ。
半分は俺が見たいだけの提案に、しかし好奇心旺盛で勤勉なミアベルは瞳を輝かせて食い付いた。
「いく!」
「決まりだな」
というわけで近くの駅舎にやってきた俺達だが、駅舎といっても前世の鉄道駅のように整備されたプラットホームがあるわけではなくて、ここの場合は単純に馬車が停まっている軌条の周辺に倉庫や事務所などの施設が集まっているだけの風景だ。というか大部分は倉庫だ。
王都や地方ハブとなる四伯爵領となるとまた景色も違ってくるのだろうが、あくまでも中継点でしかないここだとこんなものだろう。
「うわぁ、あれ全部馬車なの……?」
ミアベルは瞳をまんまるにしているが、無理もない。
軌条の上にずらりと並んだ馬車は数えて十両にもなる編成だ。それこそ前世の蒸気機関車などと比べても遜色ないどころか、場合によっては上回りすらする輸送量である。これら全てを一気に、たった一頭の馬が牽いて走るのだ。
そしてその馬であるが、厩らしき小屋の中ではなく、停まっている馬車の先頭付近に佇んでいた。
普通の馬車馬と比べて二回り以上も大きい体格に、白く揺らめく不思議な鬣を有する黒毛の巨馬である。遠目から見るとちょっと変わった外見をしているだけの馬に見えなくもないが、荷を運んでいる人間が近くを通ると比較で巨体が強調されて、なんだか騙し絵でも見ているような気分になる。
「近くに行ってみようか」
「いいの?」
「ダメと言われたら諦めよう」
まあ、見たところ特に問題はなさそうだ。
そもそも魔獣は繋がれておらず、囲われても居ない。
それはあの巨馬が魔獣であるが故に、相当に賢いからだ。ともすれば、意思疎通すら可能な程に。
俺達の接近に気付いていた魔獣は、おっかなびっくりと歩み寄るミアベルに対して、向こうからアクションを起こしてきた。
『吾輩のようなものを見るのは珍しいかな?小さな人間殿』
「わ!」
頭に響いた声音に、ミアベルの背筋が伸びる。
ちなみに俺はこの類の魔獣が言語を操ることを知っていたが、ミアベルのこの反応が見たくて黙っていたのだ。馬という動物はそもそも賢いと言われているので、そういう動物が魔獣化すると、種族として言語を解するようになることはままある。
どうやらこの個体は温厚で理性的なようなので、俺とミアベルは安心して近くに寄った。頭の高さが俺の身長と比しても倍以上の位置にあるので、見下ろされるとかなりの威圧感があるが、その瞳には理性の光が燈っているので恐ろしくはない。
「あの、わたしミアベルと言います。貴方のお名前は……?」
『トーマスだ。人間達がそう呼んでいるだけだがね』
続いて俺も一応名乗っておいたが、魔獣のトーマスはぶるると息を吐いて首を振った。
『申し訳ないが、吾輩は人間の個体を識別するのが得意ではない。貴殿ほどの魔力があれば話は別だがね』
「でしょうね。お気になさらず」
まあ、人間だって馬の個体差を外見で見分けるのは、わかりやすい特徴が無ければ難しいのと同じことだろう。
つまり俺のようなのはざっくりと『人間の子供』という分類でしかなく、ただしミアベルは『莫大な魔力』という特徴があるので個体として識別出来るということだ。無論、人並み以上の知能があるのだから、例えば馬車鉄道の関係者なんかで日常的に接する相手は普通に個人として認識しているのだろうが。
「トーマスさんは、これだけの馬車を、ええと一人?で牽いているんですか?」
『いかにも。これは少ないほうであるな』
魔獣のトーマスは成程見上げる程の巨躯であるが、鉄道馬車の車両と比較してしまうと小さく見える程度でしかない。見た目の印象からすれば、精々が牽引出来て一両か二両くらいだろう。
ただ、魔獣である彼には魔法が使える。俺達人間の魔法使いだって、身体強化を使って自身の何倍も大きな物を持ち運んだり出来るのだから、それと同じことだ。
「トーマスさんは、お仕事として働いているんですか?」
ミアベルの声音には気遣いの色が見えた。
馬車馬の如く働く、という表現があるが、荷車を牽引する馬というのは過酷な労働の代名詞であるのだ。例え魔法で補助出来るとはいえ、日夜これだけの車を牽かされるトーマスの心情を案じたが故の問い掛けだった。
ところが、対するトーマスは実にあっけらかんとしたものだ。
『体裁はな。実際は吾輩が好きでやっているのだ』
「馬車を牽くのが好きなんですか?」
『というより、走ることが、である。そこに運ぶ荷が多ければ多い程、人間で言うところの『やりがい』を覚える』
馬の表情などわからないが、少なくとも語り口からは本音を告げているようにしか聞こえなかった。
ちなみにこれはトーマス固有の嗜好ではなく、馬の魔獣は種族としてそういう傾向が強いと言われているようだ。俺もそれは知識として知ってはいたが、こうして本人から聞くとなると実感が違う。
「あの、失礼だったらごめんなさい。……辛くはないんですか?」
『不思議かね?』
「少し」
まあ、人間側の視点から見れば、トーマス達の種族としての傾向をこれ幸いと利用して労働力を搾取しているようにしか見えないのは事実だ。
そんなミアベルをそれこそ不思議そうに見遣ったトーマスは、徐に言葉を発した。
『吾輩は以前、人間の子供が木の棒を振っている光景を目撃したことがある』
「え?あ、はい」
『斬り合いではなく、相対する者も居らぬのに、独りで一心不乱に振っておる。それも鬼気迫る表情でな。吾輩は興味本位で尋ねてみたのだ。貴殿は何をしておるのか、と』
どう思う?と視線で問われて、ミアベルは思案気に答える。
「剣の鍛錬をしていた、のでは」
『然りよ。子供はそのように答えた。吾輩は重ねて問うた。何故鍛錬をするのか、と。子供が答えて曰く、将来強い騎士になるために、今の内から武技を磨き身体を鍛える必要があるのだ、と。吾輩は問うた。何故騎士になりたいのか、と。……憧れであるから、と返って来た』
そこまで言って、トーマスはぶるると息を吐いた。
『今の話でおかしなことはあるか?この子供をおかしいと思うか?』
「いえ、特には……?」
『そうか。だが吾輩は不思議でならない』
「え?」
『彼の子供に剣才があり、剣を振るのが好きで堪らぬというのであれば、そのようにすれば良かろう。だが何故未来のために、得意でもないことをして現在の辛苦を自身に課すのか。憧憬の結果としてならば、不思議ではあるが理解は出来る。だが人間は、時にそれが自身の役目だからという理由で自らに辛苦を課す。こうなると吾輩には理解すら不能だ』
俺なりの回答を用意するとすれば、それは人間が社会的動物であるからだ。
群体として、社会基盤を維持するためには一定の個体が望まぬ役割を為さねばならない。
トーマスが理解出来ないと言っているのは、そういう人間の性質そのものではなく、社会的動物という生存戦略を選択した群体としての意思そのものがわからないのだろう。
俺は口を挟む。
「古人曰く、鍛錬という概念はあらゆる動物の中で人間に特有のものらしいですよ」
『然りよ。そしてミアベルよ、貴殿の疑問の答えはそれだ』
きょとんとしたミアベルに、トーマスは声音だけでおかしげに笑った。
『吾輩が話して聞かせた子供の行いに、貴殿は疑問を抱かなかった。それは貴殿が子供と同じ人間であるからだ。同様に吾輩はこの馬車を牽いて走ることに疑問を抱かない。それは吾輩が馬であるからだ』
身も蓋もない言い方をすれば、種族としての感性が異なるのだから、実感として理解出来なくて当然ということだ。
そして、トーマスが人間の性質を理解不能ながらもそういうものとして受け入れているように、俺達もトーマス達の性質をそういうものとして受け入れるべきだと、彼は言外にそう告げている。
トーマスは運ぶ荷が多い程やりがいがあると言った。だがすすんで荷を増やすのは決して鍛錬ではない。そうするのが自身の嗜好に合うからやるのだ。
『吾輩は現状になんの不満もない。体裁上は吾輩は人間に雇われて職務として車を牽いて走っておるが、別に吾輩は職務でなくとも、誰に言われずとも走るのだ。むしろ人間が走り易い道と、運ぶための荷をわざわざ用意してくれるのだから、望む所ですらある。その上、給金まで貰えるのだ』
「お給金、ですか?」
そりゃあ体裁上は官営事業の職員なのだから給料は出るのだろうが、馬のトーマスがどうやって金銭を保有して使うのかは俺もさっぱりわからない。給与体系がわからないので、もしかすると現物支給とかかもしれない。
俺達の疑問を受けたトーマスは、こころなしか嬉し気に答えた。
『吾輩の給金は大好物のキャロットケーキに替わるのだ』
「「キャロット……」」
なるほど?
まあ、馬だしな。
『他の同輩達と給金を出し合ってな、王都にキャロットケーキ専門の製菓業を立ち上げたのだ。無論、手続きは人間に代行してもらったが』
「「…………」」
『王都から下りの馬車を牽いてきた同輩から『新作』の感想を聞いてな。食べに行くのを楽しみにしておるのだ』
どうやら、彼等は俺が思う以上に上手いこと人間社会と共存しているようだ。
……王都を探せば、馬がオーナーをしている製菓が見付かるのかもしれない。




