補完[スノードロップ-6]
~"ソウルジャック"ヘルガー~
「ねえアンジュ」
あたしが徐に呼び掛けると、退屈そうに柵上に頬杖をついて目を細めていたアンジュは視線だけで反応した。あたし達が居るのはアシュタルテの魂の部屋――通称『アシュタルテ城』の一角。円形のホールを臨むメザニンの上だ。
ちなみに通称はあたしが勝手に名付けた。アシュタルテの魂を象徴する部屋が、ちょっと普通じゃない城塞の形をしているので。
「あの子達は――」
眼下のホールには無数の妖精ネズミの姿がある。あたしがそれを示して口を開くと、アンジュは「マウス?」と呟いた。
ネズミの姿をした妖精だからあたしは妖精ネズミとこれまた勝手に呼んでいるけど、どうやらマウスというのが正式名称らしい。
「うん。マウス達は魔法モデルを創ってる、んだよね?」
ちょこまかと動き回る小さな影は、その手に光り輝く絵筆を持っていて、虚空に光の紋様を描いている。複数で協力して大きな絵を描いている場合もあれば、一匹だけで黙々と小さな絵を描いている場合もある。
最初にここを訪れた時、アンジュはあの光景を指して『魔法を設計している』と説明してくれた。
つまり、魔法モデルを描いているのだ。
あたしの問い掛けにアンジュは「うむ」と頷く。
アンジュは相変わらずの黒いロングドレスに厳つい外套を合わせた不思議な格好で、あたしは普通に外で着ているのと同じ学院の制服姿だ。
「なにか気になるのか?」
マウスを眺めるあたしに、アンジュが言葉の先を促してくる。彼女のこのスタンスは初回の時からずっと変わらなくて、アンジュはあたしの疑問には何でも答えてくれるのだ。それはこの魂の主であるアシュタルテがあたしに対するスタンスをそう決めているからだろうし、だからこそあたしはアンジュに問い掛ける内容には慎重になるべきだと考えていた。
何でも教えてくれるからって、何でも訊いていいわけじゃないと思うから。
尤も、そうは言っても大抵はワンテンポ置いて言葉を選ぶ程度で、結局あたしは気になったことは訊いてしまうのだが。だって、そもそもそんな大それた質問なんてないし。
「うん。あの子達が創ってる魔法って、なんか普通のとはちょっと違う気がして……」
「まあ、大半は使い物にならないゴミだしな」
「そう。それもなんだけど」
言うなれば、使い物にならない可能性を許容して試行回数を増やしているというか。
率直に言えば、規模がしょぼいのだ。あたしが知るアシュタルテという魔法使いは間違いなく偉大な術者だ。その彼女が行使する魔法にしては、モデルが簡素過ぎるのが違和感なのかもしれない。
そんなようなことをたどたどしく説明すると、アンジュは柵に凭れ掛かっていた身体を起こすと、あたしのほうへと振り向いた。
そしてこんなことを言う。
「では、工場見学でもしてみるか?」
え、と目を丸くしたあたしに、アンジュは意味ありげに微笑んだ。
――そうしてアンジュに案内されて辿り着いた場所は、これまた不思議な空間だった。
例によってここが『アシュタルテ城』のどの部分なのかはさっぱりわからないが、その場所の印象を一言で表現すれば『金属の部屋』である。床も壁も天井も、全てが画一的な金属光沢で出来ている。室内の至る所に見たこともないオブジェクトが配置されているけれど、これは城中どこでもわりと同じ光景なので今更気にしない。
一際目立つのは、入り口から正面に見える壁が一面のガラス張りになっているということだ。
アンジュに続いてそのガラスへと近付いて向こう側を覗いてみると、あたしは思わずぽかんと口を開けた。
「すごいね……」
そんな感想しか出てこない。
ガラスの向こうはとんでもなく広い空間で、だいぶ下のほうに床と、だいぶ遠くに向こう岸の壁面が見える。どうやら巨大な空間の天井近くに今あたし達が居る部屋が造られているらしかった。おそらくここは全体を統括するための場所なのだ。
そして眼下では先程までのそれとは比較にならない無数のマウスが動き回っている。というかマウスは飛べるので、眼下と言わずガラス越しの同じ高さにも無数に居るのだけど。マウスの見た目がファンシーなぬいぐるみチックなので可愛いの渋滞的な光景になっているが、そうでなければきっと少しばかり不気味なくらいの数が犇めいていた。
無数のマウスが何をしているのかというと、彼等は自分達が描いた魔法モデルを持ち寄って、組み合わせているのだ。マウスには声がないのでジェスチャーでしか伝わらないが、時に侃々諤々の議論っぽい動き(またそれが可愛いのだ!)も交えながら、魔法モデルを組付けたり外したりしながら協力して大きな一個のものを創り上げようとしている。
「あれも魔法?」
「むしろあれが魔法だ」
呆然と眺めるあたしを残して、アンジュは別の壁際のほうへと歩いていく。
「貴様の『ソウルジャック』の有意義な使い方だな、これは」
「え?」
「本来、魔法モデルとは魔法使い個人の持ち物だ。学院で習うことはあれど、それは方法論の話であり、それを用いて構築された魔法モデル自体が共有されることはない。同じ魔法を習得して行使したつもりが、実はモデルがまるで異なっている可能性も否定は出来ない。何故ならば魔法モデルは上位層の産物なので、下位に属する概念を用いて正確に伝達することが叶わないからだ」
アンジュが滔々と語り出したのは、あたしも学院の講義で聞いた覚えのある魔法使いの基礎の基礎といえる内容だった。要約すれば魔法モデルというものは言葉でも絵でも匂いでも正確に表現出来ないので、厳密な意味で人から人へと伝える手段が存在しないということ。
だからあたし達は講義を受けて、理論を習って自身で模索することになる。正確に表現は出来なくても近似的に表すことは出来るから、講義には勿論多大なる意義がある。
「だが貴様が『ソウルジャック』で以て入り込んだこの空間ならば、私は私の魔法を貴様に正しく伝達することが出来る。何故ならば『魂の部屋』は上位層の産物だからだ」
「それが、あのマウス達の行動?」
「要は、私という人間が魔法モデルを構築する方法論を、まさに貴様は観測しているのだ。それが認識としてあのように見えているに過ぎない」
そこまで言われてあたしはハッとする。
「あ、ごめん。もしかしてあたし、見ちゃダメなやつだった……?」
だってこれ、てことはアシュタルテの個人的な財産を盗み取っているに等しい。
魂の中に入り込んでおいて何を今更、と自分でも思うが。
案の定、アンジュも呆れたような顔になった。
「だったら最初から見せてはいない。というか逆だ。むしろ見ていけ」
「えっと、いいのかな」
「良いも悪いも、ぶっちゃけ私は見せたくてしょうがないのだ、これがな。お願いだから私の蘊蓄を聞いていってくれ。オタクとはそういう生き物なのだ。悲しいことに」
やれやれと嘆息するアンジュの言わんとするところは今一わからないあたしだけど、どうやら彼女はあたしに魔法を自慢したいのだというのは理解した。勿論あたしにとっては得しかない話なので、大人しくアンジュの講釈に耳を傾けることにする。
「こほんっ……さて、魔法モデルを構築する上で最も基礎的な概念と言えば『術理セクタ』だな。これは術理空間において意識的構造物を設置するための境界設定であり、わかりやすく言えば魔法モデルを描くためのキャンパスだ」
「うん。魔法モデルを構築するのに、ここからここまでを使いますよっていうものだよね」
「そうだ。術理セクタに大きさという概念はない。何故ならば術理空間は三次元空間ではないからだ。しかし当然ながら低級魔法と上級魔法のモデルは同じではないので、それぞれのセクタは術理的規模が異なる」
この辺は学院の講義でももう習ったところだ。
結局これは感覚的に理解するしかないのだが、これを理解出来るかどうかが即ち魔法使いと非魔法使いを隔てるのだと言われている。
「術理セクタは組み合わせることができる。例えば同一の魔法モデルを内包したセクタを組み合わせることで効果を増幅させる手法が存在する。あるいは別の魔法モデルを組み合わせて複合的な効果を創り出すことや、多属性を組み合わせて複合属性魔法のモデルを構築したりもできる」
「うん」
「つまり、術理セクタは階層構造を有するということだ」
「ええと……複合属性魔法のモデルを構築した術理セクタは、それぞれの属性の魔法モデルを構築したセクタを内包しているってことだよね?」
あたしの確認にアンジュは「そうだ」と頷く。
「そして私の創る魔法モデルは例外なく、この階層構造を根幹として成立しているのだ」
実際に見せよう、とアンジュは手元の文字盤を片手で操作する。かたたたた、たーん!って手元を見もせずによくあんな風に正確に打てるものだと感心してしまう。
それはともかく、アンジュの操作に応じて白い壁面に像が映し出される。そこに映っていたのは複雑なディテールを有する鋭角的な何か。剣のようにも見えるし、翼のようにも見える。あたしはそれに見覚えがあった。たぶん、リヒトベルガーとの戦闘でアシュタルテが背に広げていたヤツだ。あの時は視覚的な迷彩が施されていたので確証はないが、あってると思う。
「『Chronos Unlimited 2-way Wing』――私がこの世で初めて手掛けた魔法であり、そして未だ完成に至っていない」
「かっこいい名前だね」
「そうだろう?うむうむ。そうだろうとも」
あと、褒められて嬉しさを隠せないアンジュが可愛い。きっと一生懸命考えた名前なんだろうな、と察してほっこりしてしまう。
そこからアンジュがまた文字盤を操作すると、映された像に重なるようにして文字の羅列されたリストのようなものが表示される。
「この魔法を構成する術理セクタをリスト化したものだ。私は便宜上『ツリー』と呼んでいる」
「うわぁ、すごい数だね」
「驚くのは早いぞ。このうちの一つのセクタの中身を表示すると、こうだ」
アンジュが適当に選んだセクタがハイライトされ、更に内包されているセクタがリスト化されて表示される。
あたしの理解が追い付かないままに、アンジュが同様の操作を繰り返してどんどんセクタの階層を潜っていく。一つのセクタ内に複数の子セクタが存在し、一つの子セクタの中には複数の孫セクタが存在する。そうして数を増やしながら連なっていく様は、成程確かにツリーと表現するのが相応しい。
「子のセクタ、孫のセクタ、そのまた子のセクタ……と階層を潜っていくと、最終的に最も小規模な術理セクタに辿り着く。ここに属する魔法モデルを私は便宜上『パーツ』と呼んでいるが、マウス達が主に創っているのはこのパーツとなる魔法モデルだ」
「てことは、アンジュの魔法はそのパーツ?の集合体なわけ?」
「その通りだ」
無数に連なった階層状の術理セクタは一体いくつあるのだろう。逆算していくと、途方もない数のパーツが組み合わさっていることになるが。
「なので実のところ、私が使う魔法モデルというのは大部分がごく簡素なものでしかない。これらを設計通りにアッシーした結果として一つの魔法が完成するが、私はその魔法モデルを描いているわけではなく、あくまでも組み立てているだけだ。この辺りの話は、スケマティックの集積体であるとされる魔物の成り立ちに似ているかもしれないな」
「わかったような……わからないような」
「そうだな。例えば、私が気に入っている魔法モデルがこれなんだが」
そう言ってアンジュは指先くらいの大きさの小さな障壁魔法のようなものを展開して見せた。
「『ベクターセル』と呼ばれる魔法で、入力された力のベクトルを変えて出力するというだけの効果しかない。大きく展開すれば物理的防御に使えるし、まあそれ以外にも色々と使い道はあるはずなんだが、あまり注目されていないな」
「アンジュはそれをどう使うの?」
「基本的にはもっと小さくして使う。このベクターを放射状に配置して環を形成するとな、なんとそれだけでベクタードノズルが創れるんだ。わかるか。推力偏向だぞ!知っての通り魔法モデルを構築するだけならばタダだからな!あくまでも魔力はエネルギー、エネルギーを流さなければ魔力を消費しない。そしてベクターに必要な魔力は偏向のI/Oのみだから消費魔力なんぞあってないようなものだ」
「ご、ごめんよく、」
「次に取り出すのはこの『グラビコン』と呼ばれる魔法だ。これは微弱な重力波を発生させるだけのものだ。単体ではなんの意味もない程度の出力だが、これを先のベクターと同心に等配して重力波を重畳させることで軸心方向へと圧縮させる効果が得られるのだ。なにを圧縮させるのかというとそれはもう空気だ!たったこれだけのユニットを空気中で軸方向に運動させるだけでいいのだ!勝手に流入した空気がグラビコンによって圧縮され、高温ガスがベクターによって偏向されて排出される。即ちベクタードスラスターのできあがりだ!」
「は、はひ……」
「魔法というのはここが素晴らしいな!だって物理的な制約がないのだ!材質も強度も考えなくていいから小型化も思うがままだし、余剰の熱量を取り出して再利用するのもモデル一つでぽぽいのぽいだ!たった百二十八個の魔法モデルを組み合わせるだけで夢のような推進器が創れてしまう!」
うっとりと陶酔した目で語り続けるアンジュには、もうあたしの姿なんて見えていないようだった。
本当に好きなんだろうな。魔法創るの。
あたしにはちょっと理解が難しいようなので、あたしはアンジュがはしゃぐ様子を眺めて癒されることにした。
「このスラスターアッシーは『ChU2W』の各所に配置されて姿勢制御と加減速を担っているわけだが、勿論主推進器は別にある。こっちはもっとすごいぞぉ!他にもいっぱいあるんだ、すごいの!どれから訊きたい?全部喋ってもいいぞ!?」
「じゃあ、ぜんぶ教えて欲しいな」
「そんなに聞きたいのならばしかたないな!まずはだな――」
その後、アンジュは五時間くらい喋り続けた。
アンジュがとっても楽しそうだったので、あたしは殆ど理解出来ないながらも幸せな時間であった。
……たぶん、現実に戻った瞬間に情報過多でまたぶっ倒れるんだろうな、と予感しつつ。




