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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
六章_宵の霊薬

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補完[スノードロップ-5]

・暗室もやしの話。学院が休暇に入る前です。

・ヘルガーの『日課』は書くと運営に怒られるやつです。



 ~"ソウルジャック"ヘルガー~



「ねえアイリス」



 あたしが徐に呼び掛けると、専属メイドのアイリスは目をぱちくりとさせて振り向いた。クリーニングから戻ってきた制服を仕舞いに行くところだったらしい彼女は、それを一度近くの椅子に置いてから、あたしに向き直り、あたしのつむじの辺りを見ながら口を開く。



「なんですか?」


「体力をつけるにはどうすればいいの?」



 あたしの質問に、アイリスはますます目をぱちくりした。



「またえらく唐突ですね。如何なさいました?」


「『やりたいことリスト』に丸がつかないの」



 由々しき事態である。とあたしは腕を組んで鼻息を吐く。

 やりたいことリスト、とは。あたしがこのエンディミオン魔法学院に入学する前にしたためた、入学後にしてみたいことをリスト化したものである。知っての通り難儀な魔法を抱えてしまっているあたしは、学院長先生の協力もあってなんとか学院に通えるようになった。それは勿論嬉しいし、学院長先生にもすごく感謝しているが、だからといって能天気に学生生活を謳歌出来る身分かというと、そんなわけはない。

 常に『ソウルジャック』の暴発を警戒し、慎ましやかに過ごさねばならない。それはあたしが思い描く理想の学院生活とはまるで違う無味乾燥な日々となるだろう。だからあたしは最初から過度の期待を持たないようにしたのだ。


 で、自戒が過ぎて学院生活が始まっても居ないのに鬱になりかけていたあたしを見かねて、当時から既に専属だったアイリスが半ば無理矢理に書かせたのが、件のリストである。

 アイリスの手法は強引ではあったが、夢や願いを再確認することに少なからず意味はあった。彼女はあたしに書かせたリストを掲げて言った。この中の何一つだって、今諦める必要も理由もないのだと。そうして結果的にこうしてあたしは学院に無事入学して過ごせているのだ。

 あたしはその時のアイリスに本当に感謝している。これでどマゾの変態でなければ本当に尊敬出来るのに。



「いや、丸ついたでしょう」



 というわけでリストの存在も中身も把握しているアイリスは呆れ気味に言った。

 リストの項目はあたしが思い付いた順に上から記載されていて、つまりあたしが強く望んでいる物事ほどリストの上にあるということだ。そんなリストの栄えある一番上の項目とはズバリ『友達を作ること』である。

 これを書いた当時のあたしは、これこそが一番の望みだと自覚しながらも、まず叶うことはないだろうとも思っていた。もしかしたら友達になってくれる相手は居るかもしれない。だけどすぐになかったことになるのだとわかっていた。何故って、仲良くなればあたしの『ソウルジャック』が意図せず発動してしまうから、そうなれば返ってくるのは友愛ではなく「気持ち悪い」の一言だけだ。


 だけど今、その悲観的な予想に反して、リストの項目横にはちゃあんと丸が打ってある。

 しかも、花丸だ。



「今のあたしには、アシュタルテが居るから……!」


「いよっ、アシュタルテ様のお友達!」



 囃し立てるアイリスの台詞は良く聞くと別になんの誉め言葉でもないただの事実を言っているだけなのだが、あたしにはその変哲の無い事実こそがなによりも嬉しくて幸せなのである。



「てことでリストの一番上が済みましたでしょ。その下は確か『友達と一緒に登校すること』でしたよね。これも丸でしょ?」


「問題はそれ」



 そうなのである。あたしはアシュタルテと友人関係になれた。これは疑いようのない事実だ。

 だから次のやりたいことは、というかそれ以降のほぼすべてが『友達が出来たらやりたいこと』で占められている。つまりはあたしがアシュタルテと一緒にしたいことが羅列されているのだ。

 その筆頭が、友達が出来たら一緒に学校まで行くこと、というもの。

 これ、実はアシュタルテと仲良くなったその日に既に実行したし、なんならそれ以降も何度も、都合の許す限りは毎朝一緒に講義棟まで歩いていると言ってもいい。



「だけどあたしは思った。おまえほんとうにこれでいいのか、と」


「というと?」



 あたしはそれはもう嬉しくて、アシュタルテと一緒に登校しちゃったわーい!と喜び勇んでリストに花丸を付けようとしたのだ。しかし、その時ふと、考えてしまったのである。

 果たしてあれが、あたしの望んだ光景であったのかと。

 勿論、アシュタルテに文句などない。彼女はとても素敵な友人だ。


 問題はこのヘルガーとかいうクソザコだ。あたしだけども。



「具体的には体力」


「あー」



 ここで話が戻ってくるのだが、要するにあたしの体力が無さ過ぎるのだ。

 今日までの登校風景を思い出してみるがいい。アシュタルテと二人、肩を並べて和気藹々とお喋りしながら講義棟を目指すというあたしの理想とは異なって、実態は息切れに次ぐ息切れで死に掛けているあたしをアシュタルテが呆れながらも優しく介抱してくれるという有様だ。

 いやもう、あれは介抱というか介護だ。

 あたしは体力ないし歩くのも遅い。この学院は無駄に広いから朝の登校だけでもそれなりに歩く。アシュタルテは身体が小さいので歩幅も相応に狭いが、その分速く脚を動かすことが出来る体力がある。すごいことみたいに言っているけど、この場合はあたしが特別すごくないだけであって、ぶっちゃけアシュタルテもどちらかというと鈍足に分類される側ではあるだろうけど。

 ちなみにこれまであたしは自分の歩みの遅さを鑑みてその分早くに寮を出てゆっくり歩いていたのだけど、ただでさえ貴重な朝の時間をあたしに付き合わせてアシュタルテにまで浪費を強いるのはしのびない。


 一番賢いのは、今まで通りにそれぞれ別に講義棟へと向かうこと。



「でも、それだといつまでもリストに丸が付けれないから……」



 しゅーん、と項垂れる。

 となれば残された手段は、というか最初からそうしろよって話なんだけど、あたしが人並みの体力を付けさえすれば解決なのだ。

 贅沢は言わない。人並みでいいのだ。むしろ人よりちょっとダメなくらいでも充分。

 高望みはしないあたしの願いに、しかしアイリスは難しい顔だ。



「とは申しても、お嬢様には輝かしい実績の数々がございますので」


「それな」



 あたしだって自分の体力の無さに危機感を覚えなかったわけではないし、改善しようと考えたこともある。アイリスも何度となく協力してくれたけれど、結果はご覧のとおりである。

 あたしがこうなってしまった理由はわかりきっていて、ずばり幼少期に発症した拒食症と不眠症のせいである。食べられないし眠れない、という症状自体は既に改善しているのだけど、後遺症と言えば良いのか、あれ以来あたしは自分の食欲と睡眠欲を感じられなくなってしまったのだ。

 つまり、お腹が減らないし、眠くもならない。

 問題は、だからといってあたしの肉体は当たり前に食事も睡眠も必要としているってことだ。


 欲求が実感出来ないだけで肉体は求めているのなら、別に気にせず食べれば良いのでは?


 という疑問は尤もで、あたし達もそう思ったから実践してみたりしたのだが、全然ダメだった。

 具体的には吐いた。全部おろろんって。

 性質の悪いことに『食べたい』が実感出来ないってことは、逆に『食べたくない』も実感出来ないということだったのだ。欲求とは何も一方向だけの概念ではない。あたしは自分の身体が『もう食べたくない』と主張していても理解出来ないし、そこで少しでも無理に詰め込もうとすると途端に戻してしまう。何故なら幼少期に食欲を失ったあたしの肉体は、消化器系の機能を制御する能力が極端に低いから。そして当然戻すという行為はただでさえ虚弱なあたしの肉体に酷い負荷を及ぼす。そしたらもう食べるどころではない。

 最終的にはあたしは安全マージンを取って控えめに食事をせざるを得ず、どんどん痩せ細り消化器系も弱っていくという悪循環から抜け出せなくなったのだ。


 睡眠に関してはもっと単純で、睡眠欲を失ったあたしは眠りたいのに眠れない――というわけではなく、根本的な部分で『眠りたいと思えない』のだ。

 だからあたしが眠る方法は、肉体を疲弊させて意識を無理矢理に落とすしかない。

 要するに気絶である。

 幸か不幸か、いや不幸なんだけど、あたしの体力は知っての通りクソザコなので、ちょっと疲れればすぐに意識が吹っ飛ぶ素敵仕様だ。

 ただし、ちゃんとベッドに入って寝る体勢を整えてからブラックアウトしないと、それこそ虚弱な身体が気絶の拍子に変なところ打って死にかねないので、あたしはベッドの中で疲れ果てる必要がある。

 そのために生まれたのが、毎日の『日課』なのだ。



「うーん……気持ちはわかりますけどお嬢様。こればかりは焦ってもいいことないですよ。というかなかったでしょう?」


「つらたん」


「私が思うに、お嬢様に必要なのは規則正しい生活と、アシュタルテ様との交流ですよ」



 アイリスはあたしの目を見ないようにしながら、慣れた態度で人差し指を振る。



「規則正しく生活していれば、人並みの体力なんて自然と付きます。お嬢様の場合はその規則正しさを維持するのに人並み以上の努力が必要でしょうが、そのためのモチベーションなんてアシュタルテ様に会ってれば無限に溜まるでしょう?」


「あしゅたるてすき」


「その意気です」



 結局のところ、近道なんてないのだ。

 今のクソザコなあたしは幼少期から長年を費やして醸成されたものなのだから、これを改善するには同じだけの時間を掛けてじっくり臨む必要があるのかもしれない。



「まあ、やりたいことリストも順番通りに埋めないといけないわけでもありませんし、できそうなものから挑戦していけばいいのでは?」


「そうする。ありがとうアイリス」



 やっぱりこのメイドは優秀だ。ことあたしを制御するということに関してはあたしよりも上手に違いない。

 これでどマゾの変態でさえなければ。



「ちなみにアイリスのおすすめはやりたいことリストの上から十二番目。『アイリスを折檻する』という項目が、」


「それはおまえが無理矢理書かせたやつ」


「すぐできます!なんならこの場でも!鞭もあります!叩いてどうぞっ!!」



 ほんとうに、これさえなければなぁ……。



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