補完[雷哮-7]
・雷遅くね?と思ったアナタ――――演出ですご理解。
ガルムという国の気風をこれ以上なく表す文化として、この国には『決闘』と『私闘』というものがある。
その言葉自体はどこの国にも類するものがあるだろうが、ガルムという国の特異な部分とは、この二つの言葉が至極当然の問題解決手段として広く国民に受け入れられているということだ。
トラブルが起きたら当事者同士で腕っぷしを競い、勝ったほうが正義。以上閉廷。それがガルムだ。
念のために言っておくが、ガルムは歴とした法治国家である。故に、暴力でも喧嘩でもなく、厳然たるルールに則った問題解決手段として殴り合いという選択肢があるということだ。当たり前だが、一方的に吹っ掛けても成立はしない。合意の下で行われる殴り合いである。
決闘と私闘の何が違うのかというと、勿論仕儀が異なるのだが、最も大きな差異と言えば法的拘束力の違いであろう。私闘というのが飽くまでも当事者間の調停に用いられるのに対して、決闘はその勝敗によって法的な力を発揮するのだ。
ガルム第二王女であるスカーレットという少女。
実を言うと彼女は過去、再三に渡って兄である第一王子カーマインに決闘を申し込んでいる。
目的は単純明快で、スカーレットは自身がカーマインよりも精強であることを証明して、王太女として認められたいのだ。ところが、側近であるカレニーナの知る限り、スカーレットが申し込んだ決闘が受理されたことは一度としてない。決闘であれ私闘であれ、申し込まれて逃げるのは恥であるという風潮がガルムにはある。一庶民であればまだしも、王族にとって臆病者のレッテルは死活問題となり得る。
スカーレットにしてみれば喜べばいいのか微妙なところだが、当人であるカーマインは申し込まれた決闘から逃げたことは一度として無かった。いつでも誰からでも受けて立つ姿勢を貫いている。だが前述の通り強い法的威力を発揮する決闘においては、当事者同士の合意なしには成立しないが、それだけでも成立はしないのだ。例えば必ず必要になるのが立会人の存在と、法的な認可である。王族同士の決闘となると立会人を務められる立場の人間がそもそも非常に限られるし、認可に至っては国王陛下その人にしか下せない。
つまるところ、スカーレットとカーマインの両者がやる気満々であっても、周囲の人間が絶対に二人に決闘をさせまいと阻むのである。
決闘の申請が却下されるたびに愚痴を聞かされる羽目になるカレニーナにスカーレットが語って曰く、周囲の人間が頑なに決闘を阻むのは、間違ってもスカーレットに勝ってもらっては困るからなのだ。
いかに決闘という制度に法的な拘束力が伴うといえど、流石にそれ自体に王太子という立場を交代させるほどの効力はない。しかし、だとしても決闘の勝者が間違いなく王太子となるのだ。何故ならば一対一の真剣勝負で敗れた者を、民意は次期国王とは認めないからだ。スカーレットはカーマインよりも強い。それをこれ以上なく証明する手段が決闘であり、それを証明さえすればスカーレットの目論見は達成される。
逆に言えば。
スカーレットからの決闘の申し込みを受けて立って、カーマインが勝利すれば、最早彼が次なる国王であることに疑いを挟む余地はなくなるはずだ。カーマインが自身の立場を盤石とするつもりがあるのならば、公の場でスカーレットを打倒することには確かなメリットがあるのだ。
カーマイン自身がどう思っているのかはこの際どうでもいいとして、では何故周囲の人間は頑なに決闘を阻むのか。
考えるまでもない。
もし戦えば、スカーレットが勝ってしまうからだ。
そうなればスカーレットが王太女となり、ゆくゆくはガルムの女王となる。ガルム国民は強きを歓迎する性質だから、そうなればそれはそれでスカーレットを支持するだろう。
だが、他国からの眼はそうはいかない。
ガルムは今や国際社会の一員なのである。まだ戦乱が渦巻いていたかつての時代のように、自国のルールだけで全てを決めていくわけにはいかないのである。国際社会との連帯を意識すればこそ、旧態依然とした武力で国の代表を決めるような真似が罷り通るわけにはいかないのである。
スカーレットは理解している。
自身のちんまい容姿が他者から見て侮りに値する惨めなものであると。
対照的にカーマインの容姿がどこに出しても恥ずかしくない威風堂々と立派なものであると。
更に言えば国際社会の潮流は未だに男性優位であり、周辺諸国の国家の指導者は殆ど男性が占めている。
だからそういうことなのだ。
他国の眼を気にする権力者共は、カーマインを王太子にしておきたいのだ。他でもないガルムという国のために。ガルムという国が他国から舐められないために、見た目にも立派な王を戴きたいのである。
故に、絶対にスカーレットを勝たせるわけにはいかないので、そもそも戦わせもしないのだ。
――とまあ、そんな感じの主張をカレニーナはスカーレットから耳タコほども聞かされてきた。
確かに、スカーレットの主張にはそれなりに筋が通っているし、真実はともかく彼女が再三に渡って決闘の申請を却下されてきたのは事実だ。ただ、第三者の立場から言わせてもらえば、国王陛下を始めとした重鎮達がスカーレットの決闘を阻むのは、確かにスカーレットが勝ってもらっては困るからだろう。しかし何故困るのかというと、確かにスカーレットが愚痴っているような事情はあるのだろうが、それ以上に問題なのは単純にスカーレットという少女が王の器足り得ないからだ。
簡単に言えば自分勝手な我儘王女を王太女にしたくないのだ。
そういう意味ではカーマインのほうがいくらかマシだ。実のところ彼も人間的に王の器足り得るかというと、非常に微妙なところではあったのだが、少なくともスカーレットよりは自覚があるだけマシだと判断されていたのだ。そこに国際的な風潮も合わさって、とりあえずカーマインを王太子にしておくのが丸い、という消去法のような判断基準であった。
現王の子供達の中で、最も人格的に優れリーダーシップに富んでいるのは、間違いなく第一王女だ。しかし上手くいかないもので、彼女は生まれつき身体が弱く、武力が振るわない。どれだけ他の能力が優れていようと、それでは民意は得られない。国際社会の一員となったガルムではかつてのように武力だけで指導者を決めることは出来なくなったが、ガルムという国の文化を継承していくためには、それはそれで絶対条件として疎かには出来ないのが難しいところだ。
というわけでカレニーナはスカーレットの語る陰謀論が殆ど見当違いであると知っているのだが、それはそれとしてスカーレットに同情的ではあった。スカーレットという少女は自分本位な振る舞いの目立つ我儘な人物ではあるが、ガルムの王族らしく武に対しては非常に真摯に取り組んでいる。
幼馴染であるカレニーナは、彼女がどれほど真面目に実力を磨いてきたかも、また知っているのだ。
スカーレットの愚痴に感化されていないといえば嘘になる。周囲の人間の判断も理解は出来る。だがカレニーナは本音を言えば、スカーレットにもチャンスくらいはあってもいいんじゃないかと思う。
どれだけスカーレットが武力を磨いても、周囲の誰もがそれを発揮する機会を挙って奪いに来るのは、流石に理不尽だし不憫だろう。
スカーレット本人はカーマインに勝つ気しかないようだが、実際どうなるかはやってみなければわからない。それは勝敗だけの話ではなくて、もしかしたらスカーレットが勝って王太女になった結果、彼女に自覚が芽生えて素晴らしい指導者に成長するかもしれないじゃないか。誰もが認める人格者である第一王女の実妹なのだから、可能性は充分にあるはずだ。
だからせめて戦わせてやって欲しいと思うのだ。
そうしなければ、スカーレットはずっと同じ場所で足踏みし続けるだけではないか。進みもしないし、戻れもしない。国王陛下達は一向に成長がみられないスカーレットを見限っているようだが、彼女の成長を阻んでいる一番の要因はその環境ではないか。
だからカレニーナは止めなかったのだ。
これまでスカーレットは、いくら決闘の申請を突っ撥ねられようが、決して私闘に臨もうとはしなかった。彼女自身のプライドの問題でもあるし、王位を争う手段としてそれが相応しくないと理解していたからだ。
しかし、スカーレットは遂にその拘りを捨てた。
周囲の大人達がなりふり構わずスカーレットの大望を阻むというのであれば、何故子供のほうだけがお利口にルールを守らなければならないのか。最早私闘でも喧嘩でもなんでもいい。カーマインを倒すのだ。結果が全てを黙らせる。
「今日こそ白黒つけますわよ!お兄様、いざ尋常に――――勝負ですわっ!!」
そう高らかに告げると同時に、スカーレットが雷を放つ。
開戦の合図などない。決闘ではないのだから、不意打ちで敗れたら、それは不意を打たれたほうが悪いのだ。
予備動作の存在しない高速かつ高威力の砲撃魔法は、スカーレットの魔法を見慣れているカレニーナにしてみても充分な脅威だった。対するカーマイン側では職務に忠実な二人の従者が主を庇って攻撃を受け止めようと動いたが、あろうことかそれを手で制したカーマインが徐に歩み出た。
真っすぐに迸った雷は、一瞬にしてカーマインの姿を飲み込み、
「――――あ”れぇ!?」
そして見えない壁の表面だけを撫ぜたように、一切彼を傷付けることなく拡散して方々へと飛んで行った。
素っ頓狂な叫びをあげたのはスカーレットだが、カレニーナも驚きのあまり目を瞬かせる。
「うむ。やはり実戦に勝る実証は無いな」
満足気に頷くカーマインが、台詞から察するにぶっつけで何かをした結果スカーレットの雷が逸らされたのだとわかる。肝心の、何をしたのかがさっぱりわからなかったが。
と思ったら当人が解説してくれた。
「俺の雷で誘電路を作ったのだ。元より理論だけは完成していたが、実際にスカーレットの魔法を逸らせたということは、大概の相手に通用するという実証となるな」
「なにそれ……」
呆然とスカーレットが呟きつつ、横目でカレニーナを見てくるので、カレニーナは首を横に振った。
カーマインと同じ場所に留学していたカレニーナは彼の動向を可能な範囲で調べてスカーレットに報告していたが、彼がそんな手管を身に着けていることは把握していなかった。
そもそも、そういう小技はカーマインが最も苦手とする分野であったはずなのだ。
周囲の人間がカーマインを王太子に推す理由として、わかりやすいシンボルがある。
それが彼が保有している『雷哮』という二つ名だ。二つ名を持っているから、強い。これが民にはわかりやすい話だからだ。
カーマインの二つ名の由来は、彼が高出力域での魔法行使に秀でていることにある。ことその領域においては、彼は間違いなく天賦の才覚を持っていた。
しかし、である。
もう一面の真実として、カーマインはそれに拘泥するあまり、それしか出来ない魔法使いであった。
一芸に全力を注ぎこむのは間違ったことではない。事実、カーマインの魔法は広範囲に、強力な威力を発揮することが望まれる対軍戦のような場合の、こと出力勝負においては無類の強さを発揮する。
逆に言えばそこくらいでしか使い道がない。
何故なら彼の魔法は出力が高過ぎて、個人戦などでは確実に持て余す。これはカーマインの才覚が歪だからではなく、単純に彼が優れた面ばかりに目を向けて、苦手を克服しようとしなかったからだ。
故にスカーレットはカーマインと決闘すれば勝てると踏んでいたのだ。
カーマインの魔法は出力こそ高くても、圧倒的に密度が足りない。真正面から魔法を打ち合えば、高い貫通力を誇るスカーレットの雷を、カーマインでは止めることが出来ない。
カレニーナもその見立てには同意していた。おそらくは国王陛下もそれを理解しているからこそ、スカーレットが勝ってしまう可能性が高いので決闘を許さなかったのだと。
だが――、
「小手調べを逸らして、いい気にならないで欲しいですわ」
低い声で告げたスカーレットが、今度はしっかりと手を翳してカーマインを照準する。
彼女を取り巻く魔力のスパークが鳴りを潜めつつ、翳した片腕に収束していく。
スカーレットが本気になったと、カレニーナは悟る。
この一撃は本当に危険だ。勝敗を通り越してカーマインを殺しかねない。咄嗟に動き掛けたカレニーナと、それから向こうではクゼとフォルカまでもが足を止めたのは、その危険極まりない魔法を照準されたカーマインが少しも慌てていないからだ。
むしろ、感心したように目を細めて頷いてすらいる。
「スカーレットよ、また腕を上げたようだな」
「なにを上から目線で余裕醸してらっしゃるの?妾は本当に撃ちますわよ」
「撃つがいい。俺も留学先で遊んでいたわけではないということをお前に見せてやりたいのでな」
わからない。カーマインには何か秘策があるのだろうか。
彼にだってスカーレットの魔法の威力とその危険性がわからぬはずがない。自慢の高出力魔法で周辺一帯を焼き払えようと、その中を貫通してくるスカーレットの魔法だけは防げないと、理解出来ない彼ではないはずだ。
もっとわからないのは、カーマインの実力をカレニーナなどより余程熟知しているであろうクゼとフォルカが、主の判断を支持するように静かに後ろに下がったことだ。
あるいは、熟知しているからこそ、だろうか。
一瞬だけ戸惑うような気配を見せたスカーレットであったが、カーマインの侮るような態度を腹に据えかねたようすで、眦を吊り上げて一際強く魔力を弾けさせた。
「もう、後悔もできませんわよっ!!」
凄まじい閃光を伴って放たれた雷は、最初の不意打ちの比ではない威力だった。
真昼の日光をものともせずに侵食し、視界全部を白く染め上げるような一撃であった。
「雷とは――――」
その中で、何故か明瞭に声が聞こえた気がした。
瞬転、
轟音。
耳を劈く雷鳴に、カレニーナは冗談抜きでひっくり返った。
ひっくり返る直前、彼女の眼は起こった出来事を狂いなく正確に捉えていた。
世界を白く染め上げて放たれたスカーレットの雷を、
「――――こう撃つのだ」
真正面から迎え撃った金色の光が、まるで飴でも融かすように食い破って突き抜けてきたのだ。
それはカーマインが迎撃に放った雷だったのだろう。だが、これまでカレニーナが最高峰の貫通力だと思っていたスカーレットのそれと比較してもなお、カーマインの雷は格が違った。
密度だ。
圧倒的な、力の密度だった。
最早、雷ではない。光だ。彼が誇る尋常ならざる高出力が強固に圧縮され、燦然と輝く光の剣を織り成していた。
金色の剣はしかも、精緻極まる制御性によって、立ち尽くすスカーレットを傷付けないギリギリの位置を飛び抜けた。空気を焼きながら、弧を描く軌道で空へと向かい、青天に一筋の線を引いてどこまでも。
誰もが言葉なく絶句するなかで、それを放った当人であるカーマインだけが平然と動き、彼は現れた時と同じ足取りで再び歩を進めた。国王陛下への挨拶へと向かうために、立ちはだかっていたスカーレットのほうへと無造作に歩み、そして立ち尽くす彼女の横に来た際に、その細い肩に武骨な手を置いた。
「留学の権利を譲ってくれたこと、今は感謝している」
半年前までは考えられなかった穏やかな表情でそう言うと、カーマインはそのまま王宮のほうへと立ち去っていった。彼の背を追うクゼとフォルカの姿まで見えなくなっても、スカーレットはずっと呆然と立ち尽くしたままであった。
数分後。
勿論、カレニーナは締め上げられた。
「かぁ~れぇ~んんんん!!妾を謀ったのねぇ~!!?」
「いやいや姫ちゃま誤解、ギブギブ」
その後、体力がないのですぐに音を上げて肩で息をし始めたスカーレットを介抱する女官達を眺めつつ、カレニーナは考えを巡らせる。
「いや実際、王太子があんなことになってたなんて、私も知らなかったよ」
「貴女、お兄様は向こうで腑抜けたって言ってたじゃないの!」
確かに、とカレニーナは頷く。
そもそもスカーレットの側近であるカレニーナが何故主人を置いて隣国に留学していたのかというと、それはもうスカーレットの我儘のせいである。
実を言うとガルム国民にとって、隣国にして友好国であるリヒティナリア王国に対する評判というのはあまり良いものではない。どちらかというと国に対してではなく国民性に対して、悪く思うというよりはどことなく侮ったような風潮がある。王国が大国であるが故の軍事力――即ち武力には当然の敬意を払うのがガルムであるが、特にリヒティナリア貴族に代表されるような、武の象徴である魔法を見栄や余興に使って憚らないような精神性は唾棄して然るべきものなのだ。
その認識はスカーレットやカーマインにおいても例外ではなく、政治的な要請で王族の留学が決まった時、陛下に指名されたスカーレットはそれはもう渋った。リヒティナリアで彼の国の文化を学ぶなど無駄の極みであり、その時間を少しでも武力を磨く鍛錬にあてたほうが千倍有意義であると。厳格な陛下ですら呆れ果てるレベルで徹底的に抵抗したスカーレットの所業に、誰もが遂には彼女を留学させることを諦め、最終的にカーマインが代わりに赴く羽目になったという経緯だ。
そしてカレニーナは当然スカーレットのサポートをするべく同級生としてエンディミオンに入学するつもりであらゆる準備を進めていたのだが、とうのスカーレットの留学が立ち消えた。ロイヤルパワーでスカーレットの代わりにカーマインを捻じ込んだガルム王政府であるが、生憎とロイヤルパワーの範疇に無いカレニーナの入学は最早取り消しが効かない段階であった。よって、悲しきかなカレニーナは当初の予定通りに留学することになってしまったのである。主人が居ないのに、独りで。
とはいえカレニーナがガルム王家に仕える勤め人であることには変わりなく、彼女は普通に学生をやりつつ、代わりに留学したカーマインのサポート要員としても活動していた。基本的には専属であるクゼやフォルカが居るのでカレニーナが積極的に王太子に関わることはなかったが、女性であるが故に協力を求められることも少なくはなかったので、それなりに仕事はしていた。
そうやって知り得た情報などを、故国の主人に甲斐甲斐しく伝えてきたわけである。
「そうなんですって。王太子は向こうのとある侯爵令嬢に手酷くあしらわれて以来、鳴かず飛ばずでしたもの」
体よくスカーレットの身代わりにされたカーマインは留学当初はそれなりに荒れていたし、しかも側近であるクゼが引継ぎのトラブルで入学が遅れたため、そんなカーマインを止められる者もおらず、向こうで実力者に喧嘩を売って回る程度にはオラついていた。
リヒティナリアの貴族とか、果てには第二王子に喧嘩を売ったりしながら過ごしていたカーマインは、その集大成としてあの親睦会の夜、侯爵令嬢プリムローズに喧嘩を売って、そして相手にすらされずにあしらわれたのである。
公衆の面前で事実上の惨敗を喫したカーマインはその後すっかり大人しくなってしまって、てっきり心が折れたのだとカレニーナは思っていたし、主観はともかく事実だけはスカーレットに伝えていたので彼女も同じように考えたのだろう。
案の定、リヒティナリアに赴いたせいで腑抜けてしまったカーマインなど一捻りに出来る、と。
「カレンが適当な仕事をしたせいで、妾が恥をかいたのですわ!」
「それは姫ちゃまが無駄に女官を招集したせいでしょう」
「ひ!め!さ!ま!――言っとくけど貴女達、ここで見たことを言いふらしたら酷いですわよっ!」
自身が華麗にカーマインを打倒する様を目撃させる証人として集めた女官に、あろうことか自身の敗北する様をしっかり目撃されてしまったスカーレットは大変ご立腹であった。
なお女官達はそんなスカーレットの脅しも慣れたもので、涼しい顔で聞き流していた。
「鍛錬も碌にしないで『なんとか』っていう女に夢中だって言ったではないの!?」
「アトリーちゃんね。それは確かだと思うんだけどなぁ」
なんせその件に関してはカレニーナも色々と骨を折ったのだ。
向こうの貴族令嬢の陰湿さに辟易としながら、カーマインのまさかの想い人であるミアベル・アトリーの情報を調べたり、こっそり援助したり、時には行き過ぎた真似をしようとしていたいじめっ子どもを影でひっそりぶん殴ったりしていたのだ。
何が悲しくて、と思ったが王族の望みを叶えるのがカレニーナの職務なので。
そこで、スカーレットがハッとしたように目を瞠った。
「まさか、向こうの学院はそれほどまでに進んでいるというの……!?」
「え?ああ、まあそうね。近隣諸国で最高峰の魔法教育機関……っていう触れ込みは伊達じゃないっぽいよ」
留学の第一義はあくまでも、大国リヒティナリアの先進的な文化教育をガルムに還元するために学ぶということなのだし、それがカーマインの進化に寄与した可能性は否定出来ない。
無論、同じように教育を受けてきたはずのカレニーナに目立った進歩が現時点では見られない以上、それが主要因とはとても思えないわけだが、生憎と視野狭窄に定評があるスカーレットの中ではすっかりそれが真実と化していた。
「妾、決めたのですわっ!」
言うが否や、ドレスのスカートを翻して猛ダッシュし始めたスカーレットを女官達が慌てて追いかける。
「はぁ……」
カレニーナは溜息を吐いてから、渋々自分もそちらに向かうことにした。
そんなこんなでスカーレットが突撃したのは、まさにカーマインが帰国の挨拶を行っているであろう謁見の間であった。
スカーレットが到着した時には、ちょうど謁見を終えたらしいカーマインと他二名が出てきたところだ。
「む?どうし」
たのだ?と言い掛けたカーマインをするっと無視して、スカーレットは謁見の間の中に足音高く入っていった。止めるに止められずに追い掛けてきた女官達は流石に続いて入ることなど出来ずにその場で右往左往し、カレニーナは頭を抱えるしかない。
「パパぁー!!パぁーパぁー!!」
畏れ多くも国王陛下を『パパ』などと呼ぶスカーレットの声が、広間の開け放たれた扉から外の廊下に響き渡る。
「お前は、慎みを持ちなさいと何度も言っておるだろうに」
呆れを含んだ厳かな声音はガルム国王陛下のものに相違ない。
「パパ!妾もお兄様と一緒に留学するのですわっ!!」
「何を言うかと思えば。散々行きとうないと駄々をこねたのはお前であろう」
至極御尤もなことを仰る陛下と暫く丁々発止の問答を続けた後、最終的に『好きにせよ』と匙を投げたのは陛下のほうであった。言うまでもないことであるが、それによって絶大な苦労を被るのはカレニーナを始めとした仕える立場の者達であり、つまり今この場でこれを聞いていた者達である。
暗雲立ち込める未来に思いを馳せて口から魂を飛ばすカレニーナとクゼを他所に、一部始終を黙って聞いていたカーマインは「ふむ」と呟く。
「きっと、いい経験になるだろう」
彼はそう言って、珍しくはっきりと笑って見せたのだった。




