補完[雷哮-6]
ガルム国の首都に坐する王城は、俗に『獅子宮』と呼ばれている。
他国にまで知れ渡る異名を有する城塞の類と言えば、
隣国リヒティナリアの王城である『白亜宮・アハルト』
そのまた隣の軍事大国帝政ディ・エンテの帝城『黒鉄宮・エクスシア』
更には周辺諸国に強い影響力を有する教国の聖庁『イゥン・アタム大聖堂』
等々。そんな名立たる王城の数々に対抗していつかの時代のガルム王が自分の居城に勝手に名付けてしまったのが『獅子宮』の始まりなのだ、と実しやかに囁かれている異名であるが、今となっては名実ともにガルム王城の代名詞であると広く知られている。
そんな逸話を持つガルム獅子宮は、前述の三王城に比べれば流石に規模では一歩も二歩も譲る程度でしかない。敷地面積だけで言えば遜色ない程度には広大なのだが、三王城が縦にも長い巨大建造物であるのに対して、ガルム獅子宮は基本的に階層の存在しない平屋作りなのである。それはガルムという国の伝統的な建築様式に起因することであるが、つまるところは広大なわりに建築自体のキャパシティは控えめで、出入りする人間の人口を比較したとしても、先の三国の足元に辛うじて及ぶ程度でしかなく、平均的な王城のステータスを逸脱しない――要は平凡だということだ。
ガルムの首都は盆地に建造された街であり、北方以外の三方を山に囲まれた地形だ。獅子宮は首都の最南端に位置し、街を囲む山間部を半分取り込むように造られた勾配のある建築となっている。階層こそ存在しないが、平地に築かれた部分と山間に築かれた部分とでは実質数階建て以上の高低差が存在する。
獅子宮が擁する施設の中で最も大きな比重を占めているのが練兵場である。武力の国であるガルムの性質を体現した練兵場はその威信を示すように、城内の施設としては他国でも類を見ないレベルの巨大さを誇り、軍団規模での演習が可能な面積を有する。そして平地部分の大部分が練兵場を始めとする国軍用の施設で占められており、基本的に兵士が出入りする場所であるのに対して、山間部に跨る勾配のある部分は役人が出入りする施設が大部分を占める。ガルムという国家の運営をになっているのがここだ。そして更にその上、全てを見下ろす高さにあるのが、王族を始めとしたやんごとない身分の者が出入りする施設で、実質王宮と言えるのはこの部分となる。
常から多くの人間が出入りする獅子宮であるが、最上部の王宮の敷地内に出入りするのは当然ながら限られた者達だけだ。
そしてそんな王宮の前庭には、今、一人の少女を先頭にした一団が佇んでいた。
「遅いですわ!この妾を待たせるとは、お兄様は一体なにをしてるの!」
そう声を上げたのは先頭に立つ少女だ。
燦然と輝く金髪と、宝玉の如き真紅の瞳はこのガルムにおけるロイヤルカラーであり、それを有するこの少女こそ、ガルム第二王女その人である。
名をスカーレット・ペタ・ガルム。
小柄な体躯とトレードマークのツーサイドアップの髪型のせいで幼く見られがちだが、年齢は王太子であるカーマイン・ラハ・ガルムと同じく今年で十六歳となる。ちなみに当代のガルム国王には三人の子供が居て、長男にして王太子のカーマインとその異母妹であるスカーレット、そしてスカーレットの実姉であり三歳上の第一王女だ。カーマインの母は側室で、二人の王女の母が正室であるが、娶った順番で正側が決まっているだけというのが実態だ。側室の子であるカーマインが王太子とされているのは、彼が唯一の男児だからではなく、単純に三人の子供の中で最も精強だからだ。ここガルムにおいて序列の判断基準は肩書ではなく、まず武力なのである。
さて。
広い前庭のど真ん中にて、活動的なドレスを纏った小柄な体躯を精一杯大きく見せるように仁王立ちで佇むスカーレットが何をしているのかというと、その苛立たしげな言葉の通り、兄であるカーマインの帰りを待っているのだ。
少し前にカーマインの留学先である隣国のエンディミオン魔法学院が長期休暇に突入したので、王太子であるカーマインは当然帰国する運びとなった。そして今日、カーマインがこの首都に到着したという知らせがあったので、遠からず国王の元に帰国の挨拶に訪れるはずなのだ。
なので、スカーレットはこうして兄が必ず通過するであろう場所にて、背後に御付きの女官をいっぱい侍らせて待ち構えているのである。王宮女官は姫であるスカーレットの気性もよくわかっているので、こうしてわりと日差しの強い中で待ちぼうけを強制されようとも嫌な顔一つせず、むしろ『しょうがないなあ姫様は』とでも言わんばかりの生暖かい面持ちで粛粛と控えるのであった。
そんな一団において、一人だけ女官とは趣の異なる人物が居る。
先頭に立つスカーレットのすぐ隣に控えることを許されている、同年の少女であった。
彼女はイライラを募らせるスカーレットを白けた目で眺める。
「そんなこと言ったって、別に王太子と時間を約束してたわけじゃないでしょ姫ちゃま」
「ひ!め!さ!ま!不敬よふけー!あらためなさいカレン!」
「はいはい」
とてもすごく適当な顔でスカーレットをあしらうのは、彼女の側近であるカレニーナ・スーヴェラーニャという名の少女だ。健康的な小麦色の肌と砂色の頭髪が特徴的で、ポニーテールに結い上げた頭髪の毛先だけをくるくると巻いたスタイルがお馴染みだ。平均ちょっと高めな身長のカレニーナが小柄なスカーレットと並ぶと頭一つ大きいので、同年だが姉妹のような趣がある。尤も、スカーレットは同い年の誰と並んでも大抵はそのように見られてしまう程度には小柄なのだが。
カレニーナは立場こそスカーレットの従者というものであるが、幼少期から共に過ごしている幼馴染でもあり、現在では気の置けない友人関係という表現が最も的確だろう。なお職務上の立場をわかりやすく言えば、王太子カーマインにおけるところのクゼ・オセローと同じ職務である。
「ねえ姫ちゃま。待ってれば王太子来るんだから、せめて中に居よまい?あっついんだけど」
「日差し如きに音を上げるなんて、鍛え方がなってないですわ!」
「向こうは涼しかったもの。やっぱ故国は暑いな」
直射日光に目を細めるカレニーナはその肌の上にしっとりと汗の雫を光らせている。
ガルムという国の気候上、王宮女官の制服も風通しの良いものとなっているが、それでも季節柄暑いものは暑いので、背後で整列して佇む女官軍団もそれなりに汗をかいている。
ただ一人涼しい顔をしているのはスカーレットのみである。
「てか普通に立ってるのしんどい」
「なにカレン。貴女ほんとーに向こうで腑抜けてきたんじゃないでしょうね?」
じろりと上目遣いに睨み付けるスカーレットに、カレニーナは手で胸元を仰いで風を送りながら応じる。
「あのね姫ちゃま。忘れてるみたいだから言っておくけれど、私もさっき帰って来たばかりなんだ。長旅で疲れてるの。わかる?わかれ」
「つまり貴女が惰弱ということでしょう」
取り付く島もないスカーレットに断じられて、カレニーナは反論する無駄を悟って溜息だけを返した。
カレニーナもまた今年から隣国のエンディミオン魔法学院に通うことになった留学生の一人であり、カーマインと同じく休暇を利用して帰国した身であり、そして旅程も彼とだいたい同じで、身軽な分だけ少し早く到着したというだけのことだ。
つまり、悲しいことに旅の疲れを癒す間もなくスカーレットに徴兵されて日差しの中で立ち尽くすという苦役を強いられているのだ。
なおスカーレットが頑なにこの場を動こうとしない理由はただの意地であった。
ここで待ち始めてしまったからには、カーマインが来る前に方針を曲げるのはなんか負けた気がするからヤダ!というだけの我儘である。一体なにと勝負しているのかさっぱりわからないが、生憎とこれがスカーレットの平常運転である。
「お兄様はどこで寄り道してるの!?カレン、ちょっと見てくるのですわ!」
「やです。待ってればそのうち来るって言ってるでしょ。ていうかイライラしないで姫ちゃま。ただでさえ暑いのに」
「ひ!め!さ!ま!……ならカレン、なにか妾の気を紛らわせるものは無いの?」
意地になって退くに退けないスカーレットも、内心ではこの状況に辟易していたので、せめてもの慰めにとカレニーナに無茶振りをする。
するとカレニーナは一瞬『めんどくせえな』みたいな顔になったものの、すぐに意味ありげな微笑みを浮かべて見せた。
「しかたないなぁ」
「あら、なにかあるのっ?」
「ここはとっておきの『カレニーナ・スーヴェラーニャのすべらにゃい話』を披露、」
「おだまりっ!もう滑ってるじゃないの!?」
などとぎゃんぎゃん言っていると、いつの間にかそんな少女達の姿を微妙な目で見遣る者達が現れていることに、気付かないのは視野狭窄に定評のあるスカーレットのみであった。
「……なにをしているんだお前は」
そうスカーレットに問い掛けたのは、待望の相手であるカーマインその人であった。
帰国の旅程自体は多くの使用人を伴っての移動になっていたであろう彼も、この王宮内には限られた人間しか連れて入れないので、今現在はカーマインを先頭にして側近のクゼ・オセローとフォルカ・アルビオーレが続くのみだ。
スカーレットを揶揄いながらもちゃんと王太子の接近に気付いていたカレニーナは臣下の礼を取った。その動きにシンクロして女官団が一斉に腰を折るので、カーマインは鷹揚に頷いて「出迎えご苦労」と返した。
勿論そんなことは一顧だにしないスカーレットが意気揚々とカーマインに声を掛ける。
「あらお兄様。お帰りなさいませですわ!妾自ら、わざわざ待っていて差し上げたのよ!」
「?ああ、ご苦労」
カーマインは『なんだコイツ』という顔をしたが、とりあえず同じ言葉を繰り返した。
実年齢以上に立派な体格を誇るカーマインと、実年齢よりも幼く見られがちな矮躯のスカーレットが相対すると、正直傍目には兄と妹にしか見えない。いや、実際のところ間違いなく兄と妹なのだが、この二人を初見で同い年だと見抜けるものはまず居ないだろう。
「スカーレット、少し背が伸びたか?」
「嫌味ですの?ちっとも伸びておりませんわ。何故か!そういうお兄様はまた薄らデカくなられましたのね」
「そうか?」
カーマインは成長期真っ只中ということで、たった半年の留学期間でもその体躯の成長は著しい。留学生として同じ学内で度々彼の姿を見掛けていたカレニーナでもそう思うのだから、半年ぶりに王太子の姿を見た王宮女官などにしてみれば違いは更に顕著だろう。
そして、同い年で同じく成長期であるはずのスカーレットの身長も、実はちゃんと伸びている。細やかに。
カレニーナは小柄な主人が昔から身長を伸ばすことに並々ならぬ執着と努力を注いでいることを知っている。だが悲しきかな、今回半年ぶりに帰国したカレニーナは半年ぶりにスカーレットに面会して、少しも驚かなかった。身長が違和感レベルでしか変わっていなかったからだ。まったく伸びていないとか、むしろ縮んだとかならネタにもなっただろうが、生憎とちょっと伸びているのだ。
つまるところが、普通に発育不良であった。
「案ずるな、スカーレット。世界は広いぞ」
「はぁ?」
「お前はまだ恵まれているほうだ」
訳知り顔で頷くカーマインが脳裏に誰の姿を浮かべているか、カレニーナはなんとなく察する。
たしかにあの白い子と比べれば、スカーレットはだいぶ恵まれていると言えるだろう。
「ええい!そんなことはどうでもいいのですわ!」
生暖かい視線を振り払うようにスカーレットが声を上げ、人差し指をびしりとカーマインに突き付ける。
「お兄様!妾がここで待っていたのは、決して貴方におかえりなさいを言うだけが目的ではないのですわ!!」
「そうか。だがまずは父上に帰還の挨拶をせねばならん。用事があるのならばその後でよいか」
土産はたくさんあるぞ、と穏やかに語るカーマインの姿に、居並ぶ女官達が微かに目を瞠るような気配があった。
しかしそんな兄の言葉をスカーレットは切って捨てる。
「逃げようとしてもそうはいきませんわ!」
言葉と共にスカーレットの身体がパリリと帯電する。
物騒なスパークの予兆に女官達が慌てることなく彼女から距離を取り、カレニーナも無言で少し後退した。
まあ、そうなるだろうな。と最初から思っていたので。
「今日こそ白黒つけますわよ!お兄様、いざ尋常に――――勝負ですわっ!!」




