補完[雷哮-5]
「……本当にここでよかったのか?」
そう問うたカーマインに対して、ミアベルは輝く笑顔で「はい!」と答えた。
ここは大学区に所在している射撃用訓練施設。所謂『射撃場』と呼ばれる場所である。高い使用料を要求される個室を使うのは基本的に高位の人間であり、その中でも最もグレードの高い最奥の一室は事実上カーマインの専用室と化して久しい。
にこにこと楽しそうなミアベルを微妙な顔で眺めるカーマイン、という二者の対比をクゼは静かに茶の準備をしつつ眺めていた。カーマインからのデートの誘いを受けてミアベルが行先を指定した結果がこの場所であった。ミアベルが具体的にこの施設を名指ししたわけではなくて、彼女は『カーマイン君が普段利用してる場所に行ってみたい』と所望したのである。
この個室射撃場は度々カーマインとプリムローズの密談に利用されているだけあって、プライバシーへの配慮が行き届いていて、秘密の逢瀬にはもってこいだ。カーマインの常を知りたいとミアベルのほうから歩み寄ってくれたとも言えるし、ついでに自分の苦労も少ないしで大変よろしいとクゼは思う。
なお室内に居る分には外部に情報が漏れることはないが、この部屋に辿り着くまでの道中はその限りではない。ここの利用料は部屋代と、中の設備を使用すればその分の割り増しはあるが、基本的に利用する人数で変動はしない。だからカーマインが(実際はクゼが)纏めて料金を払うならばミアベルが受付で遣り取りをする必要はないのだが、だからといって職員の誰にも見咎められずにこの部屋に辿り着くのは普通は不可能だ。必ず職員が待機している受付の前を物理的に横切る必要があるのだし。
「ところでアトリー。どうやってこの部屋まで来たのだ?」
カーマインがその疑問をミアベルに問い掛ける。
カーマインとクゼはいつも通りにこの部屋を利用する手続きをしただけで、ミアベルをここまで案内したわけではなかった。一緒に行動していては情報の秘匿もクソもないわけで、この部屋で合流するまでは別行動という段取りだった。本来ならばミアベルをどうやってこの部屋まで秘密裏に案内するのかというのがクゼの腕の見せ所になるはずだったのだが、ところがとうのミアベルから『案内不要』と事前に申し渡されてしまったのである。
ミアベルには秘策があるようなので大人しく彼女のお手並みを拝見しようと、カーマインと共にこの部屋で到着を待ってみたのだが、ちゃんと時間通りに部屋の扉を叩いたミアベルがどうやって独りでここまで来たのかは結局さっぱりわかっていない。
「ふふん。秘密でっす!」
可愛らしく得意げな顔をしたミアベルがそう答える。
例によってミアベルが可愛ければすべてヨシのカーマインはその答えで満足していたのだが、ミアベル自身は誤魔化すのもバツが悪いのか、ちろりと舌を出して見せた。そして恥ずかし気にはにかむ。
「と、言いたいところですが。実はアシュタルテさんの真似っこをしてみただけなんです」
「アシュタルテの?」
確かに、プリムローズとここで密談をする際も、同じようにしている。カーマインとクゼがここに居て、外からプリムローズが勝手にやってくるという段取りだ。それはクゼのほうから彼女を呼びに行った際にも同じことで、まずはクゼが一人でこの部屋まで戻ってカーマインに報告し、プリムローズはその後で頃合いを見計らって訪ねてくる。
とはいえ、カーマインもクゼも一々プリムローズに『どうやって人目を忍んでいるのか』とは訊かない。あの少女のことだから下手を踏むこともなく適当にやっているのだろうと思っていたし、訊いたところで手の内を簡単に開示してくれる人物でもない。
「アシュタルテは迷彩魔法か、短距離転移でもしているのだと思っていたが……?」
カーマインの予測を正解とも間違いとも言わず、ミアベルは意味ありげに微笑む。
「見ててくださいね」
と、短く告げるとミアベルの姿がパッと消える。
そしてカーマイン達が瞠目する暇もなく、一瞬後にはほんの数歩ズレた位置に再出現した。
「ど、どうですか……すごい、でしょ」
「ああ、すごいぞ。汗が」
ミアベルは得意げにしているが、そんなことより彼女が一瞬にして疲労困憊の息も絶え絶えの窮状に陥っていることのほうが気になってしょうがない。
しかし、成程とクゼは納得した。確かにこれはプリムローズの魔法に通ずるところがある。
間近で目撃したにも関わらず、まるで正体が理解出来ないところが特に。
「先日、俺の寮室に現れたのと同じ手管か」
「そ、そう、です!アシュタルテさんに、少しだけ、手解きしてもらって」
「まず息を整えろ」
あのプリムローズがミアベルに自身の手札を開示したというのは少々意外ではあったが、考えてみればそれこそ最初から彼女はミアベルを気に掛けている節があった。そもそもプリムローズと自分達の付き合いが始まったのもそれが故なのだ。となると、おそらく自分達が知らないなんらかの関係性が彼女達の間にはあるのだろう。
どうやらミアベルはプリムローズの魔法を教えてもらったものの、彼女のようにスマートに使いこなすことは未だ叶わないようだ。
「たった数歩分動いただけでその有様なのに、どうやってここまで来たんだ」
色々な意味で心配になった様子のカーマインに訊かれ、ミアベルは胸に手を当てて息を整えつつ、
「いえその、単純に力技、なんです。しっかり時間を掛ければ、そんなに疲れは、」
「わかった。わかったから休め。そちらに座れるスペースがある」
カーマインの視線に応じて動いたクゼは、備え付けの休憩用スペースにミアベルを誘導すると、たまにプリムローズが座っているほうのソファに座らせる。カーマインはその対面の定位置に腰を下ろしたので、クゼは用意していた茶をそれぞれに給仕することにした。
ミアベルはお礼を言ってそれに口を付けると、余程喉が渇いていたのかゴクゴクと喉を鳴らして一息に飲み干してしまった。暢気に『うまー』という顔をしているミアベルのマナーも恥じらいもへったくれもないその所業にクゼは微妙な気持ちになりつつも、粛々とおかわりを注ぐ。まあ王国令嬢的にはNGなのかもしれないが、ガルム女子ではわりとよく見る光景ではあった。
「時にアトリー、その、だな」
「はい?」
「いや……」
とここでいきなり挙動不審になったカーマインが凄まじい目力でクゼになにかを訴えてくる。
ミアベルに呆れていたクゼは、今度は主人であるカーマインに呆れつつも、溜息は我慢した。ミアベルに関することになるとカーマインが挙動不審に陥ってしまうのはいつものことだが、さて今回はどうしたのだろうかと考えるまでもなかったからだ。
両者は休憩スペースの対面ソファに腰掛けており、間にあるのは膝程度の高さのローテーブルだ。疲労困憊のミアベルは少々はしたなく姿勢を崩してクゼのお茶を楽しんでおり、要するに正面のカーマインからだと非常によろしくないものが見えそうであった。よろしくないというのは、主にカーマインの精神衛生的な意味で。
なお当然ながらこの場の全員が学院の制服姿である。そして女子の制服は丈の短いプリーツスカートである。つまりそういうことだ。
「アトリー嬢、ここは室温が低めに調整されております。身体を冷やすといけませんので、これをどうぞ」
「あ。ありがとうございます!」
クゼが渡した膝掛けを受け取ったミアベルが素直に自身の脚に乗せてくれて、ようやくカーマインは胸を撫で下ろした。
ちなみにプリムローズが同じように対面に腰掛けている時は、彼女が傲然と足を組みかえようが、そのせいで下着が見えようが、見向きもしないのがカーマインという男である。それがミアベルになった途端に見えても居ないのに大慌てなのは、つまり惚れた弱みというやつなのか。
なおプリムローズの名誉のために言っておくと、カーマインが反応しないのは彼女だからではなく、ミアベル以外の誰に対しても同じである。
その後、二人はクゼが淹れた茶を片手に暫し歓談に臨んだわけであるが、端で聞いていたクゼにはどうにもそこはかとない違和感を禁じ得ない遣り取りであった。カーマインは元々弁が立つ人間ではないし、女性を楽しませるトークスキルの持ち合わせなどあるわけもない。畢竟、どんな話題を提供すれば良いのかわからずに当たり障りのない発言に止まりがちだ。対するミアベルは本来闊達で饒舌な性質なのだろうが、彼女は彼女で王太子であるカーマインとの住む世界の違いに配慮し過ぎて、何を話して良いのか決めかねているようだ。
クゼの所感としては十割カーマインが悪い。立場上口には出せないが、ここでリードしなくてどうするというのだ。
決して険悪ではないし互いに気まずそうでもないので、初々しいと言えばそれまでなのだが、このまま文字通りにお見合いしていても埒が明かない。
「申し訳ありませんアトリー嬢。殿下は少々緊張されているようで」
「そうなんですか?なんで?」
タイミングを見計らってクゼが口を挟むと、ミアベルからは不思議そうな視線を向けられ、カーマインからは威圧的に睨まれた。
カーマインはミアベルの前で格好を付けたいのか、憮然としてクゼの言葉を否定する。
「そんなことはない」
「そうは仰いますが殿下、アシュタルテ嬢とお話しされている際は今より余程饒舌ではありませんか」
敢えて比較するように他の女性の名前を出したのはクゼなりの発破であり、カーマインがというよりもむしろミアベルが少しでも反応してくれればいいと考えてのことであった。
するとミアベルはクゼの期待通りにその名前に反応を示す。方向性は期待通りとはいかなかったが。
「そういえば、アシュタルテさんもここに来たことがあるんですよね」
「む……そうだな。ヤツにはお前のことで度々相談に乗ってもらっている」
「そうなんですね!いいなぁ……」
果たしてミアベルが羨んでいるのはカーマインに頼られているプリムローズのことか、あるいはプリムローズに頼らせてもらえるカーマインのことか。ほぼほぼ間違いなく後者なんだろうなぁ、というのはたぶんクゼだけでなくカーマイン本人も察しているだろう。そんな渋面をしている。
「俺はいつも決まってこちら側に座るのでな。アシュタルテは対面の、丁度お前が座っている場所にいつも」
「ほんとですかっ!?」
話の繋ぎにカーマインが語った事柄に、ミアベルが瞳を輝かせて食い付いた。
その勢いにカーマインが面食らいつつも頷くと、ミアベルは淡く頬を色付かせた。
「やった。アシュタルテさんとお揃いだっ」
「…………」
たまたま同じ場所に座ったというだけのことの、なにがそれほど嬉しいのか理解出来ない様子のカーマインから説明を求む視線を向けられても、こればかりはクゼにも説明しようがないので思い切り首を横に振るしかない。
小さく拳を握ったミアベルの喜びようと言ったらなく、彼女が笑えば大抵のことはどうでもよくなってしまうカーマインをして、これには困惑を隠しきれない。そんな主従の混乱を他所に、ミアベルは活き活きと今日一番で楽しそうな雰囲気であった。
「アシュタルテさんは普段どんな風に座るんですかっ?」
「は?ああ、いや、そうだな……ヤツは大抵脚を」
「アシュタルテ嬢は今のアトリー嬢のように膝掛けを乗せてお行儀よく姿勢正しく腰掛けておられますよ。ええはい」
ミアベルが忠実にプリムローズの再現をしようものなら、今度こそカーマインの精神衛生の危険が危ないので、クゼは無礼を押して割り込みを掛ける。そうすると素直なミアベルは感激した面持ちで、先程までよりも背筋を伸ばして精一杯上品な所作で座り直した。彼女なりにプリムローズ(幻想)を再現したつもりなのだろう。
クゼが未然に危機を防いでくれたことに思い至ったのか、言葉を割り込ませたことに対してカーマインが苦言を呈することはなかった。なお氷魔法の名手であるプリムローズが室温程度で身体を冷やすわけもなく、彼女は膝掛けなど当然使わないし、背凭れに体重を預けるし、王太子の前でも平然と足を組んで座るし、意外と大人びた下着が見えようともカーマインが気にもしないことがわかっているのでお構いなしだ。
プリムローズとて誰に対してもそうであるわけではなかろうが、ことカーマインの場合はファーストコンタクトの印象が最悪に近かったので、今更変に畏まるつもりも更々無いらしい。
「そう言えばカーマイン君。ここって射撃の練習をする場所なんですよね?」
「そうだ。俺は専ら魔法の鍛錬にしか使わないが、武具を持ち込んだり借りたりして練習している者も居るようだな」
「なんか、わざわざ個室でっていうのも変な感じですね」
物珍しそうに室内を見回すアトリー嬢は、未知の施設に興味津々の様子だ。
それに応じてカーマインも鷹揚に頷く。
「確かにな。俺も故国では見たことがなかった」
「そうなんです?てことはリヒティナリア特有?」
「探せば故国にもあるのだろうが……大抵は個室ではなく共同だったり、室内ではなく屋外だったり半開放型だったり、が主流だな」
「ですよね。わたしもそんなイメージでした」
実際、カーマインが説明したような施設もこの学院内に存在しているし、ここでもグレードを下げれば普通に共同の射撃場が利用出来る。
雰囲気でカーマインが説明を求めているのを察して、クゼは口を開く。
「リヒティナリアの貴族階級においては、影の努力は秘匿するのが美徳とされていますから」
「あ、聞いたことありますそれ」
「ええ。ですので、特に高位階級の人間はこうした場所でひっそりと腕を磨くのが暗黙のマナーなのですよ」
「そうなんですね。そういえば、王子殿下とかも本気の練習って外ではやらないみたいですもんね」
ミアベルが言及したのはカーマインのライバルであるレオンヒルト第二王子のことであろうが、彼などは典型的な例で、例えば屋外の練術場や、不特定多数が共同で利用する練技館などで腕を磨いている姿を見せることがあれど、それはあくまでも『見せる用』の鍛錬でしかないのだ。
本当の意味で汗水たらして腕を磨く光景などは、決して外部には露出しないだろう。そういう意味では歴としたリヒティナリアの高位貴族であるプリムローズなんかも典型的と言えるかもしれない。
ともあれ、そういう局所的ながらも軽視出来ない事情があって、このような施設が存在しているというわけだ。
「あの、カーマイン君。折角なのでお願いがあるんですけど」
ちょっと首を窄めて上目遣いにそんなことを言い出すミアベルに、カーマインの表情がクゼだからこそわかる程度に綻ぶ。
折角の機会、ということでここは一つ射撃魔法の練習風景を見せて男を上げようと考えたのか、徐にソファから立ち上がろうとしたカーマインに、
「わたしの魔法、見てもらえませんか!」
まさかの逆で、カーマインが中途半端な体勢で動きを止める。
「そうきたか」
「え?」
「いや気にするな。俺に魔法の指南を望むという意味でいいのか?」
「はいっ」
なんとも贅沢な個人レッスンである、と聞いていたクゼは思った。というかこのミアベルという少女、そもそもが歴史上稀なレベルの強大な魔法資質を有し、それでいて本人が勤勉で、しかも既にあのプリムローズから魔法の手解きを受けているという逸材である。その上カーマインにも教えを乞おうとは、果たしてミアベルは最強でも目指しているのであろうか。
ちなみにカーマインは学生の身分ながら魔法協会から『雷哮』の二つ名を与えられた魔法使いであり、総合力も然ることながら、とりわけ二つ名の由来である高出力帯での魔力運用においては既に達人の域と言える実力を誇っている。そしてプリムローズはというと二つ名こそ有さないが、そのカーマインをして素直に認めざるを得ないレベルの魔法使いであり、クゼの所感としては彼女は既に学生レベルなど遥かに超越してしまっている。
カーマインは魔法指南を望むミアベルの表情を無言で見据え、そしてやや怪訝そうに眉根を寄せた。
クゼから見ても、ミアベルの表情は真剣そのもので、それがこの場では逆に違和感であったのだ。どう見ても、その場の空気とか、間をもたせるためとか、ただの興味本位での提案ではなかった。
無論、どれほど簡単な魔法でも取り扱いを誤れば命に関わるのだから、魔法を教える以上は真剣でなくてはならない。カーマインはそれを良く心得ているし、だからこそ見栄や余興で魔法を使う輩を酷く嫌う傾向があったのだが、それはともかく。
「教えるのは構わんが、理由を訊いてもいいか?」
「えっと、そんな大それたことじゃないんですけど」
特に隠す気はないのか、ミアベルは素直に口を開いた。
「わたし、アシュタルテさんに認められたいんです」
「うん?それは、魔法の技量でという意味か?」
「いえ、それに限らず……なんというか、人間的に?」
ミアベル本人も漠然と抱いている望みでしかなかったのか、問われて初めて言語化しようとしているような印象であった。
「わたし、アシュタルテさんに何度も助けてもらってて、恩返しがしたいんです」
「む……」
カーマインが小さく唸る。クゼにはその理由がよくわかっていた。普通に他人事ではないからだ。
「だから別に、腕っぷしに拘る必要はないんですけど……なんでか、アシュタルテさんってよくそういう事態の渦中に居るみたいなので」
「ヤツの助けになるためには腕っぷしが必要、か」
「ですです」
まあ、確かにそれはそうだなとクゼは納得していた。というのも、本当に何故かあのプリムローズという人物は荒事の中心になりがちだ。しかも本人が望むと望まざるとに限らず、だ。クゼ達が知っているだけでも、学院前期の間に二回ほどもそんな機会があって、ゴーレムの大量発生事件の収拾に奔走したり、とある公爵令嬢の乱心に対処したりしている。思えば、ミアベルもまたその両方の件に巻き込まれているわけで、もしかすると事件の渦中に巻き込まれがちなのはミアベルもまた同様なのかもしれない。
カーマインも同じような思考に至ったようで、彼はミアベルの願いを承諾した。というのも、逆に言えばそれらの事件にミアベルが巻き込まれた際に、たまたま居合わせたプリムローズが守ってくれたので今も彼女は無事でいるだけで、今後も都合よくそうなるとは限らないのだ。
となれば、ミアベル自身にある程度の実力を着けてもらうというのはカーマインにとっても望むべきことなのだ。
「お前の保有魔力を考えれば、高出力に強い俺の魔法モデルは相性がいいかもしれんな」
「え!?あの、いえそんな、基礎的なことだけでも教えてもらえれば充分助かるので」
「よい。俺が勝手に教えるのだ。教えを乞うた責任として聞いて行け」
恐縮するミアベルに、カーマインは珍しい笑みを見せた。
本来であれば魔法モデルは魔法使い個人や血族固有の財産である。広く教導されているようなプリセットに関してはその限りではないが、カーマインやプリムローズが用いているような優れた性能のワンオフモデルになってくると、それは門外不出の秘伝と言っても過言ではなく、間違っても対価なしに教えてもらえるようなものではない。
尤も、実際は教えてもらって理解出来るようなものでもないのが普通だが、そこはそれ、稀代の魔法資質を有するミアベルなので。
恐縮しきるミアベルの姿を愛し気に眺めて、ふとカーマインが思い出したように言う。
「腕っぷしの件はともかくとして」
「はい?」
「アシュタルテに認められたいという話ならば、ヤツは既に相当お前に目を掛けていると思うぞ」
「え!?」
これにはクゼも瞠目した。
一体なにを言い始めたのかと心当たりを探るも咄嗟に思いつかないのだが、次のカーマインの言葉でなんとなく察する。
「俺とヤツが最初にここで話した時のことだが、ヤツがお前について言及していたのだ」
「ほ、ほんとですか!くわしく!」
ああ、あれか……とクゼはなんとも言えない表情を浮かべた。
「アシュタルテ曰く、アトリーは『器量が良く、性格に優れ、魔法資質に秀で、非の打ちどころがない』だそうだ。ヤツは自身が男性であったならば求婚していたとまで言い切ったからな」
カーマインの台詞は実際の台詞からはだいぶ綺麗な表現に直されているが、言っていること自体は過不足なく正しいとクゼも認識していた。確かにプリムローズはそのように言ったし、本気でそう思っているとすればミアベルを認めていないはずがない。
ミアベルはその台詞を呆然とした顔で聞いていた。
「うそ…………」
「嘘ではない。クゼも――――む、どうしたアトリー」
暫しフリーズした後、ようやく再起動したミアベルはかつてない反応を見せた。
その大粒の瞳がうるんで、みるみる内に美しい雫が溜まっていく。白く柔らかな頬に赤みが差し、それはじわりと色味を深くして瞬く間に顔中を真っ赤に染め上げてしまった。泣きながら耳まで真っ赤になって、それでいて器用なことに表情自体は嬉しさを隠せないほどに緩み切ったミアベルの様子に、クゼもカーマインも目を見開いて眺めることしか出来ない。
二人の視線を受けつつ、ミアベルは真っ赤に染まった頬を両手で包む。緩む顔面をどうにかしようとしているのか、しかし殆ど徒労でしかない。
「ど、どうしよう……どうしよう」
「お、おい、アトリー?」
「カーマイン君、どうしよう。わたし嬉しくて、死んじゃいそうですぅ……」
泣くほど嬉しいのか!?とカーマインが目を剥いて驚くが、ミアベルは「にへへ」とだらしなく笑うばかりだ。
その光景を冷静に、というか呆れ気味に見遣るクゼは、とうとう明らかになってしまった残酷な事実に思いを馳せる。直接プリムローズ本人に言われたわけでもなく、カーマインの口から伝え聞いただけだというのに、それでこの喜びよう、この照れようである。
これはどう考えてもガチ恋……!
「クゼよ」
「は」
少し遅れて思い至ったらしいカーマインが神妙に言葉を投げてきたので、クゼも神妙に応じた。
「もしや、だが」
「は」
「もしや俺は、恋路においてもアシュタルテに戦わずして敗北しているのでは」
気付いてしまいましたか、とは流石に口に出さないクゼであった。




