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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
六章_宵の霊薬

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301話_side_Serafina_黒い森_奥地



 ~"討伐者の少女"セラフィーナ~



「退却します!」



 即断したクロードさんの号令により、わたし達は一路反転し、スコールとは正反対の方向へと突進する。樹木が織り成す聖堂みたいなこの空間は広く開けていて、足場も平坦に均されていて戦場としてはそれなりに悪くない場所だ。

 四方八方全てを敵に囲まれていなければ、であるが。

 このままでは物量に轢き殺されるだけなのは目に見えているので、多少強引でも包囲を突破して活路を開くしかない。司令塔であるスコールを討ちに行くという選択肢も存在するが、彼女の戦闘能力が未知数である内は交戦を避けるべきだとクロードさんは判断したらしい。実際、スコールは規模感こそ人間と遜色ない程度であるが、彼女が無数の『スコルピオン種』の親玉だとすれば、というか十中八九そうなのだろうけど、ということはスコールは実質大型種だということだ。

 もし彼女が大型種なみの戦闘能力を有しているとすれば、周囲の魔物を勘定に入れずに彼女だけの討伐を試みたとしても単独パーティーでは難しい可能性が高い。しかし、同時に彼女が大型種なみの存在規模を有しているとすれば、おそらく彼女は魔界との境界線上より外側には出て来られない。バッヘル領の黒い森の規模では、大型種が通行して出現出来るほどのキャパがないはずだから。


 先陣を切ってサソリの包囲網に切り込みを入れるのは最も新参者であるレベッカさんだ。

 彼女の得物は所謂ツヴァイハンダーと呼ばれる大剣で、魔法による自己強化なしには真面に振ることも難しい重量武器である。それはしかも魔法剣であり、彼女専用にチューニングされた特注品でもあるようだ。



「『断ち切る波濤(マリンスラッシュ)』――ふぅにゃあああああん!!」



 ちなみに彼女の掛け声は少々独特だ。

 澄んだ水色の魔力が大剣の軌跡から波濤となって迸る。ただでさえ長大なリーチを誇る強烈な斬撃が水の刃となって膨れ上がり、打ち寄せる水飛沫の音を響かせてサソリの前衛の一部をごっそりと削り取った。

 彼女はヴェルナーさんとはまた違う方面で攻撃特化の魔法使い。潤沢な魔力にものを言わせて強力な触媒となる武器を用いたガチガチの肉弾戦を仕掛ける肉体派の魔法使いがレベッカさんなのだ。


 そして彼女が抉じ開けた空間にすかさず飛び込んで抉り広げるのが本来のパーティー前衛であるロルフさんと、斥候であるクレアさんだった。

 デミである彼等はレベッカさんほどの破壊力は発揮出来ないが、手にした魔法具の武器はいずれも一級品だし、もちろん個人の実力はピカ一である。彼等の魔法具はそれぞれの適性に合った特化装備であり、ロルフさんの大剣には衝撃力を上げる闇属性の魔法が、鎧には頑強さを上げる地属性の魔法が、クレアさんのダガーには切れ味を上げる炎属性の魔法が、外套には敏捷性を上げる風属性の魔法が籠められている。彼等は魔法使いであるわたし達に比べれば傾向的に保有魔力が少ないので、装備する魔法具もそれほど高出力ではない。だけど予め特定の魔法が籠められている魔法具装備の利点とは、その魔法が恒常的に効果を発揮出来る状態にあるということと、そして使用者本人の属性に縛られないということだ。

 ロルフさんとクレアさんはレベッカさんとの適性の違いを弁えて、あくまでも彼女のサポート的な動きに徹する。包囲を切り開くこと自体はレベッカさんの攻撃力に頼り、ロルフさんはレベッカさんの大振りの隙を突こうとする敵を阻み撃退し、クレアさんはレベッカさんの大振りが討ち漏らした手負いを掃討する。


 前衛三人が開いた血路を、わたしとクロードさんが追従する。

 わたしはパーティーの支援役として、全員に機動力強化のバフと、それから対毒用のエンチャントを施す。サソリが大抵毒虫であるということくらいはわたしも知っているのだ。大丈夫、毒対策は『トード種』の時に予習済みだ。

 リーダーであるクロードさんは珍しい『樹属性』の魔法使いなのだが、今はとにかくパーティーを繋ぐ連繋魔法(コマンドリンク)の維持に注力している。一人の人間が周囲全部を警戒することなんて出来ないから、この状況で連繋魔法を喪失することは即ち全滅を意味しかねない。連繋魔法の術者とは認識共有の中継でもあるので、クロードさんの思考的なリソースが圧迫されると、それがダイレクトに連繋の精度に影響するのだ。

 とはいえ、連繋魔法を維持しながらでも他の魔法を使う余裕がないわけではないので、クロードさんは専ら魔法で蔦を操って周囲のサソリの脚止めをしたり、あるいは遠隔の防御魔法で他のメンバーの隙をカバーしたりしている。これも連繋魔法が正しく機能しているからこそ的確に出来ることだ。


 それから。

 レベッカさんがパーティーに加わったことで前衛の火力役といえば彼女のことを指すようになったが、パーティーの最高火力という意味ではずっと変わらない。

 火力特化の魔法使いであるヴェルナーさんだ。

 彼は周囲の魔物の相手をまるきり他の面子に任せて、追従して駆けながらもずっと一つの魔法を構築していた。最初から自分で自分の身を守ることは度外視して、防御は全部クロードさんと一応わたし任せの思い切りだった。

 これが出来るから、彼はパーティーの最高火力なのである。



「行くよ――――『灼熱の抱擁(ヒートエンブレイス)』!!」



 現れたのは降り注ぐ無数の炎塊だ。

 その名の如く対象を包み込むように、逃げ場なく、流星のように落ちるそれらは一つ一つが恐るべき威力を秘めている。宣言を行わなければおよそ戦場では実用不可能と言われる類の大規模魔法であり、宣言を行って威力が減衰してもなお、生半可な防御であればそれごと消し炭にして有り余る威力を誇る。

 対軍用広域殲滅魔法。

 彼が狙ったのは進行方向の敵ではなく、背後から追い縋る勢力だ。敵の首魁であるスコールを含む追手を、その区画ごと葬り去る勢いで爆撃した。スコールの足元に倒れていた討伐者達は一応まだ息があったはずだが、そのことは考えない。考えるとしても、それは自分達が生き残れてからだ。

 着弾の熱と圧に背中を押されるようにして、わたし達は抉じ開けた包囲の隙間を突き進み、樹木の聖堂から脱することに成功した。

 その時、わたしはスコールの声を聞いた気がした。

 聞こえるはずのない距離と轟音なのに、何故か明瞭に届いたのだ。



「逃げられませんよ」











 スコールの言葉の意味はすぐにわかった。



「ああんもぅ!どんだけ居るのよぅ!?」



 魔物をぶった切りながらもレベッカさんが叫ぶのが聞こえる。

 一点突破で最初の包囲を脱したわたし達は、そのまま黒い森からの脱出を試みるつもりだった。しかし、森を脱するどころか、魔界の植生が色濃く出ている区域――つまり魔界との境界線上であるが、そこを出ることすら叶わないでいた。

 その理由は偏に、敵の脚止めが執拗だから。

 最初の包囲に動員されていただけでも相当数の魔物が居たはずなのだが、その更に外側に布陣していた魔物の物量はその比ではない。当然、範囲が広がった分だけ隙間なく包囲とはいかないようだけど、どうやら定点的に一定量の魔物を分散配置しているようだった。

 これらが、また厭らしい位置に布陣していて、わたし達が退却に使えそうなルートを絶妙に潰してくるのだ。

 そこに意図が無いわけがないので、スコールの采配でわたし達の退路を断っているに違いない。



「……スコールのほうに、少しずつ誘導されています」



 わたしは呟く。

 わたしの魔法的な感覚はここに来てますます鋭敏化していた。最早周囲に魔力が溢れ過ぎていて何を識別しているのか自分でもわからないけれど、しかしわたしにはスコールの位置がなんとなくわかるのだ。同様に、周囲に布陣している『スコルピオン種』も、個体ごとに識別出来るわけではないけれど、密度の濃い部分はなんとなく把握出来る。



「わかるのですか?」



 クロードさんが驚いたようにそう言うので、わたしは小さく頷く。

 スコールは少しずつこちらに近付いてきているが、最短距離を移動しているわけではない。それどころか、わたし達とは少しずれた方向を進んですら居る。このまま放っておけば、ある程度はこちらに肉迫するだろうが、遭遇せずに擦れ違って明後日の方向に行ってしまうはずだ。

 周囲の魔物が居なければ、だが。

 わたし達が魔物に追い立てられて、密度が薄いほうに進んでいくと、スコールの進路とぶつかるようになっている。誘導されているのだ。森の地形が地図として頭に入っているわけではないので、あくまでもわたしにわかる魔物とスコールの位置関係からの推測であるが、事実としてわたし達とスコールの軌跡は着実に近付いている。



「それに、樹上に別の魔物の魔力を感じます」


「そんなことまでわかるのですか……別の、というとサソリではない?」


「おそらく」



 魔界植物である大樹の枝葉は遥か頭上であり、ここからでは攻撃も届かないし登ることなど出来るはずもない。そしてその枝葉の中に紛れるように、いくつかの魔物が居るのだ。スコルピオン種に比べれば居ないような数だが、たぶんそれは役割が違うからで、おそらく樹上の魔物はわたし達の行動を監視して司令塔であるスコールに報告をしているのだ。そのせいで、こんなにも効率的に追い詰められている。

 なんとか出来ないものかと意識して遥か高いところにある魔力を探ると、その中の一個が不自然なことに気付く。

 極めて感覚的なことなので、具体性に乏しいが、他とは違う、としか言いようがなく。

 それは丁度、彼女の頭上に――



「レベッカさん!避けてぇ!!」


「!!」



 わたしが叫ぶよりも先に、連繋魔法が伝えた危機感に従ってレベッカさんが飛び退く。

 直後、その場に真上から凄まじい勢いで振って来た『なにか』が、地面を陥没させるほどの衝撃を伴って地盤と植物を一緒くたに巻き上げる。ばらばらと降り注ぐ塵芥の中でゆっくりと身を起こしたのは、またしても人型の魔物であった。



「避けたか!やるなっ」



 笑み混じりに言いながら、その背の翼がぶわりと羽ばたき、漂う粉塵を吹き飛ばした。

 それはスコールと同じ意匠の従者服を身に纏った若い女性型の魔物だった。人間離れした部分が角と瞳くらいしか窺えなかったスコールとは異なり、はっきりと異形の姿をしている。あまりにも特徴的な背の翼は、鳥翼を思わせる羽毛に覆われているが、あまり風を受けるには適していなさそうな細身のシルエットで、どちらかというと翼というより羽毛の生えた腕という風情だ。

 スカートの下から覗く脚は裸足で、しかしそこに見えるのは鳥類の特徴である(あしゆび)だ。羽毛と同じブラウンの頭髪の隙間からは、人間の耳がある部分に小さな翼が代わりに生えていて、おそらくあれが耳なのだろう。

 ちなみに殆ど肌を見せない装いだったスコールとは対照的に、こっちの彼女は矢鱈と扇情的な姿をしている。メイド服の意匠(デザイン)こそ共通なのに、布地があからさまに少ないのだ。まあ、異形の部分が多いせいで普通の衣服が着られないだけなのだろうけど。背中とか脚とか。

 あと、おっぱいがめちゃめちゃデカい。超デカい。ある意味異形。



「新手かい。最悪だね」



 皮肉ではなくガチトーンでヴェルナーさんが呟く。

 周囲のスコルピオン種が、新たに現れた彼女を恐れるように距離を取って近付いてこないのは、つまり彼女がスコールと同じく雑多な小型種の上位に位置する存在である証左に違いない。



「うむっ!ストレスに晒して有格者を炙りだそうという魂胆だな!頭スカスカのスコールにしては考えたではないか!しかし、詰めが甘いのだぁ!!」



 そう言って彼女は片脚を持ち上げ、趾をパキパキと鳴らして見せる。臨戦態勢のウォームアップなのだろうけど、そのスリット深すぎのスカートでそれをやるとだいぶ際どい光景になる。魔物だからそんなことには頓着しないのかもしれないが。



「闇雲に負荷を掛けても望んだ結果は得られまいっ!やはり虫けらの浅知恵ではこの程度が限界ということだな!しかたがないからこのハーティが手を貸してやるとしよう!!」



 なんか凄い一人で喋っているけど、その間にわたし達は必死に打開策を模索する。こうしている間にも徐々にスコルピオン種は集結しつつあり、わたし達の退路は着実に塞がれつつあるし、なにより目の前の女性――ハーティが一筋縄でいかないのは明らかだ。



「ちなみに!真剣なるじゃんけんの結果決まった、今回の仕事はスコールに譲るという約束を破ったわけではないぞ!うむ!スコールがあんまりにも不甲斐ないから、しかたなく、そうしかたなぁくハーティは手を貸してやるだけなんだぞ!!」



 魔物もじゃんけんするんだ……とか新事実に慄いている場合じゃない。



「ハーティは華麗に活躍して御館様に褒めていただくのだ!おまえたちはそのために華麗に死ぬがいい!まる!」



 言ってることは微笑ましいけど、全然笑えない!

 威嚇するようにハーティが翼を羽ばたかせる音に重なるようにして、頭上から複数の羽音が降ってくる。



「虫けらどもは大人しく退路を塞いでいろ!ハーティ達が狩りの手本を見せてやろうっ!!」



 降りてきたのは鳥型の魔物だった。樹上でわたし達に付かず離れず観察していたのは奴等だろう。

 察するに、スコールがスコルピオン種の上位者であるように、あの鳥型魔物はハーティの配下なのだ。人間ベースの外見をしているハーティとは異なり、それらの魔物はほぼほぼ鳥だった。ただし人より大きな体格は普通じゃないし、よく見ると女性の乳房みたいな輪郭が窺えたりと、どことなく女性的な印象を受ける形態をしていた。

 ヴェルナーさんでなくても最悪とぼやきたくなる状況だった。

 新手の魔物――仮称『バード種』はスコルピオン種に比べて圧倒的に数が少ないが、そのぶん個々の魔力は強大だ。そしてなにより飛行能力を有しているのが厄介過ぎる。


 ほんの数日前に、その辺りの知識についてヴェルナーさんの講義を受けたばかりなのでよく覚えている。

 基本的に、魔物というのは空を飛ばない。それは黒い森を囲むギルドの結界が上空をフォローしていない理由でもあるのだが、魔物は跳躍や滑空をすることがあっても、飛行や飛翔という行為には及ばないものなのだ。だが、現に今バード種は空を飛んでいる。これはどういうことなのかというと、術理的な存在である魔物にとっての飛行のメカニズムの問題なのだ。

 つまり、自然界の鳥や虫とは異なり、魔物の姿形というのは物理的に揚力を得て空を飛べるようには出来ていないのだ。奴等は魔力に依って立つ生物なので、その肉体構造も魔法を使うことを前提に設計されている。即ち、魔物が空を飛ぶためには、魔法的な環境が不可欠なのである。

 具体的には、大気中の魔力密度だ。

 魔力の薄い人間界では魔物がどれだけ一生懸命羽を動かそうが、身体を浮かせるだけの反力が得られない。魔物は人間界では飛べなくても、魔界でなら飛べる。大気中の魔力が潤沢だから。同じように、ここのような魔界との境界線上ならば当然飛べる。更に一歩外に出たとしても、黒い森の中であればそれなりに飛べる。森の木々の高さより上に高度を取ることは出来ない。という具合だ。



「覚悟せよ、人間!けぇぇぇぇぇんっ!!」



 威嚇なのか鼓舞なのかなんなのか、怪鳥もさながらのけたたましい声を上げてハーティが躍り掛かったのは、最初に不意打ちを仕掛けた相手であるレベッカさんだ。

 どうやら、彼女を最初に討つつもりのようだ。有格者がどうのと話していたので、狙い順にも意味があるのかもしれない。レベッカさんを援護しようとするロルフさんとクレアさんには、それぞれにバード種が襲い掛かる。レベッカさんと違って遠距離攻撃の手段を有さないデミの彼等にとって、飛翔する魔物の相手は難しく防戦一方を強いられていた。

 彼等を援護しようにも、当然後衛にも魔物の脅威は降り掛かる。



「ヴェルナー、僕の連繋魔法(コマンドリンク)を引き継げますか?」


「切り札を使うつもりかい?」


「ええ。ですが、リンクを維持したままではリソースが足りない」



 険しい顔で言葉を交わしつつも、クロードさんは愛用の剣を抜き、ヴェルナーさんもその手のバトルスタッフを振りかざしてバード種を迎え撃つ。飛行して頭上を越えてくる相手を前衛が止められないので、後衛のこちらにまで肉迫されてしまっているのだ。

 いや、それだけではない。クロードさん達は自分の身を守っているだけではない。

 わたしを守っているのだ。

 実力的にも体格的にもしかたのないことと言えばそれまでだけど、この場で私だけがお荷物だった。杖を持っていても近接戦闘の心得なんてないわたしでは、ここまで肉迫してきた魔物に対抗なんて出来ない。

 わたしに出来ることは、ならば身を守るのは味方に任せて、とにかく支援魔法を切らさないように維持し続けることだ。



「できなくはないけど……ッ!私には、クロードみたいな適性はないから、ね!――ああくそ、状況がマシになるかはわからないな!?」



 上空から襲い来るバード種をなんとかいなしながら、ヴェルナーさんが吼えるように言う。見るからに優男という風体の彼だけど、実のところ肉弾戦もそれなりに出来るのだ。

 彼は隙を見て単発の射撃魔法で魔物を撃ち落とそうと試みるが、自在に宙を舞う相手に中々当たらない。



「ここにきてアベさんが居ないのが痛いねぇ!」


「アーベンさんのことを言っても仕方がありません。僕達でなんとかしなければ」



 知らない名前が出てきたが、たぶんわたしの前にこのパーティーに所属していた人のことだ。亡くなったと聞いた気がするけど、今のクロードさん達の口振りだとそんな印象は受けなかった。居なくなった元メンバーは二人居るので、もしかしたらそのアベさんだかアーベンさんだかって人は死んだほうではなくて、理由があって抜けただけで生きているのかも。

 その人はおそらく腕の立つ魔法使いで、クロードさんの代わりに連繋魔法を維持出来るほどの手練れだったのだろう。ヴェルナーさんの腕が悪いと言うわけではなく、彼自身が言ったように、連繋魔法には術者の適性が大きく影響するのだ。主に、思考能力の傾向がモロに出ると言われる。

 連繋魔法のシステム上限である六人を対象にして魔法を構築し、それなりのパフォーマンスを発揮出来るクロードさんの能力はわりと稀有なのだ。彼よりも適性が乏しいというヴェルナーさんが引き継いだとすると、同じパフォーマンスを発揮するには上限人数を一人減らさないといけないとか、あるいは無理に同じ人数を対象にすると精度が下がるとか、そういう弊害が起きてくるそうだ。


 わたしは唇を噛んだ。

 本当なら、わたしがその居なくなった人の代わりをしなくてはならないのに。なのにわたしには自分自身の適性もわからなければ、そもそも連繋魔法を使うことも出来ないのだ。

 同じく新参者であるレベッカさんは立派に戦っている。単身でハーティと渡り合っている彼女が今この状況では全員の生命線ですらある。リソースが余っているのはわたしだけだ。わたしだって自分に出来る限りの支援魔法を飛ばし続けているが、一度に使える魔法には限りがある。魔法を使いながら肉弾戦で魔物を退けている他の人達と違って、わたしは守られているだけだ。


 ここに居たのが、わたしじゃなくて彼女だったら。

 そんな弱気が顔を出す。

 わたし如きを魔法使いに目覚めさせてしまったくらいの遣い手であるスメラギさんなら。彼女の連繋魔法があれば、クロードさんの代わりを務めることだってきっと出来るのに。

 たった一度、短い時間をともに過ごしただけなのに、スメラギさんの存在はわたしの中で相当に大きい。だって彼女に出会ったことで全てが動き始めたのだ。そんな彼女のことを心に強く思い描くと、わたしは不思議な感覚に気付く。



「え…………?」



 しぱしぱと目を瞬く。

 支援魔法を途切れさせなかったのは奇跡に等しい。

 そのくらい、わたしは驚いていた。



「この魔力……スメラギさん?」



 近くはない。でもこの森のどこかだ。

 確かにスメラギさんを感じる。樹上の魔物の存在を知覚していたように、わたしの特異な魔力感はその範囲を伸ばして、ついに彼女へと辿り着いていた。

 本来、魔力で個人を識別することは出来ない。魔力は所詮エネルギーでしかないので、それそのものに個性などない。例えば魔力量の多寡で個人を特定出来ることはあったとしても、それだって極端に保有魔力が多いとか、そういう特徴が無ければ不可能だ。肉眼で見れば魔力には色があるけれど、それで魔法の結果が変われども、魔力自体の質感が変わったりはしない。

 だから、これはおかしなことだ。

 遠くに感じられるただの魔力を、スメラギさんであると知覚出来るわたしの感覚も、そしてそれを微塵も疑う気が起きないわたしの確信も。


 不思議なことに、わたしはその時、周囲の状況を忘れていた。

 危機的状況も、窮地の味方も、迫りくる敵も、全てがわたしの意識の外だった。時間が経過していたかどうかもわからなかった。

 ただ、感覚の伝えるままに、わたしは必死に手を伸ばしたのだ。



『――手を取って。それだけでいい』



 あの日の、彼女の言葉を覚えている。

 わたしの大切な、始まりの言葉だ。


 あの日、わたしが彼女の手を取ったように。


 あるいは、今度はわたしが彼女に手を差し伸べるように。

 わたしの――、



「――手を取って!スメラギさん!!」



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