299話_side_Pr_黒い森 / 魔界
~"転生令嬢"プリムローズ~
「レストレーション……双銃!」
リスティの手の中で十字架が二つに分かれ、それぞれが同一のデザインの拳銃へと変ずる。彼女が奇術師の如き手捌きで銃を躍らせ、縦横無尽に放たれた光の弾丸がサソリ型の魔物の甲殻の隙間を刺し貫き、容易く解体して見せる。
リスティの得物であるレストレーション・アームズは形態記憶武器だ。普段は教会のシンボルであるロザリオの形状をしているが、必要に応じて内部に記憶された複数の武具の形状を取ることが出来る。原作である『レガリアMS』においても多くの武器形態が登場したのを私は覚えている。あの作品はドロシーを主人公とした短編連作――所謂オムニバス形式で話が進行するので、彼女が受けた依頼ごとに秘密道具よろしく場合に即した形態が登場したものである。
その中でも『双銃』は彼女が愛用しているもので、最も使用頻度が高い形態だった。
レガリアMSでは主人公ドロシーの相方役となる女性研究者が登場するのだが、双銃形態はドロシーが黎明機関所属時に使っていた形態ではなく、フリーランスになってから技研の彼女と出会って組み込まれた絆の形態なのである。エモい。
ちなみに銃火器と言えばマスケット銃が精々のリヒティナリア王国において拳銃という器械は決してポピュラーなものではない。技研の彼女も意図して拳銃形態を作ったわけではなく、マスケット銃を素体に機能を追求して無駄をそぎ落としていった結果、当然の帰結としてハンドガンによく似た何かに行き付いた、という設定であったはずだ。
そしてその一方。
「断波――――『篠突ノ型』!!」
シィナの繰り出す抜刀術は肉眼では視認も出来ない速度を誇る。と言っても当然時間魔法のようなズルではなく、加速魔法による純然たる速度と、それを御する優れた技量の産物である。
飛翔する不可視の斬撃が無数に折り重なり、美しく反響する歌を奏でながら魔物を襲う。
サソリ型の魔物は複数の脚を忙しなく動かし、巨体からは想像もつかない速度で移動する。しかもその挙動は無軌道で、地面と樹木の区別もなく、時に同種同士で押し合い乗り越えながら向かってくる。
しかし、どれほど速くて予測が難しい動きであろうと、シィナの斬撃の前には無力だった。
何故ならば、速度の次元が違うから。
卓越した風魔法使いにしてフレンネルの剣士であるシィナの攻撃は、まさしく風なのだ。どれだけ魔物が速く動こうとも、疾風よりも先んじるわけもなし。そしてその風は、風であると同時に鋭利な刃でもある。
リスティの銃撃は魔物の甲殻の隙間を精密に狙い撃つことで内部破壊をしてのけたが、シィナの斬撃にはそんな区別すらありはしない。
鋼の甲殻がなにするものぞと言わんばかりの斬鉄剣を前に、傍目にはシィナに向かう魔物が独りでに分解してバラバラに飛散していくようにすら見えるのだ。
さて、私も仕事をしなければ。
「うくく……虫けら諸君、そんなに標本になりたいのか?」
起動した『ChU2W』を放射状に広げ、出力の限界という壁を取り払う。
チート遡行による無限の魔力を注ぎ込み、顕現するは私の十八番。
「『栄華の矛先』」
連撃と呼ぶのも生温い、降り注ぐ豪雨を通り越して雪崩の如き物量攻撃。故に名付けるならばアヴァランチ・シフトだ。地を這うサソリを片っ端から撃ち貫き、光のピンが地面に縫い留め即席の標本と化す。
純粋な魔力で構成された槍は破壊力の塊だ。甲殻を貫通し、内部から魔物を焼き尽くす。
固定砲台とは私の本領発揮に他ならない。例え魔物が津波の如き物量で押し寄せようが、私の魔法はそれを凌駕する。
ただし黒い森という戦場は非常に遮蔽物が多い。ちゃちな樹木はそれごとぶち抜くのも造作ないが、それでもどうしても射線が通らないケースが往々にして出てくるものだ。
というわけで私の直近には最高のガードを用意した。
ロングレンジからミドルレンジにかけては私の魔法で地形ごと耕して殲滅し、運良くそれを掻い潜ってきた虫けら諸君にはクロスレンジでリスティとシィナの洗礼をプレゼントするという寸法だ。
「『貫通特化』。行け!」
七基の端末の内の三つを、貫通特化モードに変更。
絶え間なく降り注ぎ続ける光の槍が魔物を縫い留め、地形を抉り、後から後から湧き出してくる後続の虫けら諸君の進行ルートを規制する。私がなにも考えずに槍を降らせていたと思ったら大間違いだ。まんまと誘導された虫けら諸君は、戦場を俯瞰する視点からだとお行儀よく縦列に並んで犇めいているように見える。
そしてその正面から、満を持して解き放たれるのは最大火力!
「『烙星の焔』……砲撃ァッッ!!」
横薙ぎに奔った金色の炎が、魔物の列を先頭からケツまで飲み込み、焼失させて通り抜ける。
嗚呼、なんという快感。
恍惚過ぎてチビりそうだ。
やはり全消しで脳汁垂れ流すには入念な準備が肝要であるな。
「うくくっ、次はもっともっと溜めてから消そう!」
ウキウキと魔法を組み立てる私のほうを親愛なる妹が白い目で見てくるが、こっちの姉は自重などしないぞ。
いや、あっちの姉も自重していたかというと微妙なところだが。
ちょっとばかりハッスルし過ぎて魔物の第一波を文字通りに殲滅し、私達は進行を再開した。
道中の話題に上るのは、当然先程まで相手をしていた魔物についてである。
「私は初見の魔物だと思うが、貴様等はどうだ?」
「わたくしも初めて見ました。あれはおそらくサソリ、ですね?」
私の問いに対してシィナは思案気に応じ、リスティは「心当たりがあります」と返す。
「私も聞いたことがあるだけですが、おそらくはもっと南方の国家で見られる類の魔物です。識別名称もそのまま『スコルピオン種』だったはずです」
「なんだ、南国からの旅行者だったか」
本来この王国には出現しないはずの魔物種が、大挙して押し寄せてきたと。
これは一体どういうことだろうか。
術理の産物である魔物にとって姿形というのは存在を規定する以外の意味を持たない。要するにスコルピオン種はああいう姿をしているからああいう姿をしているのであって、なんらかの外的要因――大抵は気候環境や外敵の有無だが――によって必要に迫られてあの形態を獲得したわけではないということだ。これが意味するところは、別にペンギン型の魔物が砂漠国家に現れても不思議じゃないし、サソリ型の魔物が王国に出張してきてもおかしくはない。
出てくること自体はおかしくないが、出てきたことはおかしい。
今まで現れなかったものが突然現れたとなれば、それなりの理由がなくてはならない。しかも一匹二匹ならば迷い込んだと言われても納得出来るが、軍隊もかくやと言わんばかりのあの規模である。
間違いなく、群れを率いている存在が居るはずだ。
「となるとスコルピオンロードか?」
「その可能性は高いかと」
リスティは同意を示したが、若干腑に落ちない表情だ。
私も同感である。
何故っていかに大型種であろうが虫は所詮虫なのだ。魔物は意味があって虫の姿をしているわけではないが、魔物が虫の姿をしていることには意味があるのだ。
大型種が背後に居るとなると、今回の発端である遺留回収依頼の不自然な失敗もその大型種が糸を引いていたと考えるのが妥当なのだが、有り体に言ってスコルピオンロードが居たとしてもそんな悪知恵が働くほどに賢いとは思えないのだ。
というか、先程私に気持ち良く何度もツムツム全消しされていた眷属の有様を見る限りでは、実際、賢い魔物ではあるまい。賢しい魔物として真っ先に思い浮かぶのはいつかのカメレオンである『ヒドゥン種』だが、ああいうのは眷属の小型種であってもやはりそれなりに賢いものなのだ。通説では。
「おや、新手かな?」
などと話しつつも結構な速度で進んでいると、またぞろ周囲に魔物の気配を感じるようになる。
うぞうぞと姿を現したのは馬鹿の一つ覚えのサソリ軍隊である。
「あれだけ討伐したのに……異常な物量ですね」
「普通にオンスロート認定される規模かと」
確かに、ただ一種とはいえ、この数が一斉に森の外を目指せば間違いなくギルドは警報を発するだろう。現在地点は魔界との境界に程近いのでギルドの観測施設がこのサソリ大量発生の異常事態を捉えているかは微妙なところだが、もしかすると既にオンスロート警報が発令されているかもしれない。
「ともすれば、貴様のパパ上がおっとり刀で駆け付けている頃かもしれんな?」
揶揄気味にシィナに言うと、彼女は「否定できませんね」と微笑んだ。
まあ、仮にそうだとしても私達のやることは変わらない。
「うくく!セカンドステージだぁ!」
そんなノリで四面までクリアした私達は、否が応にも一つの傾向を認識する。
物量任せに押し寄せているように見えるスコルピオン種であるが、その布陣には一定の規則性があるのだ。背後で糸を引く存在の可能性は先程示唆した通りだが、どうやらソイツが統制を行っている様子だ。
「わたくし達の進路を誘導しようとしているのでしょうか?」
「というよりは、通せんぼだな」
単純に私達の進行を妨害したいという風でもなく、明らかに特定の方向へと進むことを阻む意図が見える。
普通に考えればその先に居るのはサソリ軍隊の指揮官だろう。つまりは上位種かそれに類するなにか。
しかし気に懸かるのは、
「サソリどもが湧いてくる方向と、進路を阻むために布陣する方角が異なっているのが奇妙だな」
そう、魔物達は別の方向からやって来て、わざわざ回り込むような軌道を描いて移動してまで私達の邪魔をしているのだ。
先にも述べたが、いかに統率者が居ようとも所詮は虫だ。そこに高度な戦術的意図があると考えるよりは、シンプルに思考したほうが余程正解に迫れることだろう。
即ち、奴等は単純に、どうしても私達をそちらに行かせたくないのだ。
「ふむ。行ってみるか」
方角的には若干の寄り道になるが、そもそも目的設定がとりあえず奥地へと進むという程度のアバウトさなのだ。
むしろ具体的な目的を与えてくれてありがとうと言いたいくらいである。
「余程見られたくないものでもあるのでしょうか」
「嫌だと言われるとやりたくなるのが人情だな」
誰だってそう思う。ゲスロリだってそう思う。
私がうむうむと頷いていると、また妹に白い目で見られてしまった。
「何か言いたそうだな、妹よ」
「いえ、思っていても口には出さないでほしいと思っただけです」
「そうは言うがな、教会の教えにだってあるだろう?」
リスティは「え?」と目を丸くした。
私はドヤ顔改めゲス顔で知識を披露する。
「主いわく『他人の嫌がることを率先してやりなさい』とな!」
「…………字面は間違っていないのが腹立たしいですが、姉さんが言うと真逆の意味にしか聞こえないのはある意味で人徳ですね」
え?意味なんて一つしかないでしょう。
どうやら教国語は野蛮なアシュタルテ人には難し過ぎたようだ。
冗談はともかく一応真面目に見解を述べておくと、教会の教義はこういう風に解釈の余地を残し過ぎるから、解釈次第でどこぞのシスターのようなパラノイアが生まれるのだと思うぞっと。
私達の進路が嫌な方向に変わったことに気付いたのか、より苛烈さを増した魔物の妨害を薙ぎ倒したり切り刻んだり大連鎖を組んだりしながら驀進すると、その終点で私達は雅な景色に出会う。
殆ど魔界の植物しか見られなくなっている木立を抜けると、穏やかな空気が流れる静かな水場が広がっていたのだ。
透明度の高い澄んだ湖面は麗しい空色で、湖畔を彩る木々は色彩豊かな季節の表情――をしている魔界植物だ。まるで九寨溝の如く幻想的な、魔界特有の幽玄さと不気味さが奇跡的に調和した絶景であった。
おそらく、既に魔界との境界を越えて、半歩ほど魔界側に踏み込んだ場所に居るのだろう。そのくらいにこの目に映る景色からは現実味が排除されているように思える。
「サソリどもの追撃が止んだな」
景色に見惚れるシィナとリスティを尻目に私が背後を確認して呟くと、ハッと我に返った二人も『そう言えば』という顔になる。
その理由らしきものは察しがついていた。
ここから程近い湖畔の岩の上に、暢気に寝転がっている男が居るのだ。私はリスティ達に目配せをすると、警戒を維持したまま岸辺を歩き、そちらへと向かった。
距離を詰め過ぎず、会話が出来るギリギリくらいを見定めて足を止めると、同じタイミングで男に動きがあった。男は岩の上で寝返りをうつように身体を捩ると、当然の帰結として不安定な岩の上から転がり落ち、しかし空中で危なげなく体勢を整えて軽やかに着地した。
砂利を踏む音を微かに立てて、岩を背にした男と私達が相対する。
男は胡乱な目付きでこちらを睥睨すると、低い声で呟く。
「なんでこっちに客が来るんだ…………まあスコールだししゃあねえか」
溜息を吐いた男は、解すように首をこきりと鳴らした。
まだ渋くなり切れない若い声だ。
見た目の年齢はアラサーぐらいだろうか。威風堂々とした体格の持ち主で、その身に纏うのは黒染めの騎士甲冑だった。重鎧ではなく、どちらかというと礼装に近い軽鎧だ。甲冑の随所に施されたエングレービングが息遣いのように碧い明滅を繰り返して、まるで鎧が生きているようだ。その上から羽織ったマントは影を織ったような不定形で、やはりそのものが生きているみたいに蠢いている。
その眼は人型の魔物に特有の反転瞳で、本来白目の部分が黒く、その中に填る虹彩は鮮やかな翡翠色をしている。開いているのは右目だけで、閉じた左目には瞼の上から複雑な刺青が入れられていた。瞼を閉じた状態で完成するデザインは、まるで瞳が開かないように封をしているような印象を受ける。
獣じみた荒々しいシルエットの頭髪は漆黒で、その頭部の正面と左右には禍々しい角が生えている。左側だけが矢鱈と肥大化した、アシンメトリなクラウンの如き造形である。
魔王感すげえな。
私は内心で独り言ちるが、男の色彩は絵に描いたような魔王色とは言え、私が原作で見知っている『宵の魔王』とは容姿が異なる。
「昼寝の邪魔をしてしまったかな?」
私が声を掛けると、男は翡翠の隻眼で無感動にこちらを見遣る。
「そいつは皮肉か?」
「うん?」
「ああいや、魔物は寝ねえんだ。構造的に不眠症なんだよ」
へぇーそうなんか。
なんだ?意外とフランクだな。
などと考えながらも私の思考はフル回転中だ。なにせコイツの得体が知れない。人型の魔物であることは状況的にわかるが、少なくとも原作に登場したキャラクターではなさそうだ。いやもしかしたらあのイカすマントが変形してフード付きのローブになって中ボス(仮)に早変わりするという可能性も否定は出来ないが、たぶん違う。中ボス(仮)はもっと胡散臭いキャラだった気がする。
こんな、ちょっとガラの悪い兄ちゃん風ではなかった。
「面倒くせえが――」
男が徐に右腕を肩の高さまで上げると、その手に握られるようにしてこれまた漆黒のバスタードソードが出現する。闇色の炎が収束して剣の形を織り成す感じ、私の厨二心にビンビン刺さって仕方がない。今度作る魔法はああいう感じにしようってのは余談として。
彼は剣を肩に担ぐと、私達から視線を外して己が寝ていた岩の上に声を掛けた。
「おい、チビラギ!」
呼ばれてひょっこりと顔を出したのは、よく似た色彩の少女であった。
ただ、男に似ている以上に、私の横に居るシィナにあらゆる意味でよく似ている。その頭髪、肌の色、東方風の装い、背格好が相似する。わかりやすい違いは、少女の瞳の色は黒ではなく赤であるということか。
少女は岩の上から飛び立つと、重力のない所作でふんわりと男の横に降り立った。
その姿を見たシィナが、ほんの微かな声音で「違う……」と呟くのが聞こえる。
あの少女が噂のスメラギなる人物であるのは疑いようがないが、どうやら『闇の巫女』とは顔が違うらしい。
「んで、どれが『有格者』だ?」
男がスメラギに問い掛けると、彼女は私達三人の顔を順番に眺めて、ふるふると首を振った。
「居ません」
「ああ?居ねえだぁ?」
「はい。私が見つけた有格者はセラフィーナという桃色髪の少女」
セラフィーナちゃんだと?
確かに彼女はスメラギと出会っているはずだが、有格者とはなんのことだ。一級技能士とかでないのはわかるが。
そして結局スメラギとは何者なのか。黒い騎士甲冑の男はどう見ても魔物だ。だがスメラギは外見上は人間に見える。人間の少女が魔物の男とどうして共に居るのか。それもこんなほぼ魔界みたいな場所で。彼女が闇の巫女本人ならばわからないでもなかったが、違うみたいだし。
更に言えば、利害関係だけで結び付いているようにも見えない。わりかし親密な気配すら垣間見える。
「つうことは、コイツ等は客ですらねえ……ってことだな」
「そうですね」
「んじゃあ――」
男の隻眼が剣呑な輝きを放ったと思った瞬間には、彼は足元の砂利を爆発させてこちらへと踏み込んできていた。
重そうな装備だというのに、影と化したマリアみたいな理不尽に速い挙動である。
対する私は何もしなかった。何故ならこちらには最強のチート防御があるので。
『白魔礼装』
男の踏み込みが速ければ速いほど、周囲の時間は遅くなる。殆ど時が止まった世界の中で、私は悠々と対抗手段を構築すべく男の姿を観察し、
「む?」
妙な事象が起きる。
男の閉じられた左目の上に走る刺青が、碧い輝きを放っている。それは光の粒子となって肌から浮き上がり、そのまま虚空に解けて消えていった。瞼を封じていた刺青が消えたからか、男の左目が開かれ、私はそこに翡翠の右目とは異なる碧い輝きを見た。
まるで大海の如く。あるいは深海の如く。
底の知れない無限の碧を押し込めたような、茫漠さを秘めた異相の瞳であった。
碧の瞳が私の姿を捉えた瞬間、軛から解き放たれたように男の身体が動きを取り戻す。
私はまったく反応出来ていなかった。自己暗示によって『転神』を超えた先の形態である『転魔』の状態にある今の私は、反射の領域で時間を操ることが出来る。私が世界を知覚する限りにおいて、私の手管はシスターレイチェルの自在斬撃にすら先んじる。
だが、男は止まらなかった。
否、時間が止まらないのだ。
「――――ッ!!」
吸い込まれるように私の首を両断するはずだった漆黒の刃が、甲高い金属音に阻まれた。
やはり停滞せずに動くことが出来ているシィナが、咄嗟に抜刀して割り込んだのだ。
険しい顔で鍔迫り合いをする彼女の双眸は、本来の黒ではなくスメラギと同じ赤の色彩に染まっている。異国の王族から連綿と受け継がれてきた『暁月の巫眼』が、しのぎ合う刃が散らす火花を反射して輝く。
「『暁月』だと?テメェもスメラギかよ……!」
シィナの瞳を覗き込んだ男が舌打ちを零し、それを掻き消すように『がぉん』と銃声が響いた。
双銃を構えたリスティが至近距離から発砲したのだ。二度、三度と連続して放たれた魔力の弾丸を、男は後方へと飛び退りながら器用にバスタードソードで弾き、斬り払った。
そして最初の位置に戻り、振り上げた拳でスメラギの頭をぽかんと叩く。
「痛いです」
力の籠っていない叩き方だったが、ガントレットに包まれた拳はそれだけで痛かろう。
静かにじわりと涙目になったスメラギに、男が捲し立てた。
「おいチビラギ、どういうことだこりゃあ。有格者どころか『昇格者』が混じってるじゃねえか」
「私も知らなかった。ごめんなさい」
「この眼がなかったら今ので死んでたぞ。俺がな」
そう言って男は、再び刺青で以て封印された左目を示した。
おそらくは先程、私の白魔礼装を無力化したのがあの瞳の能力なのだろう。カウンタースペルの類だろうか。今この瞬間に私が時間を停滞させれば、十中八九、時間が遅くなる代わりに彼の瞳が開くだけに終わるのだろう。
「その『昇格者』というのは私のことか?」
答えを期待しての問い掛けではなかったが、案外とあっさり男は肯定を示した。
「そうだ。アンタみてえな人間辞めたバケモノのことだ」
「正真正銘のバケモノに認められるとは鼻が高いな」
つまりは、原作で言うところの上位属性持ちのことか?
有格者と昇格者の違いがわからないが、セラフィーナちゃんを見る限りでは上位属性に目覚めているような気配はなかったから、自身の属性を自覚しているか、あるいは使いこなしているかで呼び名が変わるのか?
だとすれば、何故彼等はそれを求めているのだ。なんのために?
黙考する私を背後に庇うように、シィナが一歩前に出る。納刀した太刀の柄に手を添えた臨戦態勢のままだが、凛然と背筋を伸ばした立ち姿。彼女の抜刀術には姿勢を問わないらしいので、棒立ちからでも必殺の一太刀を繰り出せる。
消耗の大きい巫眼は解除して、今は彼女本来の黒曜の瞳となっている。
「わたくしはイオ・キサラギ・フレンネルと申します。スメラギ家の傍系である当代フレンネルの長女でございます。現在は故あって別名を名乗っておりますが……以後お見知りおきを」
めちゃクソ丁寧に名乗った彼女がお辞儀をすると、向こう側のスメラギが釣られてぺこりと頭を下げた。
ちょっと和むんだが。
「お二人のお名前を伺っても?」
相手に名を尋ねるときはまず自分から名乗ること、を地で行くシィナに問い掛けられて、スメラギは少し逡巡した様子であったが、一方の魔物男は然程も悩む素振りもなく口を開いた。その辺の価値観が人間とは違うのかもしれないな。
「俺はフェンリスと呼ばれている。アンタ等が言うところの魔物だな」
フェンリス……やはり聞き覚えのない名だ。
原作にも出てこなかった気がする。うろ覚えは私の伝統芸能なので確証はないが。
そして、そのままの流れでフェンリスは隣のスメラギの頭に手を置く。
「んでコイツはチビラギだ」
「違います。私はスメラギ」
「あーはいはい。小さいほうのスメラギ、だな」
ぺいっと手を叩かれても文字通り痛くも痒くもなさそうなフェンリスに、スメラギはむっすりとした視線を送っている。
成程、小さいほうのスメラギだから『チビラギ』か。嫌いじゃないわそのセンス。とか言ってる場合じゃなくて、小さいほうが居るってことはつまり――、
「もしかして、大きいほうのスメラギさんも居るのか?」
私の質問にスメラギは口を噤んだが、彼女が喋らずともどうせ隣のフェンリスが喋ってしまうと思い直したのか、渋々と口を開いた。
「大きいほう、かはわからないけど……確かにスメラギはもう一人居る」
それから、そっと添えるように、小さな声で。
「私の、おかあさん」




