297話_side_Pr_バッヘル支部_ロビー
~"転生令嬢"プリムローズ~
「クロードさん達の母体となる組織が判明しました」
「ほう?」
リスティからの定時報告。彼女はそんな情報を引っ提げてきた。
母体というからには、やはり彼等はパーティー単独で活動しているわけではなく、なんらかの組織に属しているということだ。クロードくんの口振りからそんな気はしていたが、一番考えられるのはクランだろうか。
「いえ、彼等はクランに属していません」
「あら」
「彼等の母体は宗教団体です」
ふむ。まあそこまではいい。知ってたって話だ。
その裏が取れたことはそれなりに収穫だが、問題はその団体の実態である。
「調べによると、クロードさん以下パーティーのメンバーは全員が同じ宗教に帰依しています。ああ、ランディーさんとセラフィーナさんは違いますよ。後者に関しては今となっては信徒になっていても不思議ではありませんが」
「全員?レベッカさんも?」
「そうです」
あちゃー、てことはやっぱりレベッカさんとクロードくん達はグルか。ランディーくんの脱退の一騒動は最初から仕組まれた狂言だったということで、ベルさん曰くガチレズのレベッカさんなので、もしかすると不倫云々のいざこざも狂言かもしれない。
まあそれも別にいい。当事者でない私達にとっては関係のないことだ。
「その宗教団体は、名を『グランツリリィ教団』と言います。おそらくは然程歴史の長くない新興宗教の類ですね」
「ふぅん。差し詰め『GL教』ってところか」
直訳するならば『輝く百合の花』かな?綺麗な名前だと思うけど、名前から実態が欠片も想定出来なくて胡散臭いと思ってしまうのは私の偏見だろう。
「どんな宗教?」
「わかりません」
「はい?」
一番大事なとこじゃん!
私が視線で訴えるとリスティは『わかっとるわい!』とでも言いたげに顔を顰めた。
「そこまで調査が及んでいない理由は複数あります。まず宗教の規模が小さい。入信者の獲得手段をヘッドハント――信徒による直接の勧誘に限定しているようなので、広報活動を必要としない。そしてなにより、信徒の口がとても固い」
「あー、そういえばクロードくんも言ってたわ。同門以外には喋れないとか戒律で決まってるって」
どうやら口から出まかせではなく本当のことだったようだ。いやわからんけど。
「しかし、そのような戒律が存在しているという事実から判断できることもあります」
「要するに、隠したいことがありますって言ってるようなもんだからねぇ」
「勿論、一概に後ろ暗いものと決め付けはできませんが」
「GL教が『教団』の下部組織である可能性は?」
あるいは内部の一派閥。教団内での宗派の一つが別の名前を名乗って活動しているという線もある。
リスティは緩く首を振った。
「否定はできない、としか言えませんね」
だろうなぁ。『教会』さんのほうを見ればわかるけど、規模の大きな宗教組織になるほどに、ぶら下がっている傘下の数は膨大になる。直接の繋がりが無くても実質同じ教えに帰依しているというパチモン宗教みたいなのまで氾濫しているから最早把握不能である。
「そういえば、てことはレベッカさんて最初からクロードパーティーのメンバーだったの?」
「いえ。クロードさんのパーティーが少し前までフルメンバーだったのは事実で、しかしその中にレベッカさんは居ません」
「クロードくんは亡くなった仲間の弔いでバッヘルに来たって言ってたけど」
じゃあ死んじゃったメンバーが居たというのは事実か?
「それも嘘です」
嘘かい!
よかった、死んじゃったメンバーは居なかったんだね……!
「居なくなった二人というのは何らかの理由で円満にパーティーを脱退しています。二人とも男性で、現在も健在です。そもそも私が調査の足掛かりにしたのはそこからなので」
「へー。皆男性ってことはクレアさんは本当に紅一点だったのね」
「そのようで」
討伐者社会の男女比的には珍しくない比率だが、ただ普通は推奨されない編成である。普通はせめてもう一人女性を登用するか、それか男性だけで固めるようにする。何故ってトラブルの種になるからだ。主にパーティー内恋愛的な意味で。
つまりたった一人の雌を巡って雄同士の衝突が起きてギスるねんな。これは性別が逆でも起きることだ。
女性特有のあれこれもあるだろうから、男所帯に女一人って誰も察してくれなくて普通に辛いと思うんだけど、クレアさんは強いな。
「ちなみにレベッカさんの不倫騒動の件ですが」
「不倫された騒動って言ったげて」
「どちらでもいいですが、これは実際にそのような騒動が起きていたようですね。ただ、彼女自身が語ったとされるそれとは若干配役が異なっているようですが」
「性別的な意味で?」
「性別的な意味で」
察し。
ガチレズだからねしょうがないね。
てことは、レベッカさんはクロードくん達と同じ宗教に属している人間だったが、クロードくん達と面識があったわけではなくて、別の場所で別の活動をしていたということだ。その不倫された騒動に宗教が関係しているのか、それともレベッカさんの個人的な痴情の縺れなのかは知らないが、要するに丁度タイミングよく近くに居たので、ランディーくんを追い出すためのキャストとして招集されたというだけのことなのだろう。
「にしてもよく調べられたわね。別の支部での話でしょ?」
「私にも伝手がないわけではないので」
そりゃそうか。ドロシーとしての活動歴は長いもんね。今はエンディミオン魔法学院を活動拠点にしているが、学生からの依頼だって全部が学内で完結するわけじゃないだろうし、外部にそれなりにパイプを持っているのは職業上当然のことではある。
アンダーグラウンドにはアンダーグラウンドの人間関係が存在しているものなので、暗殺者時代に懇意にしていた相手に挨拶がてらに調査依頼してきたとか、そんなところだろう。その辺は彼女の裁量に任せているので、結果を出してくれている分には文句などない。
「伝手のほうにはそのまま調査を継続してもらっていますので、今は続報待ちですね」
「了解。じゃあそっちは置いといて、こっちに取り掛かりましょうか」
私はぺろりと唇を舐めた。
予てより考えていた方針を、そろそろ実行に移すべき時期だろう。
そう。黒い森奥地の調査である。
リスティとシィナを連れて三人でギルド支部を訪れると、ロビーは昨日に引き続いて不穏な雰囲気だった。
昨日の時点では遺留回収が難航しているとかって話だったけど、その関連だろうか。
丁度いいタイミングで、私達の登場に気付いたベルさんとレーナちゃんがこちらに歩いてきてくれたので、事態を説明してもらう。
「――というわけで、先程既にクロード君のパーティーが遺留回収と救援捜索のために出発したよ」
「ていうと、セラフィーナちゃんも?」
「みたいだね」
大丈夫だろうか。
パーティーの実力的には大丈夫だと思うが。セラフィーナちゃん自身はともかくとして、クロードくん達は全員が『レベル3』の討伐者だ。ベルさんやレーナちゃんと同レベルの実力者であるということだ。このバッヘル領の黒い森の規模と出現する魔物種の内訳を考えた時、クロードくんのパーティーが苦戦するような状況はまず起こり得ない。先日現れたマンティス種が群れで襲ってきたとしても卒なく討伐可能だろう。
それこそ、大型種のマンティスロードでも出てくれば話は別だが。
「結界の観測情報は?」
黒い森を囲むように敷設されたギルドの結界は、魔物を封じ込めると同時に黒い森内部の動向を探るための観測施設でもある。エンディミオンのそれと同じことで、要は黒い森の内部で魔物の異常発生や、強力な魔物出現がないことを魔力的に観測しているのだ。
「今のところは異常なしだね。ただ、黒い森の奥地になると魔界の影響で観測波が通らないからね。結局、奥で何が起きているのかは実際に行って確かめてみるしかない」
「少なくとも、大型種やオンスロートの兆候は無いってことね」
「それがあったら、もっとてんやわんやになっているよ」
そりゃそうだ。
そもそもを言えば、ここの森の規模だと大型種は出現しないだろう。森の最奥、魔界とのゲートの規模はそのまま森の規模に比例する。大型種の魔物は術理的に大き過ぎて、この森のゲートでは通行が出来ないのだ。
ただ、それというのも完全には出て来られないというだけの話で、奥地でうろついている可能性は普通にある。というのも、どこまでが『森の奥地』でどこからが『魔界の出口』であるのかは厳密に仕切れないので。
「ベルさん達はここで待機かしら?」
「そうなるね。なにをするわけでもないけど、一応、即応できるようにしておこうかなと。応援が必要な事態にならないとも限らないし」
スレイさん達は?と問い返されたので、私は肩を竦めておく。
「私達はいつもどおりに草むしりでもしてるわ」
まあ途中でちょっと寄り道して魔界訪問したりするかもしれないけど。
「そう……」
ベルさんは思案気に眉を顰めると、それから声を潜めて問いを重ねてくる。
「ねえスレイさん。もしかして、シィナちゃんがここに来たことと、今起きている事態は関係しているのかな」
私は答える代わりにシィナを一瞥する。
視線を向けられた彼女は、胸に手を当てて静かに応じた。
「それを確かめるために、罷り越したのです」
「成程……レーナちゃん、どうやら私達も少し気を引き締めておいたほうが良さそうだ」
「事情はわかりませんが、わたくしに任せなさい!」
無駄に自信満々なレーナちゃんがそこはかとなく不安だが、とはいえ彼女は二つ名持ちの実力者だ。もしもの時には自信に恥じない働きを見せてくれることだろう。
「それじゃあ私達、依頼受けてくるから。ベルさん、レーナちゃん、ばいばい」
彼女等に別れを告げてクエストボードに向かおうとすると、数歩離れた所で背後からベルさんに呼び止められる。
「スレイさん!」
「なぁに?」
振り向くと、彼女は真剣な顔で私を見ていた。
「気を付けてね」
「……貴女達もね」
それから、私はこれだけは言っておこうと思い立つ。
「ベルさん、もしかしたら私達は戻らないかもしれない。でもその時は、私達は最初から居なかったというだけの話だから、気にしないでね」
場合によっては、であるが。そもそも亡霊である私やリスティはそのまま消えるという選択肢を取る可能性がある。今のところその予定はないけれど、何があるかわからないから、せめてベルさんには言っておかねばなるまい。
居なくなった私達を探す必要はない、と。
死体が出てこない限りは私達はどこかでピンピンしているので、もし消息不明になっても気に病まないで欲しいから。
ちなみにシィナのほうも似たようなものだ。シィナはレベル2の討伐者であることからわかるように、彼女は討伐者として今回以前にも活動歴がある。シィナという偽名はその時から使っているものだそうで、ライセンスカードの名前もそうなっている。なおその活動実績はフレンネルの後継者としての武者修行の一環で培ったものらしく、その時同行していたレキちゃんとソシエくんもそれぞれ偽名のライセンスを持っているとかなんとか。
要は、必要に応じて消えることが出来る人間なのである。シィナも。
私の言葉を受けて、ベルさんは「縁起でもないなぁ」と苦笑した。
「そうならないことを祈っているよ」
全然驚いた様子もなく応じるベルさんの様子を見るに、私達がそういう存在――暗部で活動する人間であることはとうの昔に気付いていたのだろう。
あからさまに事情がありますっていうムーブしてるから、そりゃあ気付くだろうって話だけど。
「まあ、その時はシィナちゃんの実家にでも訪ねてみることにするさ」
「その手があったか」
「でも私は、できればハイゼンちゃん達の口からキミ達の正体を教えて欲しいな」
ベルさんが向けてくれる親愛は素直に嬉しい。
だから私も精一杯の誠意で返そう。
「ことが終わった時、私達がまだ存在していたら、ね」




