296話_side_Ser_バッヘル領_某所
~"討伐者の少女"セラフィーナ~
「…………なるほど。お話はわかりました」
わたしの申し出を聞き届けたクロードさんは、苦い表情で言った。
ここは元々彼等が滞在先として利用していた宿屋で、クレアさんの部屋に置いてもらってる都合上、今はわたしの居所でもある。宿の酒場は日中はカフェとして営業しているので、その一角にパーティーの現メンバーが全員集合している。
わたしが頼んで、集まってもらったのだ。
用件は、わたしからの脱退の申し出、である。
ランディーから誘われたのだ。とあるクランに拾ってもらえることになったから一緒に来ないか、と。彼にとってもわたしにとっても予想だにしなかった展開であるが、実力不足を悟ってこのパーティーを脱退したランディーがその直後にたまたま知り合った相手が誘ってくれたのだとか。
勿論、わたしは一も二もなく頷いた。
よくしてくれたクロードさん達には重ね重ね申し訳ないことだが、それでもやっぱり、わたしはランディーと一緒が良い。パーティーではなくクランという規模であれば、わたしは彼と同じ場所に居られるのだ。結局実力とか役割云々の話は付いて回るので、ランディーと一緒に活動することは出来ない――というかランディー自身に断られるかもだけど、でも同じクランに居られるのなら、少なくとも離別ではない。
「正直なところを申し上げると、非常に辛いですが」
クロードさんは緩く頭を振って、それからいつも通りの柔和な笑みを浮かべた。
「それがセラフィーナさんの決断であれば、僕達は支持しますよ」
「本当に、ごめんなさい。勝手ばかりで……」
ランディーの件も含めて、クロードさん達には本当に迷惑ばかり掛けてしまった気がする。
こんなに色々なことを教えてもらって、加入祝いまで買ってもらったのに、なんの恩も返せていない。でも、恩を返せるまでパーティーで働くと言ったところで、未熟なわたしが、しかも心が既に離れてしまった状態でパーティーに居座っても邪魔なだけだろう。
わたしがチラチラとクレアさんのほうを窺っていると、その視線を追ったクロードさんが再び口を開く。
「僕達からの投資……というか贈り物については気に病む必要はありませんよ。返せとも言いません。結果的には一時的、とはいえ貴女は僕達の仲間だったのですから、仲間を援助するのは当たり前のことです」
「嬢ちゃんだけじゃなくて、坊主もな」
横から口を挟んだロルフさんがにっかりと笑う。
「坊主の剣も、嬢ちゃんの服も、俺達が好きで贈ったんだぜ。気に病むくらいなら今後も遠慮なく使い潰してくれや」
「そうだねー。あ、でも私達も流石に思うところがないわけじゃないよ。キミが抜けた後にこっそり文句を言うくらいは許して欲しいな。ちゃんと聞こえないように罵倒するから安心して」
冗談っぽく付け足したヴェルナーさんの言葉が、いかにも皮肉屋な彼らしくてわたしは少し笑ってしまう。
そんな遣り取りを横で傍観していたレベッカさんは気まずそうな顔だ。
「なぁんか、結果的にアタシが引っ掻きまわして全部台無しにしちゃった感?」
「そうだねー」
「いやんヴェルちんそこは嘘でも否定して?」
「誰がヴェルちんだ」
確かにランディーが脱退する直接の契機となったのはレベッカさんの存在だが、しかしそれ以前に彼は脱退を決めていたようなので、レベッカさんに責任はない。本当にただのきっかけだったのだ。
そして相次いでわたしが抜けてしまうのは、これは完全にわたし自身の弱さと甘えが原因だ。
「まあしかし……やっぱこうなったか、ってところだな」
ロルフさんは椅子の背凭れをぎしと揺らして天井を仰いだ。
やっぱり、ということは彼等はわたしがランディーの後を追って抜けることを見越していたのだろうか。結果こうなっているので反論の言葉もないが、強いて言わせてもらえば、わたしだってランディーから誘われなければこのパーティーでやっていくつもりでいた。
だからこそ、いけ好かないハイゼンさんに相談染みたことをしてまでレベッカさんを理解しようと頑張ってみたりしてたわけだし。ちなみにあの日ハイゼンさんからもらってしまった変なお守りみたいなのは、どうにも扱いに困ってなんとなく外套の内ポケットに突っこんだままである。
ロルフさんの呟きにまたヴェルナーさんが応じる。
「私も、ランディー君があの『激震』と一緒に居た時点で、こうなる気はしてたんだよねー」
「『激震』?」
知らない単語が出てきてわたしは首を傾げた。
「セラフィーナさんは見掛けていませんか。この頃ランディー君と共に行動していることが多い女性が居るでしょう。藤色の長髪の」
「ああ、はい」
彼女のことなら知っている。だってランディーがわたしを誘いに来てくれた時に一緒に居たから。最初はランディーとの仲を勘繰ってしまったが、なんのことはなくて、ランディーを拾ってくれたクランの人だった。
そりゃそうよね、とわたしは安堵したものだ。あんな凄まじい美人がランディーなんかにそっちの意味で興味示すわけないもん。ぜったい。
あの人が『激震』と呼ばれている、ということなのか。
「『激震』ことマクダレーナ・エデルトルート・カマセーヌと言えば、『蒼雷』ルーク・トレーゼ・ダンクーガと並んで次世代のホープと目される人物だねぇ」
「へぇー」
そうなんだ。そんなに凄い人だったのか。
なんか、正直、ちょっと、というかだいぶ、おバカな印象だったんだけど。しかもミドルネーム持ちってことは貴族じゃないか。確かに、身嗜みとか立ち居振る舞いは貴族と言われても納得の洗練具合だったけど、高貴さは微塵も感じなかったなぁ。
「ところでその『激震』とか『蒼雷』って、なんなんですか?」
「おっとそこからか」
ヴェルナーさんは肩透かしを食らったように眉を跳ねさせた。
すいませんね無学で。
「これは所謂『二つ名』というものだよ。国際魔法協会という権威から認められた証でもある。まあ、私達魔法使いにとっては憧れであり目指すべき頂の一つと言えるかもね」
「要するに、魔法使いとして特筆すべき技能を有していると世界的に認められた者だけが名乗れるもの、だと覚えておけば大差ないですよ」
彼等の説明にわたしは間抜け面で相槌を打つことしか出来ない。つい最近魔法使いデビューをしたばかりのわたしには少しばかり遠い世界のお話過ぎて。あのマクダレーナさんという人はわたしとそう年齢は変わらないと思ったのだけど、それなのに既にそんな称号を与えられるほどの魔法使いだなんて、おバカっぽいけど凄い人だったんだな。
「と言ってもぉ、生まれ持った才能だけで選ばれる人も少なくないから、二つ名持ちが必ずしも卓越した魔法使いってわけじゃあないんだけどねぇ」
肩を竦めてそう言ったのはレベッカさんだ。あ、そういえばこの人も魔法使いだった。
彼女の言葉にヴェルナーさんも思うところがありそうな態度で応じる。
「確かにね。それにそもそも協会の審理の場に挙げてもらわないと始まらないから、もしかしたら才能や技量以上にコネが大事ってのが世知辛いよね」
「はぁ、魔法使いの社会にも色々あるんですね……」
完全に傍観者気分で呟いていると、苦笑気味のクロードさんに「他人事ではないかもしれませんよ?」とツッコミを入れられてしまった。
そりゃあわたしも魔法使いの端くれにはなれたけど、才能は平凡だろうし、技量は未熟も良いところだし、コネなんてあるわけがない。
「まあ二つ名談義はさておいて、相手がアレじゃあなければ『ウチのパーティーメンバー引き抜くのやめてくれません?』って喧嘩売っても良いところなんだけどなぁ」
「『剣の誓い』が相手じゃ無理だろ。逆立ちしても勝てっこねえ」
「だよねぇ」
その辺のこと、勧誘に来たランディーとマクダレーナさんから多少は聞いている。マクダレーナさんの所属するクランである『剣の誓い』は最高ランクのクランであり、王国の討伐者界隈では知らない者のほうが珍しい程の有力クランらしいのだ。普通に知らなかったわたしやランディーが特殊だったのだ。
ちなみにこれは大事なことなので言っておくけど、実は今バッヘルで活動している『剣の誓い』メンバーはもう一人居て、それがあのベルと名乗っていた女性である。ハイゼン姉妹とパーティーを組んでいる彼女だ。聞くところによるとベルさんのほうがマクダレーナさんより立場が上みたい。
で、となると当然気になるのはハイゼン姉妹も同じクランなのかってことだけど、これは違うらしい。
あの二人は最初から別のクランに所属しているので、わたしが『剣の誓い』にお世話になることになったとしても、ハイゼンさんの後輩になるわけではない。これ大事。よかった。
「そういうわけで、セラフィーナさん」
クロードさんに改めて名を呼ばれ、わたしは咄嗟に背筋を伸ばした。
「『剣の誓い』は有力なクランです。そして限られた人間しか所属できないことでも有名です。そこに招かれたということは間違いなく栄転ですし、貴女とランディー君の前途は明るいでしょう」
「どうせなら、向こうでにょきにょき頭角を現して有名になってくれて構わないよ。そしたら私、『彼女は自分が育てました』ってのを売り文句にするから」
「ヴェルナーはヴェルナーだからこんな言い方だが、これでも激励してんだ。ま、坊主ともども頑張れや。応援してるぜ」
男性陣から口々に暖かい言葉を掛けられて、わたしは涙ぐんでしまった。
本当に迷惑ばかりしか掛けていないし、お世話になりっぱなしだったのに。
まだパーティーに加入したばかりのレベッカさんは何かを言う義理でもないと判断したのか、言葉こそ発しなかったが、わたしに向けてウィンクしながらサムズアップをくれた。派手な美貌を不思議と損なわないチャーミングな所作であった。初対面の印象がアレだったから敬遠しがちだったけど、なんだかんだでこの人も悪い人ではなかった。
そして――、
「ほら、クレアさんも、いつまで黙り込んでいるのですか」
仕方ないな、という苦笑でクロードさんに促されて、むっつりと黙り込んでいたクレアさんはその表情のまま「別に」と呟いた。
そんな彼女に他の面々が口々に声を掛ける。
「拗ねてないで、言いたいこと言っておくべきだと思うなぁ私は」
「だな。別に今生の別れってわけじゃねぇんだ。ここで拗らせるとむしろ今後会い難くなるぜ」
「ちょっと男子ぃ、無責任なこと言わないでよね。アンタ等と違って乙女心は繊細なのよぅ」
するとクレアさんは徐に立ち上がり、わたしの手を引いて歩き出した。
強い力で引かれながらも、この場はもういいのかと思ってわたしが後ろを振り向くと、クロードさんがにこやかに手を振ってくれた。どうやらクレアさんと一緒に行けという意味らしい。
なおその横では安定のヴェルナーさんが「乙女じゃない人に乙女心を説かれてもなぁー」と要らないことを口走ってレベッカさんにぶっ飛ばされていた。早くも力関係が定まったようでなによりである。
そうしてやってきたのはわたし達が滞在している部屋だ。
ランディーと一緒に借りていた部屋は引き払ってしまったので、今はわたしの少ない私物は全てここに置かせてもらっている。と言っても鞄二つにも満たない量だが。
「座って」
クレアさんは室内のテーブルを示して言葉少なに告げると、自身は奥へと向かってなにやらごそごそと棚を漁っているようだった。
わたしは言われた通りに椅子に座ると、思考を回して言葉を探した。先程までのクロードさん達との会話で、クレアさんは一度も口を開かなかった。ずっと黙り込んだまま、わたしのほうを見なかった。
きっと、怒っているのだ。
いや、怒っていないはずがない。
あんなに親身に世話を焼いてくれて、たくさんのことを教えてくれて、服まで買ってくれて。
彼女がくれたたくさんの恩を、わたしは身勝手な理由で裏切ったのだ。
「セラちー」
奥からクレアさんの声が聞こえた。ここからでは姿は見えない。
「たぶん勘違いしてるから言っとくけど、別に怒ってないし」
「え?」
クレアさんの声音は、その言葉通りにとても穏やかだった。
「これも勘違いして欲しくないから言うけど、私は別に、セラちーの先輩だから義務感で世話を焼いたわけじゃないし」
喋りながらも、クレアさんはなおも何かを探しているようだ。
「私がセラちーを気に入ったから。セラちーのことが好きだからやったことだし。その証拠に、ランディーとは全然扱い違ったでしょ?」
「えっと、あはは……」
うん。それはね。
クレアさんってば明らかにランディーに当たり強かったもんなぁ。義務感で世話を焼いていたなら新人二人にあからさまな差を付けたりしない。だからわたしに対する優遇は全部が全部クレアさんの好意によるものだと言っているのだ。
それはそれでどうなのというか、ランディーに悪い気がしなくもないというか、もしかして彼が抜けちゃった理由の一端ってクレアさんの態度なんじゃとか、色々と思うところはあるけど、とりあえずわたしは愛想笑いをしておいた。
「セラちーが抜けちゃうのは寂しいけど、セラちーが今よりもいい環境に行けるのなら、私は嬉しいし、応援するし」
「クレアさん……」
「『剣の誓い』は旅するクランだから、きっとまたどこかで会うこともあるし。お互いに生きていれば。だから、その……」
クレアさんは棚の影からひょっこりと顔を覗かせた。
「これからも、仲良くして欲しいし」
「っもちろんです!こちらこそ!」
彼女の言葉が嬉しくて、わたしは思わず立ち上がっていた。
脱退を申し出て、恨み言を言われて当然だし、ともすれば罵倒されるまであるかもと思っていただけに、彼等の優しい言葉が嬉しい反面、どうしても申し訳なさが募ってくる。こんなに良い人達なのに、という思いが拭えない。
だけどわたしはランディーと共に行くことを選んだのだ。
「ありがと。セラちー。大好き」
「わたしも大好きです。クレアさん」
「というわけで、これだし」
棚の影から出てきてわたしの傍まで来たクレアさんは、その手に持っていた物をテーブルの上に置いた。
どんと存在感を主張するそれは、どこからどう見ても、
「ええと。お酒……?」
「とっておきだし」
得意げに胸を張るクレアさんはとっても良い笑顔だ。
というかずっとこれを探してごそごそしてたんですか。
枕に出来そうなくらいに巨大な酒瓶はわたしにとっては未知のオブジェに他ならないが、クレアさんとの対比は見慣れたものだ。というのも、クレアさんは可憐な見かけによらずとんでもない酒豪らしいのだ。
三度の飯より酒が好きと豪語してやまない女性なのである。
「セラちー。一緒に呑もうず」
「え?ええっ!?今ですかっ!?」
「もち。いつやるし。今でしょ」
まだ日も高いうちから酒盛りなんて良いのかなと思わないでもないけど、まあ討伐者だし。夜に活動して朝に眠る討伐者なら、日が出ているうちに酒盛りするのも道理……なのかなぁ?
とはいえ、実のところこのセラフィーナ、お酒を飲んだことがない。
ランディーと二人だった頃はそんな余裕がなかったし、クロードさん達のパーティーに入ってからも食事の際はお茶とかお水とかで済ましていたのだ。なのでわたしが尻込みしていると、一転してクレアさんは意気消沈した。
「最後くらい、いいかなって思ったんだけど……思い出作りだし」
「うっ」
「でも、ごめん。セラちーが嫌ならやめるし……ぐすっ」
「ううう」
「セラちーと呑む日を、楽しみにしてたのになぁー…………ちらっ」
「あーもうっわかりましたぁ!呑みます呑みましょう呑ませてくださぁーい!!」
「そうこなくちゃ!し」
けろっと涙を引っ込めて意気揚々とグラスを取りに行くクレアさんを見送るでもなく、わたしは脱力してテーブルに突っ伏した。
術中に嵌っている感は否めないけど、それでクレアさんが喜んでくれるならまあいっか。
ただ、きっと見間違いだと思うけど。
グラスを取りに行く時のクレアさんの口元が、酷く歪んだような笑みに見えた気がしたのだ。
――視界が、ぐらりと揺れた。
「あれぇ……?」
クレアさんがグラスに注いでくれた最初の一杯を呑み切ったところであった。正直味の良し悪しは全然わからなかったけど、別に不味いとも思わなくて普通に呑めた。だからわたし案外イケる口なのかも、とか暢気に思っていたらこれである。
椅子に座っているはずなのに、平衡感覚も怪しくなって、身体ごとぐらぐら揺れているような感じだった。
「セラちー、酔ったし?」
「そう……なの……かもぉ」
ああいけない、こんな体たらくでは。折角クレアさんが思い出作りに誘ってくれたのに。
なんてこった。わたしはどうやら滅茶苦茶お酒に弱い人間だったのだ。
真面な思考もままならず、とりあえずなんとかしなければと謎の衝動に駆られて、わたしは椅子から転げ落ちる。自分が立とうとしたのか、なにをしようとしたのかわからない。床にへたり込んだわたしの傍らにクレアさんがしゃがみ込んで、こちらの顔を覗き込んできた。
「なんか……わたし……おかしいかも」
自分の心臓の鼓動があり得ないくらいにうるさい。
ばくばく。
意味わからないくらいに体温が上がって、汗が止め処なく溢れてくる。
「だいじょうぶ。酒に酔っただけだし」
「そっかなぁ……?」
「そうだし」
クレアさんがそう言うのなら、そうなのだろう。
「ほら、少し休むし。ベッドに行こう?」
「はい……」
真面に立てやしないわたしにクレアさんが肩を貸してくれるが、ああなんてことだ。
彼女の体温を感じた瞬間に心臓がひと際高く胸を打った。
「セラちー?」
名を呼んでくるクレアさんの、小さな唇が目に入る。
なんだかとっても美味しそうで、目が離せなかった。
わたしの思考が何か言っている気がしたけど、ばくばくに掻き消されて耳に届かない。
胸が痛いんだ。
内側から張り裂けそうだ。
身体が燃えてるみたいに熱くて、死んでしまう。
この荒れ狂う熱をどこかに逃がさなくてはならないと、本能が訴える。
その方法は、大丈夫だ。わかっている。
目の前の、とっても美味しそうなものに、むしゃぶりつけばいいのだ。
「セラち、」
「クレアさあっつう!?!?」
「えっ」
衝動のままに行動しようとしたわたしを別種の熱が襲う。
冗談抜きで悲鳴を上げるレベルの、焼き鏝みたいな熱量を感じるのは、わたしの胸からだった。といってもさっきまでのように内側から溢れるようなそれではなくて、外的な熱である。
具体的には、外套の内ポケットから。
「あちちちなになになにごと!?」
ポケットに手を突っ込んで触れた紐を遮二無二引っ張り出すと、ころりと出てきたのはハイゼンさんに押し付けられた変なお守りであった。鉱石を加工したっぽいまあるい造形の上に『にこちゃん』マークが刻み込まれた不可思議なデザインだが、
「ひ、ひかってるぅ……!」
にこちゃん、まさかの灼熱化。
まるでわたしの熱を全部奪い取ったみたいに、にこちゃんが真っ赤に光り輝いていた。熱いわけだ。
なにこれ怖いんだけど。ていうかあの女、やっぱり碌でもないもの押し付けてきたんだな。どうしようこれ、捨てたら捨てたで呪われそうな気しかしないし。でも怖いからどっかに捨てようそうしよう。
内心でハイゼンさんへの文句を並び立てたからか、いつの間にかちゃんと思考が回り始めていた。
「クレアさん、ごめんなさい!わたしお酒弱いみたいなんで……ちょっと酔い冷ましてきますねっ」
「あ、ちょ――」
呪いのアイテムをクレアさんの部屋に捨てていくわけにはいかないので、わたしはなんか神聖っぽい場所を探すために部屋を飛び出した。
片手には、しっかりとにこちゃんを握り締めたまま。
部屋を出るときにちらりと視界に映ったクレアさんは、何故か『信じられない』とでも言わんばかりの唖然とした表情だった。
その日の夕方。
討伐者なら送別会は黒い森だろう、と主張するクロードさん達に連れられてわたしはバッヘル支部に来ていた。このパーティーでの最後の活動だし、もしかしたらわたしのバッヘル支部での最後の活動になるかもしれない。
湿っぽいのは無しで、黒い森で魔物をぶちのめして、がははと笑って酒飲んでお別れ!が討伐者の流儀だとロルフさんが教えてくれた。乗り気なレベッカさん以外は呆れ気味だったけど、否定はしなかったのでそういうものではあるのだろう。
ちなみに昼のクレアさんとの一件があるので、わたしはお酒に超弱いんですと伝えるべきかとも思ったが、まあ最後だしそれこそ潰れようが吐こうが構わないだろうと思い直した。わたしは使えないけど、治癒魔法の一種でアルコールを中和する魔法をクロードさんが使えるらしいから、どれだけ呑もうが明日に障ることはないわけだし。
あ、それと呪いのアイテムはなんだかんだでまだ持っている。
いざ捨ててやろうと思ったら、孤児院育ちの貧乏性が顔を出して、勿体ないと思ってしまったのだ。そもそも、ここできっぱり捨てられるなら最初の時点で屑籠から拾っていないって話だ。なのでにこちゃんは相変わらずわたしの胸ポケットに収まっている。
というわけで、最後なのでせめてもの恩返しに頑張っちゃうぞ!とわたしは気合を入れていたのだが、到着したギルドの雰囲気がどうにもおかしい。
「ちょっと見てくるし」
斥候役のクレアさんが情報収集に走っていく。
彼女はすぐに戻って来て、この浮ついた雰囲気の理由を教えてくれた。
「なんか、昨日遺留回収に向かったパーティーが戻ってないっぽいし」
事の発端は一昨日のこと。ペアで活動していた討伐者二名を対象にした遺留回収依頼が出された。これを受注したパーティーは半分だけ目標を達成。一人分の遺留品は回収されたが、もう一人のほうは死後に魔物に移動させられた可能性が高く、黒い森の奥地に反応があった。故にその時のパーティーは実力不足から回収を断念し、帰還しその旨を報告した。
そしてそれを受けて再度別のパーティーが回収に臨んだのが昨日の話。奥地に向かう必要があるということで、この支部で最も実績のあるパーティーが依頼を受けていたはずだった。
それが、戻って来ないのだという。
「夜明けまでに戻らなくて、森が閉じてからギルド職員が捜索に行ったけど、見付からなかったっぽいし」
黒い森は一種の魔物であるとされるが、魔物という存在が夜間にしか活動しないのは知られるところである。となると黒い森も例外ではない。日が昇ると黒い森は活動を休止し、内外を行き来出来なくなる。これを『森が閉じる』と表現するのだ。
正確には上位層の存在である魔物『黒い森』が非活動状態になるだけなので、下位層において物質的な干渉は可能だ。要するに、日が昇っている間は黒い森はただの森なのである。この間は、黒い森や他の魔物がこちらに侵攻してくることがないと同時に、こちらからも侵攻する術がない、一種の非干渉状態となる。
で、夜の間に森に入っていた人間は森が閉じた瞬間にどうなるのかというと、基本的にはぽいっと下位層に吐き出される。ただしこれは生きている人間に限る。遺体も吐き出してくれれば遺留回収も楽なのだが、生存者以外はそのまま黒い森の中なので、次の夜までは触れられない。
つまり、朝までに戻らなかった討伐者が閉じた森の外に吐き出されていないということは、可能性は二つしかない。
一つは、彼等が既に死んでいること。遺体になれば黒い森に取り残される。新たな遺留回収の対象だ。
そしてもう一つは、森の最奥――魔界との境界に近付き過ぎていること。黒い森は中心部で魔界と繋がっていて、魔界に近付くほどにあちら側の法則に侵食されていくという。魔界に夜明けはないから、魔界に近付くほどに森が閉じる影響を受けなくなる。
ただ、それはそれで、やはり生存確率は絶望的と言えるのかも。
「これはいけませんね」
小さく呟いたクロードさんは、パーティーメンバーに断りを入れると窓口のほうへと歩いて行った。そこにはここで活動している討伐者の中で有力な者達と、ギルドの職員が集まって方針を相談していた。
わたしはその中にベルさんとマクダレーナさんの姿を見付けたが、周囲を見回してもロビー内にランディーやハイゼン姉妹の姿は見えなかった。
ややあって戻ってきたクロードさんが厳かに告げる。
「僕達で、不明パーティーの捜索に向かいます」
「まあ、そうなるよね」
ヴェルナーさんが代表して答えるが、それ以外の全員もきっと予感はしていたので驚く者はいない。
消息を絶ったパーティーがこの支部随一の実力派だったのだから、それ以上の実力を求めればこうなるのは道理だ。クロードさん達に勝るとも劣らないであろう実力者としてマクダレーナさんも居るわけだが、彼女は一人(ベルさんを入れても二人)なのに対してこちらはほぼフルメンバーのパーティーだ。どちらが妥当かは考えるまでもない。
ほぼ、というのはつまりわたしという未熟者が混じってるからだけど。
「なぁんか状況おかしくなぁ~い?慎重になったほうがいいかもってアタシは思うわぁ」
「レベッカさんのご懸念は尤もですが、しかし件のパーティーが未だ生存している可能性が否定できない以上、ことは一刻を争います」
そう。消息を絶ったパーティーが全滅しているとは限らないのだ。
向かった先が森の奥地なのだから、森が閉じたときに取り残されて救援を待っている可能性だってあり得る。もしそうならば早く助けに行かないと、それこそ遺留回収の依頼が出されることになってしまう。
「まあレベッカさんは入ったばかりだし、今なら『いちぬけぴ』を受け付けるよ」
「ヴェルちんのバカちん!アタシそんなに薄情に見えるぅ~?」
「見えるぅ」
学習しないヴェルナーさんがぶっ飛ばされて「あふん」とか言ってるのは放っておいて、
「セラフィーナさんはどうしますか?」
クロードさんが静かに問うてくる。
わたしは既にパーティーを抜けることが決まった身だ。今日だって送別会のつもりだったし、無理してついていく必要も理由もないのかもしれない。そもそも、わたし程度の実力ならば居ないほうがマシかもしれないのだ。
だから、クロードさんに訊いてみて、もし『邪魔だ』と言われるようならおとなしく待って居よう。逆に『必要だ』と言ってくれるなら、ちょっと怖いけど頑張ってみよう。
そうしていつも通りに誰かに決めてもらおうとしていたわたしの脳裏に、ふとリフレインする言葉と眼差しがあった。
『――――選ぶのは、キミ達だ』
…………。
嗚呼、そうか。忘れるところだった。そうだね、スメラギさん。
いい加減、わたしも成長しないと。
「セラフィーナさん?」
「わたし、行きます。精一杯やるんで、連れて行ってください」
わたしがそう主張すると、クロードさんは少しだけ口角を上げて微笑むと、ぽんとわたしの肩を叩いて踵を返した。
「森に向かいます!急ぎますよ」
彼の号令に口々に了解を返しながら続くメンバーが、それぞれに激励っぽくわたしの肩やら背中やら頭やらを叩いていく。
抜けると言った身なのに、今になってようやく本当にパーティーの一員として認められたみたいで、わたしはどうしようもなく嬉しかった。
最後に一際強く、意外なくらいに遠慮のない手つきで、クレアさんがわたしのお尻を叩いた。
「頼りにしてるし?セラちー」
「頑張りますっ!!」




