295話_side_Pr_バッヘル支部_ロビー
~"転生令嬢"プリムローズ~
「あれ?」
ロビーを覗いてみると、なにやらクエストボードの近くに人だかりが。
地元の討伐者が集まっているみたいだけど、どうしたのだろうか。確か昨日は遺留回収の依頼が出されていたと聞くが、まさか二日連続だろうか。余所者の私が割って入っていくのも憚られるし、どこかに都合よく事情を訊けそうな人が居ないかな。最悪ミレイユさんに突撃するって手もなくはない、と視線を巡らせてみると、壁際に立っていたとある人物が目に留まる。
黒いシャツに、黒いズボン。白い外套を肩に羽織り、腰の多機能ベルトと得物の片手剣の色は白。どうやらモノトーンの装いに強い拘りがあるらしい、佇まいの爽やかなイケてるメンズことクロードくんではありませんか。シックなダークブラウンの頭髪は若干襟足長めで、垂れ目気味の碧眼に泣き黒子がセクシーな、なんというか『美人な男の子』という表現がしっくりくる人物である。
めっっっちゃ女装が似合いそう。似合うを通り越して女性の自尊心を粉砕しそう。
珍しいことに一人だ。彼は大抵パーティーメンバーと一緒か、それか仲良しのヴェルナーくんと二人で行動しているイメージがあったので、傍に誰も居ない状況は新鮮味がある。彼は腕を組んで壁に背を預け、思案気にクエストボードのほうを眺めていて、私の視線には気付いていないようだった。
「クロードくーん。やっほー」
能天気に声を掛けてみると、彼は静かにこちらを見遣り、そして微かに目を丸くした。
彼の視線が向いているのは私の片手であり、そこにはなんだかんだで嵌ってしまった『変な豆の入ったジュース』の姿が!
いや美味いんだってこれ、マジで。何の豆かもわかんないけど。
クロードくんは片手に豆ジュースを持って現れた変な女を見る目をしていたが、私がそのまま近付いていくと、我に返って居住まいを正し小さく礼をした。
「こんばんは。スレイさん」
「相変わらず堅苦しいのね。貴方」
「性分ですので」
やっほー言われたらやっほー返せばええねん。と私が力説するとクロードくんは苦笑して「僕には難しそうだ」と呟いた。
一応今の私の設定年齢は二十七歳ということで、クロードくんの実年齢は知らんけど二十七よりは年下だろうと勝手に判断して、私の彼に対する態度はこんな感じである。対するクロードくんは、たぶん誰にどんな態度を取られたとしても対応は変わらなさそうだが。そんな感じよね、この子。
私はとりあえずクロードくんの隣で同じように壁にもたれてみる。
クロードくんの身長は平均くらいなので、女性としては若干背が高いほうである私よりも頭半分くらい大きい。近くで見るとますます思うが、イケメンには違いないけど男性らしい武骨さとは無縁だね。
「一人?珍しいね」
「ええ。たまには。珍しいのはお互い様かと思いますよ?」
せやな。言うて私も大抵リスティかベルさんが一緒だったからなぁ。
ここ数日は皆それぞれ忙しくて、わりと別行動が多いのだ。ベルさんは新たにクランに迎えることになりそうなランディーくん関連のあれこれで、リスティは主にシィナと一緒に調査や情報の擦り合わせをしている。
私?私はほらあれだよ。キャラ的に、皆が忙しそうにしてる時にもへらへら笑ってほっつき歩いてるのが仕事だから。ほんとほんとアシュタルテウソツカナイアル。
「んでクロードくん、あれってなんの集まりか知ってる?」
クエストボードのほうを指差して訊いてみると、彼は頷いた。
「昨晩、遺留回収の依頼が出ていたことはご存じですか?」
「ええ」
「それなのですが、どうやら達成出来なかったらしく、本日に持ち越したみたいですね」
「へぇ。なんで?」
「対象のライセンスカードが森のだいぶ奥地にあるようで。昨日依頼を受注した方達は、実力不足を悟って引き返したという顛末のようです。なので、ああして改めて戦力評価に見合った人選をしているんですよ」
「ふぅん……なんだか妙な話ね」
遺留回収の依頼を遂行するにあたってまずライセンスカードの所在を明らかにするところから始まるということは、つまり依頼受注の段階では不明点が多いということだ。目的地が異なれば魔物の生息域も変わってくるので、つまり場所次第で想定される敵戦力の評価も変わってくるということ。
ならば今クロードくんが説明してくれたような不測の事態もなんらおかしいことではないような気がしてくるが、そうでもないのだ。
何故なら捜索対象の討伐者が誰なのかは明らかなのだから、それまでの活動記録に照らし合わせれば自ずと行動範囲は絞られる。ギルドで確認してもらえば最後に受けた依頼がなんだったのかもわかるのだから、向かった先もある程度はわかる。例えば最後に受けた依頼が『トード種』の討伐依頼だったとすれば、捜索対象はトード種の生息域である湿地帯のどこかで亡くなっている可能性が高い、という風に。
そういう情報を総合して、遺留回収を受注する人選が行われているはずなのだ。
「バッヘルの黒い森だと、奥地に行ってもそうそう魔物の脅威度が変わるとは思えないけど」
勿論、『マンティス種』が出現するという実績がある以上、ここで活動している討伐者のおじさん達にとっては奥地は危険だというのはわかる。だが、だからこそ今回消息を絶った討伐者というのが、果たしてそんな奥地まで足を延ばしていたのだろうか。
昨日依頼を受けて森へ向かった討伐者も、腕の立つベテランで構成されていたはずなのだから、それが危険を察して引き返してくるって相当奥の方だと思うのだ。
「確かに。ですが、亡くなった方のライセンスカードを魔物が運んだという例はないわけではありません。魔物が意図して運ぶことはまずないでしょうが、例えば衣服の一部と一緒に引っ掛けて運んでしまったとか、一度呑み込んだものを別の場所で吐き出したとか、ですね」
「それで運悪く森の奥に運ばれちゃったと。いやそういう経緯だとすると、むしろ魔界まで持って帰られなかっただけ運はいいほうなのかしら?」
「そうとも言える、かもしれませんね」
ちなみに魔物が意図せずたまたまライセンスカードを移動させてしまったとすると、それ以外の遺留品は元の場所に残されているはずである。それを回収して遺留回収依頼の完了としてもいいのだが、やはりライセンスカードを回収しないと満額の報酬は出ない。
ギルドとしてはカードを回収することには大きな意味があるし、遺族にとっても回収出来るに越したことはない。カードが回収出来れば溜まっていたスコアを遺産という名目で現金化出来るからだ。まあ大抵ははした金だろうが。
「肝心の遺体は見付かったの?」
「……今回、回収の対象となっている討伐者は二名居るのですが」
「あ。そういえばそうか」
「ええ。そして、その片方は既に回収されています」
つまり、昨日遺留回収に赴いた討伐者がライセンスカードの反応を調べると、片方は想定通りの地域に、もう片方は奥地に、と分散して反応があったのだ。なのでまずは想定通りの反応のほうを調べると、対象の討伐者の亡骸と遺留品が発見されたので、それを依頼に従って回収した。
「ところがそこにもう一人の方の遺体がなく、疎らな装備品の破片が回収されたのみ、とのことです」
「つまり、身体ごと奥地に持っていかれた?」
「その可能性が高いですね。魔物は魔物同士でも攻撃行動を取りますので、他の魔物に奪われないように場所を移してから捕食しようとしたのだとも考えられます。あるいは、他の魔物に奪われたからこそ場所が移動している可能性もありますが」
「なるほどね。ということは亡くなった後に魔物が動かした、っていうのはほぼ確定なんだ」
「ええ。すみません、それを先にお教えすればよかったですね」
別に詫びる程のことじゃないけど、真面目くんだなぁ。
しかしそうなると、並みの討伐者ではミイラ取りがミイラになりかねないわけで、
「クロードくん達に依頼がくるかもね」
「そう思って先程一応、必要ならば僕のパーティーで受注しますと彼等に言ってはあるんですよ」
「あ、そうなんだ」
「ええ。ただやはり、討伐者同士の繋がりが緊密な支部ならではということでしょうか、なるべく自分達の手で回収してあげたいと考えている方が多いようですね」
「そこははっきりと、田舎特有の排他的雰囲気って言ってもいいのよ」
私が白い目を向けると、クロードくんは愛想笑いを返した。
オブラートに包み過ぎるのも善し悪しである。
バッヘル支部の討伐者連中の実力の程を鑑みて、危険が大きいと判断したクロードくんが親切心で申し出てくれたにもかかわらず、彼等は余所者に頼ることを厭うて固辞したということだ。
まあ、知ってる相手だからこそ自分達で確実に遺留品を回収してやりたいという人情は理解出来る。例えば遺留品の中に金目のものがあったとすれば、回収に赴いた者が魔が差してガメたとしてもわからないのだ。それを危惧すれば、人となりがわからない余所者よりも、知った仲である身内に任せたくなるのは至って普通の判断ではあるのだし。
「精々、遺留回収が連鎖しないことを祈るけどね」
「せめて、僕達を同行させてもらえるように頼んでみようかな……」
「それは人が好すぎでしょ」
クロードくん本人は良いとしても、付き合わされるパーティーメンバーが不憫だ。総意として行動するなら別に好きにすればいいと思うけど。
そうこうしているうちに地元勢の中で話は纏まったようで、たぶん地元で一番実績のあるパーティーが赴くことになったっぽい。
そういえば片手にジュースを持ったままだったと思い出した私がくぴりとストローを吸って喉を潤していると、隣のクロードくんが不思議そうな目を向けてきていることに気付く。
「ん?これ?」
「あ、ああすみません。そのドリンク前にクレアさんも飲んでいたのですが、なにやら渋い顔をしていたなと思い出して……どんな味がするのか気になってしまって」
ほう、気になるとな。
ならば布教してやろうではないか。
「一口飲む?」
豆ごと飲むためのでっかいストローをクロードくんのほうへと差し出すと、彼は嬉しそうに笑った。
「いいんですか?ありがとうございます」
そしてぱくりとストローを咥えてずぞぞと吸う。そこはちゃんと男の子らしく肺活量誇示してくるねんな。
吸った変な豆をもっちもっちと咀嚼したクロードくんは、なんだか不思議そうな顔になっていた。
「あ、これスイーツなんですね」
「え?そうなん?」
確かに甘いけど。
「僕も豆が入ってるのかなと思ってましたけど、これ、食べてみたら練り菓子かなにかじゃないかな」
「そう言われてみれば、そうかも?」
確認のために私も改めて豆(仮)を口に含んで入念に咀嚼し分析してみる。傍目には二人して口をもごもごさせながら不思議な顔をしている変な光景になっていることだろう。
というか知らずに嵌っていて言われるまで気付きもしなかった私の女子力よ。
「これ好きかもしれません。女性が好むのがわかりますね」
「クロードくんは甘いの平気なんだ?」
「ええ。というか実は結構な甘党でして。逆に苦いのがダメでコーヒーはブラックで飲めません」
「可愛いかよ」
たははと苦笑するクロードくんあざとい。
「ヴェルナーはお菓子作りが趣味なので、旅先でも作れるものをよく振舞ってくれるんですよ」
「女子力たけーなおい」
「ロルフさんはパッチワークが得意なんです。結構すごいですよ」
「おかん!」
「クレアさんは塩辛いものとお酒が好きですね」
「おっさんか!」
なんなのクロードくんパーティー。個性の方向性がおかしくないか。んでそこに最近ガチレズが加わったんでしょ。なにそれ怖い。
てかクレアさんがこのジュース飲んで渋い顔してたのってもしかして辛党だからか。なんで買ったし。
その後しばらく、情報収集がてらにクロードくんと雑談に興じてみたのだが、有益な情報は得られなかった。
というかなんか普通に仲良くなっただけな気がする。それはそれで別に悪くはないのだが、リスティに調査を任せている傍らで私がこれでは、若干の後ろめたさがなくもない。
そろそろ撤収しようかなと私が考えていると、クロードくんが口を開く。
「つかぬことを伺いますが」
「はい?」
「スレイさんは『教会』の信徒なのでしょうか」
おっと、まさかクロードくんのほうから宗教関係の話題を振ってくるとは。
私としては好都合な話の流れだけど、どういう意図だろうか。
「妹はそうだけど、私は特にそういうのはないわ」
「姉妹で信仰が異なるというのも、珍しい話ですね」
「そうかしら?個人の自由だと思うけど」
そうは言いつつも、確かに珍しくは見えるだろうなと思う。宗教というのは生活に密接に結びついてくることが殆どだから、私とリスティくらいに四六時中一緒に居るような間柄で、別々の信仰を持つとなると中々に難しそうだ。
例えば礼拝の時間が違うとか、宗教的な理由で食べられないものがそれぞれにあるとか、そういう齟齬が出てきてもおかしくない。
まあ実際は私が無宗教だから、こちらがリスティに合わせればいいだけの話ではある。
「そういうクロードくんはどうなの?」
「僕も教会の信徒ではありませんよ」
「無宗教?」
「いえ。ですがすみません。自分から話を振っておいてなんですが、戒律によって同門以外に言えないんです」
成程。私が同じ宗教の信徒だと思ったから訊いてみたけど、違ったからこれ以上は言えない……という体か。
これが宗教の厄介なところだよなぁと思う。戒律に従っているだけですので、とか教義で決められていますんで、とかって言われるとこちらは『え、あっはい。そうなんですか』と引き下がらざるを得ないのだ。
クロードくんの言葉だって、その戒律が本当に存在しているかなんて私には判断のしようがない。なんせ宗教の名前すら教えられないと言われたら自分で調べることすら出来ない。よしんば同じ戒律が存在している宗教が実在していて、それを私が知っていたとしても、私が信徒でない以上は同じことだ。
結局クロードくんが帰依している宗教が、教団だろうと仏教だろうと空飛ぶスパゲッティ・モンスターであろうと、私には確認することが出来ないので、クロードくんが戒律を適当にでっち上げていたとしても指摘も出来ないのである。ラーメン。
「これはただの疑問なんですが……信じる教えがないという貴女は、一体何を信じて生きているのですか?」
「自分だけど」
それ以外に何を信じろというのか。
私はそこに関しては宗教に属していようがいまいが変わらないと考えている。神の教えを信じるということはつまり、神を信じる自分を信じるということだ。
私が持論を述べると、クロードくんは少し思案したようだった。
「質問が悪かったかもしれません。言い換えましょう。貴女には信念がありますか?」
「信念?」
「はい。表現のしかたは色々あると思いますが、信念、夢、目標、教義、自分ルール……なんでも構いませんが、生きていくにあたって指標や支柱となるモノがありますか?」
それはつまり、自分自身を信じると述べた私が信じる『自分』とは、なにで出来ているのかと訊かれているのだ。
そう訊かれると私は困ってしまう。何故ならば私にとって自分が存続する意味とはイコールで『生きること』そのものであるから。
存続するために、存在しているのだ。
クロードくんの言葉を借りれば、生きることが私の信念である。
「僕の持論ですが、信念のない人生ほど、しょうもないものはありません」
「信念がなければ生きる意味などないと?」
「その通りです。ただ生きるために生きている存在が居るとすれば、それは生きているのではなく死んでいないだけです。ただのゾンビだ」
言ってくれるじゃないか。
ならば私はクロードくん基準でただのゾンビだということだ。
「生きることそのものが信念ではいけないのかしら?」
「人は信念のために死を選ぶことがあります。同様に、信念のために生を選ぶ、ということをするべきだ。人は死を選ぶときに理由を必要とするのに、何故か生きるという選択には理由を求めない。僕はそれが不条理であると思えてならないのですよ」
「理由を用意できないなら生きるべきでないって言ってる?」
もしそうだとしたら完全に私とは相容れない思想だ。
するとクロードくんは「いえ」と否定した。
「ゾンビになるべきではない、と言いたいのですよ。生きているのだから、理想を求めるべきだと」
「生命活動を維持できることが所与の条件だと思っているからそんなことが言えるのよ」
クロードくんの論法は『どうせ生きているのならよりよい生を目指すべきだ』と言っているに過ぎない。全く以て結構なことだ。存分に追求していればいい。
だがそれを押し付けられては堪ったものではない。そもそも生きるために必死なのに、余分な贅沢を望む余裕などあるものか。そういう人間が現実として存在しているのに、彼の理想論はそれらを完全に無視している。
必死に努力をしなければ『ただのゾンビ』にすらなれない者が居ると、そんなことは考えもしないのだろう。
と、思ったのだが、しかしクロードくんは私の反論に「そうですね」と同意を示した。
「ですので、僕はそれを己の信念としました。これを理想論と一笑に付されない世界を実現することを」
「……大きく出たわね」
「でしょう?僕一人にできることなど高が知れています。でも無意味とは思わない。ただ生きるということが誰にとっても所与の世界があればいい。それが実現できて初めて、人は信念に生きられる。だから僕は、せめて僕の手の届く範囲では、そうであって欲しい」
大きな理想に比べて大したことが出来ているわけではないとクロードくんは謙遜しているが、私はそんなことはないと思った。
だって現実に彼はパーティーのリーダーとして人を率いる立場に居る。彼の影響下にある人間がたった五人だとしても、そのたった五人がクロードくんのおかげでよりよい人生を送れているのだとすれば、彼の信念には大きな意味と価値がある。
少なくとも、ただのゾンビである私よりは余程上等な生き方と言えるだろう。
「それで?何故そんな話を私にしたのかしら」
「強いて言えば、勧誘の続きでしょうか」
「お断りしたと思うけど?」
「ええ。ですが僕の信念が囁くのです。貴女が気になると」
「あら素敵。ゾンビ脱却のカウンセリングでもしてくれるの?」
私が皮肉気にそう言うと、クロードくんは曖昧に笑むだけで否定も肯定もしなかった。
ただ、代わりにこう告げた。
「気が変わったらいつでも仰ってください。我々は常に貴女を歓迎しますよ」
「それはどうも」
考えておくわ、とだけ私は答えておいた。




