294話_side_Ran_バッヘル領_宿
~"討伐者の少年"ランディー~
「イザベル~。ランディーさんをクランに加えて欲しいのですわ~」
宿の一室の扉を開け放ち、入室するなりそんなことを宣うレーナの背中を俺は微妙な心持で眺める。イザベルとレーナは同じ部屋に滞在しているらしく、つまりここはレーナの部屋でもあるので、勝手知ったる態度で彼女が入っていくのはいいとして、流石に俺は廊下で待つべきな気がする。
「なにをしておりますのランディーさん。お入りなさって」
んだが、まあレーナがいいって言うならいいか。
彼女の後を追って室内へと入ると、俺は物珍しく周囲を見回してみる。グレードの高い宿屋だけあって、部屋の広さも内装の品揃えも、俺とセラが借りていた部屋とは雲泥の差である。一泊でいくら掛かるんだろうなぁ、などと知りたいような知りたくないような気分だ。所詮討伐者向けの宿泊施設でしかないので本物の高級宿と比べれば大したことはないのだろうが。
室内は薄暗くて、人の動いている気配がない。もしかしてイザベルは不在なのか、と思うも、レーナが迷いなく歩みを進めるので付いていくと、どうやら奥にベッドが設置されているらしく、イザベルはそこに居た。
こんもりと布団を膨らませて、気持ちよさそうな寝息を立てている。
「どう見ても寝てるんだが?」
「ええ。日中は寝てますものこの人」
まあ、討伐者だしな。
日中といっても既に昼下がりの良い時間なので、そろそろ起きる頃なんじゃないかと思うが。ちなみに俺も普段はこの時間まで寝ていることが多かったが、ここのところはクロード達の影響もあって少しずつ生活リズムが変わってきていた。前みたいに夜通し活動することがなくなったから、睡眠時間にも若干余裕が出来てきたんだな。
「起こしちゃっていいのか?」
すげえ気持ちよさそうに寝てるけど。というかそれ以前に俺は本当にここに居ていいのか。女が寝ている部屋に入り込んで寝顔を眺めているのは完全無欠に変質者の所業である。
「いいも悪いも、この時間にランディーさんを連れてくると事前に言ってありますもの」
「あん?てことは普通に寝坊してるだけか。なんか意外だな」
「だいたい、イザベルは寝すぎなのですわ。昔はこんなではなかったのに、きっと歳のせいで体力が落ちているからいっぱい寝ないと疲れが取れないんですのよ。こうはなりたくないものですやれやれ」
それはしょうがなくね?てか歳のせいって言ってもイザベルはまだまだ若そうだけど。たぶん三十もいってないよなこの人。
「ほぉらイザベル!起きなさーい。お客さんですわよっ」
無慈悲なレーナがつかつかとベッドに歩み寄り、思いっきり布団を引っ掴むと一気に引っぺがそうとする。
ところがイザベルも安眠を奪われてなるものかと寝ぼけながら抵抗する。俺はというと中途半端に顕わになったイザベルの姿がなんか下着姿にしか見えなかったのでその場で回れ右をした。
「無駄なっ!抵抗はっ!およしなさいぃ!!」
「んう~!もうちょっと寝かせてぇ」
「あと五分?」
「せめて二時間~」
「起きろですわぁ!!」
「うやぁ~のぉ~」
むにゃむにゃと謎の言語を発しながら抵抗するイザベルであったが、筋肉の使徒レーナの力に敵うはずもなく、奮闘虚しく布団を奪われてしまう。
「ランディーさん、持っていてください」
「は?っておい!?」
レーナが奪った布団を俺に押し付けてくるので、反射的に受け取る。咄嗟に振り向いてしまったのでベッドが視界に入るが、どうやらイザベルは徹底抗戦の構えのようで、なんとシーツを引っぺがしてくるまり始めた。
俺も他人のことは言えないが、なんという寝汚さだ。
そしてレーナはシーツ団子と化したイザベルに果敢に突撃し、解体を試みる。なんか色々と見えちゃいけないものが垣間見えてしまっているが、何故か全然エロくないから不思議だ。シチュエーションって大事なんだなって俺は思った。
「よし。終わったら呼んでくれ」
俺は一言告げると、どうせ聞こえていない二人を放置して部屋の外に出ることにした。
数分後。イザベルは俺の目の前で頭を抱えていた。
いつも通りの格好に着替えて身嗜みを整えた彼女は俺が見知った姿であったが、いつもの涼やかな表情はどこかに吹き飛んでしまったらしく、椅子に座って机の上に突っ伏して怨嗟の声を垂れ流す何かと化している。
「うあああなんてことだ、やってしまったぁ……折角『かっこいいお姉さん』キャラで通ってたのにぃ。私の涙ぐましい努力がぁ」
「無事に『だらしない寝坊助』キャラに更新されましてよ。おめでとう」
「レーナちゃんの裏切り者ぉ」
「約束の時間に寝ているほうが悪いのです」
ぐうの音も出ない正論を叩き付けられて、イザベルは恨めし気にレーナを睨み付ける。
「どうせすぐに化けの皮がはがれるのですから、くだらない見栄を張るべきではありません」
「今、心の底から『お前が言うな』って思ったよ」
奇遇だな。俺もそう思った。
一頻り恨み言を吐き出して落ち着いたのか、漸く気持ちを切り替えた様子のイザベルが俺へと向き直る。
「さて、ごめんねランディー君。色々と」
「はぁ、別にいいっすけど」
「それで用件だけど、ウチのクランに入りたいんだって?」
俺は頷く。レーナのほうから提案してくれたことではあるが、俺の望みでもある。
生憎と俺はものを知らないので、そもそも討伐者のクランというものが殆ど未知の概念だ。そういうものがある、と知っているだけ。田舎支部の討伐者がクランを結成する意味もなければ、当然所属している者もほぼ居ない。そうでなくとも日々の糧を得るのも儘ならない底辺討伐者であった俺にとっては遠い話であったのだ。当然、レーナ達が属しているという『剣の誓い』とやらも全然知らない。
「ただ、すんません。俺その辺ぜんぜん知らねえんで。誘われたから入ってみる、くらいのノリなんすけど……そんなんでもいいのか?」
「正直なのは良いことだね。採用!」
「はやっ!?」
事前にレーナから聞いていて既に答えは決まっていたのかもしれないが、流石に即採用とは思わなかった。即答で断られる可能性なら考えてたけど。そんな俺の反応を見てイザベルは面白そうに笑っている。
「とはいえ、とりあえずは仮の加入ってことで構わないかな?」
「え?ああ、いいっすけど。仮とかあるんだな」
「いや、制度としてあるわけじゃないよ?ただ、キミはクラン活動についてもよく知らないみたいだから、まずは学ぶ時間を設けるべきだね。クランに所属するのはパーティーを組むのとはわけが違うから、それなりに手続きもあるし、気軽に無かったことにはできないんだ。だから、よくわからないけど加入、というのはやめておいたほうがいいと言わせてもらおう」
彼女の言うことは尤もだ。俺もそう考えることがなかったわけではないが。
「でもまあ俺、今一番底辺に居るみたいなもんなんで、どう転んでもこれ以上悪くなることはねえかなって。そんな動機が失礼だとは理解してるんだけどさ……それこそ、見栄張ってもしゃあねえし」
切実な問題として、早くよりどころを見付けないと日々の寝床にも苦労する身なので。
「あはは、心配しなくても仮の期間……試用期間とでも呼ぼうか。その間も最低限の援助くらいはするよ。最終的にキミがウチには合わないと判断して去ったとしても、別にお金返せとは言わないからさ」
「そりゃありがたいけど、ちょっと俺に都合が良すぎないか」
美味い話には裏がある、とはよく言われるが、イザベルの言葉はまさにそれな気がする。
普通に考えて彼女等が俺如きにそこまで配慮する理由が見つからない。例えば、俺にそもそもクラン加入のつもりなどなくて、試用期間の間だけ彼女等のクランに寄生するつもりだとしても、それを良しとすると言っているのだから。
これで対象が有力者であれば話は分かる。しかし俺である。
「そこはウチのちょっと特殊な事情があってね」
「それは教えてもらえるのか?」
「勿論。といっても大した話じゃない。レーナちゃんから聞いていないかな?ウチって所属する討伐者の数が少なくて、人手不足なんだよね。たぶん、同ランクのクランで一番少ないんじゃないかな」
それは確かに聞いた覚えがあるけど、
「そこまで深刻なのか……?」
俺如きを勧誘して好条件で引き留めなくてはならないくらいに困窮しているのだとすれば、逆にちょっと考えるぞ。
冷静に考えればそんなわけはないのだが、案の定イザベルはきょとんとして、それから声を上げて笑った。
「違う違う。ウチのクランはね、新規加入者の条件に『自薦』を認めていないんだ」
「つまり、自分から参加したいと言ってきた輩はお断りということですのよ」
「なんでまた?」
それで結果的に人手不足で悩むのは意味わからんが。
「単純に、自薦を認めてしまうと候補者がとんでもない人数になってしまうからだね。自慢じゃないけど、ウチのクランに入りたがる人間は腐るほど居る」
「そうなのか?」
「そうなんだ。でもネームバリューに惹かれてやってくるようなのって、大半は入ることが目的になっちゃってるから、てんで使えないんだよね。下手に加入させて人手不足は見た目上解消したけど、クランの総力は下がりましたってんじゃお話にならない」
「無論、中には真面な方も居りましてよ。そういう方にはこちらからお話をさせていただくのですわ。今回のあなたのようにね」
「へぇー……なあ、根本的なことを訊いてもいいか?」
俺の言葉にイザベルは「どうぞ」と返した。
「『剣の誓い』って、もしかして有名クランなのか?」
「うん」
「知らない方は討伐者としてモグリですわ」
なんてこった。俺は底辺討伐者を通り越してモグリだったらしい。
「ランディー君は『英雄伯』という爵位を知っているかな?」
「んあ?ああ、確かあれだろ、この国に一つしかないとかっていう」
流石の俺でもそのくらいは知っている。逆に言えばそのくらいしか知らない。なんせ、俺のような出自の人間にとっては、貴族なんて人種は一生縁のない相手である……はずだったんだけどなぁ。
「そうだね。だから皆、珍しがって縁を繋ぎたがるとでも思ってもらえればいい。『剣の誓い』はその英雄伯家の当主が代々リーダーを務める特殊なクランなんだよ」
「すげえ貴族様のクランだから、所属してるだけでも自慢になるって感じか?」
実際にはそんなに単純な話ではなくて、権力に摺り寄る輩とか、逆に敵対関係の派閥の人間とか、利用するために近付いてくるヤツとか、そういう柵を排除するためにクランの加入者を厳しく見定めているということらしいが、生憎と俺には理解が難しい世界だ。
「そんなところに、俺なんかが入ってもいいのか?」
「そもそも実力で足切りしてるわけじゃないから、やる気があるなら大歓迎さ」
「じゃなくて、いやそれもなんだけど、俺なんて孤児だぞ。実績も実力もねえのに、レーナの推薦ってだけで入れていいのかよ」
「加わる人間を厳選してきた結果、ウチには本当に信頼できる人しか居ないってことだからね。その一員であるレーナちゃんが推したっていうことには、たぶんキミが思っている以上の重みがあるよ」
思わず横のレーナを見遣ると、彼女は得意満面な笑みを浮かべて「感謝してくれてもよろしくてよ!」と宣った。
俺は勿論彼女に感謝しているが、それはそれとしてレーナの得意顔が若干ムカついたので無言スルーしておいた。するとレーナはこの距離で俺に言葉が届いていないとでも思ったのか、注意を引くように「おほん、おほほん、おほほほんっ」とリズミカルな咳払いで主張をし始める。
「なんだよレーナ、風邪か?」
「え?いいえ、そんなことはなくてよ。自慢ではありませんが、わたくし生まれてこのかた風邪を引いたことがありませんもの」
ああ……なんとかは風邪ひかないって言うもんなぁ。
「すげえな」
「すげえでしょうそうでしょう」
ちなみにイザベルは俺とレーナのそんなアホな遣り取りを微笑ましそうに見ていた。
そう言えば今更思い出したのだが、確かレーナはイザベルのことを『クランリーダーの伴侶』であると言っていた。ということはもしかしなくてもイザベルはその『英雄伯』という凄い貴族の嫁さんだということか。いわゆる伯爵夫人っていうやつ?
俺は微妙な顔でイザベルを見てしまう。
「なにかな?」
「いや、世の中には寝起きに『うにゃー』とか言いながらシーツにくるまる伯爵夫人が居るんだなって」
「それは忘れてくださいお願い」
それから、俺達は今後のことを相談する。『剣の誓い』の本体は現在別のギルド支部で活動しているらしく、このバッヘル支部へはイザベルとレーナの二人だけで来ているそうだ。てっきりハイゼン姉妹とかも同じクランなのかと思ったけど、彼女等は既に別のクランに属しているようだ。
ちなみにレーナの傷心旅行という名目だ。初日の酒場での虹ゲロ事件があるので、俺もその辺の事情は否応なく理解している。
となると、イザベル達がクランに戻る際に一緒に俺も連れて行ってもらうのが妥当なところだ。
「もう少しここに滞在するつもりだから、ランディー君には申し訳ないけど、しばらく待ってもらってもいいかな」
「いいんだけど……」
それ自体は別に構わない。レーナの気が済むまでここに居ればいいとは思うが、ただそうなると俺にとっては切実な問題がある。
俺はその間どこに滞在するのかという問題だ。
ちなみに昨日は結局橋の下で眠る羽目にはならず、悪漢に斬られた脚の治療にかこつけて街の治療院のベッドで爆睡させてもらった。治療費は公僕持ちなので微塵も懐は痛んでいない。悪漢どものおかげというよりは、たぶん手配してくれたシィナ(の権力)のおかげだと思う。
今日からはまた寝床探しだと思っていたが、よく考えればたった今、一応とはいえ生計を立てる算段が立ったと言えなくもないので、宿泊費を捻出する程度の出費は惜しまなくてもいいのかもしれない。
なので、一番安い宿を探して部屋を取ることにするので出立時期が決まったら教えてくれ、と俺が告げると、レーナが不思議そうな顔になる。
「なにを言っておりますの。ここでいいではありませんか」
「は?ここって、ここ?」
俺が床を指差してみると、レーナは当然のように頷いた。
無理だろ。絶対高いじゃんここ。俺にそんな金があるとでも?
「ねえイザベル、いいでしょう」
「ん。そうだね、流石にもう一室取るのは予算が勿体ないし、空きがあるかもわからないから、この部屋で一緒に住もうか」
「でしたらわたくしがシィナさんの部屋に移りますわ。彼女のところを二人部屋にしていただきましょう。この部屋は二人分の代金を支払ってありますし、イザベルとランディーさんでお使いになればよろしい」
「それが妥当かな。ランディー君はそれでいいかな?」
とんとん拍子で話が進んでいくので、反応が遅れた。
いいかなって、いいわけがない。代金の問題もだけど、それ以前に!
「いやいやいや!いかんでしょそれは!?」
「なにが?」
「なにがって、俺一応男なんだけども」
あんまりイザベルが不思議そうな顏なので、俺のほうが自信がなくなってくる。
いや違うよね。俺は間違ってないだろう。俺がものを知らないから素っ頓狂なことを言っているわけではないはずだ。家族でも恋人でもないのだから、普通は男女を棲み分けるべきだろ。
「んー。ランディー君っていくつだっけ」
「あ?えーと、たぶん今年で十六」
「ならいいんじゃないかな」
あっけらかんとイザベルは言うが、俺には意味が解らない。
そんな俺の疑問満載な顔を見て、イザベルは言った。
「十六ってことは、私の息子と同い年だ。少年には悪いけど、流石に息子と同じ年の男の子相手に女の顔はしないってば」
「は?」
えちょっと待って。この人、俺と同じ年の息子が居るの?
まじまじとイザベルの顔を見てしまう。どう見ても、俺よりも十かそこら年上なくらいにしか見えないんだが。
「イザベルって何歳なんだ?」
「三十五だけど」
「ほぉー、へぇー、ん~?、???、??」
三十五。三十五ってことは、三十五歳ってことか?
マジで言ってる?この容姿で俺の倍以上も生きてるって言ってるのこの人?
「スレイさんもだったけど、なんで私が年齢を言うとそういう反応になるのかな。まあ若く見られるのは悪い気はしないけど……そんなにおかしい?」
「うん」
ぶっちゃけおかしい。
なお、イザベルから見て俺が年齢差的にアウトオブ眼中なのは理解出来たが、逆はその限りではない。俺だってそれなりに健全な男子だし、これまでは周囲に女なんてセラしか居なかったから意識のしようもなかったけど、普通に性欲だってある。
もし俺がイザベルに欲情して襲い掛かったらどうするつもりなのか。
「どうもこうもありませんわ。イザベルのほうがあなたの百倍は強いのに、なんの危険がございまして?」
「アッハイ、サーセン」
その夜、俺はレーナと共にギルドを訪れていた。
目的は依頼をこなすことではなく、セラに会うことだ。クロードのパーティーを抜けた時にはまさかこんな展開になるとは思っても居なかったが、仮とはいえ俺の進路が一応決まったので、それをセラには伝えておきたい。
こうなると話は変わってきて、セラがもし今も俺と一緒に行きたいと言ってくれるのであれば、一緒に『剣の誓い』に行くのもありだと思う。
勿論、クロード達はいい顔はしないだろうが。
「パーティーに拘束力はありませんからね。入るも抜けるも個人の自由ですわ」
「そんな感じはあんましねえが」
「それはそう。いかに建前は自由とはいえ、実際には人間関係というものがございますので。書類を交わさないというだけで、一種の契約には違いないのです」
今のパーティーが気に食わないからって強引に抜けたりする真似を繰り返していると、そういう人間であると周囲に認識されるのは当然のことだ。そうなるとそんな人間をパーティーに加えたがる者も減っていって、結局は自分の首を絞める羽目になるわけだ。
パーティーのメンバーというのは黒い森で命を預ける相手だということなのだから、適当に済ませていい人間関係ではないのは俺でもわかる。
「ただし、だからこそ当人が『どうしても抜けたい』と言えば、それを阻むことに正統性も合理性もないのですわ」
クロードが、というよりたぶん反発するのはクレアあたりだろうが、彼等がセラの脱退を認めなかったとしても、最終的にはセラの意思が優先されるということだ。逆に言えば、セラがクロード達と行くことを選択するならば、当たり前に俺はそれを尊重するしかないという意味でもある。
「あくまでもパーティーだけならば、でしてよ。これがクランになると話は別です」
クロード達が所属しているクランというものが存在するのかは知らないが、もしセラがその一員となっていたら、脱退するのはセラの一存では出来なくなる。何故ならばクランの加入と脱退を認めるのは、クランのリーダーかその代行権限を持った一部のメンバーにしか出来ないから。だからこそクランに参加する際は慎重にならなければならないと俺はイザベルに教わったばかりだし、試用期間を提案してくれたイザベルは信頼に値する人物だと思える。
ロビーの中でセラの姿を探してみるが、彼女どころかクロードパーティーの誰も見付けることが出来なかった。今日はパーティーの休息日ではないはずなので、もしかすると既に黒い森に出ているのかもしれない。
代わりに、ではないが俺達は少々変わった光景を目にする。
ロビーの一角にあるクエストボードの前に、地元の討伐者が多く集まってなにやら喋っているのだ。
「あれはなんでしょう?」
「たぶん『遺留回収』の依頼が出たんだろ」
俺が言うとレーナは「なるほど」と頷いた。
レーナも遺留回収のことは知っているだろうが、ああやってボードの前に討伐者が屯するのは田舎ならではの光景らしいので、レーナにはあまり馴染みがなかったのだろう。
遺留回収依頼とは、その名の通り遺留品を回収してくる依頼のことだ。つまりは黒い森の中で魔物に敗れて命を失った討伐者の遺品等を持ち帰るという内容になる。基本的には討伐者というのは死んでも自己責任だ。失敗してくたばったとしても誰も気にしてはくれない。遺留回収の依頼が出されるケースというのは、それを依頼した人物が存在する場合になる。多くは家族だ。
流れとしては、討伐者が森から帰らないと、家族がギルドに確認を求めてくる。ギルドから森への転移門の通過履歴を調べればその討伐者が現在森に入っているかどうか、そして出てきているかどうかがわかるので、ギルド職員はそれを調べる。そしてどうやら森から帰っていないようだぞ、と認められると状況や日数を考慮して捜索救援依頼か遺留回収依頼が出される、と大抵はそんな感じだ。
「遺留回収に対するスタンスは田舎でも変わらないのね」
「むしろ、都会よりはその辺親身なんじゃねえか」
遺留回収は特殊な依頼なので、報酬は依頼者(不明討伐者の家族等)ではなくギルドから支払われる。その額は規定によって決まるので、基本的には一定だ。なので遺留回収は大抵の場合は割に合わない報酬額となってしまう。
どうやって遺留品を回収するのかというと、全ての討伐者が必ず身に着けているはずのライセンスカードの反応を辿るのだ。魔物は人間を捕食するが、奴等が求めているのはあくまでも魔力であり、肉体を食らうのはついででしかない。即ち、丸ごと飲み込まれでもしない限りは、基本衣服や装備などの痕跡が残されるのだ。遺留回収の依頼内容には、まずそのライセンスカードの位置特定と捜索が含まれている。反応を追ってみたら森の奥地でしたとか、あるいは危険地帯の真っ只中でしたとなっても、それで報酬が増えたりはしない。それどころかライセンスカードがそもそも見付からないケースも少なくない。それでも自力で痕跡を発見して遺留品を持ち帰れば報酬が出るが、無駄骨になる可能性もあるのだ。
故に、率直に言ってしまえば遺留回収依頼とは損を前提で受けるボランティアの類なのである。
しかし、遺留回収の依頼が出されれば、それは必ず誰かが受ける。
大抵はその場に居合わせた討伐者の中から、実力的に最もふさわしいパーティーが受注することになる。
これは討伐者という社会の不文律なのである。
いつ誰が死ぬともわからないから。
黒い森は一種の魔物だから、その中に遺体を放置して土に還すということは、即ち魔物の糧にされるということに他ならず、それではあまりにも無体だ。同業者の誼と、自らが死する立場になった時には別の誰かが持ち帰ってくれることを信じるために、討伐者は赤の他人の遺留回収依頼であっても必ず受注するし遂行するのだ。
特に、このバッヘルのような田舎支部では、活動している地元の討伐者は殆どが知り合い同士だ。
結び付きの強さは都会支部の比ではないだろう。
クエストボードに近付いて遺留回収の依頼書を確認してみると、二人組で活動していた地元の討伐者が消息を絶っているようだった。
集まって相談している者達の会話を聞く限りは生存は絶望的みたいだ。ただ、どうやら二人組のどちらも高齢の討伐者だったらしく、老いの影響も無視出来ない程だったとかで、知り合い連中も遠からずこういう日が来ることは覚悟していたようだ。
彼等は動揺することなく、粛々と依頼受注者の選抜を行っている様子だった。
ちなみに対象が人望のある人物だったり地位の高い人物だったりした場合は、それこそ無報酬のボランティアで多くの討伐者が遺留回収に乗り出すこともあると聞く。
「探し人もいらっしゃらないようですし……今日のところは出直しましょうか」
「そうだな」
珍しくもないとはいえ、人死にの空気の中に好んで居たいわけもないので、俺達はその場を立ち去ることにした。




