292話_side_Ran_バッヘル領_某所
~"討伐者の少年"ランディー~
これで俺も、とうとう宿なしってわけだ。
セラと一緒に借りてた部屋は引き払っちまったし、パーティーから抜けた以上はロルフニキのところに居座るのもおかしな話だ。ニキは「次の宿が見つかるまでは居ていい」って言ってくれたが、俺が強引にパーティーを飛び出した形になっている以上、それも気まずい。
まあ、無言の圧力で追い出されたとも言えるが。どっちみち気まずい。
もともと私物なんて殆ど持ってなかったから、持ち運ぶ荷物も鞄一つで収まってしまう。なのでそいつを背負ってとりあえず出てきたわけであるが、はてさて今日からの寝床をどうしたものか。
数日の宿代くらいはどうとでもなる。
底辺を彷徨っていた頃は貯えなんて無いに等しかったが、最近ちょっとだけ貯めた金が手元にはある。セラと財布は共通だったから、今回別れるにあたって公平に分配しようと言ったのだが、セラがせめてもの餞別に渡したいと主張したので大部分を俺が貰うことになった。今後もクロードのパーティーに所属することになるセラと根無し草になり下がった俺では経済力が違い過ぎるので、見栄を張らずに有り難くもらっておいたのだ。
だから多少の余裕はあるのだが、考えなしに使えば瞬く間に枯渇するだろう。
ちなみにクロードも当座の支度金を渡すと言ってくれていたが、俺に施すくらいならその分セラを手厚くしてやってくれと言って断った。俺は結局彼等のパーティーにはほぼ貢献していない身なので、無心するのも憚られた。ロルフニキが買ってくれた剣があるので、彼等からの餞別としてはこれで充分過ぎる。
「しばらくは野宿だなこりゃ」
幸い暖かい季節なので、外でごろ寝でも死にやしない。
俺一人で稼げる金額には限りがあるのだから、これまで以上に切り詰めて生活せねばならない。少なくとも、ある程度の生活環境を整えられる目途が立つまでは。宿代は、切り詰められる部分だ。
最終手段としてはギルドのロビーで寝るとか、あとは元居た孤児院の軒先を借りるとか、屋根の下で寝る手段がなくはない。ただそれをやるとたぶんセラの耳に入るので、あまり嬉しくない。セラが安心して前を向いて行けるように、俺の困窮した姿などは極力見せないべきだ。
「となると、やっぱ移動するべきか」
なんにせよ、この街からは出よう。
立て直しを図るなら、俺のことを知ってるやつが居ない場所がいい。
そうすれば、最悪俺がくたばったとしても、セラに知られずに済むかもしれないし。
そうと決まれば準備をしなくてはならない。俺はこの街から出たことがないので、旅の心得もない。だけどいつか必ずここを出るつもりでいたので、準備すべき内容はそれなりに調べていた。まあなんとかなるだろう。
夜になったらまずはギルドに行って、討伐スコアを報酬に変えよう。ここ最近、クロード達と一緒に稼いだ分があるから、纏まった額になる。それまではちょっと仮眠を取ろう。半年間で培われた討伐者の生活リズムのせいで、日中は眠くて仕方がないのだ。
人目につかなくて休めそうな場所を探した俺は、最終的にとある川辺の小さな橋の下に腰を落ち着けた。こういう場所には身寄りのない子供とか浮浪者とかがよく住み着いているものだが、運良く先客の居ない場所を見付けられた。孤児院で生活していた頃は、そんな野宿を強いられている奴等に比べれば屋根があるだけ俺はマシだなどと思っていたが、これで俺も浮浪者に片脚を突っ込んだわけだ。
ま、悲観するでもない。
この程度で悲観するには、俺はちょいと底辺を知り過ぎている。
鞄を枕にして目を閉じようとすると、ふとこちらに近付いてくる足音に気付く。
複数の足音に不穏なものを感じて、俺は身を起こすと剣を片手に立ち上がった。
「…………なんだ、アンタ等か」
現れたのは、先日ミレイユに絡んでレーナに成敗された三人組だった。
あの時は暗がりでよくわからなかったが、こうしてまだ明るい時間に相対すると、普通にガラの悪い連中であった。討伐者界隈には荒くれ者も少なくないので、別に珍しいという程でもない。
「よぉランディー君、だっけ?聞いたぜ、パーティーを追い出されたんだって?」
「自分で抜けたんすよ」
にやにやと笑いながら言ってきたのは、あの時レーナに剣を叩き折られた男だ。どうやら三人組のリーダー格はコイツらしい。
このタイミングで現れるのは耳が早いことだと思わないでもないが、レベッカが現れた時の会話はギルドのロビーで行っていたので、俺が抜ける云々の話も誰に聞かれていたとしてもおかしくはない。
「なんか用すか」
「これから独りじゃ大変だろ?俺達のパーティーに入らねえか?」
「ああ?」
まあ、親切心からの申し出などではないことは、彼等の顔面に張り付いた厭らしい嗤いを見るまでもなくわかる。
このタイミングで現れた目的はなんだろうと考えるが、たぶんくだらないことだ。大方、俺が孤立したのをいいことにカツアゲでもしようって腹だろう。一時的とは言え俺がクロード達のパーティー、つまりCランクのパーティーに所属していたことは事実なので、金を持っていると睨んだのだ。実際、コイツは俺がパーティーを追い出されたのだと言ったが、レベッカの件を盗み聞きしていたのであれば、俺が穏便にパーティーを抜けたことを知っていてもおかしくないから、クロード達からの心付けを渡されていると考えるのも妥当だ。
俺は断ったけど実際くれようとしてたわけだし。
「悪いけど、すぐに街を出るつもりなんすよ。気持ちだけもらっとく」
だからとっとと失せろ、の意だ。
とはいえコイツ等が素直に立ち去るとは思えないので、いざとなればすぐに逃げ出せるように俺は身構える。転がっている荷物は流石に置いて行くしかないが、獲られて困るものは入っていない。貴重品とライセンスカードは身に着けているし、俺の持ち物の中で一番高価な物は新品の魔法剣だが、それはこの手に持っている。
そんな俺の警戒を、男達はニヤニヤと眺めていた。
「ふーん、じゃあいいや」
予想に反してあっさりと諦めるようなことを口にした男に、俺は虚を突かれた。
その一瞬が隙になったのかもしれない。
背後から砂を踏む音が聞こえたことに気付いた時には既に遅く、俺は脚を斬り付けられ、背中を蹴られてその場に倒れ込んだ。
「ぐっ!?」
這いつくばって必死に背後を振り仰ぐと、片手剣を持った初見の男が立っていた。印象の薄い平凡な顔に、やはりこちらを嘲るような嫌な笑みを見せている。
俺は自分の迂闊さを呪う。あの時は三人組だった奴等が、今日も三人しか居ないなんて誰が決めたのだ。四人目の仲間が居て、おそらく最初から俺の背後に回り込んでいたのだ。
状況は詰んでいた。脚の傷は深くはないが、手当をしなければ真面には走れない。それ以前に、俺は四人の男に完全に逃げ道を塞がれてしまっている。当然、戦うなんてもっと無理だ。
「わかんねえな、何がしたいんだよアンタ等」
俺如きに、何故ここまで。
リーダー格の男を睨みながら問うと、男は鼻で嗤った。
「街を出るんだろ?出たことにしといてやるよ。その時お前は生きてないかもしれねえが」
「俺を殺すのが目的じゃねえだろ」
「そりゃそうだ、俺達もそこまで暇じゃない。だがよ、この期に及んで殺さない理由がないのもわかるよな?」
そもそも討伐者というのはいつ死ぬかわからない職業だ。討伐者同士の諍いが基本的にやられ損であるというのも、討伐者の負傷や人死にを一々取り上げていたらキリがないからだ。全部が全部そうではないが、少なくとも、孤児の底辺討伐者が一人消えたところで、誰も問題にはしないだろう。
「こんなこと言いたくないんだけどさぁ。死にたくないなら言うこときいてくんねえかなぁ?」
「どうせ碌なことじゃねえだろ」
「なに、難しいことじゃないぜ。ランディー君さぁ、仲のいい女の子いるよねぇ?セラちゃんだっけ?」
男はしゃがみ込んで、片手に持った剣の腹で俺の頬をぺちぺちと叩いてくる。それはあの時レーナに叩き折られた残骸であったが、折れているとはいえ剣は剣、身動き出来ない俺の首を掻き斬るくらいはわけない凶器だ。
「汚え貧相なガキだから興味もなかったんだけどさぁ、最近彼女、めっちゃ可愛くなってんじゃん?背伸びした格好しちゃってさぁ。見ててムラムラすんだよなぁ」
「やめといたほうがいいぜ」
「ああ?」
「俺はともかく、セラは歴としたクロードのパーティーメンバーだ。アンタ等だってレベル3の討伐者を敵に回したくはねえだろ」
それこそ、この前そのレベル3のレーナに手も足も出ずにボコボコにされたばかりだ。
俺が言うと、男は心外そうに眉を持ち上げて、大袈裟に驚いて見せた。
「いやいや!別に変なことはしねえよ?合意の上で、ちょっといいことをするだけだよ。きっとセラちゃんも喜んでくれると思うけど。……だからランディー君は、彼女をちょっと呼び出してくれるだけでいいんだ」
「で?俺を人質にしてセラを脅すって?」
「ありゃ。意外と察しが良いのなお前。もっと馬鹿だと思ってたわ。まあわかってんなら話が早えや。賢いお前はわかるだろ?やらなきゃ死ぬだけだ」
「やっても死ぬんだろが」
「それは流石に心外だわ。なんでもかんでも殺しやしない。ランディー君が役に立ってくれるんなら、仲間に加えてやるぜ。最初にそう言ったろ?」
それはそれは、死んだほうがマシだな。
憎まれ口を叩いてカッとなって殺されては堪らないので口には出さないが。
というかコイツ等、ミレイユの件もそうだが、本当に下半身に脳みそが搭載されてるんじゃないのか。それしか考えることないのかよ。とはいえ、こういう人種が実は然程珍しくないのも討伐者界隈の特徴ではある。要するに、いつ死ぬかわからない生業なので、刹那的に本能に殉じて生きている輩が少なくないのだ。
俺はどうするべきだ。痛む脚を無理矢理に意識から追い出して必死に思考を回す。とりあえず、この場は頷いておくしかない。今ここを生き残るためにはそれしかない。
考える俺の沈黙を拒絶と受け取ったのか、男は言葉を続けた。
「いやぁわかるぜ。大事な大事なセラちゃんを売れねえよな。俺達だって悪魔じゃない。だから代わりの選択肢をやるよ」
「…………?」
なにを言い出したんだ、と訝し気に見上げる。
「セラちゃんの代わりに、あのお嬢様でもいい。調子こいた真似してくれたアイツだよ」
レーナのことか。
俺は悩む。コイツ等は知らないようだが、レーナは本物の貴族だ。家格も家名も知らないが、立ち居振る舞い(それと金銭感覚)を見る限りはそれなりに裕福な貴族であるのは間違いない。つまり権力があるということだ。
レーナに手を出して貴族を敵に回せば、コイツ等はお終いなはずだ。
だから俺は言いなりになる振りをして、敢えてレーナをコイツ等に引き合わせるという選択肢がある。だけどそれはレーナを危険に晒すということだ。いかにコイツ等が愚か者とはいえ、レーナとの実力差は理解出来ているだろうから、彼女を無力化する手段もなしにこんなことを言い出したりはしないはずだ。
もしかすると、俺がレーナに対しても人質として機能すると思っているのだろうか。だとすればなんの問題もない。俺とレーナはたった一度会っただけの関係で、ただの顔見知り程度でしかない。俺を人質にしてレーナに服従を迫ったところで、無視してぶん殴られるだけのことだ。
……だけど、レーナだしなぁ。
一抹の不安が過るのだ。
あの時だって見ず知らずのミレイユの危機を見過ごせずに割って入った彼女のことだから、俺の命を守るために言いなりになってしまう可能性がないとも言えない。その結果、最終的にコイツ等が破滅するのだとしても、レーナの心に消えない傷を残すかもしれない。
らしくねえな、と自嘲せざるを得ない。
だってそうだ。セラだけだったはずだろう。俺が自分よりも優先するのは。
この状況で俺の正解は、セラと自分を守るためにレーナを差し出すことに他ならない。それを厭う理由はないはずだ。ないはず、だったのだ。
やっぱ、変わっていたのはセラだけじゃなかったんだな。
「残念だが、そら無理だ」
「あん?断るって?立場わかってる?」
「ちげーよ、そもそも無理なんだ。俺とアイツはあの時たまたま一緒に居ただけで、知り合いでもない」
だから俺が呼び出したところで来ない、と告げると、男は得心した様子で嘲笑を見せた。
「嘘はよくないなぁランディーくぅん。知ってるんだぜ?あの後、美人のおねーちゃん達と一緒のパーティーでパーティーしてたらしいじゃん。いやー羨ましいわ」
見られてたのか、と舌打ちする。
あの時、レーナにボコられて這う這うの体で逃げ出したコイツ等にそんな余裕があったとは思えなかったが、となるとたぶん、後ろのヤツだ。あそこに居なかった四人目の仲間がギルドに居たとすれば、その後のことを知っていてもおかしくはない。
「そんな釣れないこと言ってやるなよ。仲良しなんだろ?あのお嬢様とよぉ」
その時であった。
俺が答えるよりも早く、別の声がこの場に割り込んだのだ。
「――その通りですわ!!」
高らかに響き渡ったその声は、紛れもなくレーナのものであった。
しかし周囲を見渡しても彼女の姿は無い。
男達は明らかに狼狽して、声の出所を探して視線を巡らせる。
「ど、どこだ!?どこから」
「あそこだぁ!!」
一人が指差した先は、俺が寝床に選んだ橋の上だった。然程高い場所ではないが、橋の欄干の上に仁王立ちする人影が、橋の下の俺達を傲然と見下ろしていた。何故わざわざそこに立ったんだよ。
「わたくしとランディーさんはもはや、なかよし!こよし!おともだち!でしてよっ!!そしてお友達の窮地を見過ごすわたくしではなくてよ!――っとう!!」
男達が唖然としている間に謎の口上をぶち上げたレーナは、軽やかに跳躍した。藤色の長髪を美しく靡かせて、何故か空中で一回宙返りを決めてから、俺達が居る川辺に降り立つ。位置的には俺の背中側の少し離れた所だ。地面に這いつくばった俺の正面には三人の男達。そしてすぐ後ろには剣を持った四人目の男。その更に後ろにレーナが降り立った形である。
着地して、静かな視線を向けたレーナに、リーダー格の男が後退る。
そして、引き攣った声で俺の後ろの男に指示を出す。
「ガキを放すな!おい女ァ、それ以上近付くとガキを殺すぞ!!」
お手本みたいな小悪党の台詞だが、実際俺の近くには剣を持った男が居て、その切っ先は俺の首に向けられている。
レーナは言う通りにその場に足を止め、というかそもそも近付く気がなさそうな様子で、呆れたように息を吐いた。
「本当に頭が悪いのですね。少々憐れにすら思えてきました……」
「ああ!?舐めたクチきいてんじゃ、」
「近付くまでもないと言っております」
この前は見えなかったが、今度は俺の目に辛うじて見えた。
レーナは片手を動かして、アレを放っていたのだ。
指をピンと弾くやつ。
そう、デコピンだ。
「ふぐぉっ!?!?」
俺に剣を突き付けていた男が、くぐもった悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
おそらく、というか間違いなくレーナのデコピンを食らったのだろう。触れることすらなく大の男を吹き飛ばすとは、恐ろしい程の『ピン圧』であった。
なお、男が吹っ飛んだ時に取り落とした剣が俺の顔のすぐ横にさくっと落ちてきて、普通に肝が冷えた。ちょっとズレてたら刺さっとったんぞこれぇ。
俺が戦々恐々としているうちに優雅に歩を進めたレーナは、俺の隣まで来ると立ち止まり、くいっと腰を捻って謎のポーズをとる。なんで一々喋るたびにポーズを決めるのかわからないが、まあレーナだしな。
「わたくし、人間の善性を信じることにしております。それが貴族としての美徳と矜持でしてよ」
なんか綺麗なことを言っているが、自分に酔った感じのポーズさえなければ完ぺきだったのに惜しいと俺は思った。というか、ポーズのせいで内容が今一頭に入ってこないから普通に喋ってもらっていいですか。
そんな俺の内心を他所にレーナ劇場は止まらない。
「故に先日はアナタ方が謝罪をしたことでなんか反省してる気もするしヨシ!といたしましたが……どうやら誤りでした」
あの時はコイツ等も酒が入っていたし、結局犯罪行為は未遂に終わっていたので、被害者であるミレイユが謝罪を受け入れたこともあって見逃すことにしたのだ。正確にはコイツ等が勝手に逃げ出したのを追わなかったということであるが。
「此度は衛兵に突き出します。神妙になさい!」
「チッ、おいてめえ等、ずらかるぞっ!!」
なんだか時代掛かった物言いをするレーナに影響されたのか、ますます小悪党風になってきたリーダー格の男は仲間を促して逃げ出そうとする。レーナのデコピンで吹っ飛んだ男も意識はあったようで、ふらつきながらも立ち上がって逃げ出した。
「おい、逃げちまうぞ」
何故か暢気に(ポーズを決めて)眺めているレーナに俺が思わず声を掛けると、彼女はほんの少しだけ憐れみを含んだ表情で男達の背を眺めて言う。
「彼女はわたくしのように甘くはありません。到底逃げ切れるものではなくてよ」
「はい?」
チン、と小さな金属音が聞こえた。
俺がそちらを見ると、いつの間にかレーナとは逆側に黒髪の少女――シィナが立っていたのだ。彼女はその手に格式高そうな拵えの太刀(強そう)を握っていて、今聞こえた小さな音は、どうやら彼女が太刀を鞘に納めた音であった。
「ぐあぁ!?」
そしてそれと時を同じくして、逃げ出した男達が血飛沫をあげて転倒する。見れば、彼等の脚にはそれなりに深そうな切傷が刻まれていて、だくだくと血を流していた。俺の脚よりも明らかな重傷で、俺のこれで真面に走れないのだから、彼等が治療なしには最早真面に立つことも叶わないのは明らかであった。
「あら、容赦ないのね」
「……彼等が魔法を使わないとは限りませんので。簡便に思考能力を奪うには苦痛を与えるのが一番です」
シィナは穏やかな顔をしたまま過激なことを平然と宣った。
俺は彼女の言葉を聞いて、そういえばロルフニキも同じようなこと言ってたなと思い出す。ニキが言っていたのは味方の魔法使いを守るための心得だったが、魔法使いという人種にとっては、仮に些細な傷でも痛みで思考能力にストレスが掛かればパフォーマンスが下がるので、とにかく身体張ってでも後衛を守れ、と。
「このシィナ、犯罪者に掛ける情けの持ち合わせは御座いません。わたくしも人の善性を信じますが、それは必罰に優先するものではない」
「それはそう。まあ、余罪も出てきそうな方々ですし、しっかりと罰せられるのがよろしいでしょう」
うむうむと頷くレーナは奴等を公僕に突き出せば正しく罪が裁かれると思っているようだが、それはどうだろうかと俺は思う。殺しの現行犯ならまだしも、結局奴等は今回も大したことはしていない。精々が俺の脚を斬ったことくらいだが、それを言うならシィナのほうが余程派手に斬り散らかしているのだ。討伐者の職業上、この程度の怪我人が出ることは然程珍しくもないので、一々裏を取ってまでひっ捕らえていたらどれだけ公僕に人手があっても足りない。十中八九、碌に取り合ってもらえないだろう。
突き出せば暫く拘留くらいはされるかもしれないが、奴等が反省している振りでもすればあっさりと出て来られるはずだ。
「大丈夫ですよ。彼等は裁かせます。確実に」
そう言ったのはシィナであった。
彼女は俺の足の傷を見るためか、近くにしゃがみ込んで、そのまま俺と視線を合わせてにっこりと微笑んだ。
「権力とは、正しく使うためにあるのです」
「――――差し当たりは、これでよいでしょう」
そう言ってシィナは俺の脚に巻かれた包帯をぽんと叩いた。レーナもシィナも魔法使いだが治癒魔法は得意でないらしく、普通の応急手当てをしてくれた。傷は深くなかったので、後で然るべき魔法治療を受ければすぐにでも討伐者活動に復帰出来るだろう、とのことだ。
「ありがとよ。色々と。迷惑かけたな」
俺が負い目から視線を逸らして礼を言うと、二人はその様子に少しだけ笑った。
「気にすることはなくてよ。むしろ先の悪漢の件はわたくしが貴方を巻き込んだようなものですわ」
「別にレーナも正しいことしかしてないだろ」
「その通りですわ。だからあの方々だけが悪いのであって、貴方が気に病むことはありませんの。わたくしもね。巻き込まれたと言えばシィナさんですが」
「今のお礼で充分に報われましたよ」
「という方ですので」
成程ね。善性を信じると言うだけのことはあって人の良いヤツ等だ。
あの後、シィナが魔法を使って小さな鳥のようなものをどこぞに飛ばすと、すぐに領主の衛兵がすっ飛んで来て男達を拘束して連れて行った。俺が知ってる公僕の腰の重さが嘘みたいな素晴らしいフットワークに唖然としてしまった。
敢えて訊くつもりもないが、たぶんシィナも貴族なのだろう。それもここの領主――つまり代官に影響力を有するような家の令嬢だったりするに違いない。
「アンタ達二人だけか?なんでこんな時間にこんな場所に?」
「初めて訪れる場所だったので、探検しておりましたのよ!」
「また迷子になるぞお前」
「御心配には及びませんわ!」
自信ありげなレーナが上のほうを指差したので見てみると、彼女が飛び降りた橋の上に人影があった。俺の視線に気付いてひらりと手を振ってみせたのは、誰あろうハイゼン妹だ。
「居たのか……」
「ええ、ずっと」
察するに道案内役――というか子守り役なのだろうが、相変わらず苦労しているようで同情する。ちなみに妹などと称していると年下のような気がしてくるが、ハイゼン妹は普通に俺よりもレーナよりも年上だ。たぶんクロードとかの年代だと思われる。
「と言いますか、何故ここに?はこちらの台詞ですわ。まさかパーティーを抜けて路頭に迷っておられますの?川に身を投げるつもりでは御座いませんよね?」
「んなわけねえし、こんなちゃちい川で死ねるかよ」
横をちょろちょろと流れる川は幅こそそれなりだが水深はものすっごく浅いし流れも穏やかだ。ここで溺れようと思ったら相当間抜けな絵面で相当頑張る必要があるだろう。
事情はセラ以外には特に隠すつもりもないので、端的に説明する。これまで住んでいた場所を引き払ってしまったので寝床がなく、パーティーを抜けて金銭を節約する必要に迫られたので、ここで野宿をしようとしていたのだと。
そうしてなんとか生計を立て直すつもりであると語ると、実に軽い調子でレーナが言った。
「あら。でしたらウチに来ますか?」
「は?」
「わたくしの所属しているクランですが、常に新規さん募集中ですので。たぶん歓迎されますわよ」
「……俺みたいなザコでもか?」
「貴方が雑魚かどうかはさて置いて、デミの方も居りますし、レベル1の方だって居りましてよ」
レベル3のレーナが所属しているクランというから有力なところなのかと思ったが、そうでもないのだろうか。
「ただし、ウチのクランは旅するクランですので、参加要件があるとすればそれですわね。わたくしの場合は少々特殊ですので参考にはなりませんが、基本的には故郷を捨てるつもりでないと加入できませんので」
なので常に人手不足ですのよ、とレーナは言う。そんな条件だったら俺にとってはないようなものだ。そもそもこの街を出ようと考えていたところだったのだから。
「その気があるならイザベルに話を通して差し上げますわ。彼女はクランリーダーの伴侶ですので、イザベルを頷かせれば勝ちですわ」
それはそれでクランリーダーの夫婦間パワーバランスが垣間見えて悲しくなるが、そういうことなら願ってもない。
俺はイザベルのことを大して知っているわけじゃないが、それでも信用に値する人間性だということくらいはわかる。
「ちなみに、なんていうクランなんだ?」
「『剣の誓い』ですわ」
「へぇー。かっこいいじゃん」
まあ、有名クランの名前ですら全く知らないから、訊いたところでわからねえんだけど。




