291話_side_Ser_バッヘル支部
~"討伐者の少女"セラフィーナ~
最近、楽しい。
色々なことが上手くいってて、人生で初めて順風満帆かもしれない。それもこれも、スメラギさんとクロードさん達のおかげだ。
クロードさんとヴェルナーさんが丁寧に教えてくれるおかげで、わたしの魔法使いとしての力量はぐんぐん上達してるし、最初はクレアさんに引っ張られてなんとなくって感じだったけど、段々とオシャレすることが楽しくなってきた。
信じられないでしょ。オシャレだよ。このわたしが、オシャレをしてみるのである。今までだって、そりゃあ興味はあった。でも自分には縁のないものだと、どこかで諦めていたことでもあった。それがどうだ。いざ着飾ってみると、これが本当に楽しくて。手放しで褒めてくれるクレアさんの影響もあるけど、結構、自分に自信も出てきた。
あとは、ロルフさんのことはまだちょっとだけ怖い、顔が威圧的なので。でも彼はランディーの面倒をよく見てくれているし、ランディーだって懐いている様子だから、きっと良い人に違いないのだ。
この人達となら、上手くやれる、と思う。
だから、このパーティーに入って良かった。
……つまり、わたしは浮かれていた。
嫌というほど知っていたはずなのに。
良いことばかりが、続くわけがないのだと。
ある日、わたし達パーティーは活動のためにバッヘル支部を訪れていた。
そろそろ別の支部に活動拠点を移すつもりだとクロードさんからは聞かされていて、わたしとランディーもその準備を進めていた。二人で借りていた狭い部屋も昨日引き払って、近いうちにいよいよこの街ともお別れだ。それまでの間は、わたしとランディーはそれぞれクレアさんとロルフさんが借りている宿の部屋に一緒に泊らせてもらうことになっていた。勿論、ちゃんと宿に宿泊費を払って、という意味だ。
ということはこのバッヘル支部の景色も見納めであり、半年間も燻ぶっていた身としては決していい思い出のある場所とは言い難いが、今となってはそれすらも感慨深い。
などと内心で浸っているわたしを他所に、クロードさん達に話し掛けてくる人物が居たのだ。
そこから、なにかがおかしくなった。
「……お話はわかりました」
そう言ってクロードさんは「困りましたね」と呟く。場所はロビーの一角で、丸テーブルの席にクロードさんと、現れたその人物が向かい合って座っている。わたしを含めたパーティーメンバーは周囲で思い思いに立って流れを見守っている状況だった。
「おねがぁい。他に行くところないのよぅ」
拝むように両手を合わせてクロードさんに懇願しているのは、一人の女性討伐者だった。妙齢と言えばいいのかわからないけど、若作りしているがたぶんロルフさんよりも年上な気がする。癖の強いブロンドを豪快に括ったヘアースタイルの、奔放なシルエットが特徴的なワイルドな風貌。垂れ目気味の瞳と、厚ぼったい唇には大人の色気がある。その服装もやっぱり豪快で、シャツの襟元はあけっぴろげで豊満な胸の谷間を隠そうともしない。肉付きの良い脚にぴっちりしたパンツを穿いているので、歩くたびにムチムチと音が鳴りそうだ。しゃがんだらお尻破れそう。
要は、お手本みたいな女討伐者らしい挑発的な出で立ちの女性であるということだ。
「レベッカさん、だったっけか?今更来られても困るんだがよ」
「そうだねぇ。私達の勧誘を断ったのはそっちだよ」
ロルフさんとヴェルナーさんが口々に言うように、どうやらこの女性――レベッカさんは初見の相手ではなく、クロードさん達がこの街に来る前に立ち寄ったとあるギルド支部にてパーティーに勧誘していた人物であるようだ。
そしてその際にレベッカさんは勧誘を断っている。それなのに何故か今になって、わざわざ単身でクロードさん達を追い掛けてここまで来たのだ。
「だってぇ、あんなことになるなんて思ってなかったんだものぉ」
レベッカさんは心底参ったような表情で肩を落とした。
何があったのかというと、どうやら彼女には恋人が居たらしくて、その人物とは結婚を見据えたお付き合いをしていたようだ。そこにクロードさんからの勧誘があったのだけど、結婚したら討伐者を引退して家庭を守るつもりだからと言って断ったのだそうな。
「で?愛しの彼はどこいったし」
だいたい想像は付くけど、とクレアさんがつっけんどんに言う。
「彼、結婚してたのよ!浮気だったの!アタシ騙されたのよぅ~ひどくなぁい!?」
「あほくさ」
「そんな言い方ってなくなぁい!?」
クロードさんに視線で窘められたクレアさんは小馬鹿にしたように鼻を鳴らして口を噤んだ。
「事情はわかりましたし、お気の毒でしたが……それで、何故僕達のパーティーに入りたいと?」
「だからぁ、他に行くとこがなくなっちゃったの!」
「ですから、何故?」
「それがねぇ――」
レベッカさんから事情を聞くと、クレアさんではないがわたしも『あほくさい』と言いたくなってしまう。いや、レベッカさん本人にとっては笑い話では済まないし、死活問題でもあるのだろうけど。
なんでも、レベッカさんを騙していた既婚の男性というのが、とても外面の良い人物だったらしい。しかもそれなりに有力な討伐者で、出自も実績も確かな人物だったのだ。で、何が起きたのかというと、その男は浮気の責任を全部レベッカさんのせいにしたのだ。
既婚のくせに独身と偽って女を誑かしたという事実を、既婚の男性を誘惑して無理矢理関係を迫った悪女という噂にすり替えてしまったのである。バックボーンに物を言わせた情報戦で瞬く間に悪女に仕立て上げられたレベッカさんは、憐れなことにその支部で活動を続けることが出来なくなった。何故って、有力者に睨まれている上に内憂となりかねない厄介な人物をパーティーに加えたいとは、真面な思考をしていれば考えないから。
「言いたかねえが、そんな格好して男に媚びてばっか居るから、相手の言に信憑性を与えちまったんだろ」
「なぁに、アタシのほうが悪かったとでも言うの!?」
「そうは言わねえが」
ロルフさんは言葉にしなかったが、言いたいことはわかる。そんな出来事があったのに、今のレベッカさんの出で立ちには微塵も反省が感じられないと言いたいのだろう。例えばイメージだけど、その相手の男性がクロードさんみたいな出で立ちや振舞いをしていたとして、見るからに遊んでいそうなレベッカさんとクロードさん(仮)のどちらの言い分を信じるのかと言われたら、普通は後者を信じてしまう。
勿論、結婚するつもりだからとクロードさんの勧誘を蹴った以上は、きっとレベッカさんは本気でそのつもりだったのだろうし、本当に騙されただけの被害者なのだろう。クロードさん達もそれはわかっているから少なからず同情的に事情を聞いているのだ。
ただ、そのわりには堪えているように見えないというか。怒り心頭という風でもないし、なんというか、軽いのだ。
わたしのレベッカさんに対する第一印象は『頭の悪そうな人』に決まった。男に媚びるような女は馬鹿しか居ないのか、あるいは馬鹿だからこそ恥もなくそんな振る舞いが出来るのか。
「それで、どうせ活動拠点を移すのならって私達を追い掛けてきたというわけ?」
ヴェルナーさんは呆れたような顔だ。
あからさまに『面倒くさいな』と言いたげだ。
「そうよぉ。会えたらいいなくらいのあれだったけど、まだここに居てくれてよかったぁ。今更低ランクのパーティーなんかに入ってられないし、移籍先探すのも楽じゃないもの」
「それはそうだろうけど。殊勝にやり直そうっていう気概はないのかな」
「アタシ悪くないもの!なぁんでアタシが罪人みたいに言うわけぇ?」
ああ、そう。つまり、今の生活レベルを落としたくないから低ランクパーティーで得られる報酬額では不満ってことね。
ちなみに、言うだけのことはあって、レベッカさんの等級はクロードさん達と同じ『レベル3』だった。
「というわけで、おねがぁい!アタシをパーティーに入れて?」
「そうは言われましても、僕達のパーティーは既に定員を充足していますから」
クロードさんがそう説明すると、レベッカさんは「ふぅん」と流し目をこちらに寄越した。
長い睫毛に縁取られた蠱惑的な視線が、わたしとランディーをねめつける。
「お子ちゃまじゃないの。使えるのぉ?」
ムカっと来たけど、わたしは何も言わない。残念ながら、レベル3のレベッカさんと比べられたら、わたしやランディーが実力不足であることなんて明らかだからだ。
クロードさんはこちらを一瞥してから、穏やかな調子でレベッカさんに言う。
「彼等には、将来性を見込んで僕達の仲間に加わってもらいました。実際、見所のある若者だと思っていますよ」
「でもぉ、即戦力のほうがありがたいでしょ?貴方達だってぇ」
諭すようなクロードさんと食い下がるレベッカさんの攻防を眺めていて、わたしはふと思い出す。
そう言えば、一番最初にクロードさん達がわたしとランディーを勧誘に現れた時、確かに彼等は即戦力が欲しいとは言っていた。でも、クレアさんがこうも言っていた。
例え即戦力の実力者でもパーティーとして仕上がるには時間が掛かる。むしろ我が強い人間ほど反発してしまい、全体としての戦力はむしろ落ちることすらあるのだと。その時はそういうものかと聞いていただけだったけど、今こうしてレベッカさんの姿を見て、クレアさんの危惧が理解出来てしまった。
「ねぇアナタ、魔法使えるの?」
「……使えます」
レベッカさんの問いにわたしが答えると、彼女は声に出さずに「あら」と呟いた。そしてそのままランディーにも同じ質問をする。
「アナタは?」
「俺はデミだ」
「そうなのぉ。ちなみにアタシは魔法使えるんだけどぉ」
にんまりと笑うレベッカさんの意図はあからさまだ。デミのランディーの代わりに自分をパーティーに加えるべきだと言いたいのだ。
わたしは苛立ちを抑えるのに苦労した。いきなり出てきて好き勝手な主張を続けるレベッカさんにもイラつくし、きっぱりと断らないクロードさん達にも『なんで?』と思ってしまう。なにより、負けん気の強いランディーが然したる反応を見せずに静観している事実にも腹が立つ。
言い返せばいいのに、と。
なんでそんな興味のなさそうな顔をして黙っているのかと訊きたい。決定権がクロードさんにある以上はわたしやランディーが何を言っても無駄だし、だからランディーの態度のほうが正解だとわかっては居るのだけど、そんなのランディーらしくない。
「レベッカさん、申し訳ありませんが彼の加入は決まったことです。既に活動を開始している以上、彼は僕達の仲間です。仮に今、彼の代わりに貴女をパーティーに加えたところで、僕達の戦力が増強されるとは思えません」
「えぇ~!なにそれ意味わかんないっ!」
「仲間に入れるって決めたヤツをよ、やっぱなしで、なんて追い出したら悪評と不和の元になるだろうがよ」
「それがわからない貴女だから、どこのパーティーにもお断りされたんじゃないかなー」
よっしゃよく言ってくれたクロードさん!とわたしは内心で拍手を送った。憤慨するレベッカさんに放たれたロルフさんとヴェルナーさんの追撃も、全く以てその通りだと言ってやりたい。
しかし、そこまで言われてもレベッカさんは諦め悪く食い下がろうとする。
「じゃあじゃあ、補欠でいいから置いてよぉ」
「補欠て。大手クランじゃないんだから」
ヴェルナーさんが呆れたように言うが、どういう意味だろうと首を傾げていると、横に居たクレアさんが小声で説明してくれた。
補欠というのはパーティーの七人目ということで、文字通り、なんらかの事情でパーティーに一時的な欠員が出た場合に代わりに参加する人員のことだ。大手のクランとかだと構成員の人数が多いので、内部で複数のパーティーを持っていたりするのだが、それでもパーティーを組めずにあぶれてしまった中途半端な実力の人間とかが補欠要員として置いてもらうことはままあること、らしい。
ちなみに補欠でもいいなどと嘯いているレベッカさんの魂胆は明らかで、例えそういう理由でも一度加入を認められさえすれば、実力でランディーを追い落とすのは容易だと思っているのだ。事実として、実力的には圧倒的にレベッカさんが上なのだし。
わたしの心情的にはレベッカさんの加入を認めるべきではないと思う。だけど、厳然たる事実として彼女の実力が得難い戦力であるのも確かだ。だってレベル3の討伐者でしかも魔法使いってことは、それこそ全討伐者の中でも上位一割に属するような本物の実力者である可能性が高い。
だからこそクロードさん達も強硬に跳ね除けることが出来ないでいるし、それがわかっているからレベッカさんも食い下がるのだ。
というか、本当に実力があるのなら都会の支部にでも行けば引く手数多なんだろうから、ここに拘らずにさっさと諦めて欲しい。レベッカさんにだって選ぶ権利とか好みとかあるのはわかるけど、こちらとしてはいい迷惑だ。
断れ断れ断れぇ~、と怨念めいた思いを視線に乗せてクロードさんに送っていると、彼は『しょうがないなぁ』とでも言いたげな微苦笑を浮かべて口を開こうとする。その表情からわたしの思いが伝わったのだと、勝ちを確信していると、
「じゃ、俺抜けますわ」
「………………え?」
あっけらかんとそう言ったのはランディーだった。本当に何でもなさそうな顔をしている。全員の視線が集まって若干居心地悪そうにしているが、その程度だ。
わたしを始め、クロードさん達どころかレベッカさんまでも驚いたようにランディーを見詰める中、彼は「その代わり」と続ける。
「セラは置いてやってください。あと、セラと二人だけで話させてください」
「あ、ああ。えっと」
珍しいことに動揺を顕わにしているクロードさんが言葉を探しているうちに、ランディーはわたしの腕を引っ張ってさっさとロビーを出ると、そのまま支部の外に出たところで漸くわたしの腕を解放した。
わたしもそこで漸く我に返る。
「ちょっと、ランディーどういうこと!?抜けるって」
「その通りの意味だ」
「どうして、なんでいきなりそんな、」
混乱するわたしとは対照的に、ランディーは寛いだ顔をしていた。その姿がどうしようもなくわたしに悟らせるのだ。ああきっと、彼はずっと前から決めていたのだと。今が上手くいきすぎて浮かれていたわたしは、一番近くに居たはずの彼のことを全然見なくなっていたのだと。
「いきなりじゃねえ、決めてたことだ。あのねーちゃんは良い機会になったってだけだ」
「だからなんで」
「俺の実力は俺が一番わかってるし、セラだって本当はわかってんだろ。俺じゃあクロード達についていけねえんだ。早死にするのがわかってて、それでも居座ろうとは思えねえよ」
わたしはその言葉に、頬を叩かれたような衝撃を受けた。
わかってんだろ、とランディーは言ったが、わたしは全然わかってなどいなかったからだ。きっとランディーもロルフさん達の教えを受けて順調に実力を伸ばし、立派に討伐者としてやっていけるのだと能天気に信じて疑わなかった。
その影で、ランディーが悩んでいたことに気付きもしなかった。その事実が、ランディーが変わらずにわたしに向けてくれていた信頼感に対する酷い裏切りに思えて、わたしは咄嗟に言葉が出なかった。
「んで、さっきも言ったけど、セラはこのままクロード達と行けよ。間違っても、俺と一緒に抜けるとか考えんじゃねえぞ」
突き放すみたいに言われて、わたしはランディーの腕にしがみ付く。
「やだっ!わたしランディーと一緒にいくから!」
「ダメだ」
「なんで!?もう前までのわたしじゃない!魔法だって使えるし、役に立つから!」
「はぁ……だからだっての」
溜息を吐いたランディーは、わたしの腕を無造作に振り払うと、バツが悪そうに頭を掻いた。
そして明後日のほうを眺めながら、
「ダサいからあんま言いたくねえんだが、そしたらセラに頼っちまうだろ」
「いいじゃん!頼ってよ!」
「俺はそれでも良いかもしれねえけど、お前は良くねえ。自覚してねえみたいだからはっきり言っておくけどよ、セラ、お前はもうあっち側の人間なんだ。いっちょ前の魔法使いで討伐者だろうが」
そんなこと、と言い募ろうとすると、機先を制してランディーにおでこを弾かれた。
「あうっ」
「それから、勝手に悲壮感出されてもムカつくんだが。俺だって成り上がるの諦めたわけじゃねえぞ。ロルフニキやクレアだってデミなんだから、俺が同じだけ強くなれない道理はねえだろ」
「だったら、」
「だから、セラに頼っちまったら俺は逆に強くなれねえの。わかる?」
わたしは理解して、愕然とした。
つまりわたしは邪魔なのだ。
魔法の才能に目覚めてしまったばっかりに、わたしはランディーの人生を邪魔する存在になってしまったのだ。だって、我儘を言ってわたしがランディーについて行ったところで、それがなにを招くのかは明白だった。
わたしが一緒に居る限り、ランディーはわたしのおまけでしかなくなってしまう。
「今すぐにセラと同じ場所にはいけねえ。だから時間は掛かるけど、俺は俺で成り上がってみせる」
「だめ、無理……だってわたし、じゃあどうすればいいの……?」
わたしは泣きたくなる。自分の浮かれっぷりと、それから魔法の実力とは裏腹にまったく成長出来ていない内面の未熟さに。
この期に及んでわたしは、ランディーに決めてもらわなければ何も出来ない甘ったれのままだったのだと、最悪の形で気付かされたのだ。
だから、ランディーと別の道を行くという選択肢は、きっとわたしにとっても必要なことだった。それを理解したくなくて、認められなくて、わたしは往生際悪くランディーに縋り付く。先程のレベッカさんの所業をまったく笑えない無様さであった。
「あー……そうだな。約束ってほどのもんじゃねえけど、二人で決めたことがあったろ」
「え?」
ランディーはしょうがないヤツを見るような半笑いで、適当にわたしの頭を撫でた。
こんな話をしているのに、いつも通りの手だった。
「セラは先に上に行けるんだから、俺が追い付くまでの間に、スメラギの手掛かりでも見付けといてくれよな」
「あ……」
もっと強くなって、都会の支部に行って、二人でスメラギを探そう――
少し前のことだというのに、遠い過去みたいに思える会話を思い出す。
「で、でも……ほら!ランディーが抜けるって言っても、クロードさん達がだめって言うかも!さっきだって庇ってくれてたし」
離別は避けられないのだと理解していながらも、光明を探すようにわたしは言う。
するとランディーは力の抜けた笑みを見せた。
「なんだよセラ、気付いてなかったのか?」
次の言葉が、今度こそわたしを打ちのめした。
「さっきの遣り取りでクロード達、『俺が必要だ』とは一言も言ってねえんだぜ」




