290話_side_Ran_バッヘル領_某所
・七色の吐瀉物を吐く程度の能力。後半マジで汚いので注意!
~"討伐者の少年"ランディー~
ギルド支部へと向かう道中、レーナのこれまでの旅路の話を聞いていたのだが、なんかコイツ、トラブルの神にでも愛されてるのかってくらいに事件に遭遇するらしい。聞けば聞くほど出るわ出るわアクシデントが。これは流石に話を盛ってるんじゃないかと疑った俺だが、悲しいことにレーナにそんな芸当が出来るとは思えない。
ほんの短い付き合いでも俺は充分に理解出来ていた。
コイツは良くも悪くも真っすぐで、素直な人間だ。良く言えば。
悪く言えばお馬鹿だ。
そんでもって絶望的に説明が下手糞だ。学がない俺ですらそう思うのだから相当だ。たぶん、論理的に順序立てて話すということが苦手なのだろう。
以下、一部抜粋。
「それで、雨が降って実家の馬車がダメになってしまったので、わたくし駅馬車を使うことにしましたの」
「ちょっと待った。なんで雨で馬車がダメになるんだ」
「ぬかるみのせいで脱輪しましたのよ」
「ああ、そら災難だったな。で、駅馬車がどうしたって?」
「そうなのです。なんと駅馬車で乗り合わせた三人組がならず者でしたの」
「やべえじゃん」
「ええ。やべえですわ。でもやべえことはそれだけではなくて、なんと女性がお産だったのです!」
「ちょっと待った。それはならず者の話じゃないよな?他にも乗り合わせたヤツが居て、それが妊婦だったって話だよな?」
「そう言っているではありませんか。それでわたくし、これは一大事だと思いまして」
「言ってねえし……ああもう、んで?」
「ええ。お産の女性を抱えて次の街まで走ったのです」
「ちょっと待った。どこから突っ込めばいいのかわかんねえが、とりあえずならず者はどこ行った?」
「殴って無力化したに決まっているではありませんか」
「レーナが?」
「他に誰が居りまして?」
「いや知らねえから訊いてんだけど」
こんな感じ。気になるところが多過ぎて、話の内容が全然入って来ない。
レーナの説明では、ならず者三人衆の目的が何だったのか結局わからないし、何故妊婦が駅馬車で移動しようとしていたのか結局わからないし、旦那は居なかったのかとか、駅馬車の御者はどうしてたのかとか、さらっと出てきたけど実家の馬車ってなんだよとか。
俺は考えるのをやめた。レーナに相槌を打つゴーレムと化した。
「ねえランディーさん?」
「……うんうん、そうだな。俺もそう思う」
「ランディー!」
「うおっ、なんだなんだ!?」
ゴーレムしてたら耳元で名を呼ばれ、俺は思わず背筋を伸ばした。
呼び掛けてきた相手であるレーナは、道の先のほうを指差していた。
「彼等、知り合いかしら?」
「んん?」
見れば、道端に数人の人影があって、そのうちの一人は俺の顔見知りだった。私的な交流がある相手ではなくて、単にギルドで顔を合わせるという意味だが。
誰かというと、受付嬢のミレイユだ。
ミレイユの行く手を塞ぐようにたむろしている連中は、数えて三人の男だ。先程のレーナの話に出てきたならず者ではないが、どうにもガラの悪い雰囲気である。その装いから討伐者であると判断出来るので、レーナは俺に知っているかと訊いて来たのだろう。
「野郎どもは知らねえけど、絡まれてる女はギルドの受付嬢だな」
「あら。やはり絡まれておりますのねあれは」
「それ以外に見えるか?」
「田舎ではああいう風に異性へアプローチするのが流行りなのかと」
俺が白けた目でレーナを見ると、彼女は澄まし顔で「流石に冗談ですわ」と言った。
「助けてあげないの?レディが困っておりましてよ」
「んで俺にボコボコになれって?やだよ」
もう良い時間だし、見たとこミレイユに絡んでいる男どもは酒が入っているようだ。だが相手が酔っ払いだからといって勝てるなどとは思っていない。多勢に無勢だし、そもそも底辺の俺なんぞより強い奴等である可能性が高いからだ。そんでもって討伐者同士の喧嘩は基本的にやられ損だ。
とは言え、見て見ぬ振りをするのも気分が悪い。見ず知らずの相手ならばまだしも、ミレイユはそれなりに知った相手だ。それに、俺やセラにも分け隔てなく親身に接してくれる良いヤツだ。
せめて人を呼んでやることくらいは俺にも出来る。奴等はミレイユを取り囲んで逃がさないようにしているし、嫌がっている素振りの彼女の腰や肩に馴れ馴れしく腕を回したりもしている。エスカレートして暗がりに連れ込まれるのも時間の問題だろう。急いだほうが良さそうだ。
「ランディーさん、貴方」
「あ?」
「気付いてます?今、貴方とっても悔しそうなお顔をしています」
レーナに指摘され、俺は顔を顰める。
だってそりゃ、悔しいだろ。クソみたいな奴等がクソみたいなことをしているのに、俺はそれをどうすることも出来ないのだ。別にミレイユを助けていいかっこしたいとか、正義漢を気取りたいなんて考えは微塵もないが、気に入らないモノを堂々と気に入らないと表現出来ないのはストレスだ。
俺の人生はそんなことばっかりだ。だから当の昔に慣れたものだと思っていたが、悔しいものは悔しいらしい。それか、セラが最近変わってきてるように、自覚は出来なくても俺も少しずつ変わっているのかもしれない。
そんな俺の反応をどう受け取ったのか、レーナは微笑を浮かべて見せる。
「わたくしもその悔しさを知っております。わたくしは、二度とその悔しさに涙することがないように、そして貴方のような人を一人でも救いたくて、この道を志したのです。そう――」
そこでレーナは息を吸って、堂々と告げた。
「この『筋肉』の道を!!」
「ちょっと待った。なんだって?」
「この『筋肉』の道を!!まっするろーどぅ!!」
なんだかなぁ。この残念感が実にレーナだわ。
途中までなんか良いこと言ってる風だったのに、最後の最後でレナっちまった。
なお『レナる』とは、残念な発言をして空気を台無しにする行為を表す動詞である。今考えた。
「というわけでランディーさん、荷物を見ていてくださいまし!レーナは悪漢を成敗してきますので!」
「おい、ちょ」
止める間もなくレーナはずんずんと歩いて行ってしまう。
俺は彼女が置いて行った旅行鞄を仕方なしに引き摺って、その後を追った。
「ちょっとよろしいかしら!」
日が落ちて薄闇のせいでレーナの接近に気付いていなかったらしく、ミレイユに絡んでいた悪漢三人はレーナの良く通る声にびっくりと振り返った。そして声の主が若い女であることを確認して拍子抜けする奴等の後ろで、ミレイユが安堵と心配が綯交ぜになったような表情を浮かべていた。
「そこの貴女!わたくし貴女に言いたいことがありましてよ!」
「え、あの、私……?」
ズビシィ!とレーナが真っ先に指を突き付けたのは、何故か悪漢三人ではなく被害者のミレイユであった。
「なんですの貴女!先程から聞いていれば『困りますぅ』とか『仕事があるのでぇ』とか、煮え切らない返事ばかり。嫌なら嫌と、断るなら断るとはっきり申しなさい!!」
「ええっ、あの、ごめんなさい」
「声をお出しなさいっ!腹からぁ!!」
「ひぃう!」
まさかこの状況で自分が怒られるとは思わなかった、とでも言いたげな雰囲気であったが、人の良いミレイユはレーナの勢いに負けて素直に謝ってしまう。いやそんな申し訳なさそうにしないでもいいと思うぞ。おかしいのはレーナだ。
レーナはふんすと鼻を鳴らすと、傲岸な所作で悪漢三人を順繰りに指差した。
「見なさいこの方々の知性に乏しいお顔!どうせ下半身でしか物事を考えられない低能クソ猿なのですから、迂遠な言い回しを理解出来る教養などあるわけがないでしょうに!」
あまりの暴言にミレイユは理解が及んでいない様子で目を丸くし、悪漢三人は一拍遅れていきり立つ。
「んだとクソアマ!調子乗ってんじゃねえぞ!!」
「ほら見なさい。このくらい直接的な表現をして差し上げて、ようやく理解出来る程度の知能しかないのです。だから貴女もはっきり申しなさい。この方々とご一緒したいのですか?それとも嫌なのですか?」
悪漢をまるで存在しないみたいにスルーしているレーナは真っすぐにミレイユの目だけを見ていた。俺としては悪漢どもがいつブチ切れて実力行使に出てくるのか気が気でない。てかどう見てもブチ切れてるから、もう秒読みだぜこれは。
レーナに焚き付けられたミレイユは一瞬怯むように身を竦ませて両目を強く瞑ったが、すぐに意を決したように声を上げた。
「嫌です!絶対嫌です!助けてくださいっ!」
ミレイユの叫びと、悪漢の一人がしびれを切らせてレーナに殴り掛かるのは同時だった。酒に酔っていても討伐者ということか、意外なまでに速い踏み込みに俺は反応が遅れた。いざとなったら割って入ろうと構えていたのに、情けない様である。
そして、レーナはというと、
「それで良いのです」
満足そうに呟いて、なにかした。
つまり、俺の目にはなにをしたのか全く見えなかったという意味だが。
結果だけを述べるならば、レーナに殴り掛かった悪漢が何故か来た道を戻るように背中から吹っ飛び、仲間の一人を巻き込んで盛大に地面を転がっていって、そして沈黙した。
誰もが絶句する中で、レーナが拳を鳴らす『ぱきり』という音が異様に響いた。
「さて、酔いは醒めましたか?醒めたのなら彼女に謝罪をいたしましょうね?」
あっという間に仲間二人が沈黙して独り取り残された男に、レーナが場違いなくらい朗らかに笑みを向けた。
「ひぃ――!」
「あら?お返事がないようですわ。まだ酔っておられる?大丈夫です心配しないで醒めるまでぶん殴って差し上げますからぁ」
少しの酔いと圧倒的な恐怖と混乱で真面な思考が出来ていない様子の男は、必死の形相で腰の剣を抜いた。
レーナはともかくとして、まだ男の近くに取り残されているミレイユが危ない、と俺が危惧したのはあまりに遅過ぎた。
というのも、男が剣を抜いた瞬間にはレーナがその目前に立っていたからだ。
「えいっ」
可愛い掛け声とともに一閃したレーナの右腕が、硬質な異音を響かせた。
信じられないことに、レーナの手刀が男の剣を刀身半ばでぽっきりと折り飛ばしていた。なに言ってるのかわからないと思うが、俺にもわからない。男の手から剣の残骸がぽろりと落ちる。ヒュンと風切り音を立てて落ちてきた刀身を、レーナは片手の人差し指と中指で挟むように、空中で掴み取った。そしてにっこりと微笑み、刀身の腹でぺちぺちと男の頬を叩く。
「へ、ん、じ、は?」
ずるずるとへたり込んだ男は、魂の抜けたような声で「はひ」と答えた。
その後、俺達はミレイユを道連れに加えてギルドへとやってきた。
「もぉ。だから言ったじゃんミレイユさん!気を付けてねって」
「返す言葉もございません……」
ぷんすこ!と気炎をあげるハイゼン姉に怒られて、ミレイユは意気消沈している。
俺達がロビーを訪れると都合の良いことに丁度探し人の姿が見付けられて、イザベルはパーティーメンバーのハイゼン姉妹となにやら談笑しているようだった。その場にはもう一人、俺にとっては初見の人物が居て、その頭髪の特徴的な色彩から一瞬スメラギかとも思ったが、普通に別人だった。
「それにしても、丁度良くレーナちゃんが通り掛かって幸いだったね」
イザベルの言葉にレーナが得意満面に胸を張った。
「わたくし、こう見えて『持ってる』女なので!なので!!」
なんで繰り返したのかはわからないが、まあ確かに持ってる女なのは間違いない。色々な意味で。
業務のために窓口へと向かって行ったミレイユを見送り、ハイゼン姉もこちらの話に加わってきた。
「ランディーくんもありがとね」
「アンタが礼を言うことじゃねえと思うけど」
俺がそう返すと、ハイゼン姉は「それもそうか」と苦笑したけど、発言を撤回する気はなさそうだ。
「それに、俺別になんもしてねえし」
「なにを言ってるんだい。キミが親切にレーナちゃんを案内してくれたからこその結果だろう?」
「そう言われると、そうだな」
ぶっちゃけどっちでもいいのだが。
俺としては貰えるものは貰っておく主義だが、どうせくれるなら有難みもない言葉での礼でなく、形に残るもので報いて欲しい。具体的には、マネーで。そんな俺の内心を読んだのか、イザベルはポーチから大振りな硬貨を取り出すと指で弾いた。
「おばさんからお小遣いをあげよう」
「へへっ、さんきゅ」
「ああそうでした、ランディーさんに謝礼を渡さなくては!」
イザベルと俺の遣り取りを見て、思い出したようにレーナが声を上げた。
そう言えば、彼女に道を訊かれた際に謝礼がどうのとか言ってた気がする。俺自身すっかり忘れてたし、敢えて要求するつもりもなかったけど、例によってくれるというのなら貰っておこうの精神だ。
と思っていると、レーナが旅行鞄から財布のような物を取り出し、そこから分厚い札束を抜き取る。
「このくらいで良いかしら?」
「さてはお前、貴族だな!」
「そ、そんな!何故ばれましたのッ!?」
そんな金銭感覚がぶっ壊れた平民が居て堪るか。というかコイツ隠す気ないだろマジで。
いくら貰えるものは貰う主義とはいえ、これは流石に憚られるというか、普通に怖い。俺のような社会的弱者が分不相応な金銭を手にするとどうなるのかというと、大抵は碌なことにならないんだなこれが。
というわけで、
「これで充分だ」
イザベルからもらった硬貨を見せると、それを両手ごとポケットに突っ込んで、これ以上は受け取らないのポーズだ。
文字通りにお小遣い程度の金額であるが、俺のしたことってレーナと駄弁りながらギルドまで散歩しただけなので、そんなので報酬が貰えたと思えば充分に破格だろう。
「さてと、それじゃあレーナちゃんも到着したことだし、親睦を深めに森に繰り出すとしましょーか!」
「どこのどなたか存じませんが、良いですわね!」
ぽんと手を打ったハイゼン姉の宣言に、レーナが嬉々として応じる。
俺としてはその前に自己紹介くらいすればいいんじゃないかなと思う。てか初対面かよ。ちなみにハイゼン妹は頭が痛そうな顔をして項垂れている。苦労してんだろうな。もう一人の黒髪の女は、何が楽しいのかにこにこと笑んで流れを見守っているようだ。
「ランディーくん暇?一緒にどお?」
「あ?俺?」
「うん。ちょうど六人だし、これもなにかの縁ってことで。あ、セラフィーナちゃんに怒られるかな?」
あーね。セラのヤツ、ハイゼン姉のこと超嫌いだからな。セラは『相手にされてない』みたいなこと言ってたし、それがまたムカつくのだと零していたが、どうやらハイゼン姉はハイゼン姉で、それなりにセラのことを気にしているっぽいぞ。というか俺の視線から言えば、なんの義理もないのに俺達の受ける依頼を奪わないように配慮してくれてた時点で、ハイゼン達が俺達に気を遣ってるのはわかりきってたし、たぶん普通に人が良いだけだと思っている。
「俺が付いて行ってなんか役に立つのか?」
「森の中案内してよ。レーナちゃんとこっちのシィナは今日ここに来たばっかだから」
スメラギと同じ黒髪の女――シィナは俺に向かって静かに頭を下げた。なんか無駄に上品な所作だし、コイツも貴族だったりしねえだろうな、ってのはともかく。
これからここで活動するために森のことを知っておきたい、ってことか。
俺は底辺とはいえ半年間この支部で活動してたから、黒い森にもそれなりに詳しい。魔物から逃げ隠れする過程で見付けた色々な穴場的スポットも知っている。実力的に行けなかった場所のことはわからないし、黒い森は生きてるから景色は日々変わるのだが、基本的には地形そのものがいきなり変わったりはしないのだ。ハイゼン達が魔物の相手を請け負ってくれるなら案内くらいは出来る。
楽して討伐スコアが稼げるのであれば俺にとって悪い話ではない。ちなみに討伐者レベルはイザベルとレーナが『レベル3』で、俺とシィナが『レベル2』、んでハイゼン姉妹が『レベル1』だ。つまりこの六人でパーティーを組むとアベレージで『Dランク』となる。俺が居なくてもアベレージは変わらないが。
クロードパーティーは今日は休息日だから活動はないし、セラはクレアに連れていかれたからどうせどっかで美味い飯でも食わせてもらってるんだろう。クレアはセラを肥えさせることに余念がないからな。
「いいぜ。適当でよければ案内してやるよ」
「そうこなくっちゃ!じゃ早速――」
「いや、その前に一つだけ訊いてもいいか?」
あんまりにも誰も気にしていないから訊いていいのかどうか迷ったのだが、流石にこれはハッキリさせておきたい。
俺の視線を受けたハイゼン姉は「んぅ?」と首を傾げた。
俺の疑問っていうのはつまり、そのハイゼン姉が先程から小脇に抱えている物体についてだ。
「なんでアンタ、魚持ってんの?」
「今日の夕飯だけど」
そしてその後、夜中、とある宿屋の酒場にて。
黒い森での活動を終えて、そのままレーナとシィナの歓迎会を細やかに開催するというハイゼン達に連れられて、なんだかんだで俺も付いてきてしまった。いや、だってタダ飯だって言うから。セラだっていいもん食ってんだから、俺だっていいよなちょっとくらい。
と思ったのだが、今は若干後悔している。
「ぴぃえええええええええええええええええええええんん!!ですわぁぁぁぁ!!」
けたたましい声を上げて号泣しているのは、わかると思うがレーナである。
酒が入った途端に涙腺が決壊して、もうずっとこの有様であった。
「なんなんですの!なんなんですのぉ!?あのベリエとか言う小娘ぇぇぇぇ!!どっから湧いたのおおおおお!?」
「おーよしよし、辛かったね」
レーナの隣に座るイザベルは慣れた様子で彼女の頭を優しく撫でながら、しかし薄情にも普通に食事をしている。号泣するレーナが勝手に事情を喋ってくれるので俺にもなんとなく理解出来てしまったが、要するに彼女は意中の男にフラれたようだ。
「わたくしが!わだぐじがぁ、何年がんばっだどおもってるのよおぉぉ……なのに、だのにぃ」
「おーよしよーし。美味いねこれもぐもぐ」
「そう言えば、夜会のパートナーにもベリエさんを選んでいましたね。彼は」
「そこでレーナちゃんが候補にも上がらなかったってことはつまり、」
「徹底的に脈ナシだったんですね。無情な……」
シィナ、ハイゼン姉、妹がなにやら言っているが、傷口を抉ってやるなよ。ついでにイザベルは慰めるか食うかどちらかにしたら?って言うと普通に食うほうを選びそうだから言わないけども。
ちなみに卓上で存在を主張しているのはハイゼン姉が後生大事に抱えていた氷漬けの魚の成れの果てである。黒い森では鈍器となって幾多の魔物を撲殺する活躍を見せた『渓流のヌシ(命名ハイゼン姉)』は、酒場の厨房でこんがり調理されて美味しい料理になりましたとさ。
「ふああああああんっ!やだやだやだぁ!ベリエさんなんて、ベリエさんなんてぇ……末永く幸せに爆発しやがれですわぁあああああ!!」
勿論、完全無欠に部外者の俺が何を言えるわけもないので、レーナはほっといてタダ飯を堪能することに注力していた。魚が美味い。
討伐者御用達の宿屋の酒場ということで、元々結構な喧騒に満ちている場所ではあったが、これだけ騒ぐと流石に周囲の客も何事かと様子を窺ってくる。
「おうおう嬢ちゃん、荒れてんなぁ。そういう時はとにかく酔うにかぎらぁな」
「そうそう。アタシ等の奢りさ、たんと呑みない」
周囲で聞いていた中年の討伐者達が、レーナに同情して酒を奢り始める。言われるまでもなく浴びるように呑んでいたレーナの手元のジョッキになみなみと酒が充填されていく。レーナくらいに美人だと酔い潰してよからぬことを企む輩が湧いても不思議じゃないが、まあイザベル達も居ることだし、この宿屋はグレードが高いせいで相対的に治安がよろしいので、俺が心配するようなことにはならないだろう。
なので俺は安心してタダ飯に戻ったのだが、
「あぃがとう、ありがどお……わたくし呑みます!吐くまでっ!!」
見た目の印象を粉々に粉砕する勢いで、レーナは喉を鳴らしてジョッキを空にしていく。
気持ちの良い飲みっぷりに周囲の連中も盛り上がり、更に酒を注ぎこんでいく。
そしてレーナは一切の前兆なく吐いた。
「おろろろろろろろろろろろろろろ」
「おわぁ嬢ちゃんが戻した!ってなんだあのゲロ七色に光ってやがる!?」
「綺麗……いや汚い……いややっぱ綺麗っ!」
「ふふふのふ!刮目せよこれぞ私が編み出した百八の宴会魔法の一つ!淑女の名誉を守る七色のベール!その名も『虹霓惨華』よ!」
「待った!その名前はベリエ家に怒られるよスレイさん!?」
「また姉さんは変な魔法作って……」
「流石はスレイ様……なんて素晴らしい魔法」
「え”ぇ……?」
もうしっちゃかめっちゃかである。
懲りずに酒をかっ喰らっては光り輝く七色の吐瀉物を撒き散らすレーナに、止めるどころか煽てて囃し立てる周囲の奴等。ちなみに虹ゲロは光の粒になって綺麗さっぱり消えてしまうので、臭わないし汚れない、清掃の必要がない何気に超便利な魔法であった。
「いやあレーナちゃんのご両親が見たら泣いて失神する光景だね」
「笑ってないで止めてくださいベルさん!」
「スレイ様!わたくしにもその魔法を伝授してくださいっ」
「冷静になってくださいシィナ!どこで使うんですかこんな魔法!?」
「ふはははは!そしてこれが百八の宴会魔法の一つ!麦茶をエールに見せかける精巧な幻影魔法!その名も――」
「まさか姉さん百八個全部披露するつもりですか……?」
「おろろっろ!おろろろ?」
「ゲロで会話しようとしないでうわっまぶしっ!」
孤軍奮闘してるハイゼン妹が只管気の毒だわ。
彼女が倒れると本当に収拾がつかなくなりそうなので、是非ともめげずに頑張って欲しい限りだ。
美人揃いのパーティーのくせしてあまりにも酷い絵面になりつつある周囲を見渡し、俺はなんとなく呟いていた。
「こういうノリのが好きだな」
あと魚が美味い。




