289話_side_Ran_バッヘル領_某所
~"討伐者の少年"ランディー~
討伐者にはメリハリも大事、というクロードの方針により、パーティーの活動には定期的な休息日が設けられている。俺やセラはともかくとして、クロード達にとってはバッヘルの黒い森の魔物の相手なんてのは遊んでるようなもんであり、そもそも大した疲労もないのは様子を見ていればわかるが、それはそれとして休息日はちゃんと規則的に設けるのが大切らしい。
俺としては、無駄に休んでいる暇があるのなら森に繰り出して討伐スコアを溜めたいところだが、パーティーの長がクロードである以上その方針にはちゃんと従う。
というわけで休息日。今日の俺はセラの買い物に付き合わされていた。
厳密には、セラの服を新調すると言ってクレアが引っ張り出したのだが。パーティー加入のお祝いみたいな扱いで、どうやらクレアがセラにプレゼントしてくれるようだ。そうなると、実情はどうあれ俺にも何らかの祝いがないとおかしいので、そういう理由で俺も同行している。荷物持ち兼男除けとして強制的に動員されたロルフニキが俺の分を買ってくれることになった。
なお俺の場合は衣服ではなく、武器を新調してもらう予定だ。愛用のボロ剣はまだ一応使えるが、いつ逝ってもおかしくないので。
んで現在、街の服屋。
俺の眼前にはおニューの衣服に身を包んだセラが立っている。
「どう?似合うかな?」
不安げに上目で訊いてくるセラに、俺は暫し黙ってその姿を観察する。
セラの装備と言えば、これまでは中古のローブを着ていたので野暮ったいぶかぶかの格好がお馴染みだった。そこから正反対に舵を切って、たぶんクレアの見立てだと思うが、だいぶ軽装の感じになっている。
上に羽織った半袖の外套の前をきっちり閉じているので中がどうなってるのかわからないが、少なくとも下の露出は増えた。腿までしか丈のないミニスカートだ。セラがそんなん穿いてるの見たことなかったから、ちょっとした感動すら覚える。
ところで、
「ぱんつ見えね?それ」
「まず言うのがそれなの?」
いやだって気になるし。
ぶっちゃけ俺はセラのぱんつとか見慣れてる。だって孤児院からこちら、ずっと同じ部屋で生活しているし。だから俺にとっては今更なんだけど、周りの男は俺一人じゃないんだし。
するとセラは不用心にもスカートの前を大胆に持ち上げてみせた。
「見せる用のヤツ穿いてるから、平気」
「へー。そんなんあるのか」
女のほうからしたら『ショーツじゃないから見られても平気』なのかもしれないけど、男の立場から言わせてもらえば、それ結局パンチラなんだよなぁ。だがまあ、興奮するかどうかは性癖によるのかもしれない。女は見られてないから平気だと思って、男は見えたと思って嬉しいから、これはこれで誰も傷付かない幸せな世界なのかもしれない。
「でも意外と控えめに落ち着いたんだな」
「ええ?これでもわたし結構頑張ったと思うんだけど」
「いや、クレアが選ぶって言うから、てっきりあのくらいになるのかと」
クレアの肌面積が七だとすると、今のセラは精々三くらいだ。前は一より少なかったから大躍進と言えばそうなのだが。
あのハイゼンとかっていうおっぱいねーちゃんみたいに、女討伐者ってのは肌を見せてなんぼみたいな風潮がある。俺は学がねえから『そういうもんなんだな』としか思っていなかったが、勿論そうなった理由はちゃんとあるらしい。知らんけど。
「私の見立ては完璧だし」
ひょっこりと顔を出したのはクレアだ。
今日も今日とて肌面積七割の装いに身を包んだ彼女は、その両手にたくさんの衣服を抱えていた。セラにあてがうために店内の方々から掻き集めたそれらをせかせかと戻して回っているのだ。
「セラちーは胸ないから、上は見せてもしゃーないし」
言葉の刃に刺されたセラが「ふぬぅ」と呻く。
そう言うクレアも決して恵まれたほうではないと俺は思うのだが、クレアのそれが頑張れば谷間くらいは出来るサイズであるのに対して、セラは本当にないのだ。悲しいかな平原というか絶壁であり、この歳になってこれだと、たぶん改善は望み薄な気がする。
「でも、代わりにセラちーには私にはない尻がある」
「そんな力説されても……」
「この尻の奇跡さがわからんのかだからお前は馬鹿なのだし。見ろこの芸術的なヒップラインを。そしてこの良い脚。うっとりするし」
抱えていた衣服をその辺の台に置いて、クレアはセラの背後にしゃがむと尻に頬擦りし始めた。うぎゃあ、と色気のない悲鳴を上げたセラが真っ赤になって身を捩る。俺はと言えばクレアの奇行にドン引き……は別にしなかった。
だっていつものことだし。
長いことパーティーの紅一点だったらしいクレアは、同性のセラが加わったことが本当に嬉しかったようで、その結果ちょっとセラへの親愛表現が行き過ぎているのだ。尤も、俺もセラも底辺の孤児院育ちで、同年代の友人なんて居たこともなければ一般的にどういう付き合いが普通なのかもよくわからないので、クレアが『女同士なんてこんなもん』と言うならば、そうなのか程度に納得するしかないのだが。
「ロルフもそう思うし?」
パシリにされて衣服戻し作業に奔走していたロルフニキは、豪快そうに見えて実は意外と几帳面な性格を存分に発揮して、最初より綺麗に衣服を陳列することに心血を注いでいるようだった。彼はクレアに同意を求められてどうでも良さそうな顔を見せるものの、そういう性格なので真面目に返答を寄越した。
「セラ嬢ちゃんは痩せ過ぎだが、足腰はしっかりしているからな。フットワークは大事だ。いいことだと思うぞ」
「真面目か。そういうことが聞きたいのでないし」
「じゃあどういうことが聞きたいんだ」
「男目線で。エロ目線で!」
「そういう意見が聞きたいのなら、俺じゃなくてヴェルナーに訊け」
きっとここにヴェルナーが居たら『なんで!?』と叫んだことだろう。
そのまま喧々諤々の言い合いを始めてしまった二人の遣り取りを背景にして、すっとセラが俺に身を寄せてきた。
「で、どうなのよ」
「は?なにが」
「だから、その、最初の質問の答え……聞いてないんだけど?」
最初の質問ってーと、ああ、似合うかどうかってやつか。
それに関しては考えるまでもない。
「おう。よく似合うと思うぜ」
「ほんとっ!?」
「嘘吐いてどーすんだよ。てかセラお前」
セラが寄った分だけ後ろに下がって、俺は彼女の全身を視界に収めてみる。
不思議そうに小首を傾げたセラの姿は率直に言って、
「お前って、こんな可愛かったんだな」
「かっ――――!?」
セラは言葉にならない様子で口をぱくぱくさせる。
その顔が、さっきのクレアの奇行の時とは比べ物にならないくらいに真っ赤に染まっていって、
「なに言ってんのよ…………ばか」
と、セラはめちゃくちゃ小さい声で呟いた。
数刻後。俺は一人で街中をぶらついていた。
「さぁてどうすっかな」
あの後、クレアは『他にも買いたい物いっぱいあるし』と言ってセラとロルフニキを連行して商店街に消えた。俺は今日の目的を達成したことでお役御免となって放逐されたというわけだ。ここって田舎だから大した物売ってないと思うが、まあ都会暮らしの彼等からしてみれば、田舎ならではの買い物もあるということなのだろう。
俺の腰には愛用のボロ剣と並んで、ピッカピカの新しい剣が鞘に収まっている。効果としては同一の、使用者の魔力を吸い上げて威力に変換するだけの単純な魔法具だ。ロルフニキは「もっと良いやつでも構わんぞ」と言ってくれたが、俺にはこの程度が妥当っていうか、変に高性能でも持て余して自滅する未来しか見えない。今までのボロ剣に比べれば遥かに上等な品であるのは間違いないし。
そんな俺の目下の悩みとは、つまり、このままクロードのパーティーに所属するべきか否か、ということだ。
昨日酒場で彼等の俺とセラに対する評価を盗み聞きしてしまったわけだが、それは別にいいのだ。彼等の評価は正当で、なんなら俺だってそう思う。セラには才能があるし、俺はお荷物だ。
彼等はセラを手放したくないが、俺には居なくなって欲しい。だから俺が自発的にパーティーを抜けることを期待しているのだろう。彼等のほうから俺を追い出すような真似をしたら絶対にセラは俺のほうに付いてきてしまうから、出来ればセラをパーティーにとどめたままに円満に俺に消えて欲しいのだ。
「まあ、知ってた。って話だよな」
そもそも、それも込みで俺はクロードの勧誘を受けたのだ。
俺の実力が不足していることなど百も承知で、きっと彼等が欲しかったのは最初からセラだけだったのだと理解していて、あちらがそのつもりならば精々利用してやるつもりで俺は話を受けたのだ。
例え最終的に追い出されるのだとしても、バッヘル支部で燻ぶっていたら一生出来ない経験を積める機会だと思って。それで俺の実力が足りなくて、追い出される前に死んじまうならそれはそれだ。リスクを恐れていたらいつまでも前に進めやしない。実際、セラと一緒に連れていってもらったパワーレベリングの成果で、俺の討伐者レベルは2に上がったのだ。これだけでも勧誘を受けた意味があったというもんだ。
だから俺としては、クロード達がどれだけ『辞めてくれないかなぁチラッチラッ』とアピールしてきたとしても、知らぬ振りで居座るつもりであった。彼等が実力行使に出るまではパーティーにしがみ付かせてもらう気しかなかった。生憎と、こちとら孤児院育ちで使えるものは何でも使う主義なのだ。面の皮の厚さは俺が自信を持っている数少ない長所だ。
俺は自分が生き残るためならなんだって利用してきた。
生まれ育った孤児院は貧しくて、そうでなければ生きて来られなかったからだ。
孤児院の職員には感謝している。クロード達にだって感謝している。お荷物でしかない俺を、内心はどうあれコミュニティに迎え入れてくれたのは確かな恩義であるからだ。
だが、俺にとって第一は、いつだって俺だ。俺は俺のために生きる。そのように生まれ育ったから、今更変えられないし、変わらない。恩義があろうがなんだろうが、俺は誰だって踏み躙るつもりでいる。必要ならば。
「だけど、セラだしなぁ」
その俺が、唯一自分と同等かそれ以上に優先する相手が居るとしたら、それはセラだ。
俺はこれまでセラとは運命共同体だと思っていた。いや、引っ込み思案なセラは自分から行動を起こすことが得意じゃないから、俺が引っ張ってやってるとすら思っていた。孤児院を出て討伐者を志した俺に、セラは仕方ないから付いてきてやったみたいな言い方をすることがあるが、実際のところは俺が誘ってやったのだ。俺が道を決めれば、セラはそれに乗っかるだろうと知っていたし、そうでなければアイツはどこぞの変なヤツに引っ掛かって碌でもない職に就く羽目になると思ったから。セラは俺より頭が良いが、どうしようもなく押しに弱い女だった。ダメだと頭で理解していても、強硬に来られると断れないし、ズルズルと深みにはまるタイプだ。
その認識は間違いではない。少なくとも当時は正しかった。
でも、今日のセラの姿を見てもそうだが、ここ最近はちょっと認識が変わってきた。
セラは前よりもずっと明るくなった。良く笑うし、不安そうな顏も見せなくなったし、なにより可愛くなった。
のびのびと、いきいきと日々を過ごしている。着実に腕を磨いているし、所作もどんどん垢抜けていくように見える。
実力に伸び悩み、分不相応なパーティーで鬱屈している俺とは対照的に、まるで、セラは漸く正しい居場所を見付けられたかのようだった。
いや、ような、ではないのだ。
魔法使いとしても稀有な才能を持っていたらしいセラの、本当に居るべき場所は最初からこちらだったのだ。間違っても、俺と一緒に半年も底辺討伐者なんてやっているべき人間ではなかったのだ。
俺が今の場所に分不相応を感じているように、セラにとってはこれまでの底辺生活こそがそうだったのだ。
「しゃーねーな。うん。しゃーねぇ」
故に、ここで俺とクロード達の方針は一致を見た。
セラは上に行くべきだ。このままクロード達と行くべきだ。
何故なら俺達は良く生きるために生きてきたからだ。きっといつか良い暮らしをしてやるのだと、それを野望に過酷な幼少期を生きてきたのだ。それは俺達の生きる意味でもあるし、それを追求しないのであれば、そもそも生にしがみ付いたりしていない。
しかし、客観的な事実として、セラにとって俺の存在は大き過ぎる。例えば仮に俺がこのままクロード達と活動を共にしたとして、ロルフニキの危惧通りに実力不足で死んじまったとしたら、俺の死はセラの才能を曇らせる。最悪、折ってしまう。
つまり、俺は円満にパーティーを脱退する必要がある。
奇しくも、クロード達の思惑通りに。
別にパーティーを抜けてもセラと今生の別れになるわけでもないのだし。色んな意味で会い難くはなるだろうが。
無論、俺だって自分自身が成り上がることを諦めるつもりなんて毛頭ない。だけど事実として俺の才覚はセラに遥かに劣るから、彼女が駆け上がっていく速度に付いていけない。
だったら、セラには先に行って待っていてもらえばいいだけのこと。彼女が俺を待っていてくれるかはわからないが、今はそう言うことにして、セラを宥めすかす必要がある。彼女に納得してもらって、前を向いたまま、互いに別の道を行くしかないのだ。
「ん?あれは――」
そんなことを考えながらぶらついていると、道端に一人の人影を見付けた。
大きな旅行鞄を引いた、旅装の若い女だった。俺よりは年上だろうが、まだ子供と言っていい年齢に見える。マップらしき紙切れを睨みながら、周囲の景色に視線を飛ばす様はどこからどう見ても迷子のそれである。この辺って似たような景色が多いから、慣れていないと簡単に現在地を見失うからなぁ。
勿論俺は関わらないようにスルーしようと思った。
理由は二つ。
一つは、その女がとんでもない美人だったこと。鮮やかな藤色の長髪に、均整の取れたプロポーション、そして遠目からでも明らかな美貌の持ち主だ。あれだけ美人なら放っておいてもその辺の男が声掛けるだろうし、そういう男連中とかち合う羽目になりたくない。
もう一つは、その女が明らかに上流階級の人間だったからだ。着ている服から鞄に至るまで、それなりの品であると俺でもなんとなくわかる。セラの所作が垢抜けてきたと評したが、視線の先の彼女のそれはそんな次元じゃなくて、たぶん上流階級として持って生まれたのであろう圧倒的な気品があった。てか、容姿を磨くことに金をつぎ込むだけの余裕がなければ、あんなつやっつやの長髪はありえないだろう。
不自然にならない程度に進路変更して立ち去ろうとした俺のほうを、不意に女が見た。
「げ」
ばっちり視線が合ってしまう。
しかも気のせいだと思いたいが、なんか手招きされている。
せめてもの抵抗に『俺っすか?』と自分を指差してみるが、あまりにも綺麗な笑みで頷かれてしまった。明らかな上流階級の人間に関わりたくはないけれど、だからこそこうなっては無視出来ないので、俺は観念して女のほうへと脚を進めるのだった。
「――――貴方、討伐者ね!」
開口一番そう言い放った女に、俺はとりあえず頷くことしか出来ない。
無駄に優雅っぽい仕草で髪を払いながら告げる姿に、そのポーズは必要なのかと疑問を覚えつつ。
俺の腰には魔法具の剣があるので、見た目から職業を類推することは容易だろう。
「わたくし友人を訪ねてきたのですが、案の定道に迷っておりましてよ!」
「見ればわかる、ってかなんで自信満々なのかわからねえし」
近くで見るとますます顔が綺麗過ぎる。だけどなんか馬鹿っぽい。なんだ案の定って。
それはこちらの台詞だ。案の定、関わるべきではなかった。
「こほん……それで貴方、もしよろしければ討伐者ギルドまでの道を教えていただけませんか?」
「いきなり大人しくなったな」
「勿論、謝礼はいたします。わたくし本当に困っているのです。どうか……」
「いや低姿勢になり過ぎだろ!?」
俺を拝む勢いで両手を合わせ始めた彼女は、馬鹿っぽいが確かに本当に困っているようだ。
行き先が討伐者ギルドであれば俺も良く知っている場所だし、ここからの道のりもわかっている。さっさと教えてオサラバしようと思い立った俺は説明のために口を開こうとして、しかし逡巡する。
なんか不安になったからだ。
この馬鹿っぽい姉ちゃんが教えた道順通りに進めるのかというのと、あとはまた迷子になったら今度は変なヤツに唆されやしないかと。迷いに迷った末に俺は、嘆息と共に告げた。
「案内するから、一緒に行こうぜ」
「本当に!?ありがとうっ!!」
パッと華やいだ表情を見せられれば悪い気はしない。とでも思わないとやってられない。
「俺はランディー。あんたは?」
「マクダレーナ・エデルトルートと申します。レーナと呼んでもよろしくてよ」
レーナね。その名前の後ろに本当はもう一つ家名が続いていないことを祈るばかりだ。
「友人ってのは、討伐者ギルドで会えるのか?」
「ええ。イザベルというのですが、御存じ?銀髪緑眼の女性で――」
レーナが簡潔に特徴を説明してくれるが、その一番最初の特徴だけで特定余裕だった。
俺が「知っている」と告げると、レーナは嬉しそうな声を上げて童女のようにほころんだ。




