288話_side_Pr_討伐者ギルド_バッヘル支部
・渓流のヌシとの手に汗握る死闘はいずれ補完します。(しません)
~"転生令嬢"プリムローズ~
バッヘルよ私は帰って来た!
まあ結局一日で戻って来られたわけなんで、久し振りでもないし懐かしくもないけども。
帰り道はまず私が単身で飛んで帰ってきた。時間を停滞させての移動なので、実質ゼロ時間と噂のアシュタルテタクシーである。んまあ、実際にはたびたび時間を動かして方位を確認しながらの移動だったし、最短距離ではなくこまめに修正を要するルート取りだったのでそれなりに時間は掛かった。東部に土地勘もないし、田舎の景色は山ばかりでわかりやすいランドマークもないしで、コンパス頼りになったけど意外と帰って来られるもんだね。
バッヘル領まで辿り着いた私が真っ先に目指したのは滞在先の宿、ではなく領主館であった。バッヘル男爵領の爵位持ってるのってイオパパことフレンネル閣下だから、領主館に領主は居らず、居るのは閣下から運営を任された代官である。ちなみに私の姿は討伐者のスレイ・ハイゼンに戻っている。
アポもなくいきなり訪れた謎の女討伐者に領主館の守衛は訝しげだったが、そこで私が取り出したるは秘密兵器。
この紋所が目に入らぬか~!
つまりフレンネル伯爵閣下が用意してくれた符丁だった。これを目にした守衛のおっちゃんはビックリ仰天飛び上がり、すぐに報せを受けた代官さん本人がすっ飛んで来て、私は館内に案内されて丁重にもてなされたのである。まあそれは置いておいて、私の目的は代官さんに閣下からの手紙を渡すことだ。バッヘル領は閣下の領地なので、実質的にフレンネル領の一部みたいなものだ。基本的に運営は代官さんに任されているわけであるが、有事に備えて閣下が直接指揮を執るための連繋手段は当然用意されている。有事っていうのは色々だけど、一番わかりやすいのはバッヘル支部の黒い森で『オンスロート』が発生した場合とかだろうか。
具体的には、フレンネル家とバッヘル領主館を繋ぐ転移魔法陣が存在するのだ。ただし、これは稼働すればするだけ魔力を食うので、常に稼働しているわけではなく、使用する場合は双方の陣に魔力を注いでまず起動する必要がある。先の例のような緊急事態の場合は代官の判断でこちらの陣を起動すれば、閣下はフレンネル領からこちらに転移して来られるという寸法だ。今回は、私の調査に同行することになったイオちゃんがこちらに来るための移動手段としてこの転移魔法を用いる。
本来の手順だと、フレンネル家からまず伝令が発せられて、それを受けた代官が陣を起動し、それからフレンネル側の陣を起動して転移を行うことになる。伝令というのは専任の魔法使いであったり魔獣であったりする。この世界では遠方と無線通信する技術がごく限定的なので使い勝手が悪く、確度を求めれば結局二度手間を踏まざるを得ないし、それが一番早いのだ。
要は、私がその伝令役を担ったってことだ。
閣下達の想定では私にもイオちゃんと一緒に転移魔法陣を使わせるつもりだったみたいだけど、フレンネルの伝令がどれだけ優秀だろうと時間チートの私より速いわけがないので、私が自分で飛ぶことにしたのだ。手段は企業秘密ということで閣下から手紙を預かって単身出立した。代官への影響力を有する手紙を預けてもらえる程度には信用されているようだ。
実際、水寧庵で一夜を明かし、朝方に再び訪れた閣下等と諸々の擦り合わせをして、出立が昼前くらいで、昼下がりにはバッヘル領主館へと辿り着いたわけなので、たぶんこれが一番早いと思います。
そんなこんなで代官さんがバッヘル側の転移魔法陣を起動し、フレンネル領から跳んできたイオちゃんと合流した。ヴェルメリオは別行動で、ハイメロートを始めとしたヴァイスヤークトの連中への伝令に走ってもらった。フレンネル家で聞いた事柄によって若干の方針転換が発生したので、それを下達するためだ。
その後はイオちゃんを伴って滞在先の宿へと戻った。イオちゃんは私の調査に同行すると言えども、調査の時だけ合流すればいいだけなので滞在先は普通に領主館とかでいいと思うのだけど、そこはイオちゃん本人の強い希望で私の滞在先と同じ宿に部屋を取ることになった。きっと向上心の強いイオちゃんのことだから、この機に社会勉強をしようということなのだろう。そういうことなら私もサポートは惜しまない所存だ。
ついでにリスティやベルさんの姿を探してみたけれど、どうやら二人は既にギルドに向かったらしく、宿には不在であった。
ならばと私もイオちゃんを連れてギルド支部へと向かう。イオちゃんはバッヘル領を訪れたのは初めてではないらしいが、前回訪れたのは数年前のこと。しかも滞在先はこの街ではないので、基本的には今回全て初見だ。私がここで活動し始めてから見知った場所を案内しつつギルドに辿り着くと、時刻は丁度いい塩梅で、討伐者のゴールデンタイムとなっていた。
もしかして二人で黒い森に向かってしまったかな、と思いつつもロビーを練り歩いて妹の姿を探すと、クエストボードの近くで雑談している姿を見付けることが出来た。
「リスティ!ベルさん!」
呼びかけると、リスティはこちらを見て少し意外そうな顔をした。
「姉さん。意外と早かったですね」
「スレイさん、首尾はどうだい?」
傍らのベルさんがそう訊いてくるので、なんのことかわからないがとりあえず「上々よ」と答えておく。そう言えば私が不在の理由をベルさんに説明するのはリスティに一任したけれど、彼女はなんと説明したのだろうか。
「なんというか、流石だねスレイさんは」
「え?」
呆れと感心の中間みたいな顔をしたベルさんの言葉に私は首を傾げることしか出来ない。
彼女の横で素知らぬ顔をしているリスティの口元から滲み出る含み笑いが気になる。『まだだ……まだ笑うな』みたいな何その顔。可愛いんだが?
「まさか『魚が食べたい』からって自分で獲りに行くとは思わなかったよ」
バッ!と私がリスティを見ると、彼女はサッ!と顔を逸らした。
どうやら私は唐突に魚が食べたくなって『ちょっと獲ってくるわ!』的なノリで出奔したことになっているらしい。いやまあ確かにここに来てからの私って食いしん坊万歳だったから、意外と違和感ない理由かもしれないけど、そんなヤツおりゅ?
しかも私、首尾は上々って答えちゃったから、なんか魚獲れちゃったことになってるし。
内心で『むむむ』と唸る私に、リスティから挑発的な言葉が。
「ベルさんの前で格好を付けたいのはわかりますが、今ならまだ間に合いますよ?」
ごめんなさい見栄張りました魚獲れなかったです。と言わせたいのだろう。
そりゃあリスティは私が魚を獲りに行ったわけではないと知っているのだから、私が魚をゲットしているわけがないと思っている。実際その通りだし、リスティの言葉に乗っかっておけば丸く収まるのだけど。
なぁんか癪じゃない?
ここはリスティに姉の威厳を知らしめてやらねばなるまいて。
「ふふん」
「なんですかその顔」
「ちょっと待っててね」
状況に置いてけぼりになっているイオちゃんには非常に申し訳ないのだが、これは姉の威厳を賭けた聖戦なのだ。手は抜けない。
私は断りを入れて踵を返すと、一人ギルド支部の外にでる。
そこで『ちょちょいのちょい』してから、戦利品を手にリスティ達の元へと戻った。
「…………私は姉さんを甘く見ていました」
「おお!これまた凄いの獲って来たね!」
「え?外に置いてあったのですか?」
上から順にリスティ、ベルさん、イオちゃんである。
たぶん褒めてるわけでも感心しているわけでもないリスティはさておき、ベルさんは素直に拍手してくれたので余は満足じゃ。イオちゃんはますます状況に付いていけていない様子が加速してるけど、すまん!
ちなみに私がなにを持ってきたのかというと、凍結させた川魚である。時間を停滞させてちょちょいのちょいで近くの山まで行って渓流で何かヌシっぽいやつを獲ってきた。私の時間魔法に掛かれば渓流のヌシも形無しよ。私に見つかった不幸を呪ってくれ。
なお主観で四時間くらい経っている。
「ところでスレイさん、それ、食べれるの?」
「さあ?知らんけど火ぃ通せば大抵食えるっしょ」
あとで宿の厨房に持ち込んで調理してもらおうっと。
「姉さん、まさか自慢するためにわざわざ釣果を持ってきたのですか?」
「せやで」
魔法で見敵必殺したから、釣ったわけじゃないけどね。
私がドヤ顔を決めると、リスティは顔面を手で覆ってクソでか溜息を吐いた。我ながらどうかとは思うけど、今回ばかりはリスティにも責任はあると思うんだ。
「まあ、姉さんの釣果はどうでもいいんです」
「そうね。そんなことはともかく」
あっさりと表情を切り替えたリスティに応じて、私も持っていた渓流のヌシINアイスブロックをその場に置く。その予定調和的な遣り取りに、ベルさんは慣れたもので面白そうに笑っているが、イオちゃんは「え?え?」と私達姉妹に視線を往復させている。
「それで、そっちの子はスレイさんのお友達かな?」
そろそろ可哀そうに思えてきたのか、ベルさんがイオちゃんに水を向けた。
イオちゃんはハッとして居住まいを正すと、礼儀正しくお辞儀をした。
「初めまして。シィナと申します」
というわけで、イオちゃん改めシィナさんである。
リスティと同じく雰囲気を変えるだけの申し訳程度の変装をしている。控えめにフリルをあしらった凛々しいドレスシャツのトップスと、レギンスにミニスカートを重ね着したボトムス。腰のベルトには小さなポーチと、愛用の太刀を佩くためのホルダーが備えられている。
絵に描いたような『騎士系のお家のご令嬢』という雰囲気だ。特徴的な黒髪は、敢えて無造作な感じに括っている。身バレ対策の方針はフレンネル家が決めることなので私が口出しすることではないが、正直あんまり隠せていない感はある。黒髪を隠せばだいぶ変わると思うが、際立った特徴であるのにそれを偽れないのは、王家に認められた色だから、という事情故なのだろう。
名乗ったシィナを、リスティは胡乱な目で見ている。私がフレンネル領に赴いていたことを知っている彼女にしてみれば、シィナの正体なんて考えるまでもないのだろう。だから彼女の言いたいことはわかる。
隠す気あんのか、だろう。わかるわかる。
余談だが今朝のこと、カモフラージュとしてせめて口調を変えてみたい、と言い出したイオちゃんがまさかの『ボクっ子』デビューしようとするのをレキちゃんが強硬に阻むという一幕があった。私はボクっ子大好きだけど、さてはイオちゃんも実は隠れボクっ子スキーだったのだ間違いない。専属従者のソシエくんの一人称はイオちゃんの趣味だった説あるで。なお最終的には『悪目立ちするからやめなさい』というレキちゃんの至極真っ当な論理に封殺されて、イオちゃんは渋々諦めたのであった。
「…………なんか、知ってる子にすごいよく似てる気がする」
イオちゃんは未だ学生の身分なので領民とかの不特定多数に向けて顔出しをしているわけではない。なのでその容貌を知っているのは同じ学院で過ごしている人間とか、あるいは社交界で会ったことがある人間とか、要は知る人ぞ知るという現状だ。
そういう意味では、まあベルさんは顔見知りだよねっていう。ダンクーガ家も大概社交に消極的(というか興味無い)な家だけど、うちの実家に比べたら充分に社交的だから。アシュタルテがイカれてるだけだって?知っとるわ。
「バレてしまいましたか。お久し振りですイザベル様」
「って本人かーいっ!!」
「おお、ベルさんナイスツッコミね」
イイネ!をしておく。
「いや私も他人のことは言えないから詳しくは訊かないけど。でも一個だけ訊いていい?」
「どうぞ」
「スレイさんとはどういう関係?」
あっはい。私か。
シィナが窺うような視線を寄越したので、私は肩を竦めて見せた。適当に言っといて、のポーズである。その結果、さっき渓流のヌシを調達する羽目になったわけだが、私は反省をしない女なのだ。
「スレイ様は、わたくしが目標と定めたお方です」
「なんかリスティちゃんが壮絶な顔しているけど」
悪いことは言わない考え直せ、の顏ですねわかります。
シィナの言はたぶん『(魔法の)目標』という意味だろう。彼女は私の魔法を真似しようとしている節があるので。嘘は吐いてないよね。
「えぇ……スレイさんってマジで何者?」
「しがない討伐者ですがなにか」
「ねえ、実はとんでもなくやんごとない身分のお方だったりしないよね?」
「いやー、やんごとない人は虫食ったりしないって」
私がけらけら笑いながらベルさんの危惧を一蹴するも、彼女は未だ不安げな様子だ。
そこでリスティがすかさず「これが高貴な身分に見えますか?」と口を挟み、こちらを見たベルさんに対して『私が知っている最高に高貴なポーズ』をして見せると、彼女は納得顔になって「全然見えないね」と安堵したのだった。
ちなみに私の『高貴なポーズ』は私が直接見知っている限りで最も高貴な女性であるシャルちゃんの所作を再現したものだ。どうしようシャルちゃん、全然高貴に見えないってさ。そういうところやぞ。
「冗談はさておき、ちょっと事情があってシィナも私達に同行することになったわ」
「ふぅん」
「そう言えばベルさんとこの、ええと、レーナちゃんだっけ?」
「ああ、たぶんそろそろこっちに着いてる頃だね。あれから更なるアクシデントに見舞われてなければ、だけど」
「彼女が着いたら親睦会でもしましょうか」
「いいね」
討伐者流の親睦会とは即ち、一次会は黒い森、二次会は飲み屋、という私達とベルさんが初日にやったあれである。
ここにレーナちゃんが加わるとなると、我がパーティーの戦力もだいぶ充足してきたと言えるのではなかろうか。いつの間にかフルメンバーまであと一人だ。
「私の場違い感がすごい」
ぼそりと、私にだけ聞こえる声量でリスティが呟く。
言われてみれば凄いことになってんな。ダンクーガ英雄伯夫人に始まり、アシュタルテ侯爵令嬢、フレンネル伯爵令嬢、そしてカマセーヌ伯爵令嬢がここに加わる、と。
一人だけ従者階級のリスティは相当肩身が狭そうだ。心境的に。
なお凄まじい過剰戦力であるのは言うまでもない。




