補完[ガールズトーク-1]
・文字通りガールズがトークしてるだけの話です。
~"懐刀"レキ~
フレンネル家の御三方とアシュタルテ様との会合が終わり、伯爵閣下と夫人は本邸へと戻られた。既に夜も更けた時間帯だが、閣下等にとっては霊原はまさしく庭のようなものだろうし、山影のサポートもあるので道中を心配する必要もない。
客人であるアシュタルテ様をこんな時間に帰したとあっては礼に悖るということで、彼女はこのまま水寧庵で一夜を明かした後、明日に発つ予定となったようだ。その際、イオ様も同行することになったと聞かされて意外には思ったが、事情は私もソシエも少なからず知らされてはいたので、驚くことはなかった。口惜しいが私達は同行を許されなかったので、イオ様のご武運を祈るばかりである。
その代わり、ではないが今夜はイオ様と共に居ることを許されたので、私達もここで一夜を明かすことになる。なので、現在水寧庵に留まっているのは私とソシエとイオ様、そしてアシュタルテ様とヴェルメリオ様、あとは管理人のクチバさんだけだ。見事に女ばかりの空間なので、もしかすると閣下がわざわざこんな時間に戻られたのは気を遣ってくださったのかもしれない。単に居辛かっただけかもしれないが。
湯殿を準備すると言って退室したクチバさんを見送ると、不意にアシュタルテ様が口を開く。
「ところでヴェルメリオ、貴女いつまでそこに入ってるつもりなの」
彼女に視線を向けられたソシエは一瞬肩をビクつかせたが、すぐに自分ではなく背負ったリュックの中に居るヴェルメリオ様へと声を掛けられたのだと理解して、その場でくるりと後ろを向いた。
そしてもごもごと蠢くリュックの口から、燃え盛るような毛並みの子犬がもふっと顔を覗かせる。
「おちつく。だめ?」
「だめよ。ソシエくんが困っちゃうでしょ?」
んん?
ソシエくん、とな?
「ほら、おいで」
「んー」
奇妙な違和感に首を傾げる私達に構わず、アシュタルテ様はヴェルメリオ様の身体を抱き上げて、そのまま床へと下ろした。叱られたと思ったのかしゅんとするヴェルメリオ様の頭をぽふぽふと撫でて、それから彼女は今度こそソシエへと声を掛けた。
「ヴェルメリオの面倒見てくれてありがとうね。ソシエくん」
「え?あ、いえそんなっ、全然!」
「リュック大丈夫?この子が粗相してない?なんなら弁償するけど」
「いえいえいえいえ!だいじょぶです!!」
畏れ多いとばかりに高速で首を横に振るソシエに、アシュタルテ様はなおも申し訳なさそうに「そう?」と呟く。ちなみにその足元ではヴェルメリオ様が不満げに「べるはおりこう」と主張していた。
というか、あの……
「アシュタルテ様?」
「ん?なぁに、レキちゃん」
「その口調は一体……?」
私が混乱しながらも問い掛けると、彼女はきょとんとした。
「あれ?初めてだっけ?」
「そのお振る舞いが、という意味でしたら、おそらく」
そうだっけ、と不思議そうな顔でアシュタルテ様はイオ様に視線を向けた。イオ様はというとにこやかに微笑んで「そうかもしれませんね」などと仰っている。いや明らかに知ってた反応なのですがそれは。
確かに、記憶を探ればアシュタルテ様はイオ様と過ごされている際に、稀に、普段の厳格な態度とは違う柔らかな表情をお見せになることがある。それは私達も知っている。だが今の彼女の、その、なんというか、失礼ながらゆるゆるな感じは初見過ぎる。
あ、いや違う。よく考えたら見たことあった。
マシュマロだ。
マシュマロを召し上がった時のアシュタルテ様はこんな感じだった気がする。
「真面目な話は済んだし、ここは学院じゃないし、鬱陶しい目もないし。いいよねっていう。私、素でこんなだからごめんね~」
ゆるゆると笑ったアシュタルテ様の暴露に、私とソシエはアホのように頷くことしか出来ない。
別に謝るようなことではないが、強いて言うならばイメージを粉砕したことへの謝罪であろうか。
「と言いますか、その、ボクの呼び方」
「ソシエくん?」
「ええと、ボク、これでも一応女子なんです、けど……」
紛れもない乙女であるところのソシエだが、アシュタルテ様があんまりにも自然に『くん』付けで呼ぶので、何故かソシエのほうが自信なさげになってしまっている。尤も、それを言うならばまずは一人称をどうにかしなさいと私は予てより口を酸っぱくして言っているのだが。
ソシエの様子にアシュタルテ様はハッとして、それから困り眉になった。
「そっか、レディに対して失礼だったわね。ごめんなさい」
頭を下げられてむしろ大慌てなのはソシエである。
「わああ!いいんですいいんですほんとに!ただなんでかなって気になっただけでッ!!」
「ほら、ソシエちゃんってボーイッシュな雰囲気じゃない?自分のこと『ボク』って言うし。私、そういう女の子すっごい好きなのよね」
穏やかに微笑んで見守っていたイオ様の瞳が一瞬きらめいたのを私は見逃さなかった。いや、巫眼ではなく比喩的な意味で。具体的にはアシュタルテ様の『好き』発言のせいで。
「だからこれは、別に馬鹿にしてるとかじゃなくって、なんていうか、ボクっ子に対するリスペクトというか。なに言ってるのか自分でもよくわかんないけど、要はソシエちゃんが素敵ってことよ!」
「は、はひ……恐縮です。お好きなように呼んでください、全然、いいんで」
ちなみにどこか遠くで元暗殺者の学院メイドがくしゃみをしたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
そういえばあの人も所謂『ボクっ子』だったなと思い返しつつ。
ほうほう、なるほど。アシュタルテ様はボクっ子がお好き、と。
「…………ぼく」
ぼそり、と不穏な呟きを零したイオ様に、私は光の速さで釘を刺す。
「ダメですよ。言っておきますがプライベートでもダメです」
「レキのいけず」
ダメなものはダメです。
そんな可愛く睨んだってダメ!
「湯殿の準備が整いました。皆さま、どうぞこちらへ……」
ささめくような声音でそう告げたクチバさんの案内で、私達は入浴に向かう。この水寧庵は来賓をもてなす場所でもあるので、浴場も結構なものが備わっているのだ。私達が全員で入っても全然平気な広さである。
「ねえねえイオちゃん」
前を歩くアシュタルテ様が、お隣のイオ様に小声で話し掛ける。
「はい?」
「クチバさんって何者?色気やばない?」
私個人としては、貴女のキャラの変わり様こそ『やばない?』なのですが。
そんな密談が聞こえて居るのか居ないのか、粛々と案内をするクチバさんは、若々しい容姿に不思議と割烹着が良く似合う、儚げな美人である。フレンネル家と縁のある出自の方らしく、その頭髪は艶やかな黒色をしている。光に透かすと若干青み掛かった色を帯びるので、分家筋の『ヤヨイ家』の関係者ではないかと私は思っている。
なお年齢不詳。私が初めて霊巌洞を訪れたのは約五年前のことだが、その時にお会いしたクチバさんと目の前の彼女は、私の記憶が確かならばまったく容姿が変わっていない。閣下やユリア様と交わしている会話を聞く限りでは、どうやら閣下が幼少の頃からクチバさんはこの水寧庵の管理人をしているのだとか。どう見ても閣下より年上には見えないのだが、詮索するのは色々な意味で怖い。
「彼女はこの場所の管理人に御座います」
既に知っていることを繰り返したイオ様に、アシュタルテ様は「ふーん」とだけ返した。
要するに、フレンネル家にとって霊験あらたかな場所であるここを任されるような、特別な出自の人物であるとイオ様は説明されたのだ。同時に、だから詳細は知っていても言えないのだと。傍目には興味を失ったように見えるアシュタルテ様は、きっと彼女のことだから言葉の裏を読み取って納得してくださったのだろう。
話を変えようとしたのかわからないが、イオ様が徐に切り出した。
「ところで、プリムローズ様」
「はいな」
「もしや、その、わたくしは貴女様と入浴を共にさせていただけるのでしょうか」
あまりにも真剣な声音で紡がれたその問い掛けに、アシュタルテ様は瑠璃色の瞳を瞬いた。
「え、この流れで別々はないっしょ」
「で、ですよね。そうでございますよねっ」
「イオちゃんだいじょぶ?顔赤いよ?」
それは大丈夫でございます。イオ様のある意味平常運転ですので。
言うまでもないことなので言わないが、イオ様のお顔が赤いのは、憧れの君であるアシュタルテ様と混浴が出来るという望外の幸運を噛みしめておられるからだ。きっと、今イオ様の脳裏では『アシュタルテ様と行く!パーフェクトでワンダフルな入浴ツアー!』の綿密なシミュレーションが展開されていることだろう。世間ではそれを妄想と呼ぶわけであるが。
まったくもう、イオ様はアシュタルテ様が絡むと簡単にタガが外れてしまう。まあ、今この状況がアシュタルテ様と親交を深める千載一遇の好機であることは明白なので、イオ様のテンアゲ↑もわからないではない。
「よろしければ、わたくしに貴女様のお背中を流させてはいただけませんか?」
はんなりと笑って何気なく申し出たイオ様であるが、その実、本気も本気のガチ本気で内心緊張でバックバクされているのは私の目には明らかだった。私にはわかる、今イオ様は一世一代の勝負に出たのだ!
「え?いいの?ありがとー」
対するアシュタルテ様は普通に嬉しそうに快諾された。
イオ様との温度差が凄い。いやアシュタルテ様も充分に友好的な反応ではあるのだが、この場合はイオ様が真剣過ぎるだけであって。
「そしたら私もイオちゃんの背中流してあげるね」
悪戯っぽくわきわきと手を動かしながら告げたアシュタルテ様に、イオ様は嬉し恥ずかしそうなはにかみ顔で「お手柔らかに」と答えた。最早キャラの違いには突っ込むまい。
しかしながら、私には一つ心配事がある。こっそりとソシエに目配せをすると、彼女も若干硬い面持ちで微かに頷いた。
「髪も洗わせてくれる?イオちゃんの黒髪、綺麗だから一度さわってみたかったんだよねー」
「え?プリムローズ様が、髪を洗われるのですか?」
「あ、心配してる?だいじょーぶ任せて!変なことしないから。クラリスちゃんの髪だって私が洗ってあげることあるんだから」
なんで主人がメイドの髪を洗っているのかというのはさておき、アシュタルテ様の言葉を聞いたイオ様が案の定固まってしまった。
イオ様は憧れの人と一緒に過ごせることに舞い上がってそこまで考えが至っておられなかったようだが、まあ、そうなるだろうなとは思っていた。何のことかというと、それはもうイオ様は紛うかたなき生粋のお嬢様であらせられるということだ。
つまり、入浴時には例外なく世話をさせる側の人間であって、間違っても自身の手で他者の入浴のお世話をするような技能は持ち合わせておられない。当たり前だが、こんなところでも規格外っぷりを発揮しているアシュタルテ様がおかしいのであって、イオ様の振舞いは高位貴族の令嬢として極めて自然なことである。
だから、そう、頑張ればアシュタルテ様のお背中を流して差し上げることくらいは出来るだろう。ただし文字通りの意味で。
だが御髪のお手入れとなるとお手上げに違いない。ご自身の黒髪ならばまだしも、アシュタルテ様の淡雪色の長髪は、どこからどう見ても髪質からして相当に異なるだろうから、気安く触れるのも憚られる。
拙い手で触れたとしてもアシュタルテ様は微笑ましく思われるだけだろうが、あらゆる意味でプロ中のプロであるクラリスさんと比較などされれば、イオ様は羞恥と自省のあまり埋まりかねない。土に。
「…………」
お可愛らしく紅潮していたイオ様のお顔が、みるみる白くなっていく。
自分から『背中を流す』などと言い出した手前、退くに退けなくなっている顔である。しかもアシュタルテ様が本当に嬉しそうにされているものだから、余計に今更『やっぱなしで』とは言えないのだろう。
というか気持ちはわかりますイオ様。威厳をぶん投げたアシュタルテ様のお姿は外見相応に幼気で、率直に言って可愛いのだ。このようにわかりやすく喜色満面に微笑まれては、それを濁らせるような真似がどうして出来ようか。
ソシエと視線を交わして、私は口を開こうとする。
だとすれば、ここで憎まれ役を買って出るのは私の役目に他ならないからだ。
と、思ったのだが。
「――――僭越ながら、イオお嬢様」
いつの間にか振り返っていたクチバさんが、やわらかな微笑を浮かべてイオ様を呼んだ。
案内役が足を止めたので、自然と一行がその場にとどまりクチバさんを注視する。
「この朽葉、御館様より『客人を丁重に遇するように』と言い含められて居ります。どうかこの場は、朽葉の顔をお立てくださいますよう」
「お嬢様、お気持ちはわかりますが、クチバさんのお仕事を奪ってしまっては彼女が閣下に叱られてしまいます」
すかさず私が援護射撃をすると、イオ様は複雑そうなお顔で「そうですね」と頷かれた。
「申し訳ありません、プリムローズ様。わたくし少々勇み足をしてしまったようです」
「あはは。そっかそっか、そりゃそうだよね。クチバさんの立場からしたら困っちゃうもんね」
「痛み入ります……」
「じゃあ私はクチバさんにお世話してもらおっかなー…………なんか、ちょっとイケない気分になりそうだけど」
わかりますアシュタルテ様。クチバさんって色気が過剰ですから。
別に露出が多いわけでもないし、扇情的な振舞いをされるわけでもないし、むしろ楚々とした態度を崩さないのに、何故あんなに艶めかしいのか。
そこで若干微妙な空気感を払拭するべく、ソシエが持ち前の気軽さで声を上げた。
「それに、お嬢様とアシュタルテ様が洗いっこなんてしてたら、ボク達も手持無沙汰になっちゃいますから!」
「ソシエくんもレキちゃんと洗いっこすれば?」
「「…………それはないです」」
「あ、そこは普通に嫌なんだ」
それはそうですよ。勿論ソシエのことは好きだし、たぶん彼女も同じだろうけど、それとこれとは話が別だ。
「というわけですので、イオ様のお世話は私にお任せください。ソシエは――」
水を向けると、ソシエはひょいと足元のヴェルメリオ様(子犬)を抱き上げた。
「ボクは、ヴェルメリオさんのお世話をしようかな」
「んー。くるしうない」
ところで、ヴェルメリオ様ってその姿で入浴されるので?
「んーん。犬ではいるとみんなからおこられる」
そうなんですね……。




