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輪廻転生って信じる?  作者: Lynx097
六章_宵の霊薬

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287話_side_Io_フレンネル伯爵家_水寧庵



 ~"黒髪令嬢"イオ~



『あり得ない……とは?』



 わたくしの問いに対して、学院長は教鞭を振るうように片手の煙管をくるりと回した。

 特有の甘く涼やかな香りが漂う学院長室には、わたくしと彼女の姿しかない。多忙な学院長がわたくしのために、わざわざ時間を取ってくださったのだ。



『他人の魂は獲れぬ。覗き見ることはできよう。損なうこともできよう。だが『取る』ことはできても『獲る』ことはできぬ』


『どう違うのですか?』


『要は、死霊術(ネクロマンシー)を以て他者の魂を欠損させることができる。攻撃としてな。しかし欠けて離れたそれを自らに還元することはできぬ。それができぬのであれば獲るとは言えまい』


『では、巫女の言葉はなんらかの比喩だったのでしょうか』


『そうさの……』



 学院長はぷかりと煙を燻らせた。



『そも、あの場でヤツがやろうとしておったことは、自らの魂の不足分を他者の魂で補完するという行為よ。魂の核ではなく、上澄みだけを濾し取って、自らの魂の肉付けとしたのだ。そのことを『獲る』と表現できぬことはないが、ちと弱いの』


『核に近しい部分までを収奪できるとなれば、他者の魂の上澄みだけを少しずつ濾し取る、なんて真似をする意味がそもそもなくなりますものね』



 故に、あの時の闇の巫女の行動方針それ自体が、他者の魂を奪うことは出来ないという学院長の論を肯定しているのだ。



『更に言えば、魂には波形というものがあるでの。魂の上澄みを集めて自らの糧とすることができるのは、上澄みは波形が変じやすいので、強引に自らの魂の波形に同調させてしまえるからよ』


『波形というのは、一人一人に固有のものなのですか?』


『おう。類似はあれど、全く同一のものは存在しないと小生は考えておる。これはつまり、全く同じ人間が二人と存在しないのと同じことよ。とは言えど、魂の波形は不変ではない。変化の過程で一時的に、ないし部分的に一致することはあろうよ』


『では、類似度が高い波形を持つ人間の魂であれば、上澄み以外の、核に近しい部分を自らに取り込んでしまうことが可能なのではありませんか?』



 聞く限りでは、理論上はそういうことだ。

 学院長は頷いた。



『然り。だが、実のところその辺りはまだ未解明の部分が多いのだ。とあるきっかけで、最近ようやっと研究が進み始めたところでの』



 とあるきっかけ、とはおそらく同級生のシュヴァルツ伯爵令嬢の存在だろう。わたくしは面識がない相手だが、少々特殊な死霊術(ネクロマンシー)を行使する技能者であると情報だけは知っている。



『他者の魂と類似の波形が現れる条件としては、個人の性格、相手への理解、受容……といった思考に関するものが主だ。あるいは血の(えにし)も寄与していそうだの。家族ならば理解度が高いのは当たり前だが、絶縁関係にあった親兄弟でも、同じ血が流れていれば根本的に近しい波形が現れることが多いようだ。そして案外と重要なのが、魔法的な特性よ』


『特性、ですか?』


『おう。簡単に言えば、属性が同じ魔法使い同士だと魂の波形は似通う。死霊術士同士であれば更に、という具合だの。おそらくだが、専門性が高い魔法特性ほど、魂の波形に寄与する割合が大きく、支配的、な……――』



 喋りが不自然に尻すぼみに消え、学院長は難しい顔で黙考し始める。

 わたくしが呼び掛けても、まるで聞こえていない様子だった。仕方ないので、わたくしはわたくしなりに学院長の講釈の内容を整理してみるが、今の話は逆に考えれば、ごく限定的な条件を揃えることが出来れば、他者の魂の上澄み以外の部分を奪い取れるということではなかろうか。いや、むしろ条件次第でどこまでが上澄みと呼べるかが変わる、と表現したほうがいいか。

 なお『上澄み』という表現が適切なのかという疑問はあるが、第一人者である学院長の表現をそのまま引用しているに過ぎない。おそらくは、未だ研究途上の概念なので適切な呼称がそもそもないのだろう。

 そして、割合的に過半数が上澄みとなったとすれば、それを濾し取ることは最早魂を獲ると表現してもなんら遜色ないのでは。



『条件……性格的に似通っていること。相手を理解していること。受け入れていること』



 ぽつぽつと列挙してみるが、どれもわたくしと闇の巫女には当てはまらない。もしかすると性格が似ていることくらいはあるかもしれないが、そもそも交流もない、ごく短い時間一度だけ会った相手のことなど理解しようがない。

 だが、それ以外の条件は更に現実味が……と、そこまで考えたわたくしは、学院長が黙り混んだ理由がわかってしまった。


 仮説であるが。

 闇の巫女がわたくしの魂を『獲る』と表現したのは、文字通りの意味であり、それが可能な程にわたくし達の魂の波形は似通っていたとすれば。











 学院長と当時交わした会話を思い出しながらプリムローズ様に説明すると、最後にわたくしは核心を告げる。



「つまり、闇の巫女はわたくしと血の縁で結ばれていて、極めて専門性の高い同一の魔法特性を有しているとすれば、巫女はわたくしの魂の大部分を奪えてしまうのです」



 何故ならば、波形がほぼ同一の部分の魂は上澄みと見做せるから。わたくしから引き剥がし、巫女に還元することが叶ってしまう。

 そしてこれはあくまでも可能性の話をしているに過ぎないが、実際に巫女に干渉を受けた時の感覚を思い返せば、あれは本当に魂を獲られる寸前だったと確信出来る。



「なるほど、そこで話が繋がってくるわけだな」


「ええ」



 つまるところ、闇の巫女がフレンネル家の人間であれば、筋が通ってしまう。なにせ、少なくとも外見の特徴だけで比較すれば、わたくしと闇の巫女は非常に良く似ていたのだ。人相ではなく、ルーツが。

 そこで、黙ってわたくしに説明を任せてくださっていた父上が口を開く。



「改めて闇の巫女と特徴が合致する人物を捜索するにあたって、対象範囲から時系列を度外視し、フレンネル家の関係者に限って再度調査を行ったのだ」


「そしたら、大昔の人間でビンゴっぽいのが出てきてしまったわけか」


「そうだ。最後のスメラギ直系である『サヤ・スメラギ・フレンネル』……彼女で血脈が途絶えたのは、そもそも彼女が罪人として処断されたからであると記録にあった。罪状の詳細記録は失われているが、断片的な記録から推測するに、どうやら血縁をその手に掛け、非人道な行為に及んだようだ」


「当時基準では死霊術(ネクロマンシー)が非人道的行為と見做されたとしても、まったくおかしい話ではないな」


「うむ。闇の巫女が魂だけで生き永らえる存在であるならば、罪人として処刑された肉体を捨て、中身だけが現代まで生き残っていたのだと考えても、やはり筋が通るのだ。それが原理的に可能であるということは、他でもないラブクラフト女史が保証している」



 思案気なプリムローズ様は少し腑に落ちないご様子であるが、無理もない。

 奇妙な符合のせいでなんとなく筋が通ってしまっているだけで、基本的には荒唐無稽な妄想と評して余りあるような話だ。無理矢理に理由を付けただけ、と言われれば成程その通りだろう。なので、闇の巫女の件に関してはわたくし達もそれ以上積極的にどうこうしようとは考えていなかったのだ。何故ならば、わたくし達がどうこうせずとも、教団の幹部である彼女はそもそもお尋ね者なのだ。彼女の正体について確定的な情報があれば公表し共有するという選択肢はあるが、ギリギリ妄言程度の内容では要らぬ混乱を招くのがオチだろう、と。



「……だが、そこに届いたのが其方の手紙だ」



 そう。そうなのである。



「闇の巫女と似通った容姿を有する、あろうことか『スメラギ』と名乗る人物が現れてしまった。これは無視できない」


「なんだかあからさま過ぎて挑発されているような気もするのですけど……」



 父上の言葉に続いて母上がおっとりと呟くが、いかに怪しかろうと、フレンネル家としては決して無視出来ないのだ。今回目撃されたスメラギなる人物の正体を確かめ、闇の巫女当人であったとすれば討伐する。

 無論、別人である可能性や、まったく無関係の可能性もある。それを確かめない理由はない。

 そしてもし、スメラギが闇の巫女で、巫女の正体が『サヤ・スメラギ・フレンネル』であったとしたならば、これを討つことは当代のフレンネルであるわたくし達の責務ですらある。先祖が遺した災厄の種を、この時代に芽吹いたそれを、フレンネルの剣で以て刈り取らねばならない。



「待った」



 プリムローズ様が片手を挙げる。



「最初から気になっていたことが一つあるのだが」


「予想はつきますが、どうぞ」


「今回目撃されたスメラギは、赤い瞳の少女だったという。だがイオの話では闇の巫女は黒瞳だろう。些細だが決定的な違いだ」



 闇の巫女は姿を偽れなかったはずなので、彼女の瞳は間違いなく黒だ。わたくしと同じ色彩だったのはこの目で確認したことだ。

 対するスメラギなる少女の瞳は赤だ。こちらは姿を偽っていた可能性はあるが、だとすれば瞳の色だけを変える必要性がわからない。


 だがしかし、幸か不幸か、その疑問にはこれ以上ない明快な解答が存在してしまうのだ。



「プリムローズ様、わたくしの瞳をご覧ください」


「む?…………っ!」



 わたくしと視線を合わせたプリムローズ様が息を呑む。

 きっと彼女から見たわたくしの瞳は、常の黒い色彩ではなく、まるで鮮血のような赤々とした色に染まって見えているのだろう。わたくしは意識して術を解くと、瞑目して息を吐いた。たった一瞬発動しただけでも、未熟なわたくしには負荷が大きい。



「魔眼、か?」


「いかにも。俺達の言葉では『巫眼(ふげん)』と呼ぶが。古くは異国の王族であるスメラギ家に伝わるとされる、『暁月(あかつき)』と呼ばれる瞳だ。傍系である俺達にもスメラギの血は流れているので、稀に発現することがある」



 息を整えるわたくしに代わって父上が説明する。ちなみに両親はこの巫眼を持っていない。この術は強力だが、直系でないわたくし達が実戦レベルで用いるには些か消耗が激し過ぎるのだ。普通はそもそも使えないか、使えたとしても形にはならない。

 わたくしがこの暁月の巫眼を習得したのはつい最近の話だ。そのきっかけとなったのが、皮肉にも闇の巫女の一件なのである。

 伝承によると、この瞳は『魔を祓う払暁の具現』であるとされる。あの日、巫女の死霊術に対して手も足も出なかったわたくしが、対抗手段として求めたのがこの術だった。これがあれば、わたくしは死霊術を斬れる。勝算の低い賭けではあったが、わたくしにほんの僅かながら暁月の素養があったのは幸いであった。



「かの巫女が、ひいては今回目撃された人物がスメラギ家の直系であるならば、この瞳を持っていないはずがないのです」



 しかも直系であるならば、巫眼を使うのに殆ど消耗などしないはずだ。

 わたくしがそう言うと、プリムローズ様はなんとも言い難い微妙な顔で口を開いた。



「しかも、巫女とイオの魂の波形が似通う条件である『極めて専門的な共通の魔法特性』をばっちり満たしてしまっている」


「そうなのです。あの時のわたくしはまだこの瞳を習得しておりませんでしたが、結果的に素養があったということは、魂にはその波形が存在していたということですので」


「むしろ、それがあったから巫女は貴様の魂を収奪可能だと察したのかもしれん…………こじつけにしては出来過ぎだな」



 プリムローズ様は『降参!』とでも言うように軽く両手を挙げて、肩を竦めて見せた。











 その後、一通りの情報交換と説明を終えたところで、徐に父上が切り出した。



「プリムローズ嬢。其方の実力を見込んで頼みがある」


「聞くだけ聞きましょう」


「其方の調査活動に、イオを同行させてはもらえないだろうか」



 父上が告げると、プリムローズ様は「まあ、そうだろうな」と呟く。

 わたくし達にとっての急務とは、まずは今回目撃されたスメラギなる人物の正体を確かめ、闇の巫女との関連性を明らかにすることである。そうなれば、現在最も目標に迫っているのは他ならない目の前の彼女だ。

 闇の巫女と相対した経験のあるわたくしは、彼女の容姿を実際に見て覚えている。だとすればフレンネルからはわたくしが直接出向くのが最も効率的だし、プリムローズ様にとっても悪い話ではない……と思う。



「無論、其方には其方の目的があるだろうから、その邪魔はせん。身分を隠す必要があるならば倣わせよう。必要ならばイオを其方の手駒として使ってくれても構わん」


「邪魔をしないのならば、好きにすれば宜しい」



 案外とあっさり了承したプリムローズ様に、頼んだ父上のほうが面食らう。

 プリムローズ様はやんわりと苦笑した。



「私の目的は教えられませんが、貴方方がフレンネル家でなければ同行を断っていた、とだけ申し上げましょう」


「成程。察した」



 父上はそれだけで背景を理解出来たようだが、おそらくは政治的な事情が絡むのだ。その辺りの機微に関しては、わたくしはまだまだ、とりわけ未熟だと自覚せざるを得ない。



「ただし、念のために言っておきますが…………ご息女の命は保証しませんよ」


「無論、覚悟の上だ」



 そうだな?と父上が視線で問うてくるので、わたくしは頷いた。

 そのような覚悟、暁月の巫眼を習得すると決めた時にとうに済ませている。

 プリムローズ様はわたくしを一瞥して「そうか」と呟いただけだった。



「もう一つ。今の話を聞いていて、闇の巫女の目的がイオを誘き出すことである可能性も否定できないと私は考えるが、それでも来るのか?」



 母上も仰ったが、あまりにもあからさまに挑発するような遣り口は、わたくし達が反応することを期待してのことだとも取れる。もしそうならば巫女は大胆にもプリムローズ様をメッセンジャーに使ったということになるが、なにせ相手は肉体を捨てて世の影に潜み、魂を啜り生き永らえるイモータルかもしれないのだ。そのくらいのことはするだろう。

 妥当な予測としては、過日学院に魂の欠片を送り込んだ闇の巫女は、しかし学院長に撃退されて大打撃を受けた。送り込んだ分の欠片は失われてしまったから、本体のほうの魂もまた、欠損部分を補う必要性に駆られているはずだ。そうした時に最も効率の良い餌とは、考えるまでもなくわたくしの魂に他ならないのである。

 しかし、それでもだ。



「向こうから呼んでくださるのならば好都合です。目を背けることはできません。わたくしは往きます」


「ならばいい。精々死なないように頑張ってくれ」



 私の後味が悪いからな、とプリムローズ様は偽悪的に笑った。



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[良い点] イオとはっちゃけお姉ちゃんのかみ合わせが楽しみ
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