286話_side_Pr_フレンネル伯爵家_水寧庵
~"転生令嬢"プリムローズ~
私は先日、宿でリスティと交わした会話を思い出していた。
『予想――――スメラギは人型の、魔物である』
私がそう言うと、リスティはなんとも言えない奇妙な表情になった。荒唐無稽な内容過ぎて一笑に付したいところだけど、私の雰囲気があまりにも真剣だから笑うに笑えない、といった風だ。
『スメラギさんの正体は伝説の魔公だとでも言うつもりですか?』
『ないかしら?』
『ないでしょう』
人型の魔物というのは、私が探し求めている中ボス(仮)のように、原作にも登場した存在である。即ち、間違いなく実在するということだ。そもそも、伝承にうたわれる『宵の魔王』の姿は詳細こそ伝わっていないが、それでも黒髪を有する人間に近しい外見をしていたという情報程度は伝わっているのだ。そして魔王配下の筆頭である魔公もまた、人間に近しい外見をしているとされる。
これが意味するところとは、何故か強力な魔物である程、その外見は人間に酷似しているということだ。私の知る限りでは魔公という存在は原作には登場していないし、この世界の伝承でも三百年前に魔王と共に討伐されたとされている。しかし、魔公よりは格の落ちる謂わば『魔侯爵』とか『魔伯爵』とでも言うべき位階の魔物が現存していることは確認されていて、それらはやはり人型に近い姿をしているのだ。ちな中ボス(仮)もその一部だと思われ。
『まあ、魔公というのは冗談としても、スメラギさんが魔物であるというのはやはり無理があるかと。もしそうなら、件の新米二人を助けた意味がそもそもわかりません』
『そうかしら?』
普通に考えれば、そうである。だっていくら人型をしていても、魔物は魔物だ。人類の絶対的敵性存在なのだ。それがいかなる理由があれば、人間の子供の窮地を救うために行動するというのだ。
だが『夜明けのレガリア』の読者である私は、必ずしもそうとは言い切れないと知っている。
人型の魔物は、人並みの知性を有している。それどころか、情緒すら持ち合わせている。だとすれば魔物が人間を助けるということを否定するのはナンセンスだ。何故ならば、人並みの知性と情緒を持ち合わせているのに、人間でありながら魔物に利することを第一義とする集団が、厳然たる事実として存在しているのだから。
逆に人間に利する魔物が居ないと、誰が言い切れるのだ。
とはいえ、これはあくまでも原作読者の視点。リスティの理解を求めるようなことではない。
だからもう一つ、予想を提示する。
『なら、人でありながら魔物と同列で語られる存在が居たとすれば?』
『なんですって?』
私達が調査を行っている『教団』という宗教組織であるが、その信仰対象は他でもない『宵の魔王』であるとされる。教団の信徒は魔王を『影なる神』と呼び、信仰を捧げているのだ。
魔王とは魔物の王である。
つまり、教団とは魔物を信仰する者達の集まりなのだ。
ここで教団の対抗勢力と言えば当然教国の『教会』であるわけだが、教団と教会の信仰形式を比較した時、実はそこには明確に異なる点が存在している。
『それは『代行者』のことを言っているのですか?』
『リスティには訊くまでもなかったわね』
釈迦に説法ではないが、黎明機関出身の彼女のほうが私よりも余程詳しいだろう。
教団には『代行者』と呼ばれる存在が居る。これは文字通り、信仰対象である『影なる神』の代行を担う存在だ。主を信仰する教会には『天使』という概念があるが、教団における天使の対概念は魔公ではなくこの『代行者』であるのだ。
そして、実体のない概念上の存在である天使とは異なり、教団の代行者は詳細不明ながらも実際的な影響力を有する存在であることが確認されている。影なる神の代行として、教団の信徒の信仰を受け取る存在――即ち、人の身にして魔物信仰の対象となる存在だ。
『リスティが『代行者』について知っていることは?』
『駒だった私が知り得たことなど然程多くないですよ。精々が概要くらいですが、代行者と呼ばれる存在が全部で四人居ることはわかっています』
リスティは指折り数えながら言う。
『『黒の使徒』『夜の司祭』『星はみ』『闇の巫女』……――』
『そうそれ。その『闇の巫女』さんが、少し前にエンディミオンに来てたらしいのよ』
『は?』
『学院長が追い払ったから大した被害は出てないけど、実はそこにウチの子飼いが居合わせてね』
『またしれっと重大な情報を…………それで?』
リスティのジト目が突き刺さる。ごめんって。敢えて黙ってたわけじゃなくて、今回関係してくるとは思ってなかったんだって。
『その時の巫女の外見なんだけど。異国の着物を纏った黒い長髪の少女……だったらしいわよ』
――と、そんな遣り取りがあってからの現在である。
私の手紙に対するフレンネル家の過剰反応とも言える動きの時点で『もしや』と予感はしていたが、ダメ押しと言わんばかりの伯爵閣下の『討伐対象』発言と来た。
もしかしなくてもこれ、本当にスメラギさん=闇の巫女説あるぞ。
私とフレンネル一家しか居ないこの場所で腹の探り合いや迂遠な会話などしていても時間の無駄なので、単刀直入に話を進めることにする。
「つまり、今回バッヘル領で目撃されたスメラギという人物が、先日エンディミオン魔法学院に侵入した教団の『闇の巫女』と同一人物であれば、彼女はフレンネル家にとって討伐対象になるということか?」
私が一気にそこまで切り込んでくるとは思っていなかったのか、伯爵はほんの僅かに目を瞠るが、すぐに重々しく頷いて見せた。
「無論、教団の幹部となれば我々以外にとっても討伐の対象となり得るだろうが、社会的な要請とは関係なく、義務ではなく、フレンネル家の私情として討つべき因縁があるという意味だ」
そう言うと伯爵は私の隣に座っているイオちゃんに目配せをする。伯爵の視線を追って私が隣を見ると、イオちゃんもまた私へと向き合うように居住まいを正していた。
「その辺りの事情は、僭越ながらわたくしのほうから」
「学院での件だな」
「はい。プリムローズ様におかれましてもハイメロート殿より聞き及んでおられることでしょうから、ここでは当家の事情だけを掻い摘んでお話しします」
背景をおさらいしておくと、学院の前期に発生した通称『ゴーレム事件』の裏で、実は一歩間違えば学院の人間が死滅していてもおかしくない事態が進行していたのである。それが教団の代行者である『闇の巫女』の侵入であり、大事に至らなかったのは偏に、事態を未然に察した学院長が直々に動いて巫女を撃退したからだ。それでもって、その際に学院長のパシリもとい協力者として同行していたのがハイメロートであり、イオちゃんなのだ。
その辺の経緯は勿論ハイメロートの報告で把握しているので、ここでは割愛するということだな。
「最初に気に懸かったのは、巫女の容姿でした。黒髪黒目はわたくし共と同じく、東方にルーツを有する証でございます」
「だが、そんな者は探せば腐るほど居る」
多少の引っ掛かりを覚えながらも、私は当然のツッコミを入れる。そんなことを言い出したらそれこそ、主人公ちゃんの友達のノエルちゃんだって黒髪黒目だ。
イオちゃんは頷いて言葉を続ける。
「はい。わたくしが相対した巫女は魂の欠片と言うべき状態でしたが、アビー様……学院長先生曰く、そうであるが故に、外見を偽っている可能性は否定できるとのこと。何故ならば分割した魂を器として、周囲から収奪した無色の魂を注いでの補完を企んだ以上、器に虚飾という不純物を混ぜ込むことは絶対にできないから、だそうで」
「私もつい最近学院長からその手の講釈を聞く機会があったが、魂というのはそういうのを兎角嫌うらしいな」
矛盾、違和、虚飾、とかそういうの。
つまりイオちゃんやハイメロートが目撃した闇の巫女の容姿は、一切の偽りを含まない真実の姿であるということだ。
「となれば、わたくしが目撃した巫女の外見は、教団の実態を掴むための重要な手掛かりとなる可能性があります。わたくしは委細を父上に報告し、該当する人物を探っていただきました」
ちなみに私はその件に関して一切行動を起こしていない。ハイメロートからの報告を受けて『ふーんそっか』って言って終わりである。ハイメロートは私の私兵だし、侯爵家のお役目上で遭遇した事態でもないから、お父様に報告する必要すらないし、していない。何故って私には一切のなんの責任も義務もないし、私が動かずとも学院長が然るべきところに掛け合うであろうからだ。
そういう意味ではイオちゃんも別に義務はないのだが、そこで最初に言った容姿の件があるので、引っ掛かりを覚えて探ってみたということだろう。
「しかし該当の人物は見付かりませんでした。巫女の色彩は特徴的で、客観的に整った容貌は人の記憶に残り易い。そして希少な技能である死霊術の遣い手ともなれば、調査の手掛かりには事欠かないはずですのに」
特に最後の条件が強力だ。
闇の巫女が闇の巫女としてこの世にいきなり生えてきたわけでないのなら、どこかで生まれて育った痕跡があるはずなのだ。死霊術の素養があるということは魂という概念を理解出来るということ。こう言っては悪いが、学院長やキノコちゃんという極端な例ほどではないにしろ、死霊術の遣い手というのは多かれ少なかれ変なヤツであることが多い。
他者には理解出来ない概念が理解出来るということは、他者からは理解出来ない行動をとりがちということに他ならないので。
黒髪の女子で、魔法の素養があり、闇属性が得意で、奇人変人の評あり。
全部でなくとも、二つも該当すれば充分に調べる意味がある。だが王国における東方との窓口であるフレンネル家が調べて痕跡すら見付けられないということは、考えられる可能性は絞られてくる。
闇の巫女はそもそも教団内部で育てられたとかで、一切俗世に痕跡を残しようがない可能性。あるいは、痕跡が辿れないような理由がある可能性。例えば、痕跡が残らないほどに昔の人間である、とか。
「そこでわたくしは学院長先生に助言を乞いました。すると彼女は『おそらく闇の巫女は外見通りの年齢ではない』と仰いました」
何を今更、と思うかもしれないが、これはミスリードでもあったのだ。
前述の魂の姿を偽れない件があるので、目撃された闇の巫女は真実の姿をしている。だが実年齢と外見年齢が一致しているとは限らないというのは、他ならない私が言うことで最強の説得力を発揮する。そうでなくても、例えばドロシーのように肉体が加齢しないという可能性もあるし。
そもそも教団の代行者としてずっと昔から名前聞くやんけ、というのは無意味な指摘だ。代行者が世襲制でないと断ずる根拠などないのだから。
ついでに一応説明しておくと、学院長はバリバリに魂加工して姿も好き勝手に偽っとるやんけという至極当然のツッコミがあるわけだが、彼女のあれはあくまでも『魂を分割して行動可能なように加工している』というだけであり、その肉体は魔力で形作っただけの、早い話が人工のアヴァターみたいなものでしかない。
「学院長が巫女の年齢をそう判断した理由は?」
「御存じの通り、死霊術とはそもそも学院長先生が体系化した技法でございます。しかし、あの時に闇の巫女が行使した死霊術は、学院長が体系化を図る際に蒐集したいくつかの原型の内の一つに酷似していたそうです」
「謂わば『死霊術の原型』か」
原型、あるいは元型とは心理学用語であるが、実はこの概念は魔法モデルを論ずる際に非常に重要だったりする。
語り始めると日が暮れるので置いておくが。
「ええ。そしてこれは学院長先生の主観に過ぎませんが、巫女の行使する死霊術は、学院長が取捨選択の際に選ばなかった原型を元に、進化発展を遂げた技法である可能性が高いと」
「こと死霊術に関する議論であの人の見立てを疑う意味はないな。そして『別系統の死霊術』を確立している巫女が外見通りのティーンエイジャーではあり得ないというのも納得した」
天才だから云々で片付けられる問題ではなく、単純に時間の問題だ。
術理ゴーストを定義するだけで私は主観で一年近くを費やしたのだ。新たな系統を確立するというのはそれだけの試行錯誤を伴う。そうなると、闇の巫女の実年齢はそれこそ学院長と遜色ない可能性すら否定出来ない。
「そしてわたくしは、何かのヒントが得られれば、と思い、闇の巫女がわたくしに告げた言葉の内容を学院長先生に説明したのですが……これが思いもよらない結果を招きました」
「うん?」
「あの時、至近距離に居た学院長先生も当然巫女の言葉を聞いていたモノと判断していたのですが、実は、それはわたくしにしか聞こえていなかったのです」
横で聞いていたものと思っていたので当時は敢えて確認もしなかったが、改めて『あの時巫女がこんなこと言ってたよね~』みたいな話をしてみたら、学院長が『なにそれ知らんのやけど』と予想外の反応をしたということか。
「闇の巫女は、わたくしの魂を綺麗だと評し、これを『獲る』と告げたのです」
ですが、とイオちゃんは硬い表情で言う。
「それについて学院長先生は即座に断じたのです……――あり得ない、と」




