283話_side_Pr_フレンネル伯爵家_霊原
~"転生令嬢"プリムローズ~
風でも殴ってる気分だ。
片っ端から攻撃をいなされて、まるで手応えがない。
剣の達人と風魔法が合わさるとこういう化学変化を起こすわけか。フレンネル伯爵はイオちゃんのパパ上だから、当然といえば当然なのだけど、その戦法には既視感がある。
率直に言って、原作終盤のイオちゃん味が凄い。伯爵がイオちゃんに似ているわけではなくて逆なのはわかっているけど、私にとって『フレンネルの剣士』といえば即ちイオちゃんだから。
原作知識がうろ覚えな私だけど、終盤のほうが比較的よく覚えているのは確かだ。原作終盤のイオちゃんって、所謂『SAMURAI』と『NINJA』を足して二で割ったような戦い方してたもんなぁ。『侍』じゃなくて『SAMURAI』だし、『忍者』でもなく『NINJA』である、といえばなんとなく伝わるだろうか。そこをいくと伯爵はイオちゃんみたいな『なんちゃって抜刀術』は使わないから、まだしも胡散臭さは控えめである。
いや、イオちゃんが胡散臭いと言いたいわけではなくてね。ほら抜刀術特有の漫画表現みたいなの、あるじゃん。
物理法則に喧嘩売ってるとんでも剣術のくせに、悔しいけどかっこいいんだよなぁ。
またつまらぬものをきってしまった(イケボ)……、みたいな。
それはさておき。
スメラギさんとやらの情報について、イオちゃんに何か心当たりがあればいいなぁ程度の期待で送り出したお手紙であったが、これがまさかの大当たりを引いたようだ。なにせ、裏社会においては一種の禁足地であるとすら言われる『フレンネルの霊原』にて、伯爵夫妻が揃ってお出迎えと来た。ここまで来るとむしろ、どんな話が出てくるのか恐ろしくすらある。
ちなみに、霊原が裏社会で禁足地扱いされているのは単純に、未だかつて侵入して無事に帰ってきた者が居ないから、である。
つまり、それほどに重大な情報をただで教えてもらえるとは私だって考えちゃいないし、私がそれを知るに値する存在であるか伯爵が見定めるために剣を合わせることが必要であると言うならば、やぶさかではない。
もし私が伯爵の眼鏡に適わなければ、その時は穏便に帰らせてくれるなどという甘い幻想は端から抱いていない。ある程度の実力を示さなくては、待っているのは口封じの未来だけだ。まあフレンネルなので、そうそう無体な真似はされないとは思うが、それにしては周辺に潜伏している複数の隠密らしき気配が不穏に過ぎる。
私はあくまでも情報提供を乞う立場なので、結局は伯爵の課す試練を乗り越えて価値を示すしかないのである。
尤も、とは言え私としては手の内はなるべく秘匿したいので、このアヴァターを見せただけでも出血大サービスも良いところなのだが、
「どうだい閣下、満足したか?」
意訳、このくらいで勘弁してくれませんか?である。
私の問い掛けに、伯爵は太太しい笑みを浮かべて見せた。
「まさか。漸く身体が温まってきたところだ」
あっそう。
強面のせいで、笑顔が凶悪過ぎるんよなぁ。
ていうかなんとなくそんな気はしてたけども、この人、戦闘狂の気があるな。たぶんこの立ち合いも半分くらいは伯爵の趣味である気がしてならない。手段として斬り合いを選ぶっていうところがね。
なお、この戦闘狂の気風は実のところイオちゃんにもしっかりと受け継がれていると私は思う。イオちゃんって無闇に力を振りかざすことはしないけれど、いざ剣を握るとそれはもう活き活きしてるもんね。
なんかもう真面目に伯爵閣下を叩き潰すのが一番正解な気もしてきた。
彼に認められるために一番手っ取り早いのって、たぶんそれだよね。
つって、それが簡単に出来れば苦労はしないって話だ。殺し合いではないから形振りに構わざるを得ないし、手の内を見せ過ぎるわけにはいかないから取り得る戦法も限られる。霊原を荒らすわけにもいかないから、攻撃の規模には常に気を遣うし……。
いわば、いくつもの枷をセルフで課した状態で、フレンネル伯爵という精強な武人に負けを認めさせなくてはならない。
改めて、フレンネル伯爵という戦闘者を観察する。
刀身だけで四尺はありそうな重厚な野太刀を片手に、もう片方の手には盾に見立てた鞘を握って振るうという変則的な二刀流スタイル。いかに伯爵が大柄な男で鍛えられた体格をしているとはいえ、身体強化魔法の補助無くしてあの戦法は成立しまい。
魔法使いが戦闘行動を行う際に、使用する魔法には『選択魔法』と『常駐魔法』がある。前者は単純に、その都度で術者が選んで発動する魔法のことだ。後者は私で言うところの『白魔礼装』のようなものを示す、常に効果を発揮し続ける魔法のこと。常駐魔法は複数展開することも可能だが、当然数が増える程に維持する難度は上がるし、消費する魔力も多くなる。
そして肉体派の魔法使いが好む常駐魔法として、最もポピュラーと言えるのが身体強化魔法である。更に言えばその中でも筋力強化。伯爵も例に漏れず身体強化を常駐させているのは前述の通りだが、私が見るに彼が常駐させている魔法はもう一つある。
風だ。
彼が自ずから風を吹かせているのか、自然に吹く風を利用しているのかはわからないが、この戦場を取り巻くあらゆる風が伯爵の認識下にあるのだ。厳密に表現すれば、風になり得ない空気の流動や、ほんの些細な波ですら、おそらく彼は認識している。
これが意味するところとは、伯爵は風が届く範囲全てを知覚することが可能な、特殊な触覚を有しているということ。ほぼ間違いなく、伯爵は仮に両目を閉じていたとしても、先程までとまったく同じ攻防をこなすことが出来る。空気の動きを身体全体で知覚し、それが他の感覚器官を凌駕するほどの精度を有しているのだ。
何故、私がこの短時間の立ち合いでそこまで看破しているのかというと、同じのを知っているから。
私にとって最も身近なところに、実は伯爵と同じ人種――即ち、卓越した風魔法使いの剣士という存在が居るのだ。
誰あろう、ハイメロートのことである。
ヤツの場合は魔剣をおいそれと抜くことが出来ない都合上、その手で剣を振るう機会こそ少ないが、それでも間違いなく剣士なのだ。そんでもってヤツも常駐魔法として空間把握のための風魔法を纏うのである。
ただ、面白いのはそこまで条件が似通っているのに、伯爵とハイメロートはその戦術の傾向が真逆であることだ。
伯爵のそれは、謂わば『融和』である。
戦場を取り巻く空気の流れの中に融け込み、己を風となさしめ、あらゆる全てを受け流し、押し流す。
対するハイメロートのそれは『支配』であると言えよう。
戦場を取り巻く空気の流れを掌握し、奏者として君臨し、あらゆる全てを圧し潰し、消し飛ばす。
「……ハイメロートね」
ふと、思い立つ。
良い機会だし、試してみよう。
私は光翼を畳むと石舞台の上に降り立ち、片手に氷の剣を生み出す。たかが氷とはいえ、私の時間属性による不変の停滞を付与された氷は融解しないし砕けない。そこいらの鉄剣よりも余程頑丈であるが、ウェイトに乏しいので打ち合いには向かない。斬り裂くことに特化した細剣である。
僅かに腰を落とし、半身を切り、両手で握った氷剣を上段に構え、そして切っ先を伯爵へと向ける。
「ほう……」
私の構えを見て取った伯爵は興味深そうに、というより嬉しそうに口元を緩めた。
そして応じるように、片手の鞘をその場に置いて野太刀を両手で握った。同じく上段に構え、しかし切っ先は天を向いている。
前世の聞きかじりの知識で表現するならば、私のそれは『霞の構え』。対する伯爵は『八双の構え』だ。
いや、正確にはこれは私の構えではない。
ハイメロートの構えだ。
私は彼の剣技を自身で再現しているのだ。見様見真似と侮ることなかれ、こと『経験を再現する』という事象においては私の右に出る者は居ない。何故ならば私とはそういう生き物であるから。
無論、目で見たもの触れたものをなんでもかんでも再現出来るわけじゃない。私が再現出来るのは、あくまでも私自身が実現したことだけ。マイナス方向の時間使いである私は、私自身の経験を遡行することで寸分違わず同じことが出来る。
だからこれは、私がかつて使ったハイメロートの剣技を再現しているに過ぎない。
私に剣の才能なんてない。
では、どうしたのか。
簡単である。
私が握った『魔剣ハイメロート』が、私の身体を使って剣を振ったのだ。
「中々どうして、堂に入った構えを取る」
「童女の道楽と侮らないことだ」
増々楽し気に笑みを深める伯爵に、私は冷たく釘を刺す。
まだまだ完成度の低い技法であるのは否めない。私はハイメロートを使いこなせていないし、ハイメロートも私を使いこなせていない。そしてなによりこの場にはハイメロートが居ない。私がただ、半人前の再現をしているだけだ。
だが、それでもこの剣はきっと伯爵に届く。
それは、最近私の鍛錬に付き合ってくれていたベルさんの実力が保証してくれている。
「侮るものか」
伯爵はそう呟くと、握った野太刀に魔力の風を纏わせる。渦を巻いて集束する轟風が、ただでさえ長大な刀身を肥大化させて巨大な揺らぎの刃を織り上げる。イオちゃんがジークリンデ先輩との決戦で使っていた斬撃強化の魔法だろう。
彼我の距離は遠い。
剣の間合いではない。
否。
剣士の間合いではない。
だが、魔剣士の間合いである。
動けば、即、交叉する。一刀足で斬り裂ける距離だ。
「ふー……」
浅く、細く息を吐き。
私の背の光翼が、鱗粉のように白い輝きを降らせる。けぶりながら石舞台に落ちて広がったそれは、凝縮された冷気だ。周囲の温度が急激に低下し、固唾をのんで見守るイオちゃん達の息が凝り、ヴェルメリオの毛並みがもっさりと膨らんだ。
微かに眉を顰めた伯爵が、それでも嬉しそうに言う。
「考えるものだ」
「小細工だが、効くだろう?」
氷魔法の最も恐ろしい効果とは、白く世界を染め上げる無慈悲な寒気である。
ただ、短期的に見れば単に寒いだけ、だ。
しかしながら、伯爵のような魔法使いにとっては、とても効率的な嫌がらせとなる。空気の動きを肌で読み取る伯爵にとって、肌感覚を鈍らせる寒気は歓迎すべきものではなかろう。
伯爵の動きを鈍らせるというよりは、私の挙動を息遣いから悟らせないための小細工である。
あとは、斬るだけ。
踏み込むだけだ。
「いざ――――」
「――――尋常に」
「「しょ「はいそこまで♪」――――は?」」
降って湧いた声に、私と伯爵の間抜けな呟きが唱和した。
その時、起きたことだけを語ろう。
滝の如く降り注いだ桜の花びらが、上空から伯爵を襲撃した。
まるで花吹雪の笊をさかさまにぶちまけたかのような有様であった。擬音を付けるのならば『ぼふっ!』である。八双に構えた伯爵の身体は、瞬く間に桜色に飲み込まれて見えなくなった。
下手人は考えるまでもなく、イオちゃんの横でにこにこしている伯爵夫人だろう。
気付けば彼女は片手に大きな扇を手にしていて、それを優雅にふりふりすると後から後から桜吹雪もとい桜雪崩が降り注いで伯爵をピンクに染めていく。
「何をするんだ」
大部分は流れ落ちたが所々付着した花びらのせいでだいぶ華やかな装いになってしまった伯爵が憮然と言う。
すると夫人はパン!と扇を閉じる。
「いけませんわ旦那様。彼女の実力を見るだけならば、もう充分に御座いましょう?」
「いや、しかし」
「ここまでは義務。ここからは趣味ですのよ。趣味に没頭する殿方も魅力的ですが、時と場合を弁えてくださいまし」
「むぅ……だが」
「だがでは御座いません。そもそも、彼女の実力を試すと旦那様が仰るので、わたくしは見守ることにしましたのよ。ですが、おかしいですわ。どう見ても腕試しの範疇を逸脱しているように思えましたが」
「それは、これほどに腕の立つ相手に下手な加減など」
「語るに落ちているではありませんか旦那様。それが判断出来たのなら目的を達しているでしょうに。だいたい、相手はイオちゃんと同年の女性であるとお忘れではありませんこと?大事なお顔に傷でもこさえてしまったらどう申し開きするおつもりですか。それから――」
おおう、戦闘狂も威厳も形無しではないか。
やっぱ奥さんには勝てへんのやな。
くどくどとお説教モードに入ってしまった夫人を戦々恐々と見遣りつつ、私はヴェルメリオをちょいちょいと手招きすると、駆け寄ってきた子犬の彼女をひょいと抱えあげた。そしてそのままイオちゃん達の元まで移動すると、徐にわんこを差し出す。
「これを持っておくといい」
「あい」
きょとんとしているイオちゃんに無理矢理ヴェルメリオを抱かせる。
「気温を下げてしまったからな。ぬくいぞ」
「あい」
とりあえず、お腹が冷えたら大変だからね!




