補完[おつかいわんこ-2]
ソシエ・ロア・イストリ子爵令嬢は流石に困惑していた。
イオへの手土産の花を買いに行ったメイドのクオレが、何故か子犬を連れて帰ってきたからだ。
「ええと……貴女は確か、アシュタルテ様の」
「べるめりお」
「あっはい」
そうそう、そんな名前のわんこだった。あまり詳しいことは知らないが、アシュタルテ侯爵令嬢プリムローズの飼い犬(比喩表現)であるということくらいは知っている。
とりあえずイストリ家の別邸にあるソシエの私室に招き入れて、事情を訊いてみることにする。一応人目を忍ぶ密命を帯びているとかなんとからしいので、室内は人払いを済ませてソシエとクオレ、そしてヴェルメリオの三人だけである。
尤も、ヴェルメリオのことを知らない他の使用人などにしてみれば、クオレがどこぞで犬を拾ってきたとしか思われないだろうが。
「クオレ……これは一体?」
幼いヴェルメリオと無口なクオレ、どちらに事情を訊くのが適当かと苦悩したソシエは、僅差で軍配が上がったメイドのほうへと問い掛けた。普通に考えて既にクオレがヴェルメリオからある程度の事情を訊いたうえでこの場に案内しているはずだからである。
ソシエが幼い頃からの専属メイドは、任せろとばかりに片手に持った花籠を掲げて見せた。
「…………(むふー)」
いやそんな『ちゃんと目的の物は手に入れていますぜ』みたいなことを主張されても、とソシエは呆れる。それが訊きたいのではなくて。
ちなみに手土産に花を選ぶのはイオの元を訪れる際の所謂お約束なのである。イオという少女は元来風雅を愛し、花を愛でる気性の持ち主なのだが、ここ最近は少しばかり変わった事情も加わった。というのも、学院に入って憧れのプリムローズと再会を果たしたイオは、ただでさえ並々ならぬものであったかのご令嬢へのリスペクトを増々強め、結果として彼女の流儀を模倣することがマイブームになっている様子なのだ。
ソシエから見たプリムローズという少女は非常に卓越した魔法使いであると同時に、魔法という技能そのものへの深い造詣を有する探究者であり、そして機能のみならず様式にも拘りを忘れない芸術家でもある。早い話が、魔法を使う際のビジュアル的な効果をも非常に重視するのだ。そんなプリムローズの影響を多分に受けたイオの当面の目標は、ずばり『魔法を使う時に副次効果として花を咲かせること』である。プリムローズの最も得意とする凍結魔法は、ただ単に対象を凍らせるのではなく、花を象った優雅な氷像に対象を閉じ込める。そういうのがやりたいのだ。
というわけで想像力を鍛えるためにイオは常に新鮮で斬新な花を求めている。元々イオは花が好きなので、贈り物としては定番ではあったが、最近は嗜好と実利が一致した結果これまでにも増してということだ。
しかしながら、一般的な基準で比較すれば現状でも充分に優秀な魔法使いであると言えるイオですら思うように実現出来ていないだけあって、魔法に随意の副次効果を持たせるというのは並大抵のことではない。そもそも魔法モデルというものが難解極まるのだから、それを好きなようにカスタマイズ出来る人間のほうが珍しいのである。プリムローズというバケモノ令嬢が規格外なだけだ。
戦術的なアドバンテージが殆ど存在しないものにそこまで心血を注ぐ意味があるのか、とイオに訊いてみたことがある。すると、
『視覚的な威とは、充分に有効なアドバンテージですよ』
と尤もらしい答えが返って来た。要するに、見た目でビビらせることが出来れば、それは立派な戦術的アドバンテージなのだと。
成程なぁ、とソシエは感心し、己の凝り固まった価値観と浅慮を恥じた。
それから機会があった時にプリムローズにも同様の質問をしてみたことがある。きっとイオ様と同じような答えが返ってくるのだろうな、となんとなく予感しつつも返答を待ったソシエに、彼女は至極当然といった風にこう言ったのだ。
『カッコイイだろうが』
成程なぁ、とソシエは感心し、凄い人はやっぱり考え方も普通じゃないなと理解を諦めた。
だいぶ話が逸れたが、つまりそんなプリムローズの子飼いの戦力が、今目の前に居るヴェルメリオという子犬(少女?)であるわけだ。
「ヴェルメリオさん、貴女は何しにここへ?」
喋らないクオレに訊こうとしたのが間違いだった、とソシエは改めてヴェルメリオに問い掛ける。
ちなみにヴェルメリオは子犬の姿をしているが、これはアヴァターらしいので本来は人間だ。なので客人を床に座らせておくのもどうかと思ったソシエは自分の椅子をすすめておいた。クッションの効いたふかふかの椅子の上にちょこんと子犬のまま鎮座したヴェルメリオは、いやそこはアヴァター解除して座るんじゃないのか、と肩透かしを食らうソシエを他所にそこはかとなく満足そうでなによりである。
「べるは、ふえんねるのイオさまに、あるじさまからのおてがみをとどけにきた」
「増えん寝る……ああはい、つまりイオ様にお目通り願いたいということでしょうか?」
「ん。ひみつのおてがみだから、こっそりわたしたい」
「何故秘密なのですか?露見してはマズい類の手紙なのですか?」
無論、対外的にはフレンネル家とアシュタルテ家の令嬢同士が親密であると知られるわけにはいかないので、ことがプリムローズからイオへの私文であれば公に出来ない事情は理解出来る。だが、そうであればヴェルメリオは既に目的を達成している。ソシエに渡せばいいのだから。そうでなく、ヴェルメリオは自身の手でイオに渡す必要があると訴えているのだ。
つまり、それだけ重要なものなのだ。
これはヴェルメリオを秘密裏にフレンネル家に潜入させる手伝いをして欲しいという依頼に他ならないので、ソシエとしても慎重にならざるを得ない。プリムローズのことは信頼に値すると思っているが、だから確認もせずに通すという選択肢はない。
「ちなみに、ボクが代わりにイオ様にお届けするのではダメなんですか?」
「だめ。おてがみは暗号化されてるから、べるがいないとよめない」
ヴェルメリオの背後に離れて控えていたクオレも、これには顔色を変えた。
ソシエもまた内心で呻る。暗号化が施された手紙となると、ますます重要度が増す。むしろ不穏な気配すら漂ってくる。となれば、この場でソシエが手紙を読んで内容をイオに伝えるというのはどうだろうか、とソシエはダメ元で提案してみる。
「んー……だめでない。でも、あるじさまは『こととしだいによってはふえんねるの内情にかかわる』って言ってた。だからたぶん、さいしょによむのはイオさまがいい。そこからはイオさまが決めればいい」
「そこまでのことか…………急ぎですか?」
訊けば訊くほど、軽々しく扱える話ではなくなってきてソシエは頭を抱えたくなった。ヴェルメリオを連れてきたクオレもここまでの事態は想像していなかったようで、なんとも言えない渋面をしている。
どう考えても緊急の案件だ。
もしかすると一刻を争うのかもしれない、と思ってソシエが確認のつもりで問うと、ヴェルメリオは案の定頷いて見せる。
「わかりました。どの道ボクはこれからイオ様の元に行くので、一緒に行きましょう」
「あい。おんにきる」
……余談であるが、ソシエがどの道イオに会うのであれば、無理をしてヴェルメリオを連れて行かずとも、彼女はここに待たせておいてソシエがイオに事情を話して来てもらえば良いだけのことなのだが、ことの重大さに焦るソシエは終ぞ思い至らなかった。
ついでに余談だが、ソシエの『急ぎか』という問いに対して大真面目に頷いたヴェルメリオは、実のところプリムローズの手紙が急ぎの案件であるかどうかまでは知らない。というよりプリムローズが至急と言い含めなかった時点で緊急ではないと判断している。勿論早いに越したことはないとも判断しているが。だというのにソシエの問いに頷いたのは、偏に早く依頼をこなして主様の元に戻り、存分に褒めてもらいたいからであった。
さて、方針は決まったが、問題はどうやってヴェルメリオをフレンネル家の内側に秘密裏に導くのかである。
ソシエが何を命じるまでもなく、妙案がある様子のクオレが部屋を出て行って、ある物を手にしてすぐに戻ってきた。
「ボクの通学鞄じゃないか」
学院で普段使いしているソシエのリュックだ。令嬢の学生鞄は手提げタイプが主流だが、ソシエはいざという時に両手が塞がっていると即応出来ないのが嫌で、入学当初からリュックタイプの鞄を愛用している。
普段は教本や筆記用具が詰まっているそのリュックは休暇中の今、当然のように空っぽだ。クオレはリュックの口を開くと、しゃがみ込んでヴェルメリオを手招きした。
「えぇ……まさかその中に入れと?」
ソシエが半眼を向けると、クオレはこころなしか得意げな表情で頷いた。自らの名案を疑っていないようだ。
いかにヴェルメリオが子犬の姿をしているとはいえ、他家の密使に対する扱いとしてあんまりなのではとソシエは思うのだが、当のヴェルメリオはむしろ尻尾をふりふりしながらご機嫌にリュックの中に突っ込んでいった。
しばらくもごもごとポジションを確かめると、最終的にリュックの口からもふっと頭だけを出した。
「……収まりが良さそうで何よりです」
「あい」
まあ実際、体面というものを気にしなければ悪くないアイデアではある。フレンネル家に入るためには橋と正門の検問を通過しなければならないが、外部の人間はともかくとして、代々フレンネル家の従者家系であるイストリ家のソシエは基本的に顔パスだ。余程変な時間に訪れない限りは用件を訊かれることもない。持ち込む荷物にしたって変わった物を持っていれば見咎められるだろうが、通学用の鞄をわざわざ調べられもしないだろう。中身を訊かれたら休暇中の課題をイオやレキと一緒に片付けるつもりなのだとか言っておけばいいのだ。
フレンネル家からイストリ家への信頼を逆手に取るようで若干心苦しいが、なにも悪事を企んでいるわけではないのだから、とソシエは自分に言い聞かせる。
「では、出発するので、動かないようにお願いします」
「わかった」
「良いと言うまで顔を出してはダメですよ」
ヴェルメリオの体温でほんのりと暖かいリュックを背負うと、ソシエはクオレを連れてフレンネル家へと向かった。
なお、イストリ別邸の門扉から橋まで徒歩五分の距離である。




