277話_side_Dor_バッヘル領_宿
~"訳ありメイド"ドロシー~
宿の部屋に戻ると、何故かベッドがこんもりと膨らんでいた。
真っ白いシーツで包まれた謎の団子である。
あまりにも理解不能の光景に、ボクは立ち尽くすしかない。
「姉さん。今度はなんの遊びですか?」
声を掛けたくないけど、声を掛けないと始まらないので、仕方なしに呼び掛ける。スレイの奇行には慣れたと思っていたが、ボクはまだコイツの奇人っぷりを見縊っていたようだ。
ボクの声に反応して、シーツ団子の一部から金髪の頭がにゅっと出る。
「失礼ね。私は悩んでるのよ」
「随分とエキセントリックな苦悩の仕方ですね」
「聞いて。最初は普通にベッドに座って考えていたの。でちょっと身体を投げ出したくなったから寝転がってみたの。そして私は画期的なことに気付いたのよ」
究極的にどうでもいいけど、とりあえずその体勢をやめろと言いたい。シーツ団子から頭だけ出た状態で真顔になるな。
「このベッド、普段はリスティが使ってる場所よね」
「そうですね」
「つまりこのベッドでシーツに包まれることは、間接的にリスティに抱き締められていることと同義なのでは」
「頭湧いてんのか」
おっといけない。つい地が出てしまった。
「夢を壊して申し訳ありませんけど、従業員の清掃が入ってますから私が寝た時のシーツではありませんよ」
「それは盲点だったわ」
「大丈夫ですか。色々と」
「私は元気よ」
スレイはもそもそとベッドから脱出すると、立ち上がって身体を解すように伸びをした。
室内なのでインナーとホットパンツだけの軽装姿だ。彼女が適当そうにパチンと指を鳴らすと、団子になっていたシーツはまるでベッドメイク直後みたいな状態に一瞬で整えられた。
出たな謎魔法。
「で、なにをそれほど悩んでいたのです?」
ボクは鏡台の椅子を引き出して腰掛けると、スレイに改めて水を向ける。
スレイは今の今まで寝転がっていたベッドの上に今度はやけに上品な所作で腰を下ろす。ちなみにスレイは生粋の侯爵令嬢なわけで、こっちの無駄に品がある振舞いと普段の変人ムーブのどちらがコイツの素なのか、未だにわかりかねている。
「ねえリスティ、ベルさんの正体知ってる?」
「知ってますよ」
接触してくる人間すべての素性を調べていたらキリがないし時間も手も足りないので、怪しいところがなければ敢えて調査をしようとは思わない。ベルに関しては素性を隠しているのが胡散臭いと言えばそうなのだが、別に後ろ暗いものは感じなかった。というのも、訊けば教えてくれる程度だろうから。何か事情があって本名を明かしたくないようなので、こちらも訊かなかったというだけ。
なのでボクがベルの正体を知ったのは調べたからではなく、本命の調査を行っている最中に裏でギルド職員が会話してるのを小耳に挟んだだけだ。受付嬢はライセンスを確認出来るから、その都合で知り得た情報を話のタネにしていたのだろう。
そしてこのスタンスはスレイにも共通のものだったはずだ。言い方は悪いが、ボク達にとってはベルの正体は別にどうでもいいのだ。なので彼女の正体が知れたところで「ふーん」としか思わないし、スレイも同じ反応をすると思っていたが。
「答え合わせ……いえ、ヒントだけちょうだい」
「はあ?」
「彼女の本名って『I』から始まって、有名どころのAランククランの所属で、しかも伯爵夫人だったりする?」
「それもう答えじゃないですか」
賭けても良いけど、その条件に合致する人間ってこの世にベルしか居ないぞ。
「イザベル・アーデ・ダンクーガさんですよ。現英雄伯爵の伴侶です」
「うわぁ……てことはやっぱりルークくんのお母さんかぁ」
そういえば、ベルの息子のルークとプリムローズはエンディミオンの同級生なのか。ボクは息子のほうとは面識がないが、スレイのこの反応を見る限りは彼女のほうはそれなりに縁があるのだろうな。
スレイは項垂れて重苦しい溜息を吐いた。
「ベルさんが英雄伯家だとなにか問題があるのですか?」
「問題というか、とにかく気まずいのよね」
「なんでまた」
高位の貴族同士、なんらかの因縁でもあるのだろうかと思い返すも、アシュタルテ侯爵家とダンクーガ英雄伯家にはそもそも交流らしい交流もなかったはずだ。
「あのね……実はつい最近、ルークくんを殺そうとした前科がございまして」
「えぇ……なにしてるんですか」
「いや、未遂よ?魔法はぶちかましたけど怪我はさせてないし、別に彼個人と敵対する理由もないんだけど」
事情を訊いてみると、どうやらスレイがとある女子学生と対立したことが原因らしい。コイツが殺害を試みた相手はそのとある女子学生であり、ルークはそれを阻止するために割って入ったという経緯だ。ただし立ち位置的にはルークはとある女子学生の味方であり、つまりスレイとは敵対関係だ。
学院の同級生に対して殺害を試みる程の事情ということは、生半可なことではないのだろう。とりあえず現状は一旦矛を収めている状況らしいが、なんら根本的な解決には至っていないという。
即ち、状況によっては再びスレイがルークを殺そうとする可能性があるということだ。
「それは気まずいですね」
ボク等のような裏家業の人間であっても、良心とか罪悪感とか、ないわけじゃない。ない奴も居るけど、ボクにはあるし、スレイにもあるだろう。
そういうのに絆されて目標に手を下せなくなったりしたら最悪だし、そうでないとしても心に負債を抱えるだけになるのがわかりきっているのだから、手を下す可能性が少しでも予期される相手とは必要以上に関わらないに限る。
「まあ、ベルさんへの対応は姉さんに任せますけど、目的を見失うことのないようにお願いしますよ」
「はぁー……」
クソでか溜息を吐きたくなる気持ちはわかるが、割り切るしかないね。ボクも口ではこう言ったが、結局のところ気まずかろうがなんだろうが、そんなのは仮面の下にでも仕舞っておいて素知らぬ顔で行動するしかないのである。
だから実のところスレイは別に悩んでなどいなくて、この会話は単なる愚痴でしかない。
「ただ、実際ベルさんといつまで行動を共にするのかという話はありますね」
ベルのクランメンバーがここに到着したら、彼女はそちらと行動することになるだろう。それが討伐者としての活動であるならば、ボク達とのパーティーもそのまま継続というのはあり得ない話ではない。というかベルはたぶんそのつもりで居ると思う。現状三人しか居ないのだから、定員まで空きしかない。
そしたらあとは、ボク達がいつまでここに居るのかということだ。
「それなんだけど、ヴェルメリオが持ってくる情報次第ではあるけど、今のところは『あと一箇所』だけ調査をしたらここを離れるつもりでいるわ」
まあ妥当なところだろう。このバッヘル支部近傍の黒い森では『宵の霊薬』の関与が疑われる事象は発生していないようだし、調べた限りでは教団の影もない。というか、当初の想定では『なにも見付からなかったね次行こうか』で早々にここを発つとばかり思っていたのだが。
そうならなかったのは、無視するにはあまりにも不審過ぎるファクターが現れてしまったからだ。
マンティス種討伐に貢献した後忽然と姿を消したというスメラギなる人物のことだ。ボクの依頼主であるスレイが、このスメラギの正体を確かめたいと主張しているため、こうして調査を続けているのだ。今となっては周囲への印象付けも充分で、役割分担として陽動を行う意義も薄れてきたので、ここのところはスレイも積極的に調査に動いているようである。
「マンティス種出現の報があった日から向こう三日間、黒い森からギルド支部への結界を通過した討伐者を全員確認したわ。その中にスメラギと思しき人物は居なかった。私の目を欺くレベルの実力者でなければ、という前提だけどね」
「そこは疑ってませんよ。しかしよく調べられましたね」
「情報の管理がアナクロだからね。造作もなかったわ」
こともなげにスレイは言うが、だからこそ難しいのだとわかっているのだろうか。
ギルド支部を基点として黒い森を覆うように構築された結界陣地は、通過するためにライセンスカードを要求してくる。ライセンス登録をしていてもカードを携帯していないと結界を通過出来ず、その場合は不正なアクセスと判断されて警報が発せられるはずだ。この結界の一番の目的は当然、黒い森から侵攻してくる魔物を外へと出さないことであるが、それと同時に黒い森の魔界資源を狙う密猟者の類の侵入を防止するものでもある。
結界は通過したライセンスカードを常に記憶している。ただし、これは基本的に記録に残るものではなく、飽くまでもテンポラリなデータでしかない。大規模な支部とかだと設備が魔法化されているので全ての記録を自動でデータベース化して魔法具に保存しているのかもしれないが、バッヘル支部ではそのための設備も人員も不足しているので、日々の記録は古いものから消えるに任せている状態だ。そこから重要度の高いものだけを手作業でピックアップして別途保存しているということ。スレイはアナクロと評したが、これでも情報管理という意味では結構頑張っているほうである。
スレイがしたことは、そのテンポラリな情報が消えてしまう前になんらかの手段で確認し、そして件の期間に結界を通過した形跡のある討伐者を一人一人直接確認して回ったということだ。スメラギが名乗った名前が偽名で、新米二人が目撃した外見も偽装だとしたら、スレイが調べた討伐者の中にスメラギの正体が存在しているはずである。
結果としてその予想は外れたようだ。つまりスレイが確認した人物はその誰もが能力的ないし状況的にスメラギの正体ではあり得ないと判断されたのだ。大半は地元の討伐者だろうから、その判断自体は然程難しいものではない。
アナクロな情報を精査するのが難しいのは、単純に膨大な『時間』と『手間』が必要になるからだ。スレイが確認したのはたった三日間のことだけ。その間に結界を通過した人物は被りもあるだろうから、多く見積もっても三桁はいかないだろう。だがそれをスレイ独りで全て照会して回ったのだとすれば、普通に話がおかしい。
「姉さんの時計は、一日が百時間くらいあるのですか?」
「もっとあるわよ」
真面に答える気は無いってことね。
ともかく、スレイの調査結果が示す一つの可能性とは、つまりスメラギはマンティス種討伐後に黒い森から帰還していない。くたばっていなければ、まだ森のどこかに潜伏しているということだ。
となればスレイが言った『あと一箇所』がどこを指しているのかは自然と明らかだ。
「森の最奥部……魔界との接点ですね」
「そうよ」
黒い森がその最奥、つまり中心部で魔界と繋がっているというのは今更説明するまでもない常識であるが、実はその実態はあまり知られていない。というのも、例え規模の小さい森であったとしても、魔界との接点は危険度が段違いに高い。そこは人間界と魔界の法則が入り混じる場所であり、物理よりも術理が支配的に働く場所でもある。その空間を構成するあらゆる全てが向こう側の法則に侵食されていて、人間に対してどんな影響が出るのかもわからない。
当然、出現し得る魔物の強力さも段違いだ。魔物が魔界からこちらへと侵攻してくるためには一種の転移門である黒い森を利用する必要があるが、ここで森の規模と通行可能な魔物の規模は比例するとされる。物理的な意味ではなく、術理的ないし概念的な意味でだ。簡単に言えば、規模の大きい森であるほどに強力な魔物が通行可能であるということ。逆に言えば、接点であるそこまでは、森の規模によらずどんな魔物が出てきてもおかしくないのだ。厄介なことに黒い森の中心部はどこからが魔界と言えるのかわからないので、どこから危険度が跳ね上がるのかもわからない。
そんなわけで、ただ調査をするだけでも命懸けどころか決死行になりかねないので、黒い森の中心部の調査は遅々として進んでいない。
「ちなみに姉さんは魔界に行ったことは?」
先に言っておくが、冗談だ。あるわけがない。
「一度だけあるわ」
「…………」
「なにその顔」
え。マジでなんなのコイツ。
頭おかしいのか。
「別になにしてきたわけでもないわ。マリアと一緒に落っこちて、一晩潜伏して転移で帰ってきただけだもの。碌に観光もできなかったのが心残りね」
「どこまでが冗談ですか?」
ボクの呟きにスレイは肩を竦めた。
普段はくだらないことでボクに得意げな顔を見せてリアクションを求めてくるくせして、こういう本当に凄いことをしている時はむしろあっさりと流すのはなんなのだろうか。
どうせ、冗談抜きの全部事実なのだろう。
ただ、ということは、である。
「一応、スメラギさんが潜伏している可能性があり得るということですね」
「少なくとも人間が生存可能な環境ではある。そもそも魔王討伐で勇者御一行が魔界に乗り込んでるはずだから、考えてみれば当たり前だけど」
魔王を討った勇者パーティーの人間や、目の前のスレイを『種族:人間』に含めていいのかどうかは議論の余地があるとボクは思う。
ちなみにだが、スメラギが転移魔法の遣い手で、それによって既に森を脱しているという可能性はおそらくない。何故ならば森を囲むギルドの結界には当然のように転移魔法を検知する機能があるからだ。転移魔法というのは発動を妨害することは非常に難しいのだが、発動を検知することだけならば然程難しくない。転移で現れる際には先進魔力が検出されるし、転移で去った際には同様に残留魔力が検出される。どちらも特有の波形を描くので事前に網を張っておけば見分けるのは容易だ。
先述した結界の存在意義を考えた時、転移による通行を警戒しないわけがない。そして勿論、ここ最近で黒い森の内外を転移魔法で行き来した存在は確認されていない。
「流石にベルさんを連れていくわけにはいかないから、私とリスティだけで行くことになるわ」
「わかりました。となるとベルさんのお仲間が到着した後くらいが決行時期として妥当でしょうか」
「ええ。そのつもり。タイミングが合えばヴェルメリオも連れて行こうかしら」
「あの子も討伐者ライセンスを?」
「勿論持ってるし、かなり強いわよ?」
それは頼もしいことだ。
希望を言えば、是非ともスレイとヴェルメリオの二人だけで行って欲しいところである。仕事だからやるけれども。
そう。仕事だから、報酬を貰えるのだからやる。それがボクのスタンスだ。
だけれど同時に、疑問を覚えたら確認したいのがボクでもある。
「姉さん、一つ訊いてもいいですか」
ボクの言葉に、スレイは小首を傾げて視線で先を促した。
「それほどまでにスメラギさんの正体に拘る理由はなんなのですか?」
根本的な話をすれば、ボクは実はスメラギという人物がそもそも存在していない可能性すらあると思っている。何故ならば件の人物と接触したのは新米討伐者の二人だけであり、彼等の証言だけがスメラギを形作る要素だからだ。あの二人だけでマンティス種を討伐出来たとは思わないし、子供の狂言と断ずるにはスメラギの特徴が具体的過ぎるので、第三者から何らかの干渉があったのは確かだろう。だけど可能性の話をすればキリがない。スメラギというのが誰かのアヴァターである可能性もあるし、実態のない幻影だった可能性もあれば、新米二人が記憶を改竄されて実在しない人間を事実と思いこまされているだけかもしれない。
その可能性の話はスレイにもしてあるし、ボクが言うまでもなく最初からスレイも思い至っていた。だというのに彼女は、スメラギという人物の実態を捉えようと躍起になっている節が散見される。
おそらく彼女には、なんらかの予想がある。
そしてその予想を事実と証明したいか、あるいは否定したいのだ。
「一つ荒唐無稽な予想があるわ。期待値は高くない。でも私にとっては絶対に軽視できないことなの」
前置きを挟んで、スレイはそれを告げた。
「予想――――スメラギは人型の、魔物である」




