276話_side_Pr_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"転生令嬢"プリムローズ~
「今日はどれにしようかな~、っと」
というわけで飽きもせずに依頼を物色している女が一人。
どうも私です。本日はバッヘル支部のロビーのクエストボード前よりお届けしております。
相変わらず私とリスティが受けられる依頼というのは最低ランクのものだけであり、規模の小さな森で発生する最低ランクの依頼に豊富なレパートリーがあるわけでもなく、つまりはとうの昔に制覇した依頼を周回プレイに入っているわけである。
ぶっちゃけ真面目に依頼を依頼としてこなしてたのって最初だけで、ここのところはすっかりおまけ程度の扱いだ。私達の興味は黒い森に繰り出して『宵の霊薬』の痕跡――つまり妙に強力な魔物を探すことにシフトしていて、依頼を受けるのはカモフラージュと日銭稼ぎの意味合いでしかない。なので内容はどれでもいいと言えばいいのだが。
「虫系はベルさんが嫌がるしなぁ」
私もリスティも虫に対して忌避感を抱くような感性は喪失して久しい系女子であるが、別段虫が好きなわけでもない。というか魔獣の虫を採集する依頼が常にあるということは、これ等を素材にした薬の需要が常にあるということだ。民間療法に近しいものだろうし、貴族である私にとってはけったいな薬物もあるものだという程度の認識だが、中々どうして薬効は確かなわりにコスパが宜しいそうな。
件の魔獣(虫)がどこの森でも出現するわけではないので、効果が確かでも広く流通はしないだろうが。
「討伐系にするか」
最初の頃に受けたクラブ種討伐みたいに、Eランクの依頼にも討伐系がないわけじゃない。Eランクという括りの中では討伐系は難度が高い部類に入るみたいだが、当然私達にとってはどうということもない。大抵は討伐数も少なめで、単体から多くても片手の指で足りる程度であることが多い。これはそういう討伐依頼の意図が魔物の個体数を間引くためのものではなく、魔物から得られるスケマティックを求めるものであるからだ。
何某という魔物を討伐してスケマティックを一個持ち帰ること、みたいな。業者ではなく個人から依頼が出されている場合が殆どだ。
なお間引きの依頼だとするとそれなりの数を討伐しなければ意味がないので、自然と難度は上がる。Eランクで間引き依頼が出てるクラブ種が例外的に雑魚なだけである。
正直に言ってしまうと、そろそろこの支部で活動して得られるものがなくなってきた。本来の予定であればとうに他の支部に活動拠点を移していて然るべき時期であるとは思うのだが、そうしていないのは懸念事項が残っているからだ。
新米討伐者のセラフィーナちゃん達が遭遇したマンティス種と、その打倒に助力してくれたスメラギという少女の存在。
マンティス種の出現は偶然であったとしても、スメラギなる人物の動きは少々怪し過ぎる。これを調査しないならば私達がなんのためにこんな活動をしているのかわからなくなってしまう。なので滞在延長して調査に臨んでいるのだ。
ただ、それに関連して一つ、明らかに失敗したと思っていることがある。
何を隠そう、セラフィーナちゃんに嫌われていることである。
出来れば彼女から直接スメラギさんとやらのことを訊ければ調査の糧になるかもしれないが、生憎と私は彼女にだいぶ嫌われているようなので。ランディーくんも基本的にセラフィーナちゃんと行動を共にしてるから、彼だけに接触するのも難しいし。
ヴェルメリオに託したイオちゃんへの手紙は、いかに『おつかいわんこ』の移動速度とは言えども、フレンネル領まで行って帰ってくるのには今暫くの時間を要するだろう。
「むぅ……悩ましいことだ」
などとぼやいていると、後ろから近付いてくる気配を感じ、私が動かないで居るとその気配はすぐ横に並んだ。
視線だけで横を見遣ると、そこには桜色の頭髪を束ねた女の子の姿が。
噂をすればのセラフィーナちゃんである。
「こんばんは。セラフィーナちゃん」
「…………どうも」
当社比二割増しくらいににこやかに挨拶をしてみると、彼女からはむっつりとした返事があった。
無視されなかっただけでも僥倖、という程度の好感度である。クエストボードに訪れたということは当然依頼を選びに来たのだろうが、私が他事を考えながらいつまでもボードの前に居座っているので隣に並ばざるを得なかったようだ。
「そういえば、クロードくんのパーティーに入ったみたいね」
「……はい。わたし達の将来性に期待してくださったみたいで」
ちなみにロビーの一角には件のクロードくんパーティーの姿があった。ランディーくんも一緒だ。セラフィーナちゃんは新顔らしく雑用を請け負って、パーティーで熟す依頼を見繕いに来たといったところか。クロードくん達の実力ならおそらくこの支部で出てるどの依頼でも楽勝だろうから、とりあえず好きなの選んで来なよ的なノリで送り出されたのかもしれない。
私が彼等のほうを一瞥したのに気付いたのか、セラフィーナちゃんは少しだけ得意げな顔になった。
クロードくん、私を勧誘した時も『将来性』を理由にしてたけど、その言葉が好きなんだろうか。いかにも新進気鋭の若いパーティーっぽい選考基準ではある。堅実さよりも爆発力ってね。
実力派のパーティーに組み込まれて一緒に活動し始めたお陰で経済的に潤ってきたからか、あるいは精神的な余裕が出来たからかは知らないが、こころなしかセラフィーナちゃんの肌艶がよろしくなっている気がする。ばさばさだった髪もしっとりしてるし、お肌の調子も良さそうだ。きっと容姿や体調に気を遣うゆとりが出来たんだね。クロードくん達が体調管理のアドバイスでもしてるのかもしれない。女性メンバーの斥候の子も居るし。なんにせよ、良いことだ。
などと考えていると、横のセラフィーナちゃんが口を開く。
「別に、好きな依頼を受けてくれていいですよ」
「え?」
私よりも背が低いセラフィーナちゃんは、下から睨み上げるような目つきをしていた。
「なんか、頼んでもないのに気を遣ってもらってたみたいですね。でももう大丈夫です。わたし、レベル2に昇格したんで」
「それは、おめでとう?」
話の流れは今一見えないが、とりあえず祝っておこう。
最低ランクで燻ぶっていたとはいえ、活動歴は充分だし、魔法に目覚めたおかげで能力的にも充分。だから昇格の評価自体は順当なことだ。おそらく最後の一押しになったのはクロードくん達によるパワーレベリングだろうけど。
レベル1の私がレベル3のベルさんと組めば上位の依頼を受けることが出来るように、高レベルの討伐者とパーティーを組んで討伐スコアを稼ぐ方法を俗にそう呼ぶ。
「だからわたし、もうEランクの依頼なんて受けないんで。『草むしり』でも『虫捕り』でも、どうぞハイゼンさんの好きな依頼を受けてください」
そう言うとセラフィーナちゃんはこれ見よがしに腕を伸ばして、わざわざ私の前を横切ってDランクの依頼書を剥がして、そして優越感に満ちた笑みを浮かべて立ち去って行った。
私は間抜け面でその背を見送ることしか出来ない。
そんな私に歩み寄ってきたのは離れて状況を窺っていたベルさんである。彼女は去って行くセラフィーナちゃんの姿を意外そうな顔で見ていた。
「驚いたね」
「そうね」
うん。びっくりした。
なにに驚いたかって、普通に感じ悪くてびっくりしたわ。セラフィーナちゃんってあんな子だったっけ?と言えるほどの付き合いもないので、まあ、あんな子だったのだろう。
「生意気っぽい子も嫌いではないけど」
「スレイさんはブレないねぇ」
そらね。だって考えても見てくださいよ。学院で私に絡んでくる貴族令嬢のお歴々なんて、間違っても『感じ悪い』なんてチャチなもんじゃない。性根が腐っているとしか言いようがない一部の貴族学生に比べれば、セラフィーナちゃんの小さな棘なんてチャーミングの域である。
なんて、私がこんなだからセラフィーナちゃんは虚仮にされてる気がしてますます気に入らなかったんだろうな。実際のところ、私は彼女が貧乏人だから見下しているわけではないが、純然たる格下だとは思っているのだ。社会構造的な意味で。なんせ身分が違うから。
まあ、私への反骨心が多少なりとも彼女の熱量になるならば別にいいのではないかな。
「じゃあ遠慮なく、好きな依頼選んじゃおっかな~っと、そういえばベルさん」
「ん?」
「なんだかんだで半月以上経ったけど、ベルさんのクランメンバーってまだ到着しないの?」
元々、ベルさんとパーティーを組んだのはそのお仲間が到着するまでの臨時の話だったはずなのだ。その後どうするってのは決めてなかったけど、それ以前の問題としてそもそも待ち人が来ない。
するとベルさんは懐から一通の手紙を取り出した。
「クラン経由で報せだけ届いたんだけど、どうも、街道のアクシデントで脚止め食らってるっぽいね」
「あらま」
「一応解決はしたみたいで、今まさにこっち向かってるところかな」
まあ前世の日本と違って殆ど整備されてない道のほうが多いから、自然の脅威に晒されて通行不能になるとかって珍しくもない。例えば豪雨で河川が増水して渡れないとか、あるいは道がぬかるんで馬車が進めないとか、地滑りで道が消えた、とか。私の故郷であるアシュタルテ領だと、寒冷地故に吹雪でホワイトアウトして移動を断念するとかざらにある。
「いやあ本当にハイゼンちゃん達と会えてよかった。もしキミ達と組めていなかったら私どうなってたことか」
来ない待ち人を半月以上も独りで待ちぼうけ……とか以前に路頭に迷ってそう。素寒貧だったし。
尤も、ベルさんの実力であればその気になればソロで活動出来るのは確かだ。彼女がソロで黒い森に入ることを厭うのは、単に用心のためでしかない。どんなに雑魚の魔物しか現れないといっても、例えば不慮の事故や急な体調不良なんかに見舞われた際に、ソロ討伐は即座に死に繋がりかねない。だからそもそも独りで森に入らないというルールを決めているのだろう。
「にしても、肝心のレーナちゃんが来れないんじゃあ、私も何のために来たのかわからなくなるところだったから、最悪は避けられそうで良かったよ」
「レーナちゃん、ってことはお仲間は女の子なの?」
「うん。まだ学生だけど、私よりもよっぽど腕の立つ子だよ」
それは凄い。
そのレーナちゃんとやらがこちらに向かっているクランメンバーなのだろうが、そうなると謎が深まるばかりだ。だってベルさんだけでもこのバッヘル支部には不釣り合いな過剰戦力なのに、そこに更にベルさん以上の戦力を投入するって、本当にこの人達は何しにここへ来たんだろう?
疑問が顔に出ていたのか、ベルさんが肩を竦めて教えてくれた。
「実はね、傷心旅行の予定だったんだ」
「ほう?」
事情を聞くに、どうやらそのレーナちゃんはベルさんの息子さんのことが好きだったらしい。だけど息子さんにとってはレーナちゃんはそういう対象ではなかったらしく、長いこと片想いが続いたそうな。で、つい最近、息子さんが別の女の子と恋に落ちて、レーナちゃんの恋心はあえなく破れてしまったと。
いいねいいね。甘酸っぱい青春模様って感じで大変よろしい。やっぱ学生はそうあるべきだよ。残念ながら、私には終ぞ縁のない話となりそうであるが。
「ほら、学院が休暇に入ったから息子もレーナちゃんもクランに戻って来るんだけど、流石に気まずいじゃん?私は母親だからさ、息子が選んだ相手とのことを応援してあげたいのが一番だけど、レーナちゃんのこともずっと見てたからさ、どうにも気の毒でね。あの子は明るい子だからなんでもないような顔してるんだろうけど、傷付いてないわけがないんだ。だからこう、なんていうか、少しでも、整理をするための時間をあげられたらいいなって思って、ちょっとした気分転換に誘ってみたんだ」
取り留めもないが、要するにクランに戻ってきた息子さんと顔を合わせるのは辛かろうと気を利かせて、ベルさんはレーナちゃんと二人でクランとは別行動を取ることにしたということだろうか。
フラれた相手の母親と二人きりって、それはそれで……って気もしなくもないけど、まあ余人が口出しすることでもないか。ベルさんとレーナちゃんとやらの関係性にもよるだろうし。少なくともベルさんの誘いに応じたということは、悪い気はしていないのだろう。
ちなみに、現地集合となった理由は単純で、レーナちゃんは実家に一度顔を出してから合流するので、ベルさんは先に現地入りして環境を整えておこうと考えたのだ。なお結果。
「なんでバッヘルに?言っちゃあれだけど、なんもなくない?」
「それは『どうせなら行ったことない場所がいいですわ!』とかなんとか言うもんだから、東部のマップに適当にダーツで」
豪胆か。日本みたいな治安じゃないねんぞ。
「レーナちゃんが到着したら、ハイゼンちゃん達にも紹介するからさ、仲良くしてあげて欲しいな」
「それはもちろん」
「貴族のお嬢様なんだけど、すごい気さくな良い子だから、きっとスレイさんも気に入るよ」
へーそうなのかー。
気のせいかもしれないけど、学生だてらに現役の討伐者で貴族のご令嬢で、しかもベルさんくらいに腕が立つ人物ってなると、なんか私の通ってる学院にもそんな人が居た気がするわ。
たぶん気のせいだけど、その人の所属クランってかなり有名なAランククランだった気がするわ。
思わず無言でベルさんの顔を凝視してしまう。
「…………」
「どうしたの?」
いや待て冷静に思い出そう。
・私が『彼』と初めて会った時、『彼』は黒い森にソロで入ってカップ麺を食べていた。
・これは黒い森にソロで入ることを厭うベルさんの方針に真っ向から反する危険な行為である。
・ベルさんと息子さんの親子仲は良好であり、ベルさんは実子への教育を放棄するような人間性ではない。
よって『彼』はベルさんの息子ではない(ガバ理論)――――QED!




