275話_side_Dor_バッヘル領_某所
~"訳ありメイド"ドロシー~
朝食後、ボクとスレイは二人で外出していた。ベルは朝食時は一緒だったが、その後は寝るといって滞在先の部屋に戻った。ボク達が黒い森で活動する以外の時間帯に何をしているのかは日によって様々だ。完全に別行動の日もあれば、部屋で情報交換や進捗確認とかして方針を決めたり、今日のように連れ立って出かけることもある。
今回の目的は、アシュタルテ侯爵令嬢としてスレイが使っている子飼いの戦力との情報交換。そのために連絡員と接触すること。
街の外れのとある場所を接触場所として決めてあるらしいので、そこに向かう。ボクが同行する理由は面通しのためだ。スレイの子飼いと、私的に雇われた傭兵であるボクが連繋することは基本的にないが、スレイのサポートがボクの仕事である以上、万一の事態を想定すれば連絡員とだけは互いを認識しておくべきだ――とスレイが判断した以上はボクに否やはない。
道中、市場を通り抜ける際に屋台で購入した変な肉の串焼きとか変な豆の入ったジュースとかを食べ歩きつつ、味の感想を雑に交わしながら露店を冷かして進む。
「このお肉ウマー」
一山いくらの庶民の味をここまで美味そうに食らう侯爵令嬢は、王国広しと言えどもコイツだけだろう。
「朝食をあれだけ食べたのに、よく入りますね」
「いやー普段は全然食べれないから。食べれるの楽しくて」
普段というのはプリムローズとして過ごしている時のことだろう。令嬢としての振舞いとか以前に、体格的に小食なのだ。今の彼女はアヴァターなので、いくらでも食べ放題である。アヴァターで食べた物がどこに消えるのか知らないが、三界理論的な解釈をするとすれば、物理的には無かったことになるのだろう。食事という概念だけを経験し、満足感だけを消費する。それが良いことかどうかは食事に対するスタンスによるだろうが、少なくともスレイにとっては上等なことのようだ。
そんなこんなで辿り着いた街外れの高台で、緑ばかりの殺風景な景色を背に談笑していると、すぐに待ち人が現れた。
いや、待ち人と言っていいのかは微妙なところだったが。
「…………え?アレがそうなんですか?」
「ええ」
犬であった。
最初は火の玉が地面を滑って来ているのかと錯覚したが、よく見ると、炎みたいな色合いの毛並みをした中型の犬であった。ボク等のほうへと一目散に駆けてくる。
「『おつかいわんこ』のヴェルメリオよ」
スレイの子飼いというから、そこはかとなく特徴的な輩が現れるだろうなとは思っていたが、どうやらボクはまだコイツを見縊っていたらしい。まさか人ですらないとは。
まさしく、飼い主を見付けたわんこよろしく猛然と近付いてきたヴェルメリオとやらを、スレイはその場にしゃがんで迎え入れた。
「よーしよしよし!よく来たわねヴェルメリオ。待ってたぞぉ」
はち切れんばかりに尻尾を振りまくるヴェルメリオ(犬)に頬を舐められつつ、相好を崩したスレイは両腕で抱き締めた毛並みをわっしわっしと撫でまくっている。
どこからどう見ても愛犬と戯れる飼い主でしかない。
ヴェルメリオは器用にリュックサック(犬用?)を背負っていて、それが唯一の連絡員らしい特徴ではある。
一頻りスレイの顔面を舐めまわしたヴェルメリオが、ふと首を傾げるような仕草をした。
「ん?どうかした?」
「…………?」
「ああ、別に喋っても大丈夫よ」
はい?とボクが疑問に思うより早く、この場に第三者の声が響く。
「あるじさま、かりすになった?」
「クラリスちゃん?あそっか、これクラリスちゃんの服だから、匂いするかも」
「あれ?あるじさまおっきくなってる」
「そうなのよー?本気モードだぞー?」
「おお……!ほんきもーど!べるもできる!」
「お揃いね」
「おそろいっ!あるじさまといっしょ!」
心温まる会話だなぁ……じゃないんだよなぁ。
さてはコイツもアヴァターか。完全な獣型のアヴァターってのは珍しいけど居ないわけじゃない。ボクの視線に気付いたのか、ヴェルメリオがこちらを見上げた。くりくりとした愛らしい瞳にボクの姿が映る。
「あるじさま、この人だれ?」
「私の妹のリスティよ。ほら、ちゃんとご挨拶しましょうね」
「いもーと…………おおっ!」
小首を傾げたヴェルメリオは何かに気付いたように声を上げ、魔力の輝きを纏ってアヴァターを解除した。
そこに現れたのは幼い言動を裏切ることのない、齢十を超えたばかりかと思しき幼女であった。犬の時の毛並みと同じ、橙と緋色が入り混じった燃え盛る炎の如き見事な長髪に、活動的なパーカーにショートパンツという装い。幼い見た目に背負ったリュックが良く馴染んでいる。整ったかんばせには無垢な感情が乗っていて、愛らしく微笑ましい印象を受ける。
スレイの元の姿も大概チビだが、印象だけで言えばそれより更に幼く見える。
というかちょっと待って、アヴァターを解除したのに頭の上に犬耳と、臀部にはたはたと揺れる尻尾が残っているのはどういうことなの。
「ヴェルメリオ~?お耳が出てるわよ」
「おうっ?」
苦笑したスレイに言われてヴェルメリオがパッと両手で犬耳を押さえると、まるで髪の中に引っ込んだみたいに見えなくなった。
「あの……尻尾も出てますけど」
「おうっ!?」
ボクのツッコミに今度はお尻を両手で押さえ、やっぱり尻尾が引っ込んで消えた。意味わからんけど、まあ転神に決まり切ったルールなんてないから、たまたまこの子はそういう飛び出ちゃう系のナニカなのだろう。そういうことにしておこう。
微妙な視線を向けるボクにヴェルメリオは正面から向き直ると、何故かその場で膝を畳んで、たむんっと地面に正座した。
「べるは、べるめりおです。よろしくおねがいします!いもーとさま!」
そして両手を地面についてぺこりと頭を下げる。
ボクはどう反応していいのか測りかねて、無言でスレイに助けを求めた。挨拶を促したスレイもこれは予想外だったのか、不思議そうに目を丸くしていた。
「誰かにそうしなさいって言われたの?」
「んー!えくすが『あるじさまのだいじなひと人には、ちゃんとしなさい』って」
要するに、主人であるスレイの肉親を名乗った人物なので、スレイに準ずる敬意を払うべき相手だと判断した――というか、そうするように誰かに言い含められていたということか。
「一応言っておきますが、本当の肉親ではありませんよ」
「うん。でもあるじさまがそう言ったから」
「成程。お利口ですね」
「んー。べるは前よりおりこうさん!」
よく訓練されている、といったところか。事実も経緯もさて置いて、スレイがボクを『妹』だと紹介した時点で、そういうことになったのだ。
立ち上がったヴェルメリオは背負っていたリュックサックを下ろすと、手を突っ込んでごそごそし始める。すぐに、いくつかの手紙を取り出してスレイへと差し出した。
「はい!あるじさま!」
「ありがと」
察するに他の手勢からの報告書の類か。
連絡員であるヴェルメリオは、そのアヴァターの性質を活かして情報の運搬役を担っているのだ。スレイは差し出された複数の手紙を受け取ると、何故かそのままヴェルメリオへと返した。
「見ないんですか?」
「見たわよ?」
なんでボクが『なに言ってんのコイツ?』みたいな顔をされなくてはいけないのか。こちらの台詞なんだが。
ところが、何故かヴェルメリオもスレイの行動を当然とばかりに、手紙を受け取ってリュックに詰め込んでいるではないか。彼女はボクを見上げて口を開く。
「これ、おへんじ」
「返事?」
「そうよ。報告書を読んで、返信をヴェルメリオに渡したの」
「…………」
ボクは思わず白い眼を向けてしまう。
あの一瞬で!?とか、いつの間に!?とか、そんな香ばしい反応は意地でもしてやらない。意味が解らないが、スレイがそう言うのであればそうなのだろう。スレイのことだからそういう読書魔法みたいなものを身に着けているか、あるいは手紙のほうにそういう機能があるのだ。ヴェルメリオの対応から、これが特別なことではなく常通りの遣り取りであるとわかる。
強いて言えば、
「そのドヤ顔やめてください。腹立つんで」
「えー?そんな顔してた?」
「ええ。現在進行形で」
ちなみにヴェルメリオもスレイの真似をしてボクにドヤ顔を向けてくる。これは可愛い、許す。
だがスレイ、お前はダメだ。殴りたいその笑顔。
「それからヴェルメリオ、もう一通お願い。これは特別よ」
「あい」
スレイがどこからともなく取り出した手紙を追加でヴェルメリオに渡す。
ボクが視線でその意図を問うと、スレイはボクにも聞かせるようにヴェルメリオに説明を続ける。
「私のお友達に届けて欲しいの。フレンネル伯爵家のイオちゃん。覚えてるかな?」
「おぼえてる。花のかおりの人」
「秘密のお手紙だから、こっそり渡してね」
「わかった。べるとくい。だいじょぶ」
そういえばフレンネル家の令嬢と懇意だったなコイツ。とボクは思い出す。そもそもボクとコイツの縁が始まったきっかけがフレンネル家の彼女である。そしてこのタイミングでフレンネルに文を出す意図とは、予想がつく。
「件の、スメラギとやらですね」
「そ。イオちゃんなら心当たりがあるかもって」
「確かに、特徴的にはフレンネルの系譜である可能性は少なくないですが」
ただ、それだけの理由でフレンネルに照会をするというのは些か性急な気もする。とりあえず心当たりを探ってみるという選択肢は悪くないが。そう思っているとスレイが補足で口を開いた。
「その子が偽名を使っていないという前提なのだけど。スメラギというのは意味のある名前なのよ」
「意味ですか?」
「そう。東方の言語では『皇』、こちらで言うところのエンペラーを意味する単語よ。本名だとすれば間違いなく高貴な身分の出身だし、仮に偽名だとしても、理由もなく敢えてその名を名乗るとは考え難い」
「成程。だとすればフレンネルに心当たりがあるかもしれませんね」
フレンネル伯爵家はそもそも東方国家の支配階級の血筋なのだから、それこそその『皇』とやらの直系である可能性すらあるわけで。
東方の語学にまで精通しているらしいスレイの教養には素直に感心する。ボクも大概多くの国で活動してきたが、それも教国を中心とした周辺諸国の話なので、東方圏は完全に門外漢である。
ちなみにボク等がまだこのバッヘル領に滞在している理由の半分くらいはそのスメラギの調査をするためだ。
彼女がボク等の目的に関係しているかはわからないが、放置は出来ない。
目撃者が新米討伐者の二人しか居ないので情報の信憑性に難はあるが、だからといって無視出来ない奇妙な符号があるから。
証言によると、スメラギは黒髪に赤い目の少女だったという。衣装は異国風のデザインで黒を基調としていたらしい。
そしてその手には杖を持っていた。黒柄に銀の装飾を施された戦杖であった。
ボクが根源的に忌避する色の組み合わせだ。
黒と赤と銀。教団のパーソナルカラーである。
「あ」
そういえば、みたいな風に声を上げたのはヴェルメリオだ。
「あるじさま、かでんたが『おへんじまだー?』って言ってた」
「カデンツァ?あー、あれか」
「なんの話です?」
「カデンツァっていう子が居るんだけど、なんかお薦めの小説を寄越してくれたのよね。マイナージャンルで同志が居ないからって布教活動に熱心なのよ」
はあ、とボクはわかったようなわからないような相槌を打つ。
「ちゃんと読んだのよ。でも、ちょっとどういう風に感想伝えようかなって」
「ちなみに何という作品ですか?」
「『奈落の造花』っていう小説。知ってる?」
「まったく」
そもそもボクは娯楽小説の類は嗜まないのだ。
スレイが簡単に概要を説明してくれるが、どうやら猟奇殺人鬼を主人公に据えた話で、殺意と恋情を区別出来ないシリアルキラーの心理描写と恋愛感情、そして当然の帰結として訪れる悲劇を描いたものだそうだ。
いや、そりゃあ同志も少ないだろうがよ。マイナーというかそれもう特殊性癖の類だと思うよ。
「うーん……読み物として優れていたのは確かよ。レトリックが秀逸で、情景描写も丁寧だわ。読みやすい文章だったし、著者の教養が感じられて素直に感心したもの」
「では、それを感想として伝えれば良いのでは?」
「内容に言及しないわけにはいかないでしょう。肝心の内容が個人的に好きか嫌いかって言われたら、心の底から大っ嫌い!なのよね」
それは悩ましいな。お薦めとして紹介してくれた相手に、嫌いな話でしたとは伝え難い。かといって心にもない感想言ってもしょうもないし。
少し意外に思うのは、プリムローズという女がここまで嫌悪の感情を露にするのは珍しいなと。何がそんなに嫌いなのかと考えた時、思い出されるのは、皆大好きマルトー青年の姿である。
下衆を煮詰めて捏ねた肉団子みたいな男子である彼は、果たして元気でやっているだろうか。
そういえば彼に対してもコイツは心底からの嫌悪を向けていたな、と。
「主人公が生理的に受け付けない、といったところですか?」
「ううん、別にそれは良いのよ。そういう人間を主軸に据えてるってだけのことだし。耐え難いのは、その異常を多様性として肯定する雰囲気が作品全体に蔓延していることね」
「それを描いた作品なのですから、当然なのでは?」
この作品の例で言うならば、主人公は殺意と恋情を区別出来ないので、恋心を抱いた相手を好けば好くほどに最終的には殺してしまうし、逆に心の底から殺したいと思っているような憎い相手を愛してしまいもする。その異常性が齎す葛藤と悲劇を楽しむエンタメ作品だろうから、主人公の異常性を作品としては肯定しなければ話が始まらない。
要するに『そういう人間も居るのだ』という旨を良しとするってことね。
それが倫理的にどうなのか、というのは全く別の話だが、フィクションだろうからそのツッコミは野暮かな。
「私なりの感想を纏めるとすれば、そうね」
スレイは少しだけ考え、
「第三者目線で楽しめる人にとっては娯楽。主人公に感情移入できる人にとっては麻薬。ヒロインに感情移入できる人にとっては苦痛、かしら」
「かでんたには、なんて言えばいいの?」
「この手紙を渡してあげて」
「なんと書いたのですか?」
「要約すると、貴女とは仲良くなれないごめんなさい、って」
わかった!と頷くヴェルメリオは残酷なまでに無邪気である。
一つ言えることがあるとすれば、カデンツァとやらが同志を得る日は遠そうだ。




