274話_side_Ran_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"討伐者の少年"ランディー~
「これで――――最後ッ!!」
俺が振り下ろしたボロ剣に脳天をカチ割られて、最後のクラブ種が沈黙する。
中々の長丁場になったが、なんとかなるもんだ。
「おーいセラぁ、無事か?ちびってねえか?」
「ランディーこそ、腕ぽっきり折れてないでしょうね?」
軽い冗談を交わして、俺とセラはにっかりと笑い合った。
マンティス種に殺されかけたあの日から今日で一週間だ。たったそれだけの時間しか経っていないというのに、それまでの半年間が嘘みたいに俺達の生活は激変していた。
なんせ、懐に余裕があるのだ。未だに貧乏には違いないが、少なくともその日暮らしからは脱却を果たした。たった今こなした依頼もそうだが、遂に俺達も討伐系の依頼を受けるようになった。討伐系はやっぱり実入りが良いのだ。依頼の報酬自体は俺達がこれまでやってた『草むしり』や『虫捕り』と大差ないようなものしか受けられないが、それでも達成報酬に加えて討伐スコアの報酬と運が良ければスケマティックを得られることもあるので、儲けは段違いに増えた。
まあ、これまでが酷過ぎただけと言われれば、その通りなんだけど。
「いやー魔法ってすげえな!」
「ね。自分でびっくり」
それもこれも、全部セラが魔法を使えるようになったおかげである。
あの日、スメラギの補助を受けて初めて魔法らしい魔法を使ったセラは、その感覚を自力で再現し、すぐに魔法を自分のものにしていた。と、俺からはそう見えるのだが、セラ自身曰く『スメラギさんに手伝ってもらってた時に比べると全然ダメ』らしい。確かに、俺如きがマンティス種を圧倒出来たあの時のような凄い威力の強化魔法は今のセラには使えないみたいだが、それこそ相手がマンティス種でもない限りはあんな過剰な力は必要ないのだ。
セラが問題なく使える簡単な支援魔法、それから彼女自身の身を守る防御魔法、そしてもしもの時の治癒魔法、ただそれだけの備えで充分なのだ。後はセラの補助を受けた俺が頑張ればいいだけなのだから。
「なによりも、お金が掛からないのがいいよね。魔法」
「それな!」
全く以て素晴らしいことに、魔法という技能には元手が要らない。剣を研ぐ必要もなければ、鎧に油を差す必要もないし、傷薬を買う必要すらない。全部が全部、セラのコンディションさえ維持出来れば魔法で解決するのだ。勿論魔力は有限だから、なんでも出来るわけじゃないけど、これまで必要だった日々の出費の大部分が魔法で代用出来るようになったのは相当大きい。
「スメラギさんにお礼、言いたいね」
「そうだよな。どこ行っちまったんだろうな」
というか、そもそもどこから来た誰なのかもわからず仕舞いなのだが。
結局ギルドで調べてもらってもスメラギの素性は知れなかった。行方もまた然りだ。何故あの時あの場所に居たのか。何故俺達を助けてくれたのか。何故居なくなってしまったのか。なにもわからないのだ。
「ま、だったら俺達でアイツを探そうぜ。もっともっと依頼をこなして、レベルを上げて、そしたらもっと都会の支部に行くんだ。きっとスメラギの手掛かりだって見つかるさ」
「そう、だね。うん、頑張ろう」
「そうと決まれば、帰って寝るか!」
「うん」
まだまだ元気だし、もう一つくらい依頼を受けてくるかと言いたいところだが、無理は禁物だ。
セラはまだ魔法使いデビューしたばかりだし、慣れないうちは気付かないところで疲労がたまっているかもしれない。調子こくと碌なことにならないのは、あの日俺の肘が反対向きに曲がったことで身に染みてわかっているのだ。
こういう判断を下せるようになったことそれこそが、一番変わったことかもしれない。前までの俺達になくて、今の俺達にあるもの。それは『余裕』である。まだまだ底辺脱出には至らないけど、しかし現実的に出口が見えるようになったのだ。そのことが俺とセラに心のゆとりを齎している。
「なんか、ランディーさ」
「あ?」
「よく笑うようになったね」
唐突にセラがそんなことを言うので、俺は首を傾げる。
「そうか?」
「そうだよ。孤児院に居た頃は、ランディー良く笑ってさ、わざとバカやって下の子達元気づけたりしてたじゃん。でも、最近はずっと怖い顔してて、ちょっと辛いなって思ってた」
「そっか……そうかもな」
なんせ追い詰められたからなぁ。不思議なことに当時はそんな自覚は全然なかったのだ。むしろいつも不安そうにしているセラが、なんでそんなに後ろ向きなのかと疑問に感じていたくらいだ。だけどきっと、俺自身見ない振りをしていただけで、不安なのは同じだったのだろう、と今思い返せば理解出来る。
「……いい感じだね、わたし達」
「だな」
本当に嘘みたいだ。
未来に希望しかない、というと流石に大袈裟だけど。明日はもっと良いことがあると、きっと今日より良い日に出来ると、今はそれを疑いなく信じられる気すらするのだ。
そして、極め付けみたいな出来事が起きる。
「――――は?俺達をパーティーに?」
素っ頓狂な声を出してしまった俺に、目の前の人は真面目な顔で頷いた。
「うん。貴方達――ランディー君とセラフィーナさんを僕達のパーティーに迎え入れたい」
そう告げた彼はクロードという名の討伐者で、ここ最近この支部に出入りしているのを見掛けるようになった人物だ。普段は他所の支部で活動しているらしくて、ここへは所用で訪れただけなのだとか。んでついでにパーティーの欠員を補充しようとして俺達に目を付けたらしい。
クロードは俺達よりも少し年上の男で、濃い茶髪に柔和な碧眼、泣き黒子が特徴的なイケメンである。グレードの高そうな装備とも相俟って、明らかにこんな田舎支部には似つかわしくないオーラを放っているような人だ。
ロビーの一角の丸テーブルには俺とセラが肩を並べて着席していて、その正面にクロードが座り、彼の横の席にはパーティーメンバーである赤毛の姉ちゃんが居て、他に男二人が近くに立っている。四人掛けなので単純に椅子が足りないのだ。
簡単に紹介だけされたが、まずクロードがパーティーのリーダーで魔法使い兼剣士。赤毛の姉ちゃんはクレアという名の斥候担当で、彼女は俺と同じ『魔力を認識だけ出来る人間』――即ちデミだ。クロードパーティーの四人の中では一番若くて、たぶん俺達よりも一個か二個上なくらいだと思う。立ってる男のうち、線の細い金髪優男がヴェルナー。ベージュのローブを纏ったいかにもな格好が示す通りに魔法使いだ。んでもう片方の武骨な黒髪大男がロルフ。彼もデミで、ガチムチマッチョな見た目通りにパーティーの前衛担当の戦士だそうな。
恐ろしいことに四人全員がレベル3の討伐者で、つまりはCランクパーティーだ。色々な意味で俺達とは住んでいる世界からして違う人達であるはずだった。
そんな人達が、俺達をパーティーに勧誘しているって、どういう状況だ。
いくらここが田舎支部とはいえ、俺達に比べれば経験豊富で腕が立つ人間なんていくらでも居る。それでもなお、クロード達が敢えて俺達に声を掛けてきた理由があるとすれば、それはセラの魔法だろう。
魔法使いとして芽が出たばかりの彼女を早期に囲い込みに来たと考えれば、現実感は湧かないけど筋は通る。
「あの、わたし本当に魔法が使えるようになったばかりで、」
同じ結論に至ったのか、セラは得意がるどころか恐縮したように首を窄めて言い訳がましく呟く。
「使える魔法も殆どないし、たぶん大した才能もないし、あなた達みたいな人達の仲間になれるような実力じゃあ、」
なくてですね、とぼそぼそと尻すぼみに消える言葉を受けて、クロードとヴェルナーが意味深気に視線を交わした。
そしてクロードがセラへと向き直る。
「お気付きでないようですが、セラフィーナさん。貴女はおそらく優れた才能を持っています」
「へ?」
目を丸くしたセラに、今度はヴェルナーが説明する。
「確か、他の魔法使いの連繋魔法の指揮下に入った影響で魔法モデルを理解出来るようになった、という経緯だったね?」
「あ、はい。そうです。だから凄いのはスメラギさんであって、わたしじゃ」
「いいや。確かにその女性が優れた術者であったというのは要因として大きいと思うよ?だけどね、普通はそんなことで魔法が使えるようになったりはしないよ」
「そうなんすか?」
俺は思わず口を挟む。セラが魔法を使えるようになったのは一から十までスメラギのおかげ、というのが俺達の共通認識だったのだ。
ヴェルナーは優しげな風貌に良く似合う微笑を浮かべて丁寧に答えてくれた。
「考えてもみなよ。連繋魔法でそんなことが出来るのであれば、魔法学院なんてものが存在する意味がないでしょう?これはねどちらかというと、セラフィーナさんの異質な才覚の為せる業だと、私は思うな」
「僕達が貴方達を勧誘しようと考えたのは、その将来性を見込んでということです。ついでに一つ白状すると、すみません、お声掛けをする前に少しばかり、遠くから貴方達の戦いを見させてもらいました」
クロードがそう言うのに合わせて、隣のクレアが小さく手を挙げる。
俺達が黒い森で依頼をこなしている姿を、斥候役のクレアに偵察されていたらしい。勿論まったく気付かなかった。
「セラフィーナさんは明らかに補助型の魔法使いですね。僕等のパーティーは現状サポート役を欠いていますので、需要にもマッチしているのですよ」
魔法使いのヴェルナーは見た目の印象的には補助役に見えなくもないが、その実バリバリの攻撃型らしく、セラが得意としているバフや治癒はほぼ使えないのだとか。もう一人の魔法使いであるクロードは万能型で、補助もそつなくこなすらしいが、彼は彼でリーダーとして連繋魔法を維持する役割があるためサポートには注力出来ない。というわけで、セラの存在はあらゆる意味で丁度いいのだ。
となると、気に懸かるのは当然ながら俺の処遇だ。
「てことは、セラが居れば俺は別に要らねえっすよね」
なんせ、俺は正真正銘ただの雑魚だ。セラみたいに稀有な才能があるわけでもなく、剣の腕が立つわけでもない。自分で認めるのも癪だが、将来性にも人並みの期待しか出来ないだろうと思う。
俺の言葉にセラは不安そうに瞳を揺らし、クロードはやんわりと苦笑した。
「うーん……まあ、セラフィーナさんと比べれば優先度が下がるのは確かです。でも、仲間に加わってもらうとしたら、お二人とも一緒にと僕等は考えていますよ」
「なんで?」
「ランディー君とセラフィーナさんの二人で一個の戦力だと考えているからです」
頭の上にはてなが浮かんでいる俺とセラに、ヴェルナーが説明する。
ぴんと人差し指を立ててちょっとだけ得意そうに言葉を並べるヴェルナーは、どうやら教え好きな性質らしい。
「魔法使いにとって精神的なコンディションというのは、時に肉体的なコンディション以上にパフォーマンスに関わるんだよね。これは三界理論における物質界、魔法界、意識界の界層構造の序列に起因する――いやそれはどうでもいいか。要はセラフィーナさんが一番いい状態で魔法を使うためにランディー君の存在が必要であれば、キミ達を一緒に登用しない理由がないってこと」
次に口を開いたのは、黙って聞き役に徹していた戦士のロルフだ。
「無論、ごく潰しを雇う気はねえぞ。坊主は坊主で、いっちょ前に働いてもらわにゃ困る。なに、俺もただのデミだし、筋肉しか取り柄がねえような男だ。俺に出来ることが坊主に出来ねえ道理はあるめえし、丁度、前衛張れるヤツがもう一枚欲しいところだ」
「……でもさ、俺達マジで最近まで草むしりばっかしてたような新米だぜ。ものも知らねえし、いくら将来性を見込んだって言っても、使い物になるまでに結構な時間が掛かるんじゃねえのか?」
「そうですよ、だったら最初から即戦力の人を雇ったほうが……」
セラが持ってる才能に期待するのはわかるけど、そもそもクロード達が普段活動しているであろう都会の支部とかに行けば、普通に腕の立つ魔法使いなんていくらでも見付かるのではないだろうか。だってクロード達はCランクパーティーってことだから、討伐者全体でいっても上澄みの側に属する実力者のはずだ。だったら、そこに加わりたいと考える魔法使いも多く居るに違いない。
それこそ、クロード達が自分で探さずとも向こうからやってくるくらいなのではないかと俺は思うのだが。
「勿論、即戦力が嬉しいのは確かですね。僕達だって日々の糧を得るために活動しなければならないから」
「でも、良いことばかりじゃないし」
ぼそりと口を挟んだのは斥候のクレアだ。
「新米だろうが中堅だろうが、新しい人間をパーティーに迎えれば、馴染むのに時間が掛かるし。即戦力は個人規模の即戦力でしかないし、パーティーとして仕上がるにはどうせ相応の時間が必要だし。でも、下手に経験積んでる中堅とかベテランとかって、自己流のスタンス確立してるヤツが多いから、こっちの遣り方に口出ししてきたり馴染めなかったりで軋轢になるとか、わりと、あるし」
「なので最初から、新米さんを私達好みに育てたほうが効率的という話まであるよね」
「ヴェルナー、新規さんの前で変態発言は慎んで欲しいし」
「クレアさん、貴女こそ新規さんの前でここぞとばかりに私の風評を貶めようとするのはやめましょう?」
「いや今のは変態くさいぜ、実際」
「ロルフさんまで。クロード、なんとか言ってやってよ」
「ヴェルナーは昔からそういうところありますよね」
「まさかの孤立無援……!」
壁に両手をついて項垂れるヴェルナーには悪いが、なんだか仲の良いパーティーみたいで印象は悪くない。
そしてこれは、俺達にとっては間違いなく千載一遇のチャンスだ。正直、セラはともかく俺なんぞの実力がどこまで通用するのかはわからないが、どうせ今が底辺なのだから、今より悪くなる心配なんてしなくていい。
セラが万全のパフォーマンスを発揮するために俺の存在が必要という彼等の説明は、まったくの嘘っぱちではないのだろう。だがおそらく、現状で俺を一緒に勧誘する理由の大部分を占めるのは、俺が一緒でなければセラが誘いに乗るわけがないと判断しているからだ。つまり俺はどこまで行ってもセラのおまけでしかない。
上等だ。
侮られたと憤るようなプライドの持ち合わせなんかあるわけない。
むしろ、理由はどうあれ機会を得られたことこそを幸運と思わないとやってられない。
「どうするランディー?」
隣のセラが上目遣いに俺の顔を見上げて問うてくる。
俺がなんと答えるのか、わかりきったという顔をしている。
俺の答えは勿論――
「その勧誘、乗った!!」




