269話_side_Pr_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"転生令嬢"プリムローズ~
「すみません。少しだけよろしいですか?」
「はぇい?」
首尾よくDランクの依頼を受注して、罪悪感もなく清々しい気分で黒い森に繰り出そうとした矢先のことであった。横から声を掛けられたと思ったら、そこにはなんか矢鱈と爽やかなメンズが立っていた。
やだ。変な声出ちゃった。いつもか。
「私?」
「最近噂のルーキーさん、ですよね。姉妹で活動されていると聞いていましたが……」
彼はそう言いつつ、たぶんリスティの姿を探して視線を巡らせる。
「妹なら今日は居ないわ」
「そうでしたか。おっと、名乗りもせずに失礼しました。僕はクロードと言います。後ろはパーティーのメンバーです」
声を掛けてきた青年はクロードくんと名乗った。モノトーンを基調とした小綺麗な装備を纏った剣士という風体の人物で、落ち着いた物腰と端正な面立ちが特徴的な、所謂イケメンである。
シックなダークブラウンの頭髪と、垂れ目気味な碧眼に、左の泣き黒子がチャームポイントっぽく存在を主張している。装備のグレードや佇まいから察するに、ベルさんと同じくこのバッヘル支部には似つかわしくない類の実力者と見える。
彼の後ろに控えている三人の男女はパーティーメンバーとのことだが、戦士風の装備を纏った大柄で黒髪の男性と、ベージュのローブを纏った線の細い金髪優男くんに、それから斥候らしい軽装姿な赤髪の女性。いずれもクロードくんと同じく実力者っぽい風格を漂わせている。比較的若年のパーティーで、一番年嵩に見える戦士さんでも私の設定年齢と同年代くらいかな。紅一点の斥候さんなんてまだティーンっぽい。
私とベルさんも名乗り返すと、クロードくんは「お噂はかねがね」と冗談めかして言った。
「それで、なにか用かしら」
「いきなり不躾ですみませんが、単刀直入に言うと、勧誘です」
あっはい。まあそんな気はしたけども。
見ての通りに四人しか居ないクロードパーティーはフルメンバーまであと二人足りない。というわけで噂のルーキーらしい私とリスティを勧誘しようと思ったのだとか。
「私達、レベル1の新米よ?足手纏いにしかならないと思うけど」
「現状ではそうかもしれませんが、貴女達の将来性は抜群だと僕等は思っていますよ」
ねえ?とクロードくんが意味ありげな視線をベルさんへと向けると、ベルさんは肩を竦めて「否定は出来ないかな」と返した。
要するに私達姉妹の将来性に期待して、今のうちに唾を付けておこうという魂胆のようだ。
これは余談だが、戦闘単位の一つである『パーティー』というものが六人で一ユニットを正規とするのは、古くは『宵の魔王』を討伐した勇者パーティーにまで遡る由緒ある伝統なのだが、そこには当然合理的な理由が存在する。
魔法使いの団体戦闘において、ある一定以上のステージに至るために必須と言っても過言ではない技法に『連繋魔法』と呼ばれるものがある。これは友軍戦力を魔法的に連結し、個人を集団へと統率するための魔法である。ただし、必須技法と言われながらも使いこなすのが相当難しい魔法であり、誰でも扱えるというものでもない。むしろ連繋魔法を行使出来ることが指揮官適性の重要項目とすら言える。
で。なにが言いたいのかというと、この連繋魔法で統率可能な人数上限が、術者本人を含めた六人、ということなのだ。これは術者の技能云々ではなく、魔法モデルのシステムと人間の思考能力の限界的な都合が大きい。これ以上に人数を増やすと普通は劇的に効率が低下するのだ。連繋魔法の術者が集団のリーダーである必要性はないが、情報伝達のモデル的に考えれば術者が指揮を執るのが最も合理的だから、大抵は連繋魔法の術者とパーティーリーダーは同義だ。
というわけで、六人パーティーを充足させるためにクロードくんが私達に目を付けたのはわかるのだが、生憎と答えは決まっている。
「お誘いは嬉しいけど、売約済みなの」
建前の理由を告げて断ると、クロードくん達は「やっぱりか」みたいな雰囲気で苦い笑みを浮かべていた。
「ダメ元でしたけど、やっぱりフラれちゃいましたか」
「ごめんなさいね」
「いえ、お気になさらず。ですが、ちなみに嫁ぎ先のことを伺っても?」
やはり彼女のクランに?と言いつつクロードくんが視線を向けた先はベルさんだ。まあ普通はそう思うだろうけど、不正解である。ていうか私、ベルさんの所属クランって知らないなぁ。クランに所属していることだけは彼女本人から聞いてるけど。とはいえ討伐者界隈に明るくない私なので、クラン名聞いてもたぶんわからないだろうし。
ベルさん実力者だし、もしかして私でも知ってるような有名クランの人間だったりする可能性もわりとありそうだけども。
「んーん。ちょっと事情があって、別のクランに最初から所属してるの。『ホワイトファング』っていうんだけど」
そう言うとクロードくんはパーティーへと振り向いて「知ってる?」と尋ねる。どうやら優男くんが知ってたみたいで「確かBランククランだね」と答えるのが聞こえた。
ホワイトファングってただの隠れ蓑として結成しただけのクランだったんだけど、所属してる討伐者ってつまり『ヴァイスヤークト』の色んな意味でキレた奴等なわけで、戦闘能力は折り紙付きだ。結果として金策と訓練がてらにゴリゴリ依頼を消化してスコアを積み上げて、いつの間にやらBランクの中堅クランである。実質クランリーダーとして運営を一手に任せているヴァイオラおじさんの手腕のおかげでもあるんだろうけど。
ちなみにクランに所属しているのはあくまでも私だけであり、リスティはフリーなのだが、どの道彼女もクランに所属するわけにはいかない人間なのでここはミスリードを誘わせてもらおう。
違うクランの人間でもパーティーは組めるし、依頼の受注条件を満たすためにロビーで即席のメンバーを募るとかよくある光景らしいけど、クロードくん達が望んでいるのは長期的に一緒に活動出来る仲間だろうから、現状で無所属とか移籍が可能な人間が望ましいはずだ。
「ところでキミ達、結構腕が立ちそうだけど、なんでここに?」
徐にそう問い掛けたのはベルさんだ。
それは私も気になっていた。ただ、それ言い始めるとベルさんこそ『なんでここに?』なんだけども。
「ああいえ、実は僕達、少し前まで六人パーティーだったんです。でも、とある討伐依頼の際に仲間を二人喪いまして。ここはその内の一人の故郷なんですよ。眠るならば故郷の土が良かろうと」
喪った仲間の墓を建てるためにバッヘル領を訪れたというわけか。
連れ添った仲間と死に別れるのは辛いことだが、それが珍しくないことであるのも事実。欠員の補充も考えなくてはならないから、ついでに領内の支部を覗いて見て、私達を発見したという経緯のようだ。
その時であった。ロビーの一角、受付窓口のほうがなにやら騒がしいことに気付く。
私達は会話を中断してそちらの様子を伺う。
「なんでしょうね……?」
「緊急事態かな」
クロードくんとベルさんが小声で会話する。
どうやら、今しがた黒い森から帰ってきた地元の討伐者が、血相を変えて窓口に噛り付いているようだ。対応しているのは受付嬢ではなく、呼ばれて出てきたその上司の職員らしい。
「『マンティス』を見た!たぶん一体だけだと思うが、結構でけえ個体だッ」
大声で訴える言葉はロビー中に響いた。周囲の討伐者達のざわめきもいや増す。
「マンティス種か……ここの森の規模で考えると、出現し得る魔物の中では最も強力な類かな」
「ですね。ここで活動してる方々には、少々厳しい相手かもしれません」
ベルさんの言葉にクロードくんが同意する。私はその魔物種のことは見たことがないが知っている。一言で言えばカマキリのバケモノみたいなやつのはずだ。鋭利且つ巨大な刃を有する腕と、高い瞬発力を発揮する強靭な脚、そして靭性に富み物理攻撃に強い甲殻を纏った厄介な種であるという認識だが。
「そんなに強いの?」
「いや、群れならともかく、単体ならそこまでではないよ。討伐依頼が出るとすれば、パーティーでならDランク、ソロ討伐ならCランク相当だね」
私の質問にはベルさんが答えてくれた。その意味するところとは、ベルさんくらいの討伐者――即ちレベル3であればソロでも討伐出来る相手だということだ。ここで活動している討伐者は大部分がレベル2の人間なので、パーティーを組めばDランク相当。一応適性ランクであると言えなくはないが、クロードくんが評価したように、実際は厳しいところだと思われる。
何故って、ここで活動している討伐者はその殆どが生活のために魔物を狩っている者達だからだ。だから弱いと決め付けるつもりはないが、事実として実力が振るわないからここに甘んじているという面はあるはずだ。適性ランクである以上、彼等にだってマンティス種を狩ることが出来る。しかし、その適性というのは相手が単体である、という前提に基くものでしかない。これが実は群れの規模でしたとなるとDランクのパーティーで対応するのは難しいので、そうなると他所から援軍を募ることになるが、当然その間は黒い森に入れない。入れるけど、死んでも自己責任だと言ったほうがいいか。
ただ、まあ。今回は運が良かった。
「どうだろう、四人でもやれると思うかい?」
クロードくんがパーティーメンバーへと振り返って問い掛けると、彼等からは口々に肯定の返事があった。
彼等は見た感じ腕が立つみたいだし、マンティス種出現の報にも全然動揺してないあたり、たぶん普通に余裕なのだろう。任せておけば問題なさそうだなと暢気に思っていると、ふいにクロードくんがこちらを見た。
そして彼が口を開こうとした時、
「言っておくけど、スレイさんはダメだよ」
ベルさんが口を挟む。彼女の言葉はクロードくんの機先を制するタイミングで放たれたが、彼女はあくまでも私に話し掛けていて、クロードくんを気にした素振りはない。
だから私は話を合わせることにした。
「え?なんのことかしら?」
「スレイさんのことだから、彼等のパーティーに入れてもらえば自分も行けるとか考えていたんだろう?ダメだからね、キミにはまだ早いよ」
「そんなぁ!あ、じゃああのベルさんも一緒なら、」
「だーめ!甘い考えは死に繋がるよ。一緒に居ても常に守ってあげられるわけじゃないんだ。せめて自分を守れるくらいの実力をつけてからにしなさい。今回は諦めること!」
「はーい……」
私はしょんぼりと肩を落として見せる。
「そういうことだから、このじゃじゃ馬が変な気を起こす前に、討伐しちゃってくださいな」
「あはは……わかりました。皆、行こうか」
ベルさんの言葉を受けて、クロードくんは苦笑を浮かべながらも頷くと、メンバーと連れ立って受付のほうへと歩いて行った。
彼等が充分に離れてから、ベルさんが表情を動かさずに口を開いた。
「ごめんね」
「いいけど、彼等になにか思うところでも?」
ベルさんは、先程敢えて口を挟んだのだ。クロードくんがおそらく私達をパーティーに誘おうとしたタイミングで、邪魔するように。その意図を誤魔化すために、逸る私を諫めるという体で、私に対する勧誘を先んじて封殺したのである。
あれが方便でしかないことは私が良く理解している。だってベルさんは『せめて自衛が出来るようになってから』と言ったが、ここまでの活動で一緒に黒い森に繰り出して私の戦闘行動を見ている彼女であれば、私がマンティス種に対抗し得る実力を持っていることを理解しているはずだからだ。
「さっきさ、スレイさん『最近女の子に睨まれてる』って言ってたじゃん」
「ええ」
「あれって、セラフィーナちゃんのことだけじゃないよね」
「そうね」
ここ最近、私とリスティの姿を視線で追いかけていた女の子は二人居る。一人は新米討伐者のセラフィーナちゃん。もう一人はクロードくんパーティーの斥候の子だ。クロードくんをここで見掛けたのは今日が初めてだけど、斥候の子は数日前からちらほら見掛けていた。明らかに地元の討伐者とは雰囲気の違う女の子が居るから気になってはいたのだ。討伐者ギルドは人の流動が活発なので、余所者が一時的に目撃されるのはそこまで珍しいことではないと思って、私はセラフィーナちゃんへの対応と同じように視線に気付かない振りをしていた。
当然リスティも気付いていただろうから、もしかするとその辺の調査も考えて今日は単独行動を申し出たのかも。
クロードくんと接触した今、斥候の子のこれまでの行動の意味を普通に考えるならば、
「パーティーに勧誘したい人間を見定めてたんでしょうね」
「そうだね。あの子が見た目通りに斥候役ならば、至って普通の行動だ。だけど、なんていうか」
そこでベルさんは言葉を区切って、黒い森へと向かうためにロビーを後にするクロードくんパーティーの背中を見遣る。
「なんとなく、くさい」
「ふぅん……」
「だからごめんね。本当は私が邪魔する権利なんてなかったんだけど」
「いいのよ。私を心配してくれたんでしょう?」
それに彼女の機転に乗っかったのは私の意思だ。
別に私はクロードくん達の行動には特にキナ臭いものを感じては居なかったが、少々気になることがないでもない。それこそなんとなく程度の違和感でしかなかったのだが。
あの斥候の子の、目だ。
数日前から私達のことを遠目に観察していた彼女の視線が。どうにも。
「あまり、気分のいい視線ではなかったわね……」




