268話_side_Pr_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"転生令嬢"プリムローズ~
この活動を始めるにあたって、私とリスティは役割分担をした。
私が陽動役。リスティが調査役だ。
アシュタルテのお役目に従事している私はどちらかというと裏家業の人間であるが、諜報分野においてモノホンのプロであるリスティに比べればぺーぺーみたいなものである。私の専門はあくまでも武力制圧なので。よって調査はその道に精通している彼女に任せ、私は彼女が動きやすい環境を作り出すことに腐心した。まあ、アヴァター姿の私の容姿が少しばかり他者の印象に残り過ぎるという事情もなくはない。
ともかく、陽動役である私に求められる動きとは、ずばり『アホであること』だ。能天気で何も考えてないと思われてなんぼ。それでいて出来る限りに人目を惹き、リスティにスポットを当てさせない。
ハイゼン姉妹の姉のほうは感覚的に後先考えずに行動しがちなアホ。だから妹のほうは常にフォローに奔走する羽目になる。何も考えていない姉の分まで情報収集をして方針を立てるのは妹の役目。
そういうロールを自身に課したのである。
私がアホであればあるほどに周囲の油断を誘える。リスティが苦労していればしているほど周囲の同情を誘える。
このバッヘル支部での活動は私達が討伐者の社会に慣れるための慣熟期間であると同時に、私とリスティの役割分担を確立するための試用期間でもあるのだ。現時点では、極めて狙い通りの反応を引き出せていると言えよう。
故に私は、今日も全身全霊で討伐者ライフをエンジョイしてみようと思う。
「――と、思ったのだけど」
ロビーの一角で、私は腕を組んで悩んでいた。
勿論傍らにはパーティーメンバーであるリスティとベルさんの姿がある。いつもならば私がクエストボードから依頼を選んで三人で受けるという流れになるのだが、今日はまだ依頼を受けていない。
黒い森の規模が小さいこともあって、早々に一通りの依頼を制覇してしまったというのもあるが、それ以前にちょっと憂慮することがあって。
「どうしたの?スレイさん」
気遣わしげなベルさんが私の顔を覗き込んでくる。
ちなみに私とベルさんは身長が同じくらいで、リスティだけ頭半分くらい低い。
「それがね、なんか私、ここのところ女の子に睨まれてるのよ」
「姉さんが、というよりは私達姉妹が、という感じですね」
リスティも当然気付いていたようで、ベルさんも心当たりがある様子で「ああ」と頷いた。
実は現在進行形で、ロビーのすみっこに居る件の女の子からの視線を感じている。私は努めてそちらを見ないようにしているし、キャラ的にまったく気付かない振りを通しているのだが、普通に気になる。
睨まれている対象に含まれていないベルさんは、微笑ましそうな顔をしていた。
「元々、ここで活動していた討伐者の子みたいだね」
「孤児院出身の新米男女ペアの片割れですね」
当然リサーチ済みのリスティが教えてくれる情報によると、件の彼女はセラフィーナちゃんという子で、おそらく私と同い年くらいの少女だ。この街の孤児院の出身で、半年ほど前から討伐者として活動しているそうだ。同じ孤児院出身のランディー少年とペアを組んで活動しているらしいが、リスティが他の討伐者から聞いた評価では、残念ながらパッとしない感じみたい。
半年経っても新米から抜け出せていないあたり、相当に苦労しているのだろう。
ベルさんは視界の隅でセラフィーナちゃんのほうを眺めつつ、声のトーンを落として言う。
「可哀そうだけど、珍しい話じゃないよ。孤児が討伐者で身を立てようとするのはね。実際、才能があればこれほどわかりやすく成り上がれる業界はそうそうない。ただ、そうでない場合は、大抵早々に諦めるか、早々に死ぬかだ」
「半年も燻ぶっているのは、相当諦めが悪くて、悪運だけは持っているというところでしょうか」
とまあ、そんな事情を知っちゃうと、私達が睨まれている理由にも想像が付くわけで。
「きっと、スレイさん達が羨ましくてしょうがないんだろうね」
ベルさんはだいぶオブラートに包んでそう言ってくれたが、要するに私達の――てか私の存在が癪に障るのだろう。
なんで少女は私を睨んでいるのか。それは単純明快に不愉快だからである。
討伐者としての立場だけで言えば私達とセラフィーナちゃん達は大差ないのだ。新米という意味で。もっと言えば半年前から活動している彼女等のほうがだいぶ先輩ですらある。伝え聞く周囲からの評価だけでもセラフィーナちゃん達の苦悩は察するに余りあるが、そこにいきなり現れた意味の解らん女が好き放題やっているというのだから、気に障らない方がおかしい。
だって彼女等から見れば、私達はきっと遊び気分で討伐者を始めた放蕩者にしか思えないはずだ。何故なら私達には『生きるため』という切実さがないから。
「私の存在も一因かな。たまにこっちにも視線を感じるよ」
ベルさんは苦笑する。ベテランである彼女が私達と行動を共にしているというのも、セラフィーナちゃんにとっては『なんで?』と思わずには居られないのだろう。これに関しては何故ベルさんが私達と組んでいるのかはベルさんのみぞ知ることだが、仮に新米という条件が同じであったとすれば、ベルさんと先に会ったのが私達ではなくセラフィーナちゃん達だったら、今のこの立ち位置は逆転していたかもしれないと考えるのは無理からぬことだ。
私達が戦闘力的な意味ではただの新米の域を遥かに逸脱していると知っているのは一緒に活動しているベルさんだけだし、討伐スコアを確認しているミレイユさんとかのギルド職員は気付いているだろうが、一般の討伐者には知りようがないことだ。
なおベルさんがベテランであるというのは本人が言ったわけではないが、私とリスティというわかりやすい新米が恙無く活動出来ている理由を外野が考えた際、最も大きなファクターはどう考えてもベルさんの存在なので、自然と周囲からは『新人を導くベテラン』という目線で見られるようになっていた。そもそも、立ち居振る舞いからして熟練者のオーラは出てるから、私達が居なくてもそういう認識になったかもだけど。
なんていうか、場違い感?上級騎士が下町のパン屋で働いてる、みたいな。
まあ、要するに。
セラフィーナちゃんから見た私達って、たまたまベルさんというベテラン討伐者とパーティーを組めたからイージーモードで好き放題やれてるだけの能天気ないけ好かない奴等、といったところか。
あとは、この支部に出入りしてる地元の討伐者(おっちゃん連中だ)から好意的に見られているのも面白くないのかも。セラフィーナちゃんにしてみればこの半年間苦労してきた中で、周りの討伐者って助けてくれない大人っていう認識だろうし。これに関しては前述の通り、私達は意図して周囲にそういう印象を抱かれるように行動しているので、周囲のおじさん達が特別冷酷なわけではないし、セラフィーナちゃんが扱いの違いに憤っているとすればそれは全く以て見当違いな憤りであるわけだが。
だって私達と周囲の討伐者の人達って、利害的には全く以て無関係だし。私の放ったアクティブソナーに正しい反応が返って来ているだけの話だ。身も蓋もない言い方をすれば、私が容姿を利用して媚びを売っているからチヤホヤしてくれてるだけっていう。それが気に入らないんだと言われれば「サーセン」って感じだけど、生憎とこちらも遊びでやってるわけじゃないので。
だからと言って。そうだからと言って!
勿論、罪悪感が無いわけじゃないのだ。セラフィーナちゃん達に対して。
「スレイさんが依頼を受けるのを渋っているのは、あの子……セラフィーナちゃんだっけ?に気を遣ってるからか」
「現状、私達のレベルで受けられる依頼って、どうしてもあの子達と被っちゃうからねぇ」
つまり私達が依頼を受ければ受けるだけ、彼女等の食い扶持を減らしてしまう可能性があるのだ。
するとベルさんは手慰みに鞘から抜いた短剣を眺め眇めつしながら、平坦な調子で言う。
「でもそれ、変に気を遣ってもあの子達のためにならないと思うよ。私は。冷たいことを言うようだけど、競争に負けて淘汰されるならそれまでだ。まだやり直しが利くうちに諦めさせてやるのも……それはそれで慈悲だ」
「言いたいことはわかるわ。でも……」
私達が真剣に討伐者を志すつもりであったならば、ベルさんの言う通りだし、遠慮などしない。だけど違うのだ。新米討伐者のハイゼン姉妹という存在は、遠からず消えてなくなるものでしかないのだ。この調査がいつ終わることになるのかは不明なので明確には言えないが、それでも必ず、いつかの未来でスレイとリスティは忽然と消えてしまう日が来るだろう。
いや、違うか。ライセンス登録されている名前がそもそも偽名なのだから、正しくは、ハイゼン姉妹という人物なんて最初から存在していないのである。
そんな亡霊みたいな存在が、少年少女の夢を潰してしまっていいわけがない。
依頼は一度に一つしか受けられないので、現在、おそらくセラフィーナちゃんとランディー少年は既に受注済みの依頼を遂行中なのだろう。で、なんで彼女があんなところからこちらを威嚇しているのかというと、きっと私がどの依頼をボードから取るのかが気が気でないのだ。
今ボードに残ってる依頼書って、すっかりお馴染みの『不人気シリーズ』ばかりだ。ピークタイムになっても他の討伐者が取っていかないってことはそういうことだ。だけどそれがセラフィーナちゃんにとっては生命線になり得るのだから、私に取って欲しくない依頼があの中にあるのだろう。
「う~ん……」
「姉さんがこんなに悩むなんて、明日は雨ですね」
「雨の森はぬかるむからね。滑ってコケるなんて言うと間抜けな印象だけど、これで死ぬ人って案外馬鹿に出来ないくらいに多いから、準備を怠っちゃあダメだよ」
ベルさんマジレスする前にちょっとはフォローしてくれるとお姉さん嬉しいな。
「そしたら、こうしましょう」
悩み過ぎて雨乞いしかねない姉を見かねて、頼りになる妹が提案をしてくれた。
「今日は姉さんとベルさんの二人パーティーで依頼を受けてくればいいです。それならDランクの依頼が受注出来るので、件の少女の食い扶持を奪うことにはならないでしょう」
「え?……リスティ、貴女天才なの?」
討伐者のパーティーの等級は参加している個人の等級のアベレージとなる。レベル1の私とリスティ、レベル3のベルさんの三人編成だとアベレージはEランクとなるが、私かリスティのどちらかが抜ければアベレージはDランクだ。
ただし、それでDランクの依頼がなんでも受けられるというわけではない。討伐者の等級分布で一番多いのはレベル2の人間であるわけだが、となると畢竟、依頼の等級分布でも最も多くなるのはDランクとなる。というかギルドで受けられる依頼の八割はDランク帯だ。その中でも詳細に受注条件というのが設けられている場合が殆どで、例を挙げれば『ソロのみ』あるいは『パーティーのみ』とか『パーティー人数四人以上』とか。他には専門知識が必要だったり、実績として特定の魔物の討伐経験が必要だったり、魔法使い以外お断りだったり、という具合である。
「私はもちろん構わないのだけど、リスティちゃんはいいの?」
「連日姉に付き合わされて些か疲れてしまったようです。今日は宿に戻って英気を養うことにしますよ」
リスティが半眼でこちらを見たので、私はにっこり笑う。
へへっ、すまねえ!
実際はリスティはこれ幸いと単独行動で調査を行うつもりだろうから、私に異論などあるはずもない。ていうか普通にわくわくなんだけど。Dランク!Dランクですよ!私、気になります!
「そっか。まあ慣れないうちは身体を労わるに越したことはないから。ゆっくり休んでね」
「痛み入ります。ベルさんには、これの世話を押し付けてしまって大変申し訳ないのですが」
「そんな、私だって助かってるんだ。ハイゼンちゃん達強いから。てかスレイさんは平気なの?疲れてない?」
「い、依頼、選んで来ても、い、いいっすか……っ!!」
「あ、すごい元気そう」
「姉さん、その鼻息は淑女としてアウトです」
リスティがなんか言ってるけど、私は聞いちゃいなかった。
興奮冷めやらぬまま、鼻息も荒く(比喩表現に非ず)クエストボードに突撃する。
ちなみに、セラフィーナちゃんは私達が喋っている間にランディー少年と合流して、既に黒い森に向かった後のようだった。




