267話_side_Ser_討伐者ギルド_バッヘル支部
・新米討伐者の話。(なんちゃってじゃないほう)
~"討伐者の少女"セラフィーナ~
夕方の討伐者ギルドで、ロビーのクエストボードを眺める。
わたしは今年で十六歳になる新米討伐者である。わたしは親を知らず、物心ついた時には既に孤児院で生活していた。自力で稼げる年齢になった者は院を出るのがルールなので、十五歳を迎えたわたしも例に倣って外に出た。院の同期の男の子、ランディーが討伐者を志すのに付き合って、半年前にギルドの門戸を叩いたのである。
討伐者のライセンス登録料は高額だ。孤児であったわたしとランディーには逆立ちしたって工面出来ない額だったので、院を出るときにもらった支度金を充てた。わたしは反対したのだ。でもランディーが制止も聞かずに突っ走るから、結局わたしも彼に付いていくためには同じようにせざるを得なかった。
ランディーの言い分にも一理あるのはわかる。支度金を当座の生活費に充てて、この街で仕事を探して、堅実に生きていくことは難しくない。でもそれは同時に、そこから抜け出すことも出来ないということ。貧乏は貧乏なりに貧乏な一生を終える。それでも幸せを掴む人は居るだろうし、わたしはランディーが居ればきっと幸せなのだけど、彼はそうではないのだ。どうせ失うものなんてないのだから挑戦しようと野心を見せる彼に絆されて、わたしも似合わない夢を見た。
現実は、厳しい。
ふと視線を横にずらすと、ロビーの窓硝子に反射して映る自分の姿が見えた。
桜色の頭髪を緩く背に束ね、ぱっちりと大粒の瞳は孤児院に出入りする大人達からよく愛らしいと褒められたものだ。自分でも生意気そうだと思う面立ちは、孤児院育ちの反骨故か。実のところ、磨けば光る容姿なのではと自分では思っているのだけど、いかんせん貧しい孤児院で育った影響か痩せ気味で、発育も良くはない。着飾る暇があるのなら働かなくては生きてこれなかったし、着飾り方を教えてくれる人も居なかった。だから髪はバサバサだし、肌も荒れていて、女子力なんてありゃしない。
身に纏った古びたローブは討伐者にお馴染みの装いであり、特に後衛の人間がよく身に着けている物、らしい。新米らしからぬ年季の入った装備はこれらが中古品であるからで、引退した討伐者なんかが売りに出したものを安く買って再利用しているのだ。
本当はもっと可愛い装備が欲しいんだ。
討伐者だってオシャレをする時代なのだ。都会のほうでは討伐者御用達のブランド物のメーカーとかもあるんだとか。
そう思えど先立つものがなければ話にならない。今の稼ぎではそれも儘ならぬどころか生きていくのに精一杯で、わたしは今日も地道に依頼をこなすしかないのだ。
だから今は、未来の装備ではなく今の依頼を吟味しなくては。
「んーと……」
人影もまばらなギルドロビーの片隅にあるクエストボードは、文字通りギルドに寄せられた依頼が貼り出される場所である。ギルドを訪れた討伐者はここから受ける依頼を選んで、受付に持ち込んで手続きを行うことになる。
新米であるわたしはこの半年間をランディーと二人で依頼をこなして過ごしてきた。彼は元来よく眠る少年で、育ち盛りだからなのか毎日たっぷり眠らないと調子が出ないとぼやく。討伐者の活動時間は夜間だけなので、それ以外の時間は好きなだけ寝ていればいいし、わたしもそうしているのだけど、ランディーの困ったところは寝起きが悪いところだと思う。
こうして依頼を受けるためにギルドに赴くのが自然とわたしの役目となったのも、彼の寝起きの悪さのせいだ。
現在は夕方なので、討伐者の時計で言うならば『早朝』に等しい時間帯だ。こうも早い時間でなくてはならないのは、偏にわたし達が実力に乏しい新米だからであり、つまりは受ける依頼を選ぶことが出来ないからだ。わたし達が普段受けているような依頼は、お小遣い稼ぎのような細やかな報酬しか得られない類のものが多いが、わたし達の実力ではそれが精一杯なのだ。ギルドに出入りしている他の討伐者が気まぐれで簡単な依頼を取っていってしまうと、それだけでわたし達は忽ち困窮してしまう。
だからこそ、他の討伐者が本格的に活動し始めるより前に、ギルドに訪れて依頼を受けておく必要がある。
「はぁ……また薬草採取か」
そうして選んだのはある意味で慣れた仕事。
常に一定の需要があるので、ある意味でわたし達の生命線とも言える。困った時の薬草採取。あるいは新米討伐者御用達の、誰もが通る道。
「半年も薬草拾ってるのは、流石にわたし達くらいだよね」
誰にともなく呟いて、わたしは依頼の紙をボードから剥がすと、慣れた足取りで受付へと進む。
このバッヘル支部はそれなりに田舎の立地で、規模も人口相応である。だから、受付業務を行う窓口の数も控えめ――というか窓口は二つあるのに稼働しているのはいつも一つだけだ。都会の支部とかに行くと窓口だけでもずらりと並んでいるのだと聞いたことがあるけど、わたしがその光景を自身の目で見られる日はいつになることか。
窓口で受付業務を行うのは専門の職員が居て、わたしが依頼書を持っていくと顔見知りのミレイユさんが対応してくれた。彼女はわたしよりも半回りほど年上の女性で、受付としては新米なのだとか。このギルドで働き始めた時期もわたし達と殆ど変わらないとあって、わたしは勝手に少なからず親近感を覚えている相手でもあった。
ちなみにであるが、受付業務を担当する職員は三人居て、ミレイユさんの他にはソニアさんとアマンダさんという壮年のベテランが在籍しており、この三人でローテーションして仕事を回しているらしい。討伐者は男社会であり、この支部で活動している人間も基本的にはおじさんばかりだ。だからなのかミレイユさんが窓口に立っている日と、他の二人が窓口に立っている日ではロビーにたむろしている人口が明らかに違う。そりゃあ、若くて可愛い子と喋りたいのは理解出来なくないけど、そんな光景を見掛けるたびにわたしは白い眼を向けてしまう。男ってしょうもない、と。
「依頼、お願いします」
「はい。承ります」
にこやかに応じてくれたミレイユさんは、なるほど確かに可憐である。男どもが夢中になるのもわからなくはない、とわたしだって思う。
その上に性格も良くて、誰にでも礼儀正しい。ギルドの職員、それも受付担当ともなればそれが当たり前の姿ではあるのだけど、わたし達のような新米相手にも丁寧に接してくれるし、前述したみたいなミレイユさんと喋りたいだけのような迷惑な相手にもにこやかに応じるなんて、余程人間が出来ていないと中々出来ないと思う。少なくともわたしだったら絶対『仕事の邪魔すんな』って言っちゃうし、実際そういう迷惑な輩は他の職員とか討伐者とかが追い払うのだけど。
その点ミレイユさんは、半年も薬草拾いで燻ぶっているようなわたし達に対しても、いつだって親身に、礼儀正しく、笑顔で応援してくれる。
彼女の笑顔に助けられているところがあるのは、否定出来ない。
「それではお気をつけて。いってらっしゃい!」
最後にお馴染みの台詞で送り出される。
このミレイユさんの「いってらっしゃい!」を聞くためだけに依頼を受けに来る男性討伐者も居るとか居ないとか。勿論、依頼を終えて報告に来ると、ミレイユさんは笑顔で「おかえりなさい!」と言ってくれる。
なおこの台詞自体はミレイユさん以外の受付嬢――ソニアさんやアマンダさんも同じように言う、所謂定型文でしかないのだが、それが人によって何故こうも受け取られ方が違うのかというと、つまり若さと可愛さは正義なのである。
さて、依頼を受けたものの、わたしは当然ランディーと一緒でなければ黒い森に入ることはないので、まずは一度ギルドを出てランディーを叩き起こしに帰らなくてはならない。
依頼を受けるのは個人でも可能だけど、受注の際の手続きに人数として含まれていないと達成が実績とならない。だからわたしはランディーと二人のパーティーとして受注手続きをするために彼のライセンスカードを勝手に拝借してきているのだけど、これって厳密にはルール違反だ。他人のカードを使って勝手に依頼を受けたり報酬を受け取ったり出来ないように、手続きの際に本人確認をしなくてはならないし、本人が居なければ手続き出来ないことになっている。ミレイユさん始めバッヘル支部の職員さんはわたし達の事情――孤児院出身の新米ペアという嬉しくない風評――を知っているので、特別に目溢ししてくれているだけなのである。
ローテクだから出来る裏技なんだそうですよ、とはミレイユさんがこっそり教えてくれた。
「よし……今日もがんばろう」
色々と思うところは在れど、まずは食い扶持を稼がなくてはならないのだ。わたし達には夢や希望の下地が足りていない。わたしは小さく気合を入れると大股でロビーを出る。
なにはともあれ、ランディーを叩き起こすところからだ。
鬱蒼と茂る木立が開けた場所に、深々と月明りが注いでいた。
黒い森の只中に浮かぶ草原に、わたし達は居た。
中古品の前衛装備を身に着けた赤髪の少年は、わたしのパートナーであるランディーだ。同じく中古品の後衛装備を身に着けたわたしと一緒に、依頼遂行の真っ最中である。
夕方にギルドで受けた薬草採取の依頼に、わたしはランディーとともに赴いていた。
「草むしりもいい加減飽きたよなー」
「ちょっと、ぼやいてないで真面目にやってよね」
小言が多いランディーに注意すると、彼からは「やってるって」という台詞とは裏腹に気怠そうな返答があった。口ではランディーの態度を嗜めているものの、実際のところわたしだって同じような気持ちを抱いているので、彼がぼやきたくなるのもわかってしまう。
しかしながら、二人で薬草採取をする以上、どちらかが周囲を警戒していないといけない。そうなると魔物が襲ってきた際に立ちはだかれるランディーが警戒役をするしかないので、わたしは彼に背中を任せて無心でむしむしするのだ。つまりランディーが真面目に警戒してくれないとわたしの命に関わる。
「この前みたいに、いつ魔物が出てもおかしくないんだよ?」
「警戒を怠るな、だろ?わぁーってるって」
討伐者という職業は魔物と戦うものである。
魔物とは平たく言えば人間の敵であり、『魔界』と呼ばれる場所にて発生し、人間の世界に侵攻してくる。そしてその橋頭保となるのが黒い森であり、ここがわたし達討伐者の仕事場である。
討伐者とは黒い森に侵入して魔物を狩る者だ。この行動には人間の営みを支える二つの大きな役割があって、一つは黒い森の拡大抑止。黒い森で魔物種の跋扈を許せば、増えた魔物の生息域を確保するために黒い森は規模を拡大し始める。正確な因果関係はわかっていないが、黒い森の魔物を間引くことで森自体の拡大を抑止することが出来るのだ。
そしてもう一つが倒した魔物や森そのものから得られる素材の存在だ。これは人間の日々の暮らしから文化の発展に至るまで、あらゆることに関わり得る資源であるので、これを持ち帰ることが魔物討伐と並んで討伐者の本分である。
まあ、飽くまでも建前上は、という話だけど。
実際にはまさにわたし達みたいに、日銭を稼ぐために魔物を狩っている討伐者も珍しくないし、黒い森の規模が小さくなるほどそういう生活討伐者の割合は増える傾向にあるようだ。
つまり、討伐者とは魔物を狩る者なのだが、わたし達は未だ一度も討伐系の依頼をこなしたことがなかった。
黒い森に出入りする以上、魔物とはどうしたって遭遇するし、実際に戦って倒したことだってそれなりに経験している。けれど依頼としては一度もない。
その理由は簡単で、そもそも討伐系の依頼を受けることが出来ないからだ。ランクが足りなくて受けられないという事情もあるし、それ以前にわたし達には実力が足りない。例えばクラブ種の討伐依頼なんて他の討伐者にとってはいつでも受注出来る飯のタネでしかないのだが、わたし達には危険過ぎる。群れで行動するクラブ種に囲まれたらリンチされる未来しか見えないので、出くわしたら一目散に逃げるようにしている。
こうして薬草採取をしている際に魔物に遭遇することもあるが、それが単体の相手で、わたしとランディーの二人で倒せる相手なら戦うけど、群れだったりしたらまず逃げる。そうするともうそこで採取は出来ないので場所を移す。そんなことをしているから只の薬草採取にも矢鱈と時間が掛かったりする。だからいつまでも貧乏で底辺から抜け出せない。
頭数を揃えれば話は違う。仮にわたしとランディーが三人ずつ居てフルメンバーのパーティーが組めれば、受けられる依頼の選択肢は一気に広がるだろう。でもダメだ。パーティーで依頼を受ければ、当たり前に人数の分だけ個人の取り分は減るのだから。わたし達のような孤児で、武力も知識も技術もない子供を進んでパーティーに入れてくれるお人好しなんて居るわけがない。
「俺達、来年もまだ薬草採取してたりして」
「やめてよぞっとしない」
片や雑に毟った薬草を採取袋に突っ込みながら、片や中古の剣を片手に周辺警戒をしながら、わたし達は取り留めもない会話を交わす。
「俺は草むしりのために討伐者になったんじゃねーってのに」
何度も聞いたランディーのぼやきに対して、わたしはふと、呟いてしまう。
「……ねえ、そろそろ潮時じゃないかな」
いつまでこんなことを続けるのか、というわたしの言葉に対し、ランディーは一瞬詰まり、それから捲し立てるように言った。
「俺はやめねーぞ。やめるならセラ一人でやめろよな」
「…………」
「俺はぜってー、討伐者で一旗あげてやるんだ」
わたし達は同じ孤児院の出身である。
黒い森の近隣の街には在住の討伐者が多く、人死にが珍しくない職業であるだけに残される未亡人や孤児もまた珍しくない。わたし達の居た孤児院はそういう孤児を引き取っていた場所で、有志からのなけなしの寄付で運営しているような施設なので常に貧しかった。孤児院の経営に余裕はなく、外で働ける年齢になって身体が出来上がった者から順に、強制的に卒業させられることになる。わたしとランディーは半年前に孤児院を卒業し、そしてわたしは、予てからの野望であった討伐者を志したランディーに半ば引っ張られる形で道を同じくしたのだ。
実際、ランディーの野望には共感出来るのだ。
なんの後ろ盾もない孤児の出身であっても、腕っぷしと実績がモノを言う討伐者の世界であれば一角の人物に成り上がることが出来るのだ。容易なわけがないが、少なくとも、その可能性が僅かながらも存在しているのである。
勿論、魔物と戦うことも黒い森に繰り出すことも決して安全なことではない。常に危険だし、命を失う者も後を絶たない。
日銭を稼いで生きていくだけであれば、このような危険な職業を選ぶ必要はない。
だけれどわたし達は孤児だ。
財もなければ学もない。勿論伝手もないから、そんなわたし達が就ける職業は高が知れている。高望みをしなければ選択肢はある。でもそれって本当に底辺の生活レベルだ。ちょっとでも贅沢を望めば、わたしなんかは代償に身体を売るしかないだろうし、実際過去に孤児院を卒業した者達の中には、そういう職に就いている者が少なくないのだ。
例え命の危険が少ないとしても、そんな未来は御免であった。
幸いにしてランディーは運動神経が良く、良く寝る代わりに孤児のわりには身体も出来ている。
そしてわたしには実は魔法の才能があるのだ。所謂『魔法モデル』とやらを全く知らないし学べる環境でもなかったので、魔法らしい魔法なんて使えないけど、デミであるランディーとは明確に異なり、わたしはわたしの魔力を操ることが出来るし、極めて非効率で原始的な『魔法のようなもの』を使うことが出来た。それだけで食べていくには遥かに心もとない才覚ではあるが、何も持っていないわたしに唯一与えられた武器である。
二人で力を合わせれば、立身出世とまではいかずとも討伐者として普通に生きていくことくらいは出来ると、そう考えていたわたしもきっと甘かったのだ。日々薬草とか虫とかの採取に精を出しているので生活するだけの収入はあるが、それで精一杯だった。二人で借りている狭い部屋の家賃を払い、日々の糧を調達したらそれだけで手元には一銭も残らない。これでは装備を新調することも、スキルアップのために投資することも出来ない。
そんな暮らしを、もう半年も続けているのだ。
こんな心許無い暮らしがいつまでも続けられるとは、わたしもランディーも思っていない。だって、日銭を稼ぐだけで限界ならば、例えばそのための命綱であるランディーの剣が壊れてしまったら。
修理するお金なんてあるわけないし、中古とはいえ歴とした魔法具である剣がなければ魔物に対抗出来ないので、そもそもお金を稼ぐために森に入ることすら出来なくなってしまう。
なにか少しでも、歯車が欠けたら。
おそらくその瞬間に、わたし達の未来は閉じるのだろう。
わたし達は、そういう今を生きている。




