265話_side_Pr_黒い森
~"転生令嬢"プリムローズ~
先頭を歩いていたベルさんに、木立の中から躍り出た小さな影が襲い掛かる。
それは奇妙に甲高い声で咆哮しつつ、片手に持った粗末な棍棒を振り被り、勢いよく叩き付けた。
「おっと」
ひょいっと身を躱したベルさんは、お返しとばかりに長い脚をしならせて、打擲の如きハイキックを繰り出す。
強かに胴体を蹴り飛ばされた小さな魔物――クラブ種は「ぴぎぃ!」と悲鳴を上げて吹っ飛び、名前の由来である棍棒をあっさりと取り落として、ゴロゴロと地面を転がっていった。
「ようやくお出ましか。一匹見付けたら十匹は居るから、周囲に気を付けて」
ベルさんの注意喚起が終わるかどうかというタイミングで、その言葉通りに複数のクラブ種がぞろぞろと姿を現す。低い知能故か、数で勝るのにこちらを包囲したりしようとはせず、それどころか身を隠すでもなく馬鹿正直に出てきてくれた。
犬面の猿、という表現通りの外見は人間の大人よりも小さく、まあ普段の私よりは大きい程度。つまりは子供と大差ない体格。しかしながらその小柄な肉体は殆どが筋肉なので、これが意外なくらいに力が強い。質量に乏しいので、ベルさんみたいな女性でも単体相手ならば今のようにあしらえるが、複数に掴みかかられると振り解くのが難しい。
荒い息とともによだれを垂らす様相は、魔力が滴る上質な餌を見付けて興奮冷めやらぬといったところか。
これはどちらが狩る側であるのかを教育してやらねばなるまい。
「授業料は命ってことで」
言いつつ、身振りで私達がやることを示すと、ベルさんは「じゃあ、お手並み拝見」と言って後ろに下がった。
魔物の群れに向かい合った私とリスティだが、そこからリスティが更に一歩前に出る。彼女は衣服の襟元を少しだけ緩めると、首から下げていたペンダントを引っ張り出す。
そのまま片手に持ったペンダントトップはロザリオの形をしていて、私にとってはそこはかとなく見覚えのある意匠だ。
というか、どこぞのシスターが光剣の媒介にしているものと全く同じデザインなわけだけども。
「レストレーション……大鎌!」
リスティの宣言とともにロザリオが光を放ち、その輝きが形状を変じて瞬く間にリスティの身の丈を超える大きさにまでなる。生み出された凶悪なシルエットは、長物の巨大な鎌である。青い燐光を秘めた金属を基幹に、透き通るような白い刃と、荘厳なまでに重厚な金色のレリーフを纏った芸術的な凶器の姿。
漫画『レガリアMS』の主人公であるドロシーが愛用していた武装で、使用者の意思に応じて形状を変ずる『レストレーション・アームズ』と呼ばれるものだ。形状記憶合金ならぬ、謂わば形態記憶武器。たった今リスティが顕現した大鎌は武装が内包した複数の『記憶』の一つに過ぎず、ついでに言えばリスティ的には使い勝手が良くないので殆ど使用しない不遇な形態でもある。
敢えてそれを使うのは、たぶんカモフラージュの一環なのだろう。ドロシーとして使っていた形態を避けた結果、滅多に使われない形態が日の目を見たようだ。
さて。妹がやる気満々なので、お姉ちゃんはお膳立てをすることにしよう。
「ふんふんふー…ん、と」
鼻歌混じりに魔力を飛ばして周囲に展開するクラブ種の位置と個体数を特定する。その数十四体。一応木々などの遮蔽物に隠れた個体が居ないかも調べたが、潔いのか馬鹿なのか、見えてる分で全部だった。
というわけで、パチンと指を鳴らして魔法を発動。
「『輝く縛鎖』」
いつかにシスターレイチェルが使っていた、光り輝く縛鎖のバインドである。ちなみに私が魔法を使う時に宣言を行う意味は実質皆無なのだが、それでも魔法の名前を言うのは――
――カッコイイからである(迫真)。
勿論決めポーズをするのも以下同文。
私の周囲から発生した光の鎖は恐るべき速度で虚空を奔り、寸分違わず全てのクラブ種をそれぞれに縛り上げた。ちょっとばかり速過ぎたのか、魔物諸君はまるで反応出来ていない。
もんどりうって倒れる魔物達に対して、リスティが魔法を唱える。大鎌を構えて腰を落とした彼女の、その足元の影が鋭く伸展する。まるでマリアのアヴァターのような光景だが、地を這う影が途中で幾重にも枝分かれしながら伸び、湧き立つ漆黒の腕となって魔物を手繰り寄せる。
闇属性魔法の『手繰る漆黒』だ。
私のバインドで雁字搦めの魔物には抗う術もない。
強制的にリスティの眼前まで引き摺られて一塊にされた十四体のクラブ種が、甲高い叫び声を立てる醜悪な団子と化す。凛然とした眼光でそれを見据え、リスティが振り被った大鎌が魔力を纏って肥大化する。燃え盛る黒い炎のようにも見えるそれは、闇属性魔法に特徴的な破壊の概念が視覚化されたものであった。
踏み込みと共に、身体全部を躍動させて、繰り出すは渾身の薙ぎ払い!
「『破滅の奔流』ッ!!」
範囲攻撃と化した黒い横薙ぎは、醜悪な団子と化したクラブ種を一網打尽に飲み込んで、消し飛ばした。
まるで昇華して霧散したかの如く、まるで抵抗すらなくスッと消えた。単純に、魔物の耐久性に対してリスティの魔法の攻撃力が高過ぎたのだ。宣言をしている分だけ威力は下がっているはずだし、リスティは攻撃範囲を重視して魔法を選択しただけなのだろうけど、要するに手加減してもこの有様になる程度には、彼我の戦力差が歴然なのだ。
後ろに居たベルさんがライセンスカードを見ていたので、訊いてみる。
「あとどんなもん?」
「今のをもう二回繰り返すと、今日のお仕事終了だね」
一回五秒で片付いたから、計十五秒で完了する簡単なお仕事ですね。ええ、はい。
「依頼遂行の殆どは獲物を捜索してる時間なのね……」
「まあ、そうね。普通は群れごと消したりしないし、討伐にももうちょっと時間を掛けるけどね」
えへへぇ、ウチの妹すごいでしょお。
などと私は我がことのようにドヤ顔待ったなしだったのだが、どういうわけかベルさんは苦笑気味だ。
「ちなみに、クラブ種は群れからはぐれると新しい群れを探す習性があってね」
そう言われて私も以前に勉強した内容を今更思い出す。
「?………………あっ」
察し。
これは、やらかしましたねぇ。
訝し気なリスティがベルさんと私の間で視線を往復させる。そんなリスティに、ベルさんが気まずそうに、
「だからまあ、適当に傷めつけた後で敢えて一匹だけ残しておくと、他の群れのところに案内してくれるんだ」
「え?」
「そうやって連鎖的に討伐するのがクラブ種討伐のセオリーなんだけども」
説明されて理解した様子のリスティは、肩に大鎌を担いだままの姿勢で、がっくしと項垂れた。
「すみません……調子に乗りました」
「いや!先に言わなかった私が悪いんだっ。ハイゼンちゃん達がビギナーだって知ってたのに」
それを言い出したら、リスティの実力もクラブ種の習性も両方知っている立場だったにも関わらず、さっぱり忘れて能天気にキャッキャとか言ってたどこかのアホ野郎が一番罪深いのですがね。私のことですがね。
「ごめんねリスティ、馬鹿なお姉ちゃんを罵って!」
「このばかやろうが!」
「ありがとうございます!」
冗談言ってるけど、わりとガチの失敗であることは言うまでもない。
でもしょうがないじゃん笑うしかないじゃん。
ちゃんとセオリーを守っておけば、あとは泳がせておいた魔物を追跡して他の群れまで案内してもらうだけの仕事になったのに。
「…………次、探そっか」
「「はい」」
ベルさんに促され、私達は三者三様に反省しつつ次なる獲物を捜索するのだった。
結局、私達が依頼を片付けて支部に戻ったのは夜も更けて、日付が変わってからのことだった。
あの後、他のクラブ種を探して森を彷徨う過程で遭遇した他の魔物を轢き殺し、それなりにスコアを稼いだ。最終的にはクラブ種討伐依頼の成功報酬より通り魔的に討伐したスコアの報酬のほうが多いくらいだ。
というわけでベルさんも無事に宿代を確保出来たので、私達は滞在先の宿に戻ってきた。支部の周辺には討伐者を相手に営業している宿泊施設がいくつか点在しているが、私とリスティはその中でも一番清潔で治安の良さそうな場所を滞在先に選んだ。若干値は張るが、快適に越したことはないということで。どうやらベルさんが滞在先に決めていたのも同じ場所だったようだ。
知らない人も居るかもしれないけど、実は私って侯爵家の令嬢なので、仮にこの街で最もグレードの高い宿であろうとも私にとっては安宿というより他にないのだが、生憎と私は世間一般で言われるご令嬢とは潜ってきた修羅場の数が違うので、どんな寝床でも平気のへっちゃらなんだなこれが。普通のご令嬢はそもそも修羅場潜ったりしないって?それな。
「では!私達の出会いと仕事の成功を祝して――――「「乾杯!」」」
宿の一階に併設された酒場で、仕事終わりの一杯である。
ベルさんの音頭でグラスを鳴らし、三人揃って一気に呷る。
「~~~~くぅぅっこの一杯のために生きてるぅ!」
めっちゃうまそうに酒を呷ったベルさんが満足気な息を吐く。仕草も台詞もおっさんそのものであるが、彼女みたいな美人がやるとそれでも色っぽく見える。だいぶギリだけど。
飲酒すると顔に出るタイプなのか、すぐにほんのりと色付いたベルさんを見遣りつつ、私は適当に肴を摘む。
流石は討伐者御用達の宿というべきか、かなり良い時間だというのに酒場は大繁盛のピークタイムの様相を見せている。察するに、私達と同じように仕事終わりの討伐者が立ち寄っているのだろう。周囲の会話に聞き耳を立てるまでもなく、魔物がどうとか依頼がどうとか聞こえてくる。田舎の支部だし活動している討伐者の数も多くないと聞いていたが、こうして見ると意外なくらいに人が多い。まあ、もしかすると大半は地元の人間なのかもしれないが。
討伐者には夜通し活動して朝に帰る者も少なくないはずなので、現在の時刻は討伐者界隈では『早上がり』みたいなものなのかも。
「にしても、みんな元気ねぇ」
眠くないのかしら、周囲を見回して呟くと、早くも二杯目を空にしたベルさんが反応した。
「討伐者なんてやってると、自然と昼夜逆転しちゃうから。朝日が昇ると眠くなるってね。ていうか、そういうスレイさんやリスティちゃんも全然眠そうには見えないけど」
単純に、夜更かし慣れてますねん。
「この仕事、むしろ昼夜逆転したほうが調子がいいまであるんだけど、それはそれで日常生活に不便があったりしてさぁ。ウチの息子も討伐者やってんだけど、今年から普通に学校に通い出したのよ。そしたら、夜型の生活に慣れ過ぎたせいで、日中の授業が眠いのなんのって大変らしいわ」
けらけらとと陽気に笑うベルさんの話を半分くらいに聞きつつ、なんか『徹夜明けでつれーわー』てきな大学生みたいなこと言ってるなと適当な感想を抱き、そこで遅れて衝撃の事実に気付く。
「って、え!?ベルさん子供居るの!!!?」
「え?うん。居るけど」
「ちょ、え、おいくつ……?」
「私?子供?」
どっちも!と言い募ると、彼女は不思議そうな顔で答える。
「私、今年で三十五だけど。息子は十六かな」
「ばかなっ!!」
この容姿で、三十五歳……だと……?
今の私のアヴァター姿って前世の容姿がベースだから、一応前世の享年と同じ二十七歳設定なんだけども、普通にそれと同年代くらいだと思ってたわ。いっても三十は越えないなって。ついでに言っておくとリスティは二十歳の設定だが、これは彼女の肉体がそのようにデザインされているから、それに倣った形である。
ていうかちょっと待って、息子さん今年で十六歳って言ったよね。
私と同い年じゃねえかどういうことだ!!
てことはなに?ベルさんって私の母親世代ってことなの?どういうことなの?
「???、??。??」
「ね、ねえリスティちゃん。お姉さんはどうしちゃったの……?」
「受け入れがたい現実に晒されて思考が困窮しているだけなので、お気になさらず」
「そ、そう……ちなみにおたくらはおいくつ?」
「私は二十歳で、姉は二十七です」
「あ、結構離れてるんだね。リスティちゃん大人っぽいからもっと上だと思ってたし、お姉さんは可愛いからもっと下だと思ってたよ」
「老けてる妹とガキっぽい姉ですね。よく言われます」
ベルさんがお母さんかぁ……。
なにそれ夢が広がりんぐ。てか息子さん羨まし過ぎない?生まれた瞬間勝ち組か。
ウチの性格地雷なお母様と取り換えて欲しいとは全く思わないけど、取り換えてくれないかなぁ(混乱)。
なお、今のはベルさんのほうから話題に出してくれたので思わず訊いてしまったが、基本的に私達は彼女の素性については詮索するつもりがない。何故ならば、あからさまに『訳ありです』と言わんばかりの私達にベルさんがなにも核心を訊かないで居てくれるからだ。
ベルさんには後ろ昏い事情があるわけではないと思うが、初対面のときに愛称だけを名乗ったことから、素性を隠す意図があることだけは察せられる。予想としては、たぶん討伐者界隈ではそれなりに名を知られた人だったりするとか、そんなところだろう。
「ベルさんは、明日からどうするのですか?また私達とともに行動するのですか?」
「え?ダメ?私すっかりそのつもりだったけど」
「私達としては願ってもない話ですが、貴女はよろしいので?」
確か、所属クランの同僚が遅れて到着するとか言ってたよね。と私が確認すると彼女は頷いた。
「うん。だからそれまでは一人だし、日銭も稼がなきゃだから、むしろ私のほうからお願いっ!」
そう言ってベルさんは顔の前で両手をぺちんと合わせ、その後ろから小首を傾げて上目遣いに覗き込んでくる。
ううむ、この子持ちのママさんとはとても思えないあざと可愛い仕草。癒される。
ゆるがばフェイスに定評のある私がによによしていると、横のリスティはゴミを見るような半眼をくれた。
「見ての通り、姉さんは是非もないようなので……明日からも宜しくお願いします」
「しまーす!」
「うん。よろしくね。二人とも」
こうして、私とリスティの討伐者生活が始まったのであった。




