264話_side_Pr_黒い森
・最初の獲物は実質ゴブリン。所謂お約束というやつ。
~"転生令嬢"プリムローズ~
どうも、姉です。
憧れの『職業:姉』になれたので、浮かれています。
アーチ形の転移門を抜けると、そこは既に黒い森だ。森の木立にぎりぎり呑まれない程度の外縁部。転移のアーチは二つで一つのシステムなので、黒い森側のアーチを保持しておかなければ通行出来なくなってしまう都合上、黒い森側のアーチ周辺には結界魔法の陣地が敷かれていた。所謂セーフゾーンとなっているのだ。
周囲には私達以外にも日銭を稼ぐために繰り出していく討伐者がチラホラ。彼等は私達の姿を物珍しそうに眺めていくが、まあ余所者な上に女三人パーティーともなれば好奇の視線を浴びるのは致し方ない。
転移門の周辺には光源としていくつかの篝火が焚かれていて、ぱちぱちと爆ぜる音を立てて火の粉が舞い、風に乗って夜空へと消えていく。ふと、なんかいい匂いがするなと思ったら、篝火に紛れて用意された炭火で肉を焼いている一団が居て、腹ごしらえをして森に向かうのか、あるいは小休止なのか知らないが、串焼きを片手に談笑しているようだ。他にも、古びた作業台の前に立って念入りに装備の分解清掃をしているおっちゃんとか、あろうことか地面で雑魚寝している者達も居たりして、ちょっとしたベースキャンプの趣であった。
なんで支部に戻らず黒い森の側で寛いでいるのか不思議だが、たぶん彼等にとってはこれが日々の生活の一部と化しているのだろう。このノリを拗らせると、ゆくゆくは黒い森の只中でカップ麺食べ始めたりするんだろうな。
私個人としては、なんか『これぞ討伐者!』って感じで嫌いじゃない空気である。
「ところで、一応パーティーリーダーを決めておいたほうが良いと思うんだけど、どうする?」
そう切り出したのはベルさんだ。
私とリスティ二人の場合であれば、雇い主は私ということでこちらがリーダーを務めることにしていた。私達のパーティーにベルさんが加わったという形であれば、リーダーは私ということになるのだが。
「「ベルさんで」」
姉妹で異口同音に告げると、ベルさんは面白そうな笑みで「了解」と返した。
普通に考えて一番経験豊富な人に任せるよねっていう。まあ、ベルさんがどの程度経験を積んでいるのかは知らないが、ぺーぺーの私達よりは先輩なのは間違いないわけで。リーダーってのは司令塔だから、求められるのは経験も然ることながら、保有する能力の適性も大事だし、なによりメンバーからの信頼がなければ立ち行かない。その点、私達はさっき出会ったばかりの即席パーティーでしかないので、リーダーという役割も形式的なものにならざるを得ず、然程深刻に考えることでもないだろう。
とりあえず、お試し感覚でやってみようと結論して、私達パーティーは黒い森の奥へと脚を踏み出した。
「そもそも互いの技能もよく知らないから、その辺も確認しながら行こうか」
「はーい」
私とリスティは姉妹設定なので、互いのことをある程度は知っていないとおかしいため事前に情報の擦り合わせを行っているが、ベルさんに関してはまったく見知らぬ人である。腰に装備した両短剣を獲物として使う近接型の戦闘者だろうなとは思うが、わかることといえばそれくらいで、彼女が魔法使いなのかどうかすら知らないのだ。
「ベルさんは魔法使い?」
「そうだよ」
なので訊いてみると、実にあっけらかんとした答えが返って来た。
その答えに続いて、今度は彼女のほうから質問が投げ掛けられる。
「ときにスレイさん。討伐者の全体に占める魔法使いの割合を知っているかな?」
試すような笑みを浮かべたベルさんに問われて、私は少し考えた。
「うーん、二割くらい?」
エンディミオンで生活していると忘れがちだが、そもそも魔法というのは古くは特権階級である貴族の持ち物であった。今では平民でも魔法を使える者が珍しくない社会となっているが、それでも依然として希少技能には違いないのだ。
んで、リヒティナリア王政府の調査発表によると、近年の王国民における魔法使いの割合は全人口の一割程度とされている。これは見込みの数字なので実際にはもう少し増減するだろう。それに倣えば討伐者人口における魔法使いの割合も同程度になるのかもしれないが、実際には非魔法使いは魔法使いよりも死にやすいので、相対的に魔法使いの割合が多くなって二割という予想だ。
戦力単位であるパーティーの最大人数が六人なので、一パーティーに一人魔法使いが居ると考えれば妥当な気がする。
「おしい!最新のデータだと魔法使い三割って言われてるよ」
「あれ、意外と居るのね」
「だね。ただ、基本的に魔法使いは大手クランに優先的に囲われちゃうから、大半はもっと都会で活動してる。ここみたいな田舎ではそれほど見掛けないかな。私らのパーティーは魔法使い率十割っていう超贅沢編成だね」
「人数は三人しか居ませんけどね」
ベルさん先生曰く、討伐者人口における魔法使いの割合は約三割。ではそれ以外の七割は非魔法使いということになるのだが、実はその中で更に分類が分けられている。
世の中で魔法使いと呼ばれる人間は、魔力的な素養を有し魔法を使うことが出来る人間を指す。私達のことであり、エンディミオンに通っている学生達のことである。それに対して非魔法使いと呼ばれるのは魔法を使うことが出来ない人間となるわけだが、実は非魔法使いでも魔力的な素養を有する者が存在するのだ。彼等は魔力を認識することが出来るが、魔法を使うことは出来ない。要するに自身が保有する魔力を認識しているものの、魔法モデルを理解出来ないので魔法を使うことは出来ないということだ。
世間ではこのような非魔法使いを『デミ』と呼ぶ。
「討伐者の内訳で一番割合が多いのはデミだ。魔法使い三割、デミ五割と言われてるけど、デミの割合は年々増え続けてる」
「まあ、全人口で見てもデミの割合は増加傾向ですしね」
貴族と平民の混血が進み、平民の魔法使いが増加しているのが昨今の情勢だが、それ以上に増えているのがデミだ。魔法モデルを理解出来るかどうかというのに明確な条件が判明しているわけではないから、魔法使いとデミを隔てる条件もまた、明確にはわからないままなのだ。
なお、王国の人口における割合だと魔法使いが一割、残りが非魔法使い。そして非魔法使いのおよそ半数がデミであると言われる。魔法を使うことが出来ないのに魔力を認識出来る意味があるのかというと、ぶっちゃけ殆ど意味がない。何故ならば本当にただ『あることがわかる』というだけで、能動的にそれをどうこうする手段がないから。
しかし地味な特典としては、魔法具を使う際に有利だということがある。
魔法の道具である魔法具は便利だが、使用する際には燃料である魔力が必要だ。魔法具のいいところは外から魔力を賄えば、非魔法使いでも使用可能だということ。だが実のところ、非魔法使いだって魔力は持っているのだから、自前の魔力で魔法具を使うことだって当然出来るのだ。
「魔物は鉄の剣じゃあ傷付かない。魔物を倒すには魔力が不可欠だ。何故なら術理は物理に優位するし、魔物は術理の存在だからね」
「だから非魔法使いが魔物と戦うためには魔法具の武器が必要になるのよね」
「その通り。私のこの剣は魔法具ではなくてただの鉄の剣だけど、それは私が魔法使いだから自前で武器に魔力を籠められるから」
ここでデミの優位性とは、魔法具の燃料となる魔力を自身の魔力で賄えることだ。可能不可能でいうと、これは別にデミでなくても誰でも出来る。非魔法使いは自身の魔力であっても能動的に出力する手段がないので、魔法具の稼働に自前の魔力を使う際には道具のほうの機能で受動的に吸い上げられることになる。故に誰でも出来る。そういう道具を用意すれば。
だが、デミでない人間は基本的にこれをすべきでない。何故って自身の魔力を認識すら出来ないということは、魔法具にどれだけの魔力を費やしたかが自分でわからないので、気付いたら衰弱していましたという展開が起こり得るからだ。最悪、気付いたら死んでましたになりかねない。
「もちろん、魔力を他所から調達して魔法具を使うことは出来るけど、効率は落ちるし、自前の魔力と違って使い切ったら回復出来ないから、どうしても使い勝手が悪い。討伐者にデミの割合が増えていくのは自然な淘汰の形と言えるかもね」
「ふーん。じゃあデミですらない二割はなんで討伐者やってるの?」
「そういうのは、戦闘要員じゃないのが殆ど」
討伐者の定義とは、元は『魔物を討伐する者』であったが、互助組織であるギルドが発足して以降は『ギルドが発行するライセンスを有する者』の意味に変わった。つまりはライセンスを持っていれば魔物と戦う技能がなくても討伐者なのである。
魔物と戦うことが出来ないのに何故ライセンスを取得する者が居るのかというと、それは黒い森への通行証としての意味があるからだ。
さて、ここまで雑談交じりに歩いてきたわけだが、意外と魔物に遭遇しない。私はエンディミオン以外の黒い森を知らないので、規模の小さい森だとこんなものなのかと拍子抜けであったが、ベルさん曰く小さな森だとこんなものだそうだ。
なお、今回私達が受けてきた依頼は『クラブ種』と呼ばれる魔物を一定数討伐するものだ。
「クラブ種って、ポピュラーなあれよね」
私は会ったことがないが、書物で魔物の勉強は欠かしていないので、今回のターゲットの概要くらいは把握している。私の呟きに反応したベルさんが口を開く。
「犬面の猿みたいなやつだね。個々の能力はてんで大したことがないけど、多数で群れる習性があるから油断してると袋叩きにあう危険もある。ビギナーキラーとしても知られるやつだ」
識別名の『クラブ』とは棍棒のことであるが、これは件の魔物が木の棍棒を使う程度の知能があるからだ。つまり、まあその程度の知能しかないということだが。棍棒も自前で作るのではなく、その辺で手ごろな木を拾って振り回しているだけらしい。
勿論、それでも立派な凶器には違いないので、軽視する理由にはならないが。
「クラブ種はすぐに増えるからねぇ。大抵いつでも討伐依頼が出てるし、小遣い稼ぎにはもってこいさ。ついでだから、討伐者の稼ぎ方についてもざっと説明しようか」
「お願いしまーす」
目的の魔物が見つかるまでは暇だし、喋ってればそのうち声に惹かれてやってくるだろう。ビギナーにあるまじき舐め腐った姿勢にリスティは呆れの視線を向けてくるが、生憎とこちとら連日連夜黒い森に繰り出していた変態なので、今更緊張するのも難しい。
ていうか私アヴァターだし、小型種如きが百体規模で現れても一蹴出来る自信がある。尤も、そんな真似をしたら正体を隠している意味がないので、ある程度は自重するつもりだ。
「討伐者の稼ぎは、大きく分けて三つあるんだ。一つは魔物を倒してスコアを溜めること」
討伐者の証であるライセンスカードは魔物討伐のカウンターでもあるので、カードを持った状態で魔物を討伐すればそれが記録される。討伐した魔物の種類と数に応じてギルドから報酬が支払われる仕組みだ。これは常に魔物を間引き続けなくてはならないという安全保障の都合上、討伐者が自発的に魔物を狩りに行く理由となるように作られたシステムだ。
今回私達が受けているような討伐依頼とはこの延長線上で、ギルドから指定された魔物を狩らなくてはならないが、そのぶん報酬が上乗せされる。特定の魔物種が増え過ぎた場合や、あるいは危険な魔物の存在が観測された際などに依頼が出されることになる。
「一つは魔物を討伐して『スケマティック』を持ち帰ること」
スケマティックとは平たく言えば『魔物由来の魔法モデル』のことだ。魔物とは術理法則によって立つ存在なので、構成要素に魔法モデルを内包している。討伐された魔物は魔力に還るが、その過程で特定の術理構造――即ち魔法モデルを抽出することが可能な場合がある。スケマティックの利用方法は様々で、先にも話題に挙げた魔法具の作成に用いられることもあれば、魔物や魔法に対する研究のため、あるいはインフラ施設を稼働させるための大規模スケマティックなどの需要もあるのだ。
「最後の一つが、黒い森の資源――つまり『魔界資源』を採集すること」
黒い森が最奥で魔界に繋がっているというのは私が身を以て体験したことであるが、森の内観は魔界へと近付けば近付くほど向こう側の法則に侵食される。植生に始まり、大気や土壌、水質なんかも魔界に近付くほど平常とは異なってくる。
そんな魔界由来の資源を持ち帰ることも、討伐者の仕事の一つである。
これもまた例を挙げればキリがない程に様々な需要があるが、わかりやすく儲かるのはなんといっても『魔宝石』の採掘だろう。黒い森に侵食される前の土地の性質に左右されるので、どこの森でも採れるというわけではないが、上質な原石は非常に高値が付く。
「宝石商みたいな商人や、職人の工房なんかが依頼を出していることも珍しくないね。さっき言った『デミですらない二割』っていうのは、大抵がそういうのが雇ってる労働者だね。あとは学者とか」
聞くところによると、討伐者のライセンスを持ちながら、魔物と戦うことそっちのけで黒い森の木々を伐採することだけに心血を注ぐ通称『樵クラン』なんてのもあるそうだ。
そういう類の、戦闘力を持たないが黒い森に入る理由を持つ人々の護衛というのも、常に一定の需要があるので討伐者の大事な収入源である。
「……不思議なものですね」
リスティがぽつりと呟き、私とベルさんが視線を向ける。
「魔物を退け黒い森を撲滅することこそ人類の悲願と謳いながらも、我々の社会は黒い森と密接に結び付いてしまっている」
「そうねぇ。スケマティックも魔界資源も、代替手段がないわけじゃあないけど」
現状でそれらが莫大な利潤を生みだす金の卵と化しているのも厳然たる事実。利潤があれば利権が生まれる。黒い森の恩恵を受けて儲かっている人間は、きっと黒い森を撲滅することを望まない。さりとて魔物の脅威を無視出来るわけでもないから、きっと強欲な者は黒い森を制御することこそを望んでいるのだろう。
生かさず殺さず、魔物を飼いならそう、と。
まあ、それを言い始めたら、たぶん黒い森がなくなって一番困るのは魔物のことが大好きな『教団』の連中ではなく、
「一番あこぎな『魔物ビジネス』をしてるのって、圧倒的に『教会』さんよね」
リスティの古巣を揶揄して言うと、彼女は僅かに顔を顰め、そしてベルさんは「怖いこと言わないでよ」と冗談っぽく首を竦めた。




