263話_side_Dor_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"訳ありメイド"ドロシー~
「それで、貴女への見返りはなんですか?」
ボク達がビギナーであるということがわかっていて声を掛けてきたベルには、そうするに足る理由があるはずだ。これが男だったら下心っていう可能性がわりとあり得るんだけど。
ちなみにボク達がビギナーであるとバレバレなのは、主に期間限定でボクの姉になったヤツのせいだろう。アヴァターで姿を偽った際に外聞を気にする機能を搭載し忘れたのか、姉さんことスレイの態度は目に余る。そんな子供みたいなキラッキラの表情で周囲をキョロキョロしていたら、それはもう『私、初心者です!』と喧伝しているようなものである。
まあいいけどね。そのためにボクが居るのだし、そのためにボクを雇ったのだろうと理解しているから。今のボクはハイゼン姉妹の妹のほうで、それ以外の何者でもない。憎めない姉のために色々と骨を折るのは妹の仕事っと。
ベルが不思議そうに首を傾げる。
「見返り?」
「ええ。素人に施して貴女になんの得があるのですか」
別に、教育代として報酬を要求してくるならば、それはそれで構わない。対価として見合っている額であれば当然支払う用意がある。実際ボク達が討伐者の文化に明るくないのは事実なので、教えてくれると言うならばそれ自体は是非もないのだ。
このベルという女性の背後関係を疑っているわけではない。こんな出来過ぎたタイミングで美味い話が転がってきた偶然には警戒してしまうのがボクの性分だが、現時点でのボク達は本当の意味でただのビギナー討伐者でしかないから、後ろ暗い勢力が接触してくるにはいくらなんでも早過ぎる。これで調査が進んで行けば、教団や教会の息が掛かった何者かが接触を図ってくるのは充分にあり得ると考えているが。
では何故ここまで警戒心を剥き出しにするのかと言うと、それが必要だからだ。
暢気なスレイはその辺あまり気にしていないようだが、外見上は若い女の二人旅なのだから、警戒はし過ぎて損はない。少なくとも、警戒心を持っていると、与し易い相手ではないと周囲に印象付ける努力くらいはしておくと、それだけでも寄ってくるアホはそれなりに減るものだ。
ボクの言葉に、ベルはやっと得心がいったように頬を緩めた。
「これは私にもメリットがある話なんだ」
「というと?」
「私、それなりにこの家業長いけどさ、別に大して腕が立つわけでもないから。ソロで森に入るほど自惚れてはいないよ。だからお仲間募集中なんだけど、ほら、見ず知らずの男と組むのもちょっと憚られるじゃん?旦那に怒られるような展開になったらやだし」
ぺらぺらと良く喋る口から流れてくる事情を聞くに、どうやら彼女はそもそもここでソロ活動をする気はなくて、所属クランの仲間が少し遅れてやってくる手筈になっているので、それと合流してから討伐者活動をする予定だったのだそうな。
「ところがどっこい、路銀の計算間違っちゃってさぁ。当座の生活費にも事欠く始末だから、早急に森に入らないといけないわけなのよ」
ちなみに今日の宿代すらないらしい。わりと危機的状況だと思うのだが、なんでこんな朗らかに笑っているんだコイツは。討伐者のメンタリティってよくわからない。
横で話を聞いていたスレイは『ドジなお姉さんが可愛い件っ!』と視線でボクに訴えている。喋れよ。いややっぱ喋るな。面倒くさいから。
「それで同性の私達に、という発想はわかりますが、素人を伴っても面倒が増えるだけなのでは?」
「そうは思わないな。ハイゼンちゃん達は討伐者の一年生だろうけど、だからといって腕が立たないとは限らない。どう見ても『魔法使いでござい!』って出で立ちだし、立ち居振る舞いにも隙が無い。相当できると私は睨んでるんだけど、どう?」
「貴女は知識を、私達は武力を、それぞれ提供するということですか?」
「そうそう。ギブアンドテイク!困った時はお互い様っていうか、ぶっちゃけ困ってるのは私のほうだから助けてぷりーず!」
ボクは胡乱気な気持ちでベルを見遣る。
なんだか全然困っているようには見えないし、もっと言えば先程の『腕が立つわけでもない』という自己申告の信憑性も怪しいものだ。それこそ、ボクが見る限りではベルもそれなりには出来るはずだ。少なくとも、場慣れした戦闘者の雰囲気は感じる。尤も、実力云々を考慮しなくても、そもそもソロで活動するというのはリスクが高いので、順当に避けるべきではあるのだけど。
成程事情はわかった。ということでボクの出番はここまでだ。
「どうしますか、姉さん」
雇われの妹であるボクに決定権はないので、判断はスレイに任せる。対外的には妹であるボクが姉の意見を尊重しているという体を取るが、実質的には全ての決定権はスレイにあるのだ。
笑顔で耳を傾けていた彼女は、ボクの問い掛けに「そうねぇ」と思案気に呟き、そのままベルのほうを見た。
その笑顔に縁取られた瑠璃色の瞳が、色を深める。
瞬間、ひやりと僅かに気温が下がったような気がした。
「っ!?」
俄かに増大した視線の圧力に、ベルが小さく息を呑む。
スレイの瞳はまるで氷海のようだ。冷たく、透徹していて、底知れない。視線を合わせていると、瞳の奥の冷気だけで凍えそうな錯覚すら受ける。たかが視線と馬鹿に出来ないくらいに、尋常ではない目を、彼女は時折見せるのだ。ボクをしてしばしば恐ろしいとすら思うのは、スレイは――プリムローズはその目を至って平静に使うのだ。おのぼりさんみたいにキョロキョロしている顔のまま、年上の女性のちょっとしたドジを微笑ましく思う笑みのまま、そのままの雰囲気で瞳だけが豹変する。
これまでの付き合いでなんとなく理解しているが、たぶん、これが『アシュタルテ』なのだ。
普段の彼女からは凡そ想像し難いが、連綿と続く『四大貴族』の一角にして、王国の悪性とされるアシュタルテ侯爵家の有する冷血。人を人とも思わない、冷酷無比な外道の目である。
だが、それにしたってコイツは異常だとボクは思う。
どう考えても、たかだか十五歳の小娘がするような目ではない。
スレイはベルを睨んでいるわけではない。眺めているという風でもない。そもそもそんな時間を掛けても居ない。本当に、一瞥をくれただけだ。ただその一瞥に、魂が凍えるような異様な迫力があった。
「もちろん、私は大歓迎よ!旅は道連れ世は情けってね!」
まるで何事もなかったように、スレイがにっこりと破顔した時には視線の圧力は影もなく消えていた。彼女にとっては真実何事もなかったのだろう。スレイはベルを威嚇しようとしたわけではなく、ただの自然体なのだ。
そうと決まれば、と依頼について訊くために受付嬢と話し始めたスレイが背を向けてようやく、ハッと思い出したようにベルが息を吐いた。
彼女は寒気を抑えるように自身の腕をさわさわと撫でて、それから隣のボクに声を潜めて話し掛けてきた。
「本当に怖いのはお姉さんのほうだったか」
「意外でしたか?」
「うん。びっくりした」
客観的にそのように見えるように振舞っているせいでもあるが、ボク達姉妹の主導権を握っているのはしっかり者の妹のほう、と考えてベルはまずボクに話を通そうと思っていたのだろう。ボクが頷けば姉は勝手についてくるものと。実際は先にも述べたように、主導権も決定権もスレイにあるので、彼女が「うん」と言わなければ何事も決まりはしない。
そしてスレイの一瞥は、ベルという人物を信用に足ると判断した。ならばボクに異論はない。
「まあ、姉さんの許可も出たことですし、宜しくお願いします。ベルさん」
「はーい。長い付き合いになるといいね」
ボクは「そうですね」と応じた。
きっとそうなることはないだろう、と思いつつも。
それからボク等は比較的易しい依頼を見繕って、早速黒い森に繰り出すことにした。
ビギナー向けの簡単な依頼とはいえ命の危険がある場所での仕事なのだから、報酬はそれなりだ。三人で分けたとしても、少なくともベルの今日の宿代食事代くらいは賄えるだろう。
受付嬢のミレイユに見送られてロビーを後にしたボク等は、ギルド支部の奥へと歩を進めた。道中、ベルが上機嫌に口を開く。
「では約束通り、ビギナー君達に色々と教えてしんぜよう」
「わーい!」
無邪気に喜んで見せるスレイを横目に、ボクは申し訳程度に頷いておいた。
「知ってることもあるだろうけど、おさらいと思って聞いてね。まず、今私達は黒い森へと向かっています。ハイゼンちゃん達は昨日も通ってるから知ってるよね」
「ええ。奥に転移魔法陣が敷かれた部屋があって、そこから黒い森の近傍に転移できるのよね」
「その通り。私はこの支部は初めてだけど、基本的にはどこも構造は似通ってるから、まあ一緒でしょ」
これは一般常識の類だが、王国各地に点在している黒い森は、その規模も立地も様々である。人里離れた場所にもあれば、エンディミオンのように都市と隣り合わせで存在している場合もしばしばだ。そしてエンディミオンのような例外を除けば、基本的に黒い森と討伐者ギルドの施設はワンセットだ。
「ギルドは黒い森へと出入りする玄関口であり、同時に森の魔物を封じ込める結界でもある。ま、どっちかって言うと結界より障壁のほうが近い表現かな」
「ふむふむ」
「なんでわざわざ転移して森に向かうのかというと、黒い森とギルド施設の間には例外なく『境界域』と呼ばれる緩衝地帯が設けられているからだ」
黒い森とはそれ自体が一種の魔物であり、土地を侵食するような性質を有する。要は放置しておくとどんどん規模を拡大して広がっていくということだ。仮に黒い森が規模を拡大したとしても即座に人社会に影響が出ないように、あるいは『オンスロート』と呼ばれる魔物の大量発生が起きた際に迎撃の陣を敷くための空間として、森の外縁から一定の領域は無人の土地を確保してある。これが『境界域』だ。
そして境界域の更に外側には、先程ベルが言った『障壁』が設けられている。これは単なる防壁の類で、物理的な障害物と、魔法的な防衛網、そして魔物の侵攻を監視する観測拠点が一体となったものだ。
ギルドの施設を起点として構築された箱型が、ぐるりと黒い森を取り巻いて封じ込めていると考えれば大差ない。
「黒い森の中で魔物が一定の存在密度を超過すると、奴等は外へと侵攻してくる。私達討伐者の仕事は、常から黒い森に繰り出して魔物を討伐して、侵攻が発生しないように間引き続けること。もちろん、魔物の大型種が意図を以て侵攻してきた際に、一番最初に迎撃行動に従事するのも討伐者だよ」
この辺の話はまあ、普段からエンディミオンで生活しているボク達にとっては今更なことなので、既知の情報のおさらいでしかない。
「ちなみに黒い森に対してギルド支部は一対一の関係が殆どだけど、ここもそうであるようにロビーは複数あるのが普通だね。当たり前だけど魔物は黒い森から全方面に侵攻する可能性があるから、大抵は森の四方に一つずつ討伐者の拠点となるロビーを設ける。各ロビー間の移動は奥の転移陣でできるようになっている」
「一対一じゃない場所もあるの?」
「あるよ。黒い森が複数の領地に跨っているときとか。そうなるとそれぞれの領地に別々の支部が存在する場合がある。まあ、領主同士の仲が悪かったり、政治的経済的な理由だったり色々だけど、複数の領地に跨って一つの支部で統括してることもあるから、場合によりけりだね」
然程広い施設でもないので、話ながら歩いているとすぐに目的の部屋に着く。ベルは転移魔法陣と表現したが、その形態はそれこそ場合によりけりで、このバッヘル支部の場合はアーチ形の門の形を取っている。
部屋の奥の壁面がアーチ状に繰り抜かれて外の景色が見えているように一見思えるのだが、実はアーチの先はただの壁である。魔法的な構造物であるアーチは二つで一対となっており、アーチの先に見えているのは相手側の景色だ。
「もっと規模の大きい支部になると、施設内に職人街とかあったりして賑わうんだけど、ここはまあ小ぢんまりしてるね」
「へー。そういうところもそのうち行ってみたいなぁ。ね、リスティ」
「私はあまり気が進みませんね」
「なんで?」
「人の多い場所に行くと、姉さんの面倒を見る手間が増えますので」
「だいじょーぶだいじょーぶ。知らない人に付いて行ったりしないし迷子にもならないから」
どうだか。
尤も、敢えて向かわずともボク達の目的である調査が順当に進めば、自然とそういう場所に出向く羽目になると思う。人が多い場所にはそれ相応に様々な情報が集まるのだから。
「機会があれば、私が案内してあげるよ。ただ、今は目先の仕事をこなそう」
そう言って、ベルが腰の短剣を確かめるように両手でするりと抜き放ち、素早く検分すると軽やかにくるりと回して再度それぞれの鞘へと納める。熟練の技術が感じられる手慣れた動作であった。
彼女はボク達のほうにも『準備はいいか』と伺うような視線を向けてくるが、ボク達はベルのようにわかりやすい獲物を携帯しているわけではないので、特に確かめることもない。厳密には、ボクは昔から愛用している特殊な武器を今回も持ってきているのだが、スレイに至っては魔法専業なので基本的に無手だ。
欠片も緊張なんぞしていないボク達の様子を見て、ベルは苦笑気味に「頼もしいな」と呟く。
「じゃあ、最初だし、気合入れて行ってみよう!」
拳を突き上げたベルの音頭にスレイがノリノリで「おーっ!!」と同じ動作をする。
そのまま彼女等は二人してボクに視線を向けてくる。
「…………おー」
ボクが根負けして適当に応じると、彼女等は非常に満足そうな顔をしてアーチの向こうへと歩いて行く。
小さく嘆息しつつ、ボクもその背中を追うのだった。




