262話_side_Pr_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"転生令嬢"プリムローズ~
~[速報] 私氏、妹が出来る!~
というわけでハイゼン姉妹の姉のほうことスレイです。はじめまして。
まあゴリゴリの偽名なんだけども。
特務部隊ヴァイスヤークトの司令官であるところの私は、世を忍ぶ仮の姿としてのフロントクランであるホワイトファングにも一応の籍を置いている。と言っても本当に名目だけで、保有している討伐者ライセンスもマジで持ってるだけって感じだった。ライセンスは誰でも取れるのだ。手続きに掛かる金額がそれなりに高いので、手軽にとはいかないが、別に適性を量る試験とかそういうのは何もない。分不相応の実力でライセンスを取得して、結果黒い森で魔物に轢き殺されたとしても、討伐者は自己責任の世界なので。
それはさておき、スレイ・ハイゼンというのは形だけのライセンスを取得する際に二秒で考えた偽名であった。記号以上の意味合いはないので何でも良かったのだ。それが何の因果か同じ家名(適当)を名乗る者が増えることになるとは。
思わず、隣を歩く妹に視線を向けてしまうと、彼女は形のよい眉を僅かに顰めて見せた。
「なんですか?」
言わなくてもわかるだろうが、ハイゼン姉妹の妹のほうことリスティの正体はドロシーである。リスティという名前は彼女が遠い昔に捨てた本名であり、本名を偽名として使うという奇妙なことになってしまっているが、まあ今となってはドロシーのほうが実質本名なので。この場合の実質というのは、つまりマリアの異能がどちらに反応するのかという意味である。
「んにゃ、印象って大事だなと思って」
「そう思うのなら、その締まりのない顔をどうにかしてください。姉さん」
誰がゆるがばフェイスやねん。
私は現在、当初の予定通りアヴァターで活動しているのでリスティよりも視線が高い。具体的には頭半分くらい。ローゼンハイン邸を訪れた時と同様の、討伐者スタイルである。あの時着ていた格好以外にもいくつか、ヴァイオラの見立てでそれっぽいのを見繕ってクラリスちゃんから借りてきているので、まったく同じではないが。ヴァイオラおじさん曰く、女討伐者は肌を見せてなんぼなんだってさ。知らんけど。
それで、こうして活動を開始するにあたってリスティは討伐者のライセンスを使い捨て用に新たに取得することにしたのだが、アヴァターの頭髪を金に染めた私と彼女の容姿がわりと似通っていたので、これ幸いと姉妹設定を捻じ込んだのだ。
これは私の趣味というか、夢だね。浪漫でもある。
可愛い妹に『姉さん』と呼んで欲しいだけの人生だった。全国の『妹が居ない同盟』の諸姉は共感してくれるであろう。なお『妹が居る同盟』の大部分は「そんな良いもんじゃない」と口を揃える模様。
そのリスティだが、別に彼女は私のようにアヴァターを纏っているわけでもなければ、特別な変装をしているというわけでもない。
強いて言えば、雰囲気の仮面を被っているとでも言おうか。
普段学院でメイドをしている彼女の姿が、それこそ一種の仮面であることは先刻承知のことであったが、彼女が意識して雰囲気を変えて振舞うと、本当に別人のようになるのだからびっくりだ。
いつも眠たげな目がぱっちりと開くと、理知的で勝気な凛とした印象になる。適当に野暮ったくまとめられていた頭髪も、櫛を通して綺麗に編み上げるとシルエットが全然異なるし、立ち方や歩き方だけでも見た目に感じる印象ははっきりと違うのだ。一つ一つは取るに足らない変化でも、それが全体として形作る一個人に対する印象は、まさしく別人と言う他にない。そこにほんのりと上品なメイクを乗せれば、たぶん知り合いでも一目じゃ気付かないんじゃないかな。
乗馬服によく似た意匠の、活動的だけど品格を失わない装いがあわされば、今の彼女はどこからどう見ても『ちょっとお転婆な、いいところのお嬢さん』でしかない。差し詰め私はそのお嬢さんの、放蕩者な姉といったところか。
「他人事のように感心していますけど、姉さんも大概二面性ですよ」
「姉にも敬語のリスティが可愛い件!」
「ええ。そういうところがです」
まあそうだね。プリムローズしてる時とアンジュしてる時だと、受ける印象ってたぶん全然違うだろうから。私の場合は文字通り別人になっているわけだけど、振舞いで演じ分けるという意味ではやっていることは同じだ。
違いがあるとすれば、私の場合はプリムローズとアンジュどちらも本性であり、対する彼女の場合はドロシーとリスティどちらも演技だということだろうか。彼女はたぶん他にも顔を持っているのだろう。
などと会話しつつ私達が辿り着いたのは、当面の活動拠点である討伐者ギルドのバッヘル領支部だ。
私達の目的は『宵の霊薬』の情報を手に入れることであるが、調査対象となる地域については事前にある程度の目算を立ててある。これの依頼元である上のお兄様からの情報提供とともに役割分担の通達もあって、私の手勢の担当は王国東部方面となった。一口に東部と言っても当然広大過ぎるのだが、実際はほぼほぼ黒い森に限定した調査となるので目星をつけるのは難しくない。
というわけでホワイトファングをいくつかの組に分けて、東部の主要なギルド支部で調査を行わせる傍ら、私自身は彼等がカバーしきれない末端の支部を訪れて調査を行うことにしたのである。まさにこのバッヘル支部みたいな、有り体に言って田舎のほう。
ちなみにここが最初の最初。所謂ファーストステップ。この後も休暇期間を使っていくつかの支部を巡る予定でいるが、その辺は調査の進捗にもよるだろうから、現時点では予定でしかない。
「まずはとにかく、討伐者の社会に慣れないとね」
「そうですね」
なにせ私達はこってこての『どしろーーーーと!!』であるからして。討伐者界隈に潜伏して調査を行うために討伐者に扮しているのだから、最低でも普通に活動出来る程度にはこなれないと調査どころではない。
幸いにしてファーストステップに選んだこの田舎の支部は、黒い森の規模やそこに出現する魔物の脅威度も高が知れていて、初心者にはもってこいなのだ。既に昨夜、適当な依頼を受けて森に繰り出してはみたのだが、正直戦力的には拍子抜けするくらいに簡単というか、正直過剰戦力であった感が否めない。まあ、そもそも私とリスティが組んでいて、余程の相手でなければ苦戦するわけもないので、飽くまでもここでの活動は空気感に慣れるためと割り切るのが賢明か。
というわけで、支部のロビーに足を踏み入れた私達に向けられる視線、視線、視線。
「めっちゃ見られとるんやが」
「そうですね」
余所者が珍しいのかな?
討伐者の行動範囲って結構流動的だと聞いていたから、そんな珍しがるものでもないと思うんだけど。こういう田舎ではちょっと事情が違うのかも。などと鈍感ぶっていてもしょうがないので現実見るか。
「私達が若い女だからですよ。それ以外にありますか?」
それな。
女性の討伐者って珍しくはないけど、やっぱり男社会ではあるもんねぇ。
ついでに言えば、
「リスティが可愛いから、見られてるって説はある」
「……ええ、まあ、はい。私も、姉さんのそういうところは可愛いと思いますよ」
「え?デレた?」
「馬鹿にしただけです」
解せぬ。
周囲からの視線を意に介さずさっさと歩いて行ってしまうリスティを追って小走りに歩を進めると、昨日も利用した受付窓口へと辿り着く。そこにはやはり、昨日も対応してくれた可愛い受付のお姉さんが居て、更にもう一人、初見の人物の姿があった。
「お!噂をすれば、ってやつだね」
楽しげな笑みを浮かべて言うのは、しなやかなシルエットと刃みたいな銀髪が印象的な、流麗な容姿の女性であった。どうやら受付のお姉さんと会話していたらしい彼女は、私達の接近に気付いてくるりと振り向いた。
先を歩いていたので一早く彼女と相対したリスティが不思議そうに言う。
「噂、ですか?」
「ああごめんね不躾で。私はベルっていう者だけども、今日ここに来たばかりでさ。ほら私が言うのもなんだけど、私らみたいな女討伐者がソロとかでフラフラしてるのって結構珍しいじゃない?それなのに私以外にも丁度ここに来たばっかの二人組が居ますよって聞いたもんだから、どんな子達かちょっと気になってて。ここで受付さんと駄弁ってたらそのうち会えるかなって期待してたんだけど、大当たりだね。てか聞いてた百倍くらい美人さんでびっくりしてるよ私は。あ、とりあえずよろしく!」
お、おう。めっちゃ喋るやん。
フレンドリーに片手を差し出されたので、リスティと私で順番に握手しておく。この人がどこの誰だか知らないが、調査のためにも情報源は多いほうが良いに決まっているので、仲良く出来るならそれに越したことはない。
それにしてもベルさんか。どこかのわんこを思い出す響きだ。厳密にはどこかのわんこは『ベル』ではなく『ヴェル』なんだけど、あの子は身体的な都合で活舌がちょっとあれなので、自分の名前もちゃんと言えなくて『べる』になっちゃうんだよね。クラリスちゃんのことも『かりす』って呼ぶし、クラリスちゃんは矯正しようと一瞬努力していたようだが、まあ身体の都合なのでしょうがないと早々に妥協していたっけ。
なお、私としては可愛いのでヨシ!可愛いは正義。異論は認めない。
ちなみに『ベル』というのは良くある愛称だ。例を挙げれば主人公ちゃんとかもまさしくそうだよね。
「宜しくお願いします。私はリスティ・ハイゼンと申します。これは姉のスレイです」
「これって言うなし。よろしくねベルさん」
「姉妹ってことらしいけど、顔はあんま似てないんだね。でも仲は良さそうだ」
結構はっきりとモノを言う人だな。
実際赤の他人なんでよく見ると顔立ちが似てないのは当たり前なんだけど、姉妹設定が通用する程度には似ているとも言える。実際肌の白さとか、頭髪の金色とか、あとは瞳とか、色彩はよく似ているので。私は妹と違って母親似の顔なんですぅとか言っておけば問題ないレベルだと思う。
「不躾ついでに悪いけど、もし良ければ二人とも、私とパーティーを組まないか?」
「い「不躾を通り越して、失礼ながら不審ですね」
流石リスティは慎重で頼りになる。私だけなら今絶対「いいよ!」って即答してたもん。既に最初の「い」まで出てたもんね。だってもの凄い笑顔で誘ってくるんだもん。こんな美人に邪気のない笑顔で迫られたらホイホイ頷いちゃうのは私だけじゃないはずだよ。
はい。頼りになる妹に任せてダメなお姉ちゃんは黙っておこう。
「気を悪くしないで欲しいけど、ハイゼンちゃん達はビギナーだろ?私色々と教えられるよ?」
「…………」
「あ!なんで知ってるんだって顔してる?一応言っておくけどこっちの受付嬢さんがぺらぺら喋ったわけじゃないからね。昨日の今日でキミ達はもうすっかり噂になってるようだし、ぴかぴかの一年生なのは見ればわかるよ」
ベルさんが苦笑気味にそう言い、意味深な流し目を私にくれた。何故か一緒のタイミングでリスティもこちらを見ているし、もっと言えば窓口の中に座っている受付のお姉さんもこちらを見ている。
「え?なんで皆して私見るの?」
「もう少し大人しくなってください。姉さん」
なんでや!お利口に黙っとったやろがい!




