261話_side_Son_討伐者ギルド_バッヘル支部
~"受付嬢"ソニア~
討伐者ギルドのリヒティナリア王国東部バッヘル領支部。
私の職場であるところのこの支部が所在するバッヘル男爵領は、所謂田舎だ。爵位を持っているのはフレンネル伯爵であるが、フレンネル領とは他領を挟んだ隔たりがあるので、直接統治をしているのは派遣されてきた代官だ。とはいえ実質フレンネル領の一部ということもあり、『四大貴族』にして義侠の士であるフレンネル家の威光の元では大きな犯罪もそうそう起こらず、平和な場所だと言える。
ギルド支部の素朴なロビーは木目調の穏やかな空間で、徐々に日も傾きつつある時間帯の今は人影もまばら――というか少ない職員が居るだけで利用者は皆無である。魔物は夜間しか活動しないし、そもそも昼間は黒い森が閉じているので、討伐者の活動時間帯も当然夜間が主となる。昼間にギルドを訪れる討伐者は、特別な依頼でこの時間帯に活動している人間か、あるいは事務的な手続き等で訪れる者とかくらいだ。これが大手の支部になると昼間でも賑わっているらしいのだが、生憎と田舎ギルドはそもそも活動している人口が少ないので、まあ閑散としていないほうが珍しい。
ただし、少ないながらも利用者が来る可能性がある以上は、職員はそれに対応せねばならないのが辛いところだ。
現在、この支部には受付業務を担当する人間が三人居る。討伐者ギルドは常に営業しているので、三人で交代して日々の業務を回しているのだ。悲しいことに受付専業ではなく、客が居れば受付に立つし、それ以外の時間は他の業務を片付けなくてはならない。田舎ギルドに大した人件費は掛けられないということで、少ない職員でなんとかやりくりするしかないのだ。
というわけでちょっとした事務仕事を片付けて受付に戻ると、相変わらずロビーの人影はほぼ皆無だ。まあ呼び出しのベルが鳴らなかった以上、客なんて居ないとわかっていたわけだが、ほぼ、と言った通り無人ではなかった。
「あらミレイユ、早いじゃないさ」
「あ、お疲れ様です」
私の言葉に反応してこちらに向き直り、礼儀正しくぺこりと頭を下げたのは、私の後輩であるミレイユ・マリオンという女性だ。最近腰をやっちゃって引退した同僚に代わって新たに採用された、こってこての新人ちゃんである。
栗色の頭髪を野暮ったいおさげにした、垢抜けたところのない素朴な女性という印象。私が偉そうに評することではないが、田舎基準で言えば充分以上に可愛らしい容姿ではある。少なくともここを利用する討伐者の野郎連中からのウケは大変よろしい。名実ともに当支部の受付嬢だ。なお受付業務を行う女性職員は例外なく受付嬢と称されるわけだが、流石に私くらいの年齢になると『嬢』なんて呼ばれるのは気恥ずかしいを通り越して申し訳なくすら思う。まあ、普通は歳食った職員はさっさと裏方に引っ込んで後進の育成にあたるもので、表はどんどん若い子を入れてギルドの看板娘を更新していくものであるのだが、例によって田舎にはそんな人的余裕もなく、結果年増の受付嬢とかいう悲しい生物が生まれてしまうのである。
だから若くて可愛いミレイユが来てくれて、正直わりとホッとしている。
そんな彼女はこの後、私から業務を引き継いで夜間の受付に立つはずなのだが、それにしてはだいぶ早い出勤である。新人らしいと言えば良いのか、生真面目なやる気に満ちた子ではあるので、常から時間前行動を心掛けている優等生ではあるが。
「なにしてんの?そんなとこで」
それに出勤したらまず裏に回ってギルドの制服に着替えるのだが、何故か今日のミレイユは私服のままロビーの片隅に立っているのだ。
なんでまたそんなところに、と思って私が受付から身を乗り出してそちらを見てみると、理由がわかった。
「あれま、いつの間に」
ロビーの隅にあるいくつかのテーブル席。申し訳程度に設置された歓談用のスペースに人影がある。見れば、席の一つに腰掛けてテーブルに突っ伏し、ぐーすかと寝息を立てている者が居るではないか。
当然討伐者なのだろうが、私が裏で仕事をしている間にやってきて、窓口から呼ぶでもなく隅のテーブルに行って、何を思ったのかその場で爆睡しているらしい。
まあ、実のところそれほど珍しい光景ではないのだ。討伐者の活動時間帯が夜間なので、夜に備えて仮眠を取る人とか、あるいは明け方に戻ってきてそのまま力尽きる人とか、稀に良く居るのだ。前者ならば仕事の時間帯になれば目覚めるか、あるいはロビー内の人口が増えてくれば喧騒で自然と起こされる。後者ならばそのまま次の夜まで寝てる猛者もたまに居るが、大抵は昼頃に腹が減れば目が覚めて帰って行く。基本的に私達はそういう輩は放置することにしているし、ミレイユにもそう教えているのだが、今日に限って彼女が気にしているのは何故なのだろうと、その理由は私にも一目でわかった。
「なんというか、無防備だねぇ」
寝こけているのが女性だったからだ。
幸いにしてこの場には女しか居ないが、あんな場所で無防備に寝こけて、もし男の討伐者がギルドにやって来たりしたらそれなりに危ないところだ。ミレイユが対応に困った様子で視線を向けてくるので、私は受付から出て彼女のところに向かう。
私達の気配や会話にもまるで頓着せずに気持ちよさそうに寝ている女性は、ミレイユよりは年上だろうが私よりは若そうだ。丁度中間くらいだろうか。腕を枕に締まりのない顔を晒しているが、近くで見てみると相当な美人である。ますます危うい。
「ソニアさん、知ってる人ですか?」
ミレイユに訊かれるが、私は首を横に振るしかない。ここは田舎支部で利用者の人口も多くはないから、出入りしている討伐者はわりと顔見知りであることが多い。特に受付なんてやってると利用者と会話する機会も多いし、私は長くやってるだけ顔も広いほうだ。
だけどこんな美人さんは見たことがない。
磨かれた刃みたいな光沢の、綺麗な銀髪を肩ほどで揃え、活動的な細身の衣服に軽装の鎧を合わせた出で立ちはいかにもであるが、露出を好む傾向が強い女性討伐者のトレンドとは異なり、目の前の彼女は殆ど肌を見せない装備だ。ただ、脱力して寝こけている姿からでも容易に見て取れる程度には、均整の取れた程好く恵まれた肢体をしていることがわかる。
たぶん、こういうのを『垢抜けて居る』と評するのが正しいのだろう。間違いなく、こんな田舎には似つかわしくない輝きを持っている人物だ。
「初めて見る顔だけど、まあ珍しくもないさね」
ソロやペアなんかの少人数で活動している討伐者はフットワークも軽いので、わりかし流動的に活動場所を移すことが珍しくない。この支部でも出入りする討伐者の過半数は顔見知りみたいな連中だけど、それでも出ていく人、入ってくる人、日々入れ替わりがあるのが当たり前のことだった。
「なにはともあれ、起こしてやるか」
「あっはい、そうですね」
もうしばらくもすると夜の活動に備えて討伐者が集まってくる。討伐者の野郎どもなんて飢えた狼みたいなもんだから、そんな奴等の前にこんな美人を寝かせておくなんてとてもじゃないが看過出来ない。
ただ、まあ、田舎の受付とはいえ長いことやっているので、私にはなんとなく想像が付くのだが、こんな真似をするような変人は往々にして実力者であることが多い。自信があるから、どこでも無防備に寝られるのだ。
つまりは、十中八九魔法使いだろう。
だからむしろこの場でこの女性を起こすのは、彼女の身を心配してというよりは、そんな彼女に絡んで返り討ちにあう顔見知りを減らすためという意味合いが大きい気がする。
尤も、ミレイユは純粋にこの女性の身の安全を憂慮しているようだが。
「もしもーし、起きてくださぁい」
声を掛けながら、ミレイユが女性の肩を揺する。
彼女の性格が表れたような、とても優しい起こし方である。これが私だったらとりあえず鼻を摘んでやるところだが。だってこんな場所で寝ているほうが悪いのだし。
とはいえ私の勘が正しければこの女性は寝こけていても実力者。ミレイユに触れられた途端に、しゃんと目を開けた。そのままバッと身を起こし、垂れていないよだれを拭い、しぱしぱと瞬きをしながらミレイユと私を順番に見遣る。
「おはよう!今何時ですか?」
「え?えっと、」
「四時過ぎ」
あわあわしているミレイユに代わって答える。
すると女性はにこやかに「てんきゅー」と言って、それから立ち上がって気持ちよさそうに伸びをした。体型がもろに出るような細身の衣服を着ているので、伸びをする身体のしなやかな筋肉の付き方がよくわかる。
まるで猫のようなやつだと私は思った。
彼女の腰の後ろ、肉付きの良い尻の上に乗っかるように小振りな刀剣が鞘に収まっている。二本の短剣らしきものが交叉するようにして、腰のベルトに鞘を佩いているようだ。さしづめ猫の爪――というのは少々物騒ではあるが、大振りな獲物を好むことが多い討伐者にしては、やはり珍しい類の装備であると言えよう。
「見ない顔だね。余所者かい?」
「うん。今日来たばっかの余所者です。ベルって呼んでくださいな」
「ベルさんね。私はソニア、この子はミレイユ。この支部の受付係さ」
「よろしく。お世話になります」
初対面で馴れ馴れしいのは討伐者あるあるなので、今更気にもならない。
気になるのは、若い女が一人で、なんでまたこんな場所で寝ていたかである。他に利用者も居なくて暇していたところなので、そのままテーブル席に座って話を聞いてみる。ベルも一度立った席に座り直し、ミレイユも気にはなるのか、私達に倣って腰を下ろした。
「いやね?思ったよりも早く着いちゃって」
「ここには仕事をしに?」
訊くまでもないミレイユの質問に、ベルは快活に笑って「もっちろん!」と答えた。
なんだか不思議な雰囲気の女性だ。美貌も相俟って、黙っていれば結構大人びて見えると思うのだが、口を開くと無邪気な少女のような快活さがあって、笑顔には一点の曇りもない。
先程までの寝顔を見ていた時には私とミレイユの中間くらいの年齢に見えたが、こうして表情と会話が付くと一気に若返ったような印象を受ける。
ころころと良く変わる表情で、身振りも交えて大袈裟に話す姿がどうにも憎めない。
「でさぁ、実は路銀の計算を間違っちゃって、ここに来るために殆どお金使い切っちゃったんだよね」
「はあ?」
「まいったよねー。予め滞在先の算段は付けてあったんだけど、なんせお金がないからさ。これはもう森で一狩りしないと明日のメシにもありつけない始末でさぁ」
「なぁんか、見た目によらず適当なヤツだねあんた」
「あはははっ、よく言われるー」
ミレイユは反応に困ったのかなんとも言えない微苦笑を浮かべているが、私ははっきりと呆れていた。
それで結局、森が開く時間帯までは仕事のしようもないということで、ここで時間を潰していたということなのだろう。私にしてみれば、明日のメシにも困る有様で、よくもまああんな緊張感のない顔で爆睡出来るなと思えてならない。だって、てことはベルにとってここは初めて訪れた場所だろうに、そんな場所で、そんな状況で、一体どういう神経しているのか。
銀細工みたいに綺麗な顔に似合わず、心臓は年季の入った武骨な鋼で出来ているに違いない。
まあ、このあからさまに怪しい人が何者であるのか、答え合わせは後に取っておくとしよう。どうせこの支部で依頼を受けるのならば私達が受付なので、そうなればライセンスを確認するので正体は割れるのだ。尤も、討伐者のライセンスは偽名でも作れるので必ずしも本当の意味での正体が知れるとは限らないが。
「顔でも洗って来ようかな。水場ってある?」
「ん」
ロビーの奥を指差して示すと、ベルは礼を言って軽やかに歩いて行った。
それを見送って仕事に戻ろうとした私は、ミレイユがなんだか物言いたげな顔をしていることに気付く。
「どうかした?」
「あ、いえその。珍しいことが続くなと思って」
「うん?」
事情を訊いてみると、どうやらベル以外にも最近新顔を見たことがあるらしい。
最近というか、昨夜の話らしいが。
「別に珍しくはないだろう?」
「ええと、それが昨日の人達もさっきの、ベルさんみたいな若い女性で」
しかもベルに負けず劣らずの美人だったのだとミレイユは言う。
成程確かにそれは珍しい。てかそもそも、ベルと同じレベルの美人っていうのが珍しい存在に違いないわけで。どうやら昨夜のそれは二人組の討伐者で、ミレイユが受付に立っている時に依頼を受けに来たようだ。
「たぶんベルさんよりももっと若くて、私と同年代くらいだと思ったんですけど、なんか不思議な存在感の人達でした」
「へー。ちなみにどんな?」
ここで活動するならすぐに私も会うことになるかもしれない。と思って多少は事前情報を仕入れておこうと訊いてみる。
するとミレイユは余程印象に残って居るのか、思い出すまでもないという素振りで答えた。
「礼儀正しい妹さんと、奔放なお姉さんって感じですね」
「姉妹なんだ?名前は?」
討伐者として名が知れていれば、もしかして知ってる名前かもしれないと思ったが、
「リスティ・ハイゼンさんとスレイ・ハイゼンさん。知ってますか?」
生憎とどちらも聞き覚えはなかったので、私は小さく肩を竦めた。




