260話_side_Mia_平民学生寮_サロン
・次話から休暇偏で、舞台は学院を離れます。
~"主人公"ミアベル~
慌ただしい試験期間も無事終わり、学院前期の行事は明日の終業式典を残すのみとなった。
帰省のための荷造りや寮室の整理なども終わらせて、あとは本当に明日の式典に出席するだけである。長期休暇の間寮室を使用しないとなれば簡易キッチンに備え付けの冷蔵庫の食材とかも処分しておかなくてはならないけど、わたしの部屋の場合は同室のヴァニラさんが帰省しないので、休暇中の管理は彼女に任せてある。
同じく部屋の整理を終えたノエルと待ち合わせたわたしは、少し遅い時間になってしまったが、寮のサロンにて二人だけの慰労会と洒落込むことにした。もともと平民寮のサロンは利用者が少なく、それは設備が古臭かったり、利用は全てセルフサービスなのでそもそもこういう場所に慣れていない平民学生は気後れしがちってのもある。実際、わたしも自分だけだったら使おうとは思わなかったし、それがこうなったのは友人であるティアの影響が大きい。
隅っこの席に座ったわたし達は、手の中のマグカップを僅かに掲げて、乾杯の真似事をする。なお中身はホットミルクだ。夜も遅いのでカフェインを避けた結果の選択である。
「色々とお疲れ様。ミアベル」
「うん。ノエルも。色々とありがとうね」
ちびちびとミルクに口を付けつつ。
平民だてらにこの学院でやっていけるのかと最初は心配していたけど、順風満帆とはいかないまでもこうして無事に前期を終えることが出来たのは、本当に色々な人達のお世話になったおかげだとは理解しているが、やっぱり一番はノエルだ。
最初に友達になってくれた彼女の存在が、一番わたしを助けてくれたし、周囲の風当たりが強くて最も辛かった時期に彼女が隣に居てくれたから耐えられたところもあると思っている。
感謝の言葉を告げると、ノエルは穏やかに笑って「こちらこそ、だよ」と言ってくれた。それが嬉しくて、ついでにホットミルクの湯気でノエルの眼鏡が若干白くなっているのが面白くて、わたしは少し笑ってしまった。
「あ、それと。学年四位おめでとう」
「ありがと。まあ、前より落ちちゃったけど」
期末試験の結果もとうに発表されていて、公表される上位三十人の内訳は、順位一桁代の人達の名前には殆ど変化がなかった。わたしも無事に四位という好成績を収めることが出来てよかった。
ちなみに一位は早くも安定の感がある満点のレオンヒルト殿下。二位は案の定アシュタルテさんだった。その点差はやっぱり二点で、アシュタルテさんはわざと一問だけ間違えている疑惑が強まった。わたしの中で。
中間の試験ではわたしがその下に居られたのだけど、今回はカーマイン君に抜かれてしまったので、彼が三位だ。ちなみに、偶然だけどわたしと彼の点差も二点だった。
「ノエルはだいぶ順位上がってたね」
「頑張りました。個人的にはレックスさんに勝てたのがちょっと嬉しいかも」
そんなことを言ってはにかむノエルは、たぶん中間の時にロイに順位で負けていたのが地味に悔しかったに違いない。彼女は控えめな性質だから主張はしないけど、これで意外と負けず嫌いなところがあるのは知っている。
「明日だけど、ノエルのところは家族が来てくれるの?」
「うん。父さんが」
ミアベルは?と訊かれてわたしは首を横に振る。
終業式典は学生だけの行事であるが、その後に立食パーティーが開催されるのだ。終業式典の後だから名目的には学院の休暇中となり、学生も参加は自由らしいけど、例によって暗黙の了解があるので貴族学生はほぼ強制参加なのだとリタが愚痴っていた。
このパーティーの目的は休暇に入って暫しの別離となる学生同士の歓談というものと、もう一つ、親御さん同士の交流というものがある。休暇に入ればそのまま領地に帰省する貴族学生も少なくないので、となると当然学院には家からの迎えが来ることになる。従者を寄越す家もあれば家族が直接迎えにくる場合もあるわけで、多くの貴族が一堂に会するとそこには自然と社交の空気が生まれて、高位の貴族も訪れるとなると学院としても配慮する必要があり、結果としていつの間にか恒例行事となったのが終業式典後の立食パーティーだ。
ただ、正直わたしのようなバリバリの平民には関係の無い話だ。
わたし一人の旅費を捻出するのも難しい我が家の家計なので、わざわざ親が迎えに来る余裕などあるわけもなく。というかお父さんが来たいと言ってもわたしが止める。
「そこをいくと、やっぱりノエルのところは違うなぁ」
お金あるんだねぇ、と遠回しに告げると、ノエルは苦笑する。
「ウチの場合は、こういう機会も大事な商機だからね。父さんは私をダシにして色んな人と顔を繋ぎに来るみたいなものだと思うよ」
「ほぇ~、逞しいね」
「商魂がね。リコ先輩のところとかには、ちゃんと挨拶しなきゃだし」
貴族には貴族の、平民には平民の社交というものがあるのだ。
まあリコ先輩の実家であるヴィスコンティ家なんかは、むしろ貴族のほうがこぞって顔を繋ぎに来るみたいなイメージだけども。というか来るのかヴィスコンティ家。本拠は外国じゃなかったっけ。商売のためだとしたらそれこそ商魂逞しいと言うよりないが、きっとそのくらい貪欲でないと豪商なんてやってられないのだろう。
ちなみに、もともとノエルは休暇中も学院に留まるつもりであったと言っていたが、たぶんその場合でも彼女の父親は迎えに来たのだろう。娘を迎えに来たついでに方々に挨拶をして、それで娘を連れずに帰るのかな。実際にはノエルも帰省することになったので、一緒に帰れてよかったと思うが。
「ところでミアベル、明日はドレス着るの?」
「ふぇ!?着ない着ないよっ」
小首を傾げたノエルの突然のぶっこみに、わたしは泡を食って否定する。例によってリタはまたドレスを着なくてはならないと愚痴っていたが、わたしはそもそも明日のパーティーには出る気もないのだ。以前の夜会と違って明日のパーティーは厳密には学院行事ではないので、特待生だからって強制参加というわけではないのだし。なお学院行事でないのなら何なのかと言うと、飽くまでも学院は社交の場を提供しているだけで、そこに学生を迎えに来た貴族が集まって勝手に交流しているという建前なので、実はパーティーですらない。
そういえば、夜会の時にロンベルクさんの一件で穴が開いちゃったリタのドレスだけど、後日アシュタルテさんにお願いしたら綺麗に直してもらえた、と言ってリタは嬉しそうに笑っていた。時間を戻してちょちょいのちょいだったんだろうけど、わたしもいつかは同じように出来る日が来るのだろうか。彼女とわたしの魔法は方向性が違うから、まったく同じ真似は無理でも、そこは工夫次第でなんとか。
この魔法を使って誰かを助けることが出来る。笑顔にすることが出来る。わたしはこともなげにそれを為してしまうアシュタルテさんが、本当に素敵だと思うし、尊敬してやまないのだ。
「ミアベルのドレスって、今はどうしてるの?」
「ゴードンさんのところで保管してもらってるよ」
わたしが夜会のために仕立てた例のバトルドレスであるが、あれ以降はゴードン工房でパメラさんに保管してもらっている。高価なものだし、バトルドレスなので普通のパーティードレスに比べればずっと頑丈らしいけど、それでも然るべき方法で管理をしなくてはならないものであるのは間違いない。素人のわたしの手には余るので、プロにお任せすることにしたのだ。ただし、保管も当然タダではない。パメラさん達は無料でいいと言ってくれたけど、善意に甘え続けるわけにもいかないので、保管料はちゃんとわたしが自分で払っている。言っても場所代と手間賃くらいなので、わたしでも問題なく払える額でよかった。
いきなり夜会に参加させられる羽目になった時のように、いつ必要になるかわからないし、少なくとも一年後の『星詠みの夜会』ではまた必要になるのだから、ちゃんと持っておかないと。
「たぶん来年は、新しいドレス仕立てなさいってティアさん言うと思うよ」
「そんな気はしてるから言わないで」
ティアがわたしのためを思ってくれてるのはわかってるし、結局この前の夜会でもドレスのおかげで色々と乗り切れたようなものだからティアが全面的に正しかったんだけど。ただ、お金がないのだ。いかんせん。
むむむと唸るわたしを、ノエルは楽しそうにニコニコと見ていた。
「でもそっか、ミアベルはパーティー出ないんだね」
「流石に場違い感あるし……」
わたしが参加してもぶっちゃけやることないだろうし。
ああでも、他の学生のご両親とかの姿は見てみたいかもしれない。少なくともノエルやリタ、ティアの家族には挨拶くらいはさせてもらいたいかも。特にティアの実家であるハートアート伯爵家って、伯爵位の中では結構有力なお家みたいなんだけど、そこのご令嬢がわたしみたいな馬の骨と交流していていいのだろうかと疑問に思ったことがある。なのでティアに訊いてみると、彼女曰く、彼女のご両親って良くも悪くも淡白な人達で、娘の交友関係にも基本的には関知しないのだそうな。信頼されていると言えば聞こえはいいが、実質放任ねとティアは肩を竦めていたっけ。
「じゃあ私がミアベルの分もご挨拶しとくね」
「うん。お願い」
あとはそうだなぁ、怖いもの見たさだけど、アシュタルテさんのご家族もすごく気になる。貴族社会では悪名高いアシュタルテ侯爵家。その現当主にしてアシュタルテさんのお父さんである侯爵様とか、一体どんな人だろうって。
「うーん……アシュタルテ様のご両親は、たぶん来られないと思うよ」
「そうなの?」
「いや、知らないけど。たぶん風評的に」
まあ貴族の学生が実質強制参加のパーティーでも、その家族が迎えに来るのもパーティーに参加するのも真実自由だから、来ない貴族も普通に居るのだろう。となると社交界に悪い意味で名を馳せているらしいアシュタルテ侯爵家の人々が現れないのは至って自然な気もする。つまりは社交界にそもそも縁がないような家――他には例えばダンクーガ英雄伯家なんかも、きっと現れないのだろう。
というか、それ以前にアシュタルテ侯爵領って滅茶苦茶遠いもんね。北の果てって感じ。迎えに来るのも戻るのも一苦労だろうし、そうなるとアシュタルテさんは帰省もしないのかも。彼女くらいの大貴族になると、わざわざ領地まで戻らなくても王都に別邸の一つや二つ持っているだろうし、そっちに帰るとかかも。
「そうなると、もしかして明日は会う機会がないかもだね」
「そだね」
ノエル達は終業式典が終わったらすぐに準備をしてパーティーに向かうだろうし、わたしは実家に帰省するためにロイを待たないといけないので結局パーティーの間も学院には居るのだが、ノエル達はそのまま家族と一緒に帰るだろうからわたしと会っているタイミングはなさそうだ。
ちなみに明日のドレスコードは制服可。でも貴族学生は基本的に皆礼服。ノエルみたいな平民の参加者は礼装とまではいかないけど、大抵はフォーマルな私服を着用して臨むのだそうな。勿論わたしはそれも持ってない。
「次に会うのは討伐者ギルドで、かな」
わたしの言葉に、ノエルは頷いた。
ティアの提案により企画された、休暇中の強化合宿。王国東部の討伐者ギルド支部で活動しているというルーク君の所属クラン『剣の誓い』に面倒を見てもらって、少しの間だけ討伐者の活動をさせてもらえることになっている。ルーク君以外の面々はそもそも討伐者のライセンスを持っていないので、それを得るところから始めなくてはならないけど。
わたし達は休暇が始まったら一度実家に戻り、そこからすぐに件の支部に向かって合流する手筈になっている。わたしの場合は例によってロイと一緒の移動になる。
ティアが何を思ってこんな提案をしたのかは、正直よくわからない。ただ、彼女の様子から生半な覚悟ではないということがなんとなく察せられるだけだ。ルーク君はともかく、その彼と交際し始めたリタや、騎士系の家系を継ぐことになるロイもまた、遅かれ早かれ魔物との戦いを生業とする日が来るだろうから、この機会にというのはわからないことではない。
では、わたしは。
わたしが便乗したのは、実は明確な理由あってのことではない。友人が行くから、という程度の軽はずみな動機ではないと自分では思っているけど、では具体的にと問われると言葉に困る。
だけど、強いて言うならば、次があるとは限らないから、だと思う。
先日、花告祭最終日の一件。
シュヴァルツさんと一緒に居るところをリヒトベルガー先輩に襲撃され、あわや殺されかけたあの件だ。
あの時はアシュタルテさんが助けてくれた。だからわたしもシュヴァルツさんも無事だった。わたしはわたしなりに頑張ったけど、助かったのはアシュタルテさんのおかげであり、彼女が戦いに気付けるくらいに近くに居てくれた偶然のおかげだ。
わたしの実力ではわたし自身を助けることも出来ず、そんな体たらくで他人を守れるはずもなく。
あんな機会がそうそうあって堪るかというのが素直な思いだ。あんな風に一方的に理不尽に死にかねない目に遭うなんて、一生に一度でもお腹一杯だ。しかし、だからといって再び同じような目に遭わないなんて保証はどこにもない。同時に、もし同じことが起こった時、今度はアシュタルテさんが助けてくれるとは限らないし、そうなればわたしに次はないのだ。
きっと、なにかをせずには居られないのだ。
自分の弱さと至らなさを知った。知ったならば、そのまま放置してはおけない。
なにより、わたしには目標がある。
絶対に譲れない誓約であり、未来への契約でもある。
ミアベル・アトリーはプリムローズ・フラム・アシュタルテの願いを一つ叶える。
故に今のままではダメだ。アシュタルテさんに助けられているようなわたしが、どうして彼女の願いを叶えるお手伝いなど出来ようか。
でも、
「ノエルは、無理をしなくてもいいんだよ」
そう考えた時、ノエルは違うはずだ。
彼女は商家の娘さんで、この学院に居る以上は最低限魔物と戦う必要こそあるものの、それを生業にするような予定もないだろう。だからノエルがこの休暇中にわたし達と一緒に討伐者活動をすると言ったのは、きっと優しい彼女だからわたし達のことが心配になったのだ。
だけれど彼女の優しさが理由なのだとしたら、彼女は付いてくるべきでないとわたしは思う。自分のことを棚に上げて、身勝手な物言いだけど、ノエルが心配だから。すすんで危険な真似なんてしないで欲しいから。
わたしが思いの丈を語ると、ノエルはそれを静かに聞き届け、そして暫し黙った。
数秒後、ぽつりと。
「私には、皆みたいに確固たる理由はない」
既に中身のないマグカップを両手で包んで、俯きがちに。
「でも、覚悟はあるよ」
ふと、顔を上げてこちらへと視線を向けたノエルの双眸には、強い光が宿っているようだった。
それだけで、わたしが自分の傲慢と勘違いを悟るには充分だった。
「ミアベル、貴女は私の友達だよね」
「うん。もちろん」
「私は、友達を助けるって決めてるんだ」
ノエルはそこで表情を崩して、笑みのようなものを見せた。
わたしにはそれが、いつもの彼女の雰囲気とは、なにかが異なる表情に見えるのだ。
そして、
「それだけは最初から、」
ずっと前から決めていたんだよ、と彼女は静かに囁いた。




