258話_side_Pr_中央区_時計塔
~"転生令嬢"プリムローズ~
「休暇の間、ドロシーはどうするんだ?」
目の前に見える背中に向けて問い掛けると、彼女はほんの僅かに肩を跳ねさせ、それから振り向きもせずに答えた。
「別に。一緒さ。休暇中は休暇中で需要があるからね」
「ふぅん……」
まあ、全ての学生が帰省するわけでもなし、学生を相手取って仕事をしているドロシーの顧客は居なくならないということか。休暇中ならではの依頼が発生するというのも、わからない話ではない。
などと私が納得していると、恨めしげな顔でドロシーが振り向いた。王都を一望出来る地上八十メートル、安全柵などあるわけもない時計塔外縁に腰掛けた彼女は、座ったまま身体を捻って、背後に立った私の顔を上目に睨み付ける。
学院指定のメイドのお仕着せに、野暮ったい三つ編みのおさげに雑に纏めた金髪。どことなく眠たげな半眼もいつも通り。普通に可愛らしく、適度に没個性。外見から年齢が判断し辛い雰囲気で、実際年齢不詳の女性であるが、たぶん私の中身と同じくらいだと思う。
「あのさぁ、息するみたいに暗殺者の背後取るのやめてくれる?自信なくしそうなんだけど」
「これは失敬」
そら時間止めて接近してますので、気配もクソもないよね。決してドロシーの実力不足ではなく、私が一方的にずるっこしているだけである。なんでわざわざそんな真似をするのかというと、所謂アレだ。好きな子に意地悪しちゃう思春期的なやーつ。
なおそんな私の中身は四十代の模様。いやよそう、虚しくなるだけだ。
「だが言わせてもらうならば、そんな縁に居られたら背後から声を掛けるしかないではないか」
「じゃあ普通に声掛けなよ」
「普通に声を掛けているつもりだが?」
声はね。
後悔も反省もしていない私の顔をドロシーはしばらく胡乱気に見上げていたが、ややあって嘆息しつつ視線を外した。もういいや、と言わんばかりにふいと元の体勢に戻って景色を眺める彼女の、その隣に同じように座ってみる。
「いい天気だな」
「そうだね」
本日は晴天なり。日差しがぽかぽかと暖かい。
私は『ぬぼぉ~』と目を細めて脱力してみる。
「お昼寝したら気持ちよさそうだなー」
「落ちて死にたいなら止めはしないよ」
「そこは私が落ちないように支えておいてくれ」
「膝枕でもしてあげようか?」
まじで!?
豪速で真横に振り向くと、ドロシーはニヒルな笑みを浮かべた。
「もちろん有料だけど」
「いいのかそんなこと言って私は払うぞ」
「うん。ちゃんと報酬くれるならなんの文句もありゃせんぜ」
あまりにも魅惑的な提案に私の理性が揺らぐ音がする。だが流石に、お金を払って膝枕を買うというのは、なんというかそれはダメだろう。
少なくとも友達にすることではない。
私はドロシーのことを友達だと思っているからこそ、ここは我慢だ。彼女の膝枕が欲しければ、真っ当に友情を深めて、金銭ではなく親愛の名のもとに正々堂々彼女の太腿に顔を埋めるべきなのだ。
断腸の思いで私が自らの欲望を撲滅していると、ドロシーは呆れたような顔になる。
「なんでキミ、そんなにボクのこと好きなのさ」
「なんでだろうな」
理由を挙げれば色々あるだろうけど、それって結局最終的には『ドロシーがドロシーだから』に収束すると思うんだ。だからつまり、好きに理由なんて必要なくて、好きになっちゃったんだからしょうがないのだ。そうに違いない。
まあでも、強いて理由が必要だとすれば。
前世での学生時代。きっと私の前の人生で一番しんどかったあの時期に、ドロシーが私の心を救ってくれたからかもしれない。たかが漫画の登場人物ではないかと言う人も居るだろうけど、そんなの関係ないのだ。周囲の心無い行為で精神がボロボロに疲弊していた私だけど、漫画でドロシーの活躍を見るのは楽しかった。憧れめいた感傷もあったかもしれない。それは逃避であったかもしれない。だけど、きっと、あの時ドロシーに出会っていなければ、私は耐えられなかっただろう。
私は、ドロシーに命を救われていたのだ。厳密に言えば『レガリアMS』の作者が命の恩人なのかもだけど、実際にドロシーと同じ世界に生きている今となっては卵か鶏かどちらが先かと言っているようなものだ。
「まあいいや。そろそろ目的を言いなよ」
「うむ。少しばかり、長期の依頼でもどうかと思ってな」
あっさりと話題を変えたドロシーに乗っかって、私も本題に移ることにする。
私がドロシーに会いに来たのは半分は趣味だが、半分は依頼をするためだ。
「長期?」
「期間は最長で休暇中いっぱい、と言ったところか」
「ああ、それで休暇中がどうのって訊いたんだね」
そうそう。ドロシーがもうお仕事いっぱいでっせ。って言うなら諦めるしかないので。
「内容は?」
「主に潜伏と調査だな。腕っぷしも必要だ」
先日訪れたお兄様が依頼していった件だ。『宵の霊薬』と呼ばれる薬品の製法を確保せよということだが、現時点では確固たる方針など無いに等しい。
アプローチは二通りあって、一つは宵の霊薬関連と思しき現象が多く確認されている討伐者界隈で調査を行うこと。もう一つはその供給元であると目される『教団』の足取りを追う方向から攻めてみること。
私の子飼いである『ヴァイスヤークト』は幸いなことにそのどちらにも能力を発揮出来る。つまりフロントクランである『ホワイトファング』として討伐者界隈の調査を行う傍ら、本来のヴァイスヤークトとして社会の陰に潜む教団の軌跡を追うのだ。誰をどちらに割り振るのかという人選は既に決めていて、ハイメロート宛に指示も出している。
で。まあ彼等は彼等で仕事をしてもらうとして、私も坐して待っているつもりは毛頭ないのだ。
そもそもアヴァターの経験値を積むためにアンジュモードで討伐者の真似事でもしてみようかと思っていたところだったので、丁度良いタイミングでの話であったとも言える。
私は私で独自に行動して調査を行おうと思うのだが、単身でというのは色々な面で不便が目立つし、なにより寂しいので、そこでドロシーだ。傭兵である彼女を雇って手伝ってもらおうという魂胆である。
ドロシーの実力は申し分ないし、秘密裏に調査を行うのもお手の物だろう。なにより大きいのは、彼女が元は『黎明機関』に所属していた人間であるということだ。黎明機関と言えば『教会』の実働戦力であり、即ち教団とは互いに不倶戴天の仇敵に等しい。つまりは、対教団のプロ中のプロということだ。現時点での予想通りに宵の霊薬が教団の特産物であるとすれば、ドロシーの経験と知見はきっと得難い力になる。
まだ彼女が依頼を受けてくれると決まったわけではないので、適当に核心は暈して内容を説明する。
「成程ね。報酬次第……と言いたいところだけど、キミのことだからそこは期待していいよね。いいよ。受ける」
「他の依頼はいいのか?」
「今のところ大した仕事は持ってないし、休暇までに片付けるよ。学生相手に小遣い稼ぎするよりも、キミにくっついてたほうが儲かりそうだ」
「学院外での活動になるが、問題ないか?」
主に、ドロシーの身体機能を維持するために必要な『お薬』の件とかは。
ドロシーは「問題ないよ」と頷いた。たぶん事前に用意しておくなりなんなりするのだろう。どれくらいの周期でどれくらいの量を摂取する必要があるのか知らないが、まあいざとなったらここに戻ってくればいいだけの話か。
「ちなみに一応訊いておくが『宵の霊薬』という薬品を知っているか?」
「いや。なんだいそれ?」
もしかしたら、と思って訊いてみるも、残念ながらドロシーも聞いたことがない言葉だったらしい。
簡単に説明をすると、彼女は感心した様子になる。
「へぇー、そんなの出回ってるんだ。ここでずっと仕事してると、外の情勢に疎くなっちゃっていけないね」
「同じ名前でなくても、類似の物品に心当たりは?」
「そうさな。ボクが外で活動してた時代も、まあいつの時代もそういう類の眉唾物は枚挙に暇がない。だけども、少なくともボクの経験上、本物に当たったことはないね」
つまり、彼女が黎明機関に属する暗殺者であった時分もまた然りということだ。黎油のパチモン(本物)が出回っているとなれば、それを製法ごと闇に葬るのは他でもない黎明機関所属のドロシーさんの仕事であっただろうから、その彼女が経験上遭遇したことがないということは、おそらく本当にこれまでそんなものは存在しなかったのだ。
何故今になって、という思いはあるが、なんとなく予感めいたものはある。
これが、遠からず来たるであろう『宵の魔王』の復活の兆しでないことを祈るばかりだ。あるいは、その可能性を否定出来ないからこそ、私はこれを決して見過ごすことは出来ないのだとも言える。お兄様に頼まれずとも、である。
「ところで、潜伏となると正体を隠すことになるのかな?」
「勿論だ」
これに関しては教団対策ではなく黎明機関対策だ。
本名使って素顔を晒して『宵の霊薬』調査に当たるなど、もし黎明機関が動くような事態になった際に『消してください』と言っているようなものである。社会的な立場が仮初のものでしかないヴァイスヤークトの連中はともかく、少なくとも私はそれなりに表舞台に立たないといけないので雲隠れするわけにもいかない。あと家族やクラリスちゃん達にも迷惑掛かるし。
「もしかしてキミ、あのアルファとかいう胡散臭い姿で行動するつもり?」
「勿論だ」
そのために予行練習したんだし。
いいだろー。胡散臭くて。
胡散臭いって一番言われたい。
「まあ実際有効なのは認めるよ。あの外見からキミを連想するヤツはまず居ないだろうね」
「その心は」
「だってキミ、チビじゃん?」
「誰がミジンコライクだ!?」
「無駄にバリエーション増やしてきたね」
持ちネタなので。
私のことを堂々とチビ呼ばわりしてくれるのはドロシーかクロトくんくらいのものなので、やはり彼女は貴重な人財である(確信)。
「ドロシーは変装なんてお手の物だろう?」
「まあね」
「というか貴様も一緒にどうだ?アヴァター生活しようではないか」
「絶対にいやだね」
冗談で誘ってみると、ドロシーからは案の定断固拒否の返答が。
「あのね、普通の魔法使いのアヴァターには維持限界ってもんがあるの」
それな。だから人型のアヴァターが変装に効果的であるとしても、その使用には時間的な制約が付き纏う。
「自信満々な様子を見る限り、キミのは相当燃費の良いアヴァターなんだろうけど、ボクのはそうはいかないの」
ドロシーはそう言うが、実際のところ私のアヴァターの燃費はクソである。断言してもいい。ただ単に時間魔法のチート遡行のお陰で維持限界という概念そのものが撤廃されちゃっているだけのことなのだ。アンジュモードに維持限界があるとすれば、それは時間魔法の使用回数と同義だ。時間魔法を使えば消耗するので、アヴァターが維持出来ない程に時間魔法を酷使しなければ半永久的に転神していられる。
そんでもって、なんだかそれっぽいことをうだうだと並べているドロシーであるが、
「貴様、アヴァターになりたくないだけだろ」
「そうだけど」
それがなにか?とでも言わんばかりだ。
私は原作漫画を読んで一方的に知っているが、ドロシーのアヴァターは言うほど燃費が悪いわけではないはずだ。全力の魔法戦でもしない限りは、おそらく日中はアヴァターで過ごし、夜は転神を解いて休養するというルーチンで活動自体は可能だろう。
だというのに彼女がこれほどまでに転神を厭うのは、ぶっちゃけ彼女のアヴァターの外見が凄いからだ。
えっちぃ方面で。
ともすれば私のアンジュモード以上に破廉恥だ。ちなみにそういう事情もあって、原作漫画でも彼女は只管に転神を使いたがらないし、結局作中で終盤の一回だけしか転神していないのである。彼女のアヴァターを一言で表現するのは難しいが、強いて近いものを挙げるとすれば――
「逆バニー?」
「なんだって?」
「いやなんでもない」
そう。あれは逆バニーで裸マントで魔女っ子でネコミミなのだ。作者の性癖全部乗せって感じでいっそ清々しいくらいだ。ちなみに『レガリアMS』の作者は女性である。
外見はともかくドロシーのアヴァターは性能的には非常に強力だ。彼女自身の卓越した戦闘技能もあわさって、それこそ原作本編のほうの終盤主要キャラとかが相手でも勝るとも劣らない能力を有していると思う。
だが、大き過ぎる力には、それ相応の代償が伴うものだ。
悲しきかな、ドロシーにとっての代償とは『尊厳』であった。そーいうことなのだ。
「私みたいに、転神してから着替えればいいだろ」
「なんかやけに拘るけど、そんなにボクのアヴァターが見たいの?」
「ぶっちゃけ見たい」
別に同性だしいいじゃん。
私は単に、破廉恥なアヴァターを見られて羞恥で頬を染めるドロシーをおかずにご飯三杯くらい食べたいだけだよ(迫真)。
今日一番真剣な顔をしている私にわりとドン引きしている様子のドロシーは、苦肉の策みたいな渋面で告げた。
「見るだけならいいけど有料だからね。言っとくけど高いから――いやごめんやっぱなし」
すかさず財布を取り出した私に、ドロシーは速攻で前言を撤回した。
私は小さく舌打ちをして財布をぽっけに仕舞う。
「てか、そこは躊躇なく払うんかい」
「うん」




