257話_side_Mil_講義棟_ラウンジ
~"もう一人の転生者"ミリティア~
来週に迫った期末試験に備えて、今日も皆で勉強会である。
場所は講義棟の一角にある共用ラウンジ。講義棟と一口に言っても色々あるのだが、学生ロビーがある第一講義棟なんかは他の学生でごった返すので、私達が今居るのは第三講義棟だ。めんどくさいほうの貴族学生は人の多いところに居たがるし、そうなると自然に取り巻きで人口密度上がるし、逆にそういう人達が現れない場所は相対的に閑散とする。
第三講義棟なんかはまさにその典型で、エントランス横のラウンジも第一と遜色ないくらい広いのに、人が少なくて閑散としているし、居るとしても私達と同じく人混みを避けたいという意図の者ばかりなので、非常に穏やかな空気で快適である。
なんでこれまでのように図書館でやらないのかというと、なんか邪魔が入りそうな気がしてならないからだ。具体的にはブラッドフォード家のお嬢さんとかが湧いて出そう。彼女は単純にノリが鬱陶しいというのもあるのだが、それ以上にどことなく得体が知れない感じがして私はちょっと苦手だ。あとはまあ、ジュリアが居るとおまけでフランが付いてくる可能性もあるので。
というわけで、ラウンジの奥まった隅にあるテーブルを確保して皆で勉強道具を広げている。
前回の試験の時はいつもの四人で勉強をしていたが、今回は更に二人、面子が増えている。
誰かというとレックスとルークだ。前回の反省を活かして、より効果的な勉強会とすべくノエルがテコ入れを行った結果なのだが、成程確かに私としては非常に助かる。
「ルークって、意外と頭いいんだね」
と呟くのはリタだ。晴れて交際関係となった二人は今も肩を並べて座っているのだが、リタが言うようにルークの頭の出来が意外とよろしいのだ。彼って原作ではその辺よくわからなくて、所々で切れ者っぽい思考の速さを垣間見せることはあれど、普段はどちらかというとおバカっぽいキャラだったし、結局頭が良いのか悪いのかよくわからん。
一緒に勉強してみてわかったのは、やっぱり頭の回転は速いなということだ。この学院に来る前は討伐者活動をしながら勉学は家庭教師で賄っていたらしいが、それ故に基礎的な教養に若干の偏りとか不足とかが見られるものの、教わったことに対する理解力や応用力は目を瞠るものがある。
教える側には立てないが、手の掛からない生徒って感じだ。
「そうか?知らねえことばっかだけどな」
「知らねえことばっかのくせに講義に付いていけてるのは、頭いいってことでしょ」
とまあ、当の本人は全然ピンと来てないが。
手の掛かるほうの生徒であるリタはどうなのかというと、前回よりは頑張っている。というのも彼女は将来ルークの隣に立つに相応しい人間になるべく努力をすると誓ったばかりであり、試験勉強に臨む気合の入りようも違うというものだ。
あとはそのルークが隣に居るので、それがいい具合に原動力になってる節もある。リタにも少なからず意地というか見栄というか、そういうのあるだろうから、彼が横に居るのにあんまり無様な姿は見せられないっていうか。
なおそれを見透かしてノエルがルークを引き摺り込んだのは言うまでもない。眼鏡の子恐ろしい子。
「ねえルーク、これはどうやって解くの?」
「ん?これはだな……わからん!ミリティアヘルプ!」
「はいはい」
ルークは頭の回転が速くても記憶力はわりと普通っぽいので、度々こういうことが起きる。
ノエルではないが興味が薄いことに対しては覚える気も起こらないのか、勉強が出来ても進んでしたいわけではないので、講義の内容をすぱっと忘れていたりするのだ。だからルークにとっての試験勉強というのは講義で一度やった事柄を思い出させて覚え込ませる作業となる。もともと自力で理解して導ける能力があるので、少しヒントをあげればそれで充分なことが殆どだ。
これがリタになるとそもそも理解していない事柄が少なくないので、改めて解法を教えるというところから始まるわけだが。
ちなみに、そういう私自身が他人に偉そうなことを言えるほど頭が良いわけではないので、そのためのレックスである。前回はたまたまイオが私の勉強を見てくれる機会があったけど、そのポジションが今回はレックスということだ。
「レックス様、この問題の解説がちょっとわからないのだけど」
「どれどれ……ああ、これは」
レックスは前回の試験の成績だけで言えばノエルよりも上に居るのだ。それでいて彼はミアベルのような天才肌ではなく、ノエルのような偏食家でもなく、真っ当に勉強して真っ当に知識を身に着けている秀才型の人間だ。
そんでもって教えるのが超うまい。なんでも前世の大学時代には家庭教師のバイトをしたことがあるとかで、ある程度は慣れてるのだそうな。私にとっては家庭教師も大学もアルバイトも全部未知の存在である。感心するよりも先に羨ましく思ってしまったのは無理からぬことだ。私もキャンパスライフとかしてみたかったなぁ……っていう。
ともかく、これがノエル先生が導いた最適解。
ルークを配することでリタのやる気を励起して、尚且つ教える私の負荷を減らす。そして私を含めた全体のフォローとしてレックスを配する。前回の試験でリタを教える役に立てなかったことを反省しているノエルであったが、その反省を活かした結果が自分が教えられるようになるという方向ではなく、外から最適な人間を持ってくるという方向になるあたりがノエルらしい。
ところでこれってレックスになんの得もないというか、彼だけがわりを食っているような気もするのだが、なんのことはない。レックスという男はただの教え好きなので、なんだかんだで一番楽しんでいるまである。教え好き、というか面倒見がよい……面倒を見るのが好き、というのが一番近いかな。流石に一児の父だけあってパパさんムーブが板についている。
ついでに一応言っておくと、ミアベルとノエルもちゃんとこの場に居る。彼女等は二人で時折言葉を交わしながら勉強しているのだが、その机の上に広げられた参考書っぽいものが明らかに今期の試験範囲の内容ではなく、滅茶苦茶難しそうな専門書の類であることには突っ込まないほうがいいのだろう。ちらりと覗き込んでみた限りでは、たぶん『三界理論』の話をしていると思うのだが、どう見ても講義で習う範囲を逸脱しているし、ていうか講義自体もまだ先の話だし、勿論私には欠片程度もわからなかったとだけ言っておこう。
一先ずの区切りとして、リタが自力で解いた問題集の採点をしたレックスが頷く。
「悪くないぞ。チラホラ間違いはあるが、この調子ならそう悪い結果にはならないだろう」
「やたっ!」
リタが小さくガッツポーズをする。
実際、目覚ましい進歩だ。これが恋の力の為せる業であろうか。恋心は乙女の原動力てきな。前の試験では赤点でなければよしとか言っていたこの子が、これなら今回は平均点を越えてきそうだ。
「どうやら、休暇に補講という最悪の事態は避けられそうね?」
「ううう、やめてよねぞっとしない」
私が揶揄うと、リタは本当に嫌そうに身を震わせた。
赤点は補講、当たり前である。
そのままセルフサービスの飲み物片手にプチ休憩と洒落込む。
「そういえば、皆は休暇はどうする予定なの?」
補講の話から連想したのか、そう切り出したのはミアベルだ。
期末試験が終わればその結果発表があって、すぐ後に終業式典を行えば学院は長期休暇に入る。休暇中に学生がどう過ごすのかは人によるところが大きい。寮に残ってここで生活する者も居れば、休暇くらいはと実家に顔を出しに行く者も居るだろうし、少し遠出してみようと旅行に行く者も居るかもしれない。
一番に答えたのはノエルだ。
「私は寮に残るかなぁ」
「ノエルは寮というか、図書館に入り浸ってそう」
「わりとあると思う」
ブレないなこの子は。
そういうミアベルは?と逆に問われ、ミアベルは思案気に、
「悩み中かなぁ。一回家に帰りたいなとは思ってるんだけど、旅費もバカにならないし」
あー、まあ、そうか。金銭に余裕がないと、帰省するのも楽じゃないよね。王国中から学生が集まっているとなると、人によっては実家がクソほど遠いってこともあり得るわけだし。
この世界の移動手段ってまだ原動機の類が一般に実用化されていないので、基本的には人力か馬力。場合によっては魔法的な移動手段があったり、場所によっては水運という手もある。特筆すべきは、馬や牛よりも強靭で強力な且つ賢い獣である魔獣の存在だろう。魔獣が牽引する車両も慣例的に馬車と呼ばれるが、最も普及している公共交通手段というのが魔獣による鉄道馬車だ。軌条の敷設と整備が必要なのである程度開発された区域でないと利用出来ないが、つまり王都周辺であれば大抵の場所ヘ行ける。勿論、鉄道でなくとも魔獣が引く馬車は普通の馬車とは比べ物にならないくらいに快適で便利なので、基本的に貴族の移動手段はこれだ。
では魔獣を使うような財力の無い貧乏貴族や平民はというと、圧倒的に徒歩。それか普通の馬。普通の馬車。そんな感じである。移動の速度もたかが知れているので、長旅になりがちだ。そうなると当然、道中の宿泊費諸々の出費がかさむ。
「俺も実家戻るから、乗せていってやろうか?」
「え?いいの?」
とそこで助け船を出したのはレックスだ。ミアベルの実家はレックスの実家であるコーリッジ男爵家の領地にあるので、つまり帰る方向が一緒ということだ。
「ルークはどうすんの?」
「俺はクランに戻るぜ。今は東部かな」
「ああ、ウチの領地から結構近いんだよね」
即日でベリエ男爵領に襲撃を掛けられるくらいの距離感らしいですよ。本拠地を持たないダンクーガ伯爵家だと、それこそ休暇のたびに帰る場所が違うということになりかねないのか。なんとも大変そうだ。
「リタも一緒に来るか?」
「あぇ?」
「親父と母さんが死ぬほど会いたがってるらしくてさ、たぶん来なくてもこっちから行く勢いだろうけど」
英雄伯家の圧が凄い件。交際からご両親への挨拶までのスパンが短過ぎる。
まあその辺はリタに頑張ってもろて。
皆の予定をつらつらと聞いていると、最後に私に話が回ってくる。
「ティアは?やっぱり避暑地でバカンスとかしちゃうんですか?」
ミアベルがおどけたように訊いてくるが、私もまた悩み中であった。たぶん、このまま順当に進めばまさにそうなる。両親や姉と一緒に過ごしたいし、別荘でゆっくり過ごすというのも悪くない。ゆっくりしている余裕があるならば、だが。
ここ最近、ずっと考えていたことがあるのだ。まだ具体性の無い話だが、私はそれをこの場で言ってみることにした。
「……私、討伐者やってみようと思うの」
「「「「「え?」」」」」
あんまり予想外のことを言ったからか、全員の声が綺麗にハモった。
「ちょっと思うところがあって……魔物との戦闘経験を積みたいのよね」
思うところというのは、勿論プリムローズの件だ。あの展望広場で相対した時、私は彼女に手も足も出なかった。というか戦う以前の問題だったのだが、流石にあれではダメだと思うのだ。
原作的に言えば、これから多くの困難に直面して立ち向かうのはミアベルを始めとした強い人達なのだろうし、ミリティアというキャラクターは決して弱くはないはずだが正面切って戦うような適性でもない。だから結局私はサポートに徹するのが分相応であると考えていたのだが、甘えだった。自分に大それたことが出来るとは思っちゃいないが、現状はそれ以前、役に立たないどころか足を引っ張りかねない。まったく無関係を決め込んで脇に引っ込んでいるならばそれでもいいだろうけど、私は最後まで関わり抜くつもりだ。
ミアベルを勝利に導く。
それが私がここに居る意味であり、恣意で彼女に関わってしまった私には責任がある。だから彼女と一緒の戦場に立てる程でなくてもいい、だが決して足を引っ張ることだけはないように、自分で出来ることはすべきだ。
その努力を、怠るべきではない。
私の言葉に、この中で唯一の現役討伐者であるルークが口を開く。
「この学院に居たらどうせ魔物と戦うことになるんだろ?だったら今無茶する必要ないと思うぜ」
「無茶は承知よ」
「生半可な気持ちだったらやめとけと言うところだけど」
しかしルークはその言葉を口に出すことはしなかった。
彼もまた、あの日の展望広場で彼女と相対しているので、私の思うところというのが少なからず理解出来るのかもしれない。私もレックスも、そしておそらくプリムローズもルークに対してあの日の事情を説明していないし、ルークのほうも訊いてこないが、あれが命の遣り取りに発展しかねない状況であったことは私を守ってくれたルークが一番よく理解していることだろう。
学院のカリキュラムで魔物との戦闘が組み込まれている以上、ルークの言う通りで別に今やらずともちゃんと順序立てて腕を磨きながら臨むことが出来るようになっている。逆に言えば現状は時期尚早そのものであり、実際私自身の実力は素人よりマシ程度でしかない。
だが、きっと、ここしかないのだ。
この休暇しか、自分のために時間を使える機会がない。後期に入れば物語の結末へと向かって徐々に状況が動き出すだろう。そのために準備を、と考えればここしかないのだ。例え魔王の復活を阻止するつもりだとしても、そのための戦いは避けられないのだから。
討伐者として生計を立てたいなどと言うつもりはないし、それが出来るとも思っていない。
ただ。一度、戦いの中に身を置いてみたいのだ。出来ればそれが、取り返しのつかなくなった事態になってからでなく、自分から臨める余裕のあるうちに。私は戦うという行為を甘く見ていた。そんな覚悟で、大事な友人を戦いへと送り込もうとしていた。これではダメだ。ダメダメだ。
予想外過ぎて反応に困ったような周囲の中で、レックスが徐に呟く。
「じゃあ、俺も一緒に行こうかな」
「え?」
今度は私が困惑する。
「ウチは騎士系だからな、どの道どこかで挑戦しないといけなかったし、丁度良い。ところでミリティアさん、どこかのクランに参加させてもらうとか、誰かとパーティーを組むとか、見通しはあるのか?」
「ううん。そういうのはこれから考える。今のところは思い付きでしかないから」
「なら俺も一緒に頼むよ。ミリティアさんは時々とんでもなく可愛いことをやらかすからな、放ってくのは心配だ」
優しいオブラートに包んでくれているが、要はポンコツだと言いたいのか。
友人三人が尤もらしく頷いているので、どうやら私の味方は居ないようだ。
「んじゃあ、ウチ来るか?」
学校帰りに自宅に呼ぶような気軽さでそう言ったのはルークだ。
彼の言う『ウチ』というのは当然、所属クランである『剣の誓い』のことだろう。
私の目的は黒い森で魔物との戦闘を経験することだが、勿論一人で行くつもりなんてないし、レックスが一緒だとしても現役討伐者の同伴無しで行けると思うほど楽観してはいない。魔物といってもピンキリだから、規模の小さい森の浅層くらいを舐める程度ならば、おそらく今の私達でもやれないことはない、と思うのだが。
その後、リタとミアベルが参加表明して、それならばとノエルが手を挙げたことで、今度の休暇はこの場の皆で合宿となることが決定したのであった。
これは遊びではない。命の危険もあるだろう。
だけどどの道、遠からず、否応なくそういう状況に置かれることになるのだ。
ミアベルと共にあるということは、そういうことだ。
選んだのは私。選び続けるのも私。だから、戦いから逃げるわけにはいかないのだ。




