253話_side_Rx_学究区_サロン
~"主人公の幼馴染"レックス~
その敵は、あまりにも強力だった。
俺がそれに挑むのは初めてではない。前回相対した時、俺は殆ど手も足も出ずに敗北を喫した。
戦場で敗北すれば、次などないことのほうが多いだろう。
だから無様な敗北を喫してなお、それを省みる機会を与えられた俺は幸運であった。ならばその幸運に感謝し、敗北の記憶を無駄にしないためにも、俺はその経験を糧に成長して見せねばならなかった。
そして今日、俺はリベンジの機会をも与えられた。
敗北の記憶は未だ色濃い。劇的な成長を見込めるほどの期間があったわけでもない。だが俺にも意地がある。前回なす術もなく敗北した屈辱を思えば、今回はせめて一矢を報いて見せよう。
俺は今日、その覚悟を決めて、ここに来た。
「――というわけで、前回より一品多く食べました」
「奇遇だねレックス。僕もさ」
力無く言葉を交わして、俺とレオ殿下は同時にコーヒーを呷った。
口の中で暴れる甘味の暴力を、一刻も早く中和しなければ。砂糖を吐きそうだ。
「お前ら、甘いの苦手なのか?」
そう言うのは今回から参戦したニューフェイスであるアルヴィンだ。こちらは俺達と比べればだいぶ平然としている。
「苦手というか、人並みであるとは思っているよ」
「ええ。俺もです」
「ふーん。まあ、甘党じゃねえとアレはきついかもな」
なんのことかというと、勿論マシュマロスイーツのことだ。なんと言っても今日の茶会の題目は『第二回マシュマロパーティー』だったのだから。だった、などと表現するのは、現在室内の一角で異様な存在感を発揮している横断幕が示す通り、茶会の主旨が変わってしまったからだ。
マシュマロパーティー改め、ヴァンシュタイン嬢とホーキンス先輩の婚約(仮)を祝う会、である。まあ当事者は片方しか居ないし、だからといって提供される菓子は当初の予定通りにマシュマロ塗れなわけだが。
話を戻すと、俺もレオ殿下も甘味が苦手なわけじゃない。特別好みというわけでもないが、つまり人並みの味覚だと思っている。だがアシュタルテさんのために王女殿下が用意させた珠玉のマシュマロスイーツは最早人並みの味ではないのだ。
確かに美味い。美味いのだ。
しかしそれ以上に、異常に甘いのだ。
甘味の爆撃である。アシュタルテさんと王女殿下には是非とも『過ぎたるは及ばざるが如し』という言葉の意味を考えてもらいたい。何事も適量というものがあるのだ。甘味にも用法用量という概念を導入していただきたい。切に思う。
「アルヴィンはだいぶ余裕そうだな?」
「俺は甘いもん好きだし。姉貴もな」
アシュタルテさんがるんるん気分で甘味を無尽蔵に貪り食っているのは前回同様の光景なのでさておくとして、アルヴィン同様今回から参戦のマリア嬢もわりと平気な顔でぱくついている。
むしろ、そういう目で見ると意外と食が進んでいないのが王女殿下である。彼女は前回同様せっせとアシュタルテさんを餌付けする傍ら、つい先程和解したらしいマリア嬢に対してもたどたどしく菓子を勧めたりして交流を図っている。それで手一杯なのかもしれないが、王女殿下自身は菓子には最初に少し手を付けたきりだ。
俺の視線を追ったレオ殿下が笑みを浮かべて言う。
「姉君はね。あんまり偏食をするとお抱えの医師に怒られてしまうから」
成程。蒲柳の質で知られる王女殿下だから、食生活にも人一倍気を遣わねばならないと言われれば、至って自然な話である。
というのが表向きの理由なわけだ。
「で、実際のところは?」
「ほら姉君は怠け者だから。運動もせずに甘味を食べ過ぎるとダメージがもろに」
ああ……、となんとも言えない顔になる俺とアルヴィン。
どこにダメージが来るのかというと、たぶんウエストとかに来るのだろう。明言すると不敬というかセクハラっぽいので、なんとなく察するにとどめておくのが賢明だ。なお肥満よりも先に成人病の心配をしてしまうのは俺がおじさんだからなのだろうか。
先程のマリア嬢との遣り取りからもわかることだが、王女殿下は少なくともこの場の面子には本性を隠す気はなくなったようだ。レオ殿下とアシュタルテさんは元から知っていたのだろうが、俺やアルヴィンにも暴露したのは少なからず意外ではある。まあ、ミリティアさんから教わった原作知識に頼るまでもなく、前回のマシュマロパーティーである程度わかってはいたことだし、アルヴィンもレオ殿下の親友という立場上、シャーロット殿下の本性のことも薄々感付いては居たようだ。
相変わらず俺の場違い感は否めないが、とりあえずは、俺の人間性が王族のお眼鏡に適った結果だと前向きに受け入れておくことにしよう。俺が巻き込まれた理由は前回の時にレオ殿下から聞いてはいるが、第二回である今回も呼ばれたということは、秘密を共有するに足る人物であると見做されたということだろうから、大変に名誉な話である。
「ところで、今日の催しは最初から王女殿下とマリア先輩の和解を企図したものだったんですか?」
「いや、そんなことないよ。さっきのアレは九割がたアシュタルテ嬢のアドリブだね」
「あのハンドメイドっぽい横断幕はどっから出したんだろうな。誰も突っ込まなかったけど、普通に謎じゃね?」
時間止めて設置したんだろうなぁ。贅沢な才能の無駄遣いである。
「もともとはね、アシュタルテ嬢とマリアが仲良くなった経緯を姉君が知りたがったところから企画されたんだ。両者を呼び出して事情聴取をしよう、ってね」
「だとすれば、俺達は居なくてもよかったのでは」
普通に女子会にすれば良かったのではなかろうか。と思うのだが、その辺は王女殿下の思惑があるらしく、彼女はとりあえずアルヴィンを参加させたかったとのことだ。何故かというと王女殿下はマリア嬢に嫌われている自覚があったし、マリア嬢自身の奥ゆかしい性格も良く知っているので、もし自分とマリア嬢の二人きりの茶会などになったら互いに死ぬほど気まずかろうと考え、緩衝材としてアルヴィンを配置したというわけだ。彼は察しが良く気が利く男だし、マリア嬢も肉親が居れば少しは緊張も解れるだろうと。
「でもアルだけを呼んだらなんというか『フォロー感』があからさまだろう?そこで僕だ」
シャーロット王女殿下がレオ殿下を茶会に招くのは不自然ではないので、アルヴィンはあくまでもレオ殿下のおまけ、という体だ。
そんなことしなくても、そもそも緩衝材ならばアシュタルテさんが居るだろうと言えば、それはそうだ。だがしかし、
「アシュタルテ嬢は普通に不参加決め込む可能性が高かったからね」
王族からの私的な招待を辞退するというのは相当な理由か覚悟がないとまずやらない行為だが、そこはそれ、アシュタルテ侯爵家なので。
そこで王女殿下は考えた。アシュタルテさんを参加させるための方策を。
「というわけでレックス、キミだ」
「一応言っておきますけど、俺が居ることとアシュタルテ嬢が参加することには一切因果関係ないですからね」
「そうは言うけど、今のところ勝率百パーセントだから。たぶん次も呼ばれるよ」
そりゃ百かもしれないが。そもそもこれが二回目だ。
つまりなにか、王女殿下にとっては俺はアシュタルテ嬢を呼び寄せるアイテムかなにかということか。まあ、王女殿下はアシュタルテ嬢に何度も袖にされた実績があるようなので、少しでも参加の期待値を上げるために唯一の成功例となるべく近しい状況を作ろうというのは理に適った行為ではある。俺達にはわからないだけで、本当に俺の存在がなんらかの作用としてアシュタルテ嬢の参加を誘発している可能性だって否定は出来ないわけだし。十中八九、関係ないと思うが。
「さて、俺はちょっと女性陣に絡んでこようかな」
そう言って席を立ったアルヴィンに「お前はどうする?」と視線を向けられたレオ殿下が苦笑する。
「あの場に入って行こうと思える勇気がすごいよ」
甘味の暴力で死にそうなのは置いておくとしても、確かに女性陣のほうを見遣れば俺達はお呼びでない感がすごい。なんというか、色々な意味で『邪魔したら悪いなぁ』と思ってしまうくらいには仲睦まじい雰囲気だ。主に、キャラ崩壊しているアシュタルテさんをマリア嬢と王女殿下で只管に愛でる方向に進んでいるようだが。
アシュタルテさんが威厳をぶん投げて身を挺したおかげで、王女殿下とマリア嬢の仲も深まったようでなによりである。
「なに言ってんだレオ。折角の機会なんだから、活かさねえと勿体ないだろが」
アルヴィンは呆れたように言う。
「姉貴やシャーロット様はともかく、アシュタルテちゃんと触れ合える機会は貴重なんだからよ」
「まあ、そうなんだけどね」
「煮え切らねえなぁ。仕方ねえから、チキってるレオのために俺がお手本を見せてやる」
挑発的に言われて流石にムッとした様子のレオ殿下が「自信があるようだね?」と皮肉気に言うと、アルヴィンは余裕そうに笑って見せた。
アルヴィンという男は社交的で、誰とでも仲良くなれるような人物だ。俺のように小賢しい話術で印象操作をしているわけではなく、所謂陽性の魅力で人の警戒を解かせるようなところがある。その彼にかかればアシュタルテさんと距離を詰めるのも造作もないことなのか、俺としてもその手管は非常に参考にしたい。
「いいかレオ。俺が思うに、アシュタルテちゃんと距離を詰めるコツは彼女の本質をくすぐることだ」
「本質だって?」
「そう。何だと思う?」
それがわかれば苦労はしないという話なのだが、つまりそれを自然に察することが出来るからこそアルヴィンは皆に好かれるのだ。俺とレオ殿下は真面目に考えてみるが、思い付くのは『知啓』とか『プライド』とか、どれもありきたりでしっくりこない。
「答えは『母性』だ」
「はい?」
「アシュタルテちゃんはあれで相当面倒見がいい類の人間だぜ。それは彼女の母性がなせる業だ」
アルヴィンの力説にレオンヒルト殿下は胡乱気な顔をしているが、俺は多少なりとも理解出来る話であった。母性とはつまり『母としての性質』のことであるから、言葉の定義はともかく社会通念的には大人の女性的な包容力を指すことが多い。母親として子供を慈しみ育てる姿のことであり、母親らしさと言い換えても良い。
そこをいくと外見が幼子にしか見えないアシュタルテさんは母性とは対極の位置に居ると言っていい存在のように思えるが、必ずしもそうでないことを俺は良く知っている。他でもない、俺の前世での伴侶もまた母性とは程遠い外見特徴を持っていたからだ。しかし彼女は俺が知る限りでは誰よりも母親らしい母親であった。なお夫の贔屓目であることなんて重々承知ではある。
「そこまで自信満々に言い切るからには、お手並み拝見といこうじゃないか」
レオ殿下の試すような言葉に、アルヴィンは「まあ見てろ」と言って歩いて行った。
そのまま彼は堂々と女性陣の会話に割って入ると、あからさまに邪魔者を見るような目をしている王女殿下や実の姉の視線もなんのその、肉親だからこそ知り得るマリア嬢の情報を餌にチラつかせて王女殿下の興味を惹くことに成功する。マリア嬢と友情を築かんとする王女殿下にとっては、今なによりも欲しい情報に違いない。好きな色とか、苦手な食べ物とか、取るに足らないことばかりだが口下手な姉の代わりに、時折本人にも話を振りつつ実に巧みに話を広げていく。これこそがまさに王女殿下がアルヴィンに望んだ役割でもあるのだろう。
そうして一盛り上がりしたところで、我関せずと甘味に舌鼓を打っていたアシュタルテさんに、アルヴィンがさも今気付いたとばかりに視線を向けた。
「お、アシュタルテちゃんの食ってるそれ、美味そうだな」
「やらんぞ」
「え、俺達の分は?」
「ない!」
この場で提供される菓子は全てオーダーメイドだ。手配しておいた材料(主にマシュマロ)を元に、王女殿下が王宮から呼び寄せた専属の職人が別室でリアルタイムに調理したものが出てきているのだ。勿論、ある程度の下拵え程度は事前にしてあったのだろうが、それをどう仕上げるかはこの場の注文に応じて臨機応変に対応していることが伺える。
今アシュタルテさんが食べているそれはどうやら焼き菓子のようだが、つまり彼女がわざわざ注文して作らせたものであり、その時その場に居た女性陣の分があったとしても避難してコーヒーを啜っていた俺達の分がないのは道理だ。
「そりゃないぜ!一口!一口だけちょうだい!」
「同じの作ってもらえばいいだろーが」
「違うんだよなぁ、今アシュタルテちゃんが食ってるのが美味そうに見えたんだよ。だから今食いたいんだって、わかるだろ?」
「わがままな奴め」
殆ど駄々をこねる子供のような論法を駆使するアルヴィンに、アシュタルテさんは埒が明かないと思ったのか面倒くさくなったのか、とにかくさっさと満足させて厄介払いしようと考えたらしく、嘆息気味に降参した。
「一口だけだぞ」
「そう来なくっちゃ!んじゃ遠慮なく――」
「あっこら!大きいやつを取るな!一口と言ったら小さいやつだ!」
「どれ?」
「これ!」
そう言ってアシュタルテさんは小さな手で小さな焼き菓子を取った。たぶん皿の上で一番小さいやつなのだろう。狭量なのか微笑ましいのかは判断に悩むところだが、なんでか憎めないのは彼女の容姿のおかげなのだろうなとどうでもいい感想が過る。
アルヴィンは不満げな顔をして見せる。
「俺の一口とアシュタルテちゃんの一口って全然違うじゃん」
「そんなこと言うならあげないぞ」
「しゃーない、それで我慢するかぁ」
アルヴィンはそう言いつつも、アシュタルテさんが手に取った菓子に自身の手を伸ばすことはなく、その場で少し屈んで見せる。ちょうど、頭の高さがアシュタルテさんの手が届くくらいの位置になるように。
その所作の意味するところは明らかで、流石にそれは無理だろうと俺は思った。つまりアシュタルテさんが手に取ったそれを手ずから食べさせて欲しいというアピールなのだが、
「子供か貴様は。ほら、あ~ん」
信じられないことに、アシュタルテさんは殆ど抵抗なく、むしろ苦笑気味だが笑みすら浮かべて、アルヴィンの口に菓子を運んだのだった。しかも、それこそ子供にするみたいにちゃんと『あ~ん』なんて言ってあげるサービスっぷりである。
「どうだ?美味いか?」
「おう。美味いぜ。アシュタルテちゃんが食べさせてくれたから余計に美味く感じるな!」
「ふん、調子のいいこと言っても、もうやらんからな」
何事もなかったかのように菓子を消費する作業に戻ったアシュタルテさんに、今度は王女殿下がこれ見よがしに口を開けてスタンバイしている光景は見なかったことにして、信じられない心境のまま俺とレオ殿下が呆然とアルヴィンのほうを見遣ると、彼はこちらを見て、
――どやぁぁぁぁぁん
とお手本のような素晴らしいドヤ顔をしてみせた。
俺の隣に居たレオ殿下が『イラっ』としたのが雰囲気でわかる。
成程、敢えて子供っぽく振舞うことでアシュタルテさんの母性を擽ると、ああして構ってもらえるのだということか。彼女の反応を見る限りでは満更でもないようだし、極めて有効な方法であると言わざるを得ない。
惜しむらくは、それを実行出来る人間はそもそも限られるということであるが。言ってしまえばアルヴィンという男のキャラだから許される行為であって、これを俺がやったならばドン引きされて終わりな気しかしない。いや、まあそんなことを言っていたらいつまでたっても距離なんて縮まらないぞというのがアルヴィンの謂わんとするところなのだろうが。
ところで、これは俺以外には察しようがないことであるが、アシュタルテさんは前世の記憶を有する転生者なので、その精神年齢は今生の実年齢と一致しない。仮に彼女が俺と同程度の精神年齢をしていたとしたら、つまり彼女にとって同級生というのは完全に子供だ。だから先の振舞いは、文字通り子供の微笑ましいわがままに応えてあげただけのつもりなのだろう。
と、ここでレオ殿下がゆらりと立ち上がる。
「まさか……往くのですか?」
「ああ。勿論だ。売られた喧嘩は買う主義なのでね」
あれをやるというのか。
なんという勇気だ。アルヴィンに負けるわけにはいかないというプライドがためだとしても、その決断には敬意を表する。
俺としては、せめて『大事故』が起こらないことを祈るばかりである。
「では、逝ってくるよ」
覚悟を決めた男の背中を見送り、俺は思う。
アルヴィンとレオ殿下の一連の遣り取りを見る限り、どうしても一つの可能性が頭を離れないのだ。
ミリティアさんは『あり得ない』と言っていたが……
「やっぱり、あるんじゃないかな」
なお余談だが、アルヴィンの真似をしたレオ殿下は案の定アシュタルテさんにドン引きされた。
ただレオ殿下は彼女をドン引きさせてそれはそれで満足そうだったので、良かったねと俺は思った(小並感)。




