252話_side_Mar_学究区_サロン
~"公爵令嬢"マリア~
ついに、この日が来てしまった。
本日は第二王女殿下主催の茶会の日である。会場は学究区にある高級サロンの一室。
先週の花告祭期間には悠長に茶会を開いている余裕も参加する余裕もなかったし、かと言って直後には期末の定期試験が迫ってきているということで、合間を縫うような今日この日、参加者全員が揃う放課後の時間に開催と相成った。
講義を終えた私は一度寮へと戻って、少しだけ身嗜みを整えると重い足取りで目的地へと向かう。この学院内では規則として制服着用が殆どの場面で求められるので、茶会に赴くにあたっても態々ドレスなどを着なくてもいいのは素敵なところだ。
私の性格的に自身で茶会を主催することなんてあるわけがないし、他家からの誘いも余程の相手でなければ基本的に辞退している。だからと言ってまったく参加したことがないわけでないし、そういう出ざるを得ない場合というのは即ちそれなりに高位の相手からの誘いであるわけで、となると大抵会場は同じ場所となる。
それが今まさに向かっているサロンなのだが。
所謂、やんごとなき人々の御用達というやつである。
私も一応公爵家の令嬢ということでそれなりにやんごとない身分だ。というわけで何度か訪れたことがある場所なので、向かう足取りに迷いはない。いっそのこと道に迷って辿り着けなければいいのに、などという無意味で詮無い思考を無限に繰り返しながらとぼとぼと歩んでいると、憎いくらいにスムーズに目的地へと到着してしまう。
まあ、そうそう変な事態なんて起こるものじゃないから、当たり前の結果なのだけど。
高級サロンが高級と銘打つ所以の一つでもある最高グレードの使用人が出迎えてくれて、私が何を言わずとも委細を承知した様子で会場へと案内してくれる。このサロンを利用する貴族は少なくないはずだが、道中誰かと擦れ違ったりすることもない。無論、今日の茶会の主旨を理解している出来た使用人が、部外者とニアミスすることのないように連繋して事を運んでくれているからだ。
そうして案内された一室に足を踏み入れると、私はまず、いの一番に彼女の姿を探した。
それは当然茶会の主催である姫殿下――ではなく、私の大事なお友達であるプリムの姿だ。
「やあマリア。早かったな」
探すまでもなく、彼女のほうから声を掛けてきてくれた。あまりにも特徴的な可愛らしい容姿のプリムは、しかし常から仏頂面しかめっ面で居ることの多い少女であるのだが、今日はなんだか機嫌が良さそうだ。
ちなみに室内を見回すと私以外の参加者は全員揃っていて、とぼとぼ歩きの私が順当に最後の到着となったらしい。にもかかわらずプリムが私に『早かったな』などと告げたのは、私の性質を良く知る彼女だから、うじうじして到着に時間が掛かることなどお見通しだったのだろう。つまり彼女の予想よりは頑張ったということだ。いいことだ。
今日の茶会は姫殿下が主催とはいえ、極めて私的な催しだ。格式ばった進行をするつもりもないらしく、先に到着していた面々は既に思い思いに寛ぎ談笑している風であった。
ここで参加者をお浚いしておくと、まず目の前にいるプリム。私のお友達だ。
それから主催のシャーロット姫殿下。彼女はどうやらプリムと会話していたようだが、プリムが私を出迎えに席を離れたので今はお一人で紅茶を傾けている。
男性陣は三名。私の弟であるアルヴィンと、姫殿下の異母弟であるレオンヒルト殿下。そして何故か、本当に何故かこの場に混ざっているコーリッジ男爵家のレックス君である。彼等は少し離れた場所で男同士のトークで盛り上がっていたようだが、弟は私の到着に気付いて軽く手を挙げてくれた。
茶会の招待状が届いた時点で参加者の名前はわかっていたから、プリムに訊いてみたことがある。なんでこの面子でレックス君が参加しているのかと。そうするとプリムからは『憐れな羊というやつだな』と返ってきた。要するに何らかの生贄であるという暗喩だと思うが、それにしては普通にこの場に馴染んでいるようにしか見えない。王家や公爵家を相手にして平然と談笑している彼はきっと胆力おばけに違いない。
なお、私はレックス君のような人物が苦手だ。彼が悪いわけではないのだけど、ああいうそつのない振舞いをする人って大抵嘘も上手に吐くのだ。私はそういう『不意打ちの嘘』が一番痛いのだ。勿論相手に非があるわけではなくて、私が被害妄想で勝手に怯えているだけなので、だから嫌いなわけではなくて、ただただ苦手なのである。
なにはともあれ主催の姫殿下に挨拶をしようと思って、プリムと並んで彼女のほうへと向かう。同じくして、離れていた男性陣もこちらへと合流すべく歩いてきた。
参加者が一堂に会したところで、満を持して口を開いたのは当然茶会の主催である姫殿下――ではなく、何故かプリムであった。
「さて、主賓も来たことだし」
意味深にそう口火を切ったプリムに、全員の視線が集中する。
というか今、彼女は『主賓』と言っただろうか。そして私を見ているのは偶然だろうか。私が目を白黒させていると、プリムは重々しい雰囲気で語り始める。
「マリア、私はな、我慢してたんだよ」
「えっあっ、はい……?」
いきなりそんなことを言い始めたプリムに、周りの反応はそれぞれだ。
姫殿下はお得意の嘘くさい表情でにこにこしているし、王子殿下は何かを期待するような、あるいは値踏みするような顔で、弟は面白そうに笑みを浮かべ、レックス君は単純に興味深そうにしている。
プリムはそんな周囲の反応を一顧だにせず、私相手に熱弁を振るう勢いだ。
「ここ最近、懸案事項が多くてな。中々考えることが減らなかったんだ。だからな、せめて一通りの落としどころを見付けてからにしようと思ってたんだ」
「あのあの、えっと?」
「でな、先の休日で一応片が付いたから、私はようやく――そう、ようやく憂いなく声を上げることができるのだっ!」
つまりどういうことなの?と私が視線で問い掛けると、プリムは「つまり――」と言いながら、口元に片手を当てて、フッと息を吐く。
瞬間的に冷たい風が吹き抜け、ほんの僅かに目を窄めてしまう。
そして、しぱしぱと瞬きをした時に目に入ってきたのは、
「こういうことだ!!」
いつの間にか、室内の一角に、とっても目立つ位置に横断幕のような物が出現していた。天井近くの壁面の装飾を利用して設置されたそれは、なんだかすごく手作り感が漂う微笑ましい出来の一品で、でかでかとした字でなにか文章が記されている。
流麗だが独特の癖があって若干読みにくい筆跡は間違いなくプリム自身の直筆であるわけだが、その内容とは――、
「『祝!マリア×ギリアム先輩婚約(仮)記念――』……ってひぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ド素直に声に出して読み上げてしまった私は、途中で意味に気付いて悲鳴を上げた。
なんてものをわざわざ作ってきたんだプリムは。これは流石に断固抗議のつもりで彼女に向かって口を開こうとすると、それよりも早く彼女が文字通り飛び付いてきた。
私の視界が一瞬美しい白に染まり、羽のように軽いプリムの身体を抱き止める。
「マリアぁ~!まさか婚約まで取り付けてくるとは思わなかったぞぉ~!」
「ひゃぁ!?」
「よく頑張った!えらいっ!私は嬉しいマリア可愛いやったぁー!!」
真正面からハグをして、プリムは只管ハイテンションに私を賞賛(祝福?)しまくってくる。私はというと嬉しさと恥ずかしさと混乱で、目を白黒させながらとりあえずプリムの小さな抱擁を受け入れることしか出来ない。
ちなみに、花告祭の最終日において私はギリアム君と花を交わして婚約の口約束をしたわけだが、勿論私はそれを真っ先にプリムに報告しようと思った。私が望外の結果を得られたのは誇張でもなんでもなくほぼほぼプリムのおかげさまなので、一番最初に彼女に知らせてお礼を言うのは当たり前だったから。私が『花送り』の時に展望広場を訪れたのはプリムを探していたからだ。道中でシュヴァルツさんに出会ってプリムの居場所を教えてもらえたのは偶然の産物だったけど。
それで、プリムはその時もちゃんと本音で心から喜んでくれて、祝福の言葉をくれたのだ。結局プリムはその後すぐに過労で倒れてしまって、この件についてはその後特別話題に出ることもなかったのだが……、
「おい野郎ども!何を呆けているんだ祝福しろぉ!!」
この謎のテンションアッパーを見る限りは、どうやらプリムはちゃんと盛大に私を祝ってくれるつもりで、懸案事項とやらを片付け終わるまでずっと我慢していたらしい。なんというか、感情のままにハッチャケるのを。
私から身を離したプリムに発破を掛けられた男性陣が口々に祝福の言葉をくれる。
レオンヒルト殿下は苦笑気味に、少しだけ揶揄うような雰囲気で。レックス君は社交辞令感が強かったけど、ちゃんと本心から祝ってくれていることが私にはわかる。それから弟は、
「良かったな。姉貴」
言葉は少ないが、万感の想いが籠っているような声音だった。
「なんつーか、なんかさ、わりぃ、言葉に出来ねえけど……良かった。とにかく良かった」
いつもの憎らしいくらいの饒舌さが嘘のようにたどたどしく言葉を並べて、結局纏まらずにバツが悪そうに笑う弟の顔を見て、私は彼にたくさんの心配を掛けていたんだなと悟らざるを得なかった。
私の異能は言葉の嘘を見破るけど、言葉にされなければわからないことのほうが多いのだ。だからきっと、弟は表に出さなかっただけで、この不出来過ぎる姉のことをずっと心配してくれていたのだ。
「ありがとう……アル」
だから私は素直な気持ちで、彼に感謝することが出来た。
幼少期以来、いつの間にか呼ぶことのなくなっていた愛称がすんなりと出てきて、それがなんだかとても大切なものに思える。
だが、そんな暖かさで満ちていた私の心に、すっと冷たいモノが刺す。
「マリア」
シャーロット姫殿下が、口を開いたからだ。
彼女と相対するだけで私は無意識に身構えてしまう。だって彼女の口から出た言葉には、私の異能が反応しなかったことがない。だから慣れてるとかって話ではなくて、慣れていても痛いものは痛いから、だから身構えてしまうのだ。
聞く前に逃げたくなる。何も言わないで欲しいと思ってしまう。
だって、彼女の口から出る祝福の言葉に、きっとこの身の異能が反応してしまう。
でも、逃げ場なんてどこにもなくて。
私が身体を強張らせているうちに姫殿下は次の言葉を発してしまう。
「おめでとう」
「……………………は、ぃ?」
あれ?
痛くない。
きょとんとしたまま目がまんまるになっているであろう私の視界の端では、プリムが優しい顔で笑っていた。いやでも、まあそう、あり得る。これくらいはあり得る。だって流石の姫殿下も社交辞令くらいは普通に使うのだから、そこに嘘がなくてもおかしくない。言ってしまえば先程のレックス君と同じなのだから。なんとなくめでたいな、くらいの気持ちであっても嘘ではないのだから。
なお、内心で『どうでもいい』と思いながら口に出した『おめでとう』は私基準で嘘である。
「貴女が幸せそうで、わたくしも嬉しいです」
続く姫殿下の言葉に、私は小さく「うそ……」と呟いてしまう。
だって嘘ではないのだ。
私の異能はうんともすんとも言わない。それが示すことはつまり、シャーロット姫殿下が本心から私の幸福を言祝いでくれているという事実でしかない。私があんまりにも愕然としていたからか、シャーロット姫殿下は憮然とした顔になった。
あの姫殿下が憮然、である。これがどんなに特殊なことかわかるだろうか。
「わたくしが貴女を祝福するのが、そんなにおかしいですか」
「普段の行いが悪いんじゃないか?」
速攻で揶揄したプリムに乗っかって、レオンヒルト殿下が「僕もそう思います」と同意し、アルが「否定出来ねえっす」と事実上の肯定を示し、レックス君は礼儀正しく「ノーコメントで」と言っているが否定しない時点でつまりそういうことである。
サンドバッグ状態の姫殿下はひくひくと頬を痙攣させつつ、なんとか優雅さを保っているような有様であった。
彼女は「こほん」とわざとらしく仕切り直し、
「マリアは嘘吐きが嫌いなのだと、プリムから聞きました」
「え……?」
思わずプリムを見ると、彼女はちろりと小さく舌を出した。
「ですので、わたくしは貴女に嫌悪されても仕方がない人間です。今更、わたくしを好きになって欲しいとは申しませんが、一つだけ、謝らせて欲しいのです」
「なにを、でしょうか」
「最初のあの時、わたくしの心無い態度で貴女を傷付けました。本当にごめんなさい。ずっと、ずっと、それだけが謝りたかったのです。あの日のことをよく覚えています。後悔していました。きっとわたくしが、一番最初に貴女を傷付けた。貴女はわたくしの前では少しも笑わなくなってしまった。貴女と会うたびにわたくしは己の罪深さを感じていました。だから、わたくしにこんなことを言う資格はないのかもしれませんが――」
全部が、そう全部が、彼女の本音だった。
「貴女が幸せそうに笑っていてくれると、嬉しいのです。我がことのように、いえそれよりも、ずっと嬉しいのですよ」
そう言って、彼女はふわりと微笑んだ。いつもと同じ表情のはずなのに、私の異能がざわつかないというだけで、こんなに綺麗に見えるものなのか。
思いもしなかった姫殿下の本心を教えられてしまって、私は泣きたくなる。
だって、それはつまり、私がずっと彼女を苦しめていたということじゃないか。姫殿下は私のことなんてどうでもいいのだと思っていたけど、そうじゃなくて、むしろ私が傷付きたくないがためにそう思おうとしていただけで、そんな私の保身が、姫殿下を苦しめ続けていたのだと、どうしようもなく理解したのであった。
「わたくしは今更わたくしを辞められません。だからきっと、これからも嘘吐きでしょう。でも、せめて、マリアにはもう嘘を吐かないようにします」
だから、と姫殿下は真っすぐに私を見詰めて、そっと手を取った。
「どうか今一度……いえ、今度こそ、わたくしに、貴女とお友達になれる機会を与えてくれませんか?」
私は言葉も出なかった。
充分だった。
今の言葉に一切の嘘がなかった。だからそれだけで充分だったのだ。声にならない感情に押されて必死に頷くことしか出来ない私に、姫殿下も目を潤ませる。見慣れた完璧な微笑ではなく、ただの少女の顔であった。
とそこに、
「んではシャル。今の素直な気持ちをどうぞ」
プリムである。
きっとこの和解をセッティングした張本人であろう彼女は、安堵したように少しだけ気の抜けた表情をしていた。プリムの茶化すような質問に、姫殿下は口を開こうとして、しかし瞳を閉じて何かを考え、それから改めてこう言った。
「自分で主催しておいてなんだけど、もう面倒くさくなってきたからお開きにして帰って寝ていいですか?」
「「「「「…………」」」」」
なんとも言えない沈黙が満ちる。
姫殿下が有言実行して私の前で嘘を吐かなかったということは理解出来るのだけど。
「台無し感すごいな」
「イイハナシダッタノニナー」
「はいはいかいさーん!今日は解散でーす!」
上から順にレックス君、レオンヒルト殿下、アルの反応だ。
「ちょっちょっとちょっとぉ!言わせておいてその反応はあんまりなのではぁ!?」
涙目で抗議する姫殿下を尻目に、私に歩み寄ってきたプリムが嘆息気味に告げた。
「シャルが本音で喋るとこうなってしまうので、多少はね。仕方ないんだ。堪忍してやってくれ」
「あっはい」




