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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
三章_星詠みの夜会

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76話_side_Pr_大学区_射撃場



 ~"転生令嬢"プリムローズ~



 どこぞでティーセットを調達してきたクゼくんが戻ってきて、彼の淹れた紅茶をしばきつつ本題に入る。

 ちなみにお茶が美味い。本当に器用な従者である。



「殿下。夜会の日にアトリーと踊りたいという話だが」


「……それがどうした」


「悪いことは言わん。やめておけ」



 そう言うとカーマイン殿下は明らかに機嫌を損ねた表情になり、その背後に控えたクゼくんは対照的に一生懸命頷いている。



「何故お前にそのような指図をされねばならんのだ」


「そうか。嫌か。では好きにするといい」



 わざとらしく言って、紅茶を一口。

 話がそれだけなら帰れ、と言われれば私は本当に帰るつもりだ。別にクゼくんに借りを返す手段はこれだけではないし、結果主人公ちゃんに対するいじめが激化しようとも、悪いが私の知ったことではない。

 そもそも、殿下に話を聞く気がないならばどうしようもないし。


 カーマイン殿下は何かを言おうと口を開いたものの、思い直したように一旦考えてから背後のクゼくんに声を掛ける。



「クゼ。お前も同意見なのか」


「おそれながら」



 まあ、そうじゃなければそもそも私を連れてきたりはしないだろう。

 クゼくんが言葉通りに恐る恐るの口調で答えると、殿下はにわかに困惑したような顔になる。



「わからん。何故だ」


「そもそも貴様、アトリーが現在どういう状況に置かれているか理解しているか?」



 殿下はあくまでもクゼくんに問い掛けたつもりだろうが、私が割り込むと忌々し気に表情を歪めながらも答える。



「アトリーが周囲の女子学生から嫌がらせを受けていることくらいはわかっている」


「なんだ。知っていたのか」


「だがそれは、無理からぬことだろう。アトリーはあれほどの魔法資質を示したのだから、妬み嫉みが向くのは避けられん」



 やっぱりそういう考えになるよなぁ。確かに、殿下の言っていることは理由の一つではあるだろう。だが、その比重は決して大きくない。主人公ちゃんが目の敵にされている理由の圧倒的大部分を占めるのは、その美貌と人間性とそれ故の人気に対する嫉妬心や、プライドを傷つけられた貴族女子からの自分勝手な逆恨みである。

 極端な話、主人公ちゃんが不細工だったら、ここまでのヘイトは集めなかったはずだ。

 私がそう説明すると、殿下はますます困惑したように顔を顰める。



「なんだと……?」


「そもそも、貴様の国とこの国の文化の違いを理解しているのなら思い至って欲しいものだが」



 結局のところはそれだ。ガルムでは武力こそが最も重要なステータスなので、殿下や、おそらく根っこの部分ではクゼくんもそれを基準に考える。だが、リヒティナリア王国の貴族令嬢どもが、武力を基準に物事を考えるだろうか?

 言うまでもなく否だ。

 彼女らにとって大事なステータスは、それこそ美しさや家格だ。最終的に優劣を争うのはガルムだろうがリヒティナリアだろうが変わらない。要は自分よりも優れた相手に負の感情を向けるのだ。そしてその優秀さを判断する基準が違うのだ。



「リヒティナリア貴族はとかくマウントを取りたがる生き物だ。私も然りな。腕っぷしのように誰がどう見ても明らかな指標が存在しないから、その基準は客観的なものになりがちだ。重視されるものは年代や性別で異なるが、女子学生に限って言えば、モテる奴が偉い」


「は……?」


「それが最も客観的にわかりやすいだろう?多くの異性に求められるということは、それだけ美しく優秀で魅力的だということだ。言っておくがアトリーは相当モテるぞ。それはそうだろうな。あれだけ顔が良くて、性格が良くて、魔法が出来て、お誂え向きに面倒な柵のない平民階級で、ついでに言えば乳もデカいのだから、非の打ちどころがない。私が男だったら求婚している」


「ちち……お前には、慎みというものはないのか」


「初心か貴様」



 女からのストレートな誘惑なんて慣れてるだろうに、主人公ちゃんのおっぱいは別格ということか。

 これだけの説明で言わんとするところは殿下に伝わっただろうが、だからといってこれだけで納得してくれるならばクゼくんがとうに説得しているだろう。案の定、殿下は気難しそうな表情のままだ。



「俺がアトリーに構うと周囲の女子の反感を買うのだと言いたいのはわかる」


「それも貴様ではなくアトリーがな」


「だがそれは今更なのではないのか。お前の言葉ではないが、それこそアトリーが醜くなるくらいしか解決法がないではないか」


「わかっているではないか。だから悪戯に周囲を刺激してくれるなと言っているのだ」


「鎮静化するのを待てと言いたいのか?」


「言っておくが、鎮静化などしない。エスカレートさせるなと言っている。嫉妬に狂った貴族のガキは、貴様の言った『解決法』を本当に実行に移すぞ」



 そこが一番の認識違いなのだろう。

 リヒティナリア貴族が陰湿と揶揄される所以だが、ライバルを蹴落とすために自分を高めるのでなく、相手を落とす方針を取りがちなのだ。これはどちらかと言うとリヒティナリアが特別陰湿なのでなく、ガルムが特別単純なだけだと思うのだが。



「私が知っているだけでも、私物を隠されたり、破壊されるのは序の口だな。染料や汚物で衣服を汚されたり、食事に砂を掛けられたり……ああ、一度、弁当に虫の死骸を混ぜられたこともあったようだぞ?」


「なんだそれは……!」



 クゼくんもそこまでは知らなかったのか、糸目を見開いて驚いている。これは私がクラリスちゃん経由で聞いたことだけなので、実際はもっと酷いだろう。



「理解出来ん。そんなことをして何になる」


「アトリーが精神的に参ってくれれば良し。身を持ち崩して美貌が損なわれればなお良し。耐えかねて自殺――もとい自主退学でもして居なくなってくれれば最高、といったところだな。尤も、大部分は大した意図なんて無くて、気に入らない女を追いつめて溜飲を下げているだけだろうが」


「何故アトリーは反撃しないのだ」


「それはヤツが賢いからだ。少しでもやり返してみろ。屑どもは大喜びであることないこと吹聴し始めるぞ」



 例えば、アトリーさんのマナーがなっていないので、親切心でちょっと注意したら逆切れされた~とか。クラリスちゃんからの報告を聞く限りは、主人公ちゃんはそういう噂話の根拠をほんの少しでも与えないために、徹底的に無視を貫いている。

 それもこれも、彼女の身分が平民で、なんの後ろ盾もないからだ。実際にはミリティア嬢のハートアート伯爵家の家格がそれなりに抑止力になっているし、主人公ちゃんを貶めようとする根も葉もない噂話は、レックスくんが実に巧妙に叩き潰しているのだが。

 なんか影薄いけど、あの幼馴染くんマジで優秀だと思う。確かに原作でも出来るヤツ感はあった気がするけど、やっぱり気になる女の子を守るためっていうのが大きいのかな。顔の広さを活かして男子学生はもちろん、いじめに加担してない女子勢力――騎士志望の体育会系の学生とか平民階級の学生とかの頭数をうまく使って巧妙に火消しを行っている節があるのだ。

 なにより、彼は学院の実に半分の人口を占める使用人層の影響力というのを非常によくわかっている。使用人を軽視しがちな我儘お嬢様には盲点であろう着眼点だ。



「ならば俺が直接言えば――」


「よせよせ。アトリーへの風当たりが強くなるだけだ」


「アトリーへの嫌がらせの下手人と証拠を挙げれば良いのだろう!俺ならば身分を盾に握り潰させはしない!」


「無理だな」



 殿下がこう言い始めるのがわかってたからクゼくんは敢えて知らせなかったのだろう。

 彼は結局殿下に命令されれば立場上逆らえないから。基本的に殿下の対処法は間違いではないし、確かに有効ではあるのだし。

 もちろん、私は普通にダメだしさせていただく。



「何故だっ!」


「貴様まさか四六時中アトリーに張り付くつもりか?」


「必要ならばそうするまでだ!」


「伴侶でもないのに、更衣室や手洗いにまで着いていくのはどうかと思うぞ?」



 私が呆れ気味に言うと、殿下は何を想像したのか顔を真っ赤にして口をパクパクし始めた。

 普通にそこまで考えていなかったらしい。



「そして忌々しいことに、そういう場所こそ嫌がらせに絶好のスポットなんだなこれが。貴様がアトリーに張り付けば、貴様の居ないところでより凄惨な行為が行われるだけの話だ」


「理解出来ん……なんだそれは」


「生憎と、それがリヒティナリア貴族の生態だ」


「何故、お前はそこまで言い切ることが出来る。お前の言うことは本当に正しいのか……?」


「私は女で、リヒティナリア貴族だ。これ以上の根拠が必要か?」



 もちろん、リヒティナリアの女貴族全員がそういう輩だというつもりは毛頭ないが。これはもうお国柄というか、民族性みたいなものだ。高潔か低俗か、個人の資質はさておいて、負の感情の発露は陰湿な過程を辿りやすい、という傾向の話である。



「貴様が何の役にも立たないことを理解したか?」


「ならば、俺はこの学院に居る限りアトリーには近付けないということではないか……俺にはこの三年しかないと言うのに」



 だいぶ堪えた様子で項垂れるカーマイン殿下の姿に、私は少し気まずくなる。

 近付けません、はい終わり。では流石に可哀そうだ。初恋なんだもんね。

 私は、これ見よがしに溜息を吐いて見せた。



「なあ殿下。貴方はアトリーとの仲を周囲に自慢して悦に浸りたいのか?」


「なに……?」


「それとも、アトリー自身の心を欲しているのか?」



 その問いには、言うまでもないという強い視線が返ってきた。

 私は頬を緩める。



「私はアトリーに近付くなと言いに来たわけではない。そもそも私はアレの保護者でも友人でもない。ただ、私自身の平穏な学院生活をぶち壊されては堪らないので、女子どもを爆発させてくれるなと釘を刺しに来たにすぎん」



 実際のところ私の平穏とかはどうでもいいが、主人公ちゃんに何かあればクラリスちゃんが悲しむだろーが!

 あと、ついでにクゼくんの胃が心配なので。



「独りよがりはよせと言っているのだ。アトリーのことを思うのであれば、アレを窮地に立たせるような軽率な行動は慎むべきだ」


「……そうか」


「その辺に配慮するなら、むしろ貴方の恋路を応援してやっても良い」



 なんせ、彼が主人公ちゃんに夢中なうちはこっちに喧嘩売ってくる確率が低くなるからね!



「それに、場をお膳立てするくらいのことは、オセローならば造作もなかろう?」


「お任せ下さい」



 そもそも、殿下が変なプライド出して『アトリーのことなんて別に好きじゃねえし?でもちょっと面白いやつだと思ってるから会いに行ってるだけだし?』みたいな予防線を張らなければ、最初から全部クゼくんに根回しまで差配を任せていればここまで拗れなかったんじゃないかな。

 クゼくんも若干見通しの甘さはあるものの、それはまあ彼がリヒティナリア女子の世界を知らない以上仕方ないことだし、少なくとも主人公ちゃんを取り巻く微妙な均衡には気を遣っていたのだから。



「では、クゼ……いや、アシュタルテ。俺がアトリーと夜会で踊るにはどうすればいいのだ?」


「…………」


「そんな目をするな。無理は言わん。どうしても無理ならば諦める」



 まあ、たぶんずっと楽しみにしてたんだろうから、しょうがないか。



「そもそも貴様、アトリーに約束を取り付けて了承を得る勝算はあるのか?」


「勝算は無いが、アトリーは断らないと思っている」



 ううん。自信満々なのはまあ、王太子だし当然と言えば当然なのか?

 実際、主人公ちゃんはたぶん断らないだろうし。とは言え喜んで応じてくれるかと言うとまた別問題だし、個人的には主人公ちゃん本人よりもノエルちゃんを説得するほうが余程難度高いと思うよ。ノエルちゃんは原作通りに主人公ちゃんのストッパーだから、彼女を頷かせないことには主人公ちゃんは動かないんだなぁこれが。



「ならば話は簡単だ。夜会の会場で踊るのは諦めろ。その後にでもどこかで落ち合って、結界でも張って、二人きりのダンスパーティーにでも洒落こむと良い」


「……それで良いのか?」


「周囲の目に配慮してくれればなんでもいい」



 もともと、夜会の場で衆人環視の中で堂々と主人公ちゃんを誘うなどという暴挙にさえ及ばなければ、あとは私が口出しする筋合いではない。



「ただ、根回しするのは忘れるな。アトリーの友人にだけは話を通しておくべきだろう。個人的には、ノエル・クライエインとレックス・モラン・コーリッジ辺りを味方に付けることをお薦めする」


「…………」


「おい。面倒くさそうな顔をするな。貴様ではなくアトリーの身を護るために必要なことだぞ」


「わかっている!…………アトリーへの嫌がらせそのものを無くす手段はないのか?」



 それなぁ。

 正直、完全に無くすのは無理じゃないかと思う。例えば親玉であるエカテリーナ嬢に気に入られたところで、平民のくせにクレインワース様に気に入られるなんて生意気!ってな具合で不満が噴出するだけだろうし。

 ただ、



「少なくとも、ある程度は時間が解決するだろう。今の時期は一年生の学生達は慣れない環境にストレスが溜まって捌け口を探しているだろうし、学院内での立場を固めるためのマウント合戦に躍起になっている節がある。愉快犯や便乗犯は飽きれば自然と減るだろうし、そうでなくとも、学院のカリキュラムが専門性を増してくれば、いじめなぞにリソースを割く余裕も無くなってくるだろう」


「気の長い話だな……」



 いじめにかまけて学びを疎かにして、結果魔物に殺されましたじゃあ笑い話にもなりやしない。

 言いたいことは伝えたので、私は場を辞する旨を告げて立ち上がった。



「突然押しかけて悪かったな」



 一応、クゼくんとの約束もあるので以後もそれとなくフォローくらいはするつもりだが、殿下の様子を見る限りは然程心配もなさそうである。

 立ち去ろうとした私は、ふと思い至って「あ」と声を上げた。



「いかん。殿下、肝心なことを忘れていた」


「む?」


「やはり貴方がアトリーと踊るのは無理だ」



 一転して意見を翻した私に、殿下が「なんだと?」と気色ばむ。

 いやごめんって。上げて落とすような真似して。でもよくよく考えてみたらだよ?



「おそらくだが、そもそもアトリーはダンスを踊れない……と思う」


「「あ……」」



 まさかの盲点に、男どもの間抜けな呟きがシンクロする。

 普通に考えて、ごく平凡な平民階級の家庭に生まれた主人公ちゃんがダンスのレッスンなど受けているわけがなかった。夜会のドレスコードは制服可だけど、実際はわざわざ制服で来る奴なんて居ないわけで、主人公ちゃんそもそもドレスも持ってないよなきっと。

 一早く再起動したクゼくんが、意味深な表情で私に言う。



「ミス・アシュタルテ。お膳立て、してくださるんですよね?」


「俺の恋路を応援してくれる、と言ったな?」



 こ、コイツら……!

 なにか?私に主人公ちゃんにダンス仕込んで来いと?

 あと一週間で?中間試験もあるのに?


 いやいやいや、無理だろ。



「き、期待はするなよ……?」



 捨て台詞のように言って、私はそそくさと帰路に着くのであった。



・2021/11 細部の描写を修正。

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[一言] 予想外のブーメラン返ってきたw
[一言] まさかのオチw
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