75話_side_Pr_学究区_その辺
~"転生令嬢"プリムローズ~
なんだか、妙な話になってきたなと思う。
主人公ちゃんが夜会に強制参加させられるだろうという予想は、偏に原作でそうだったからだ。現状は原作とはちょっと事情が違うから、もしかして同じにはならないかもと思ってはいたが、クラリスちゃん経由で聞いたところ、やっぱり学院からの要請はあったみたいだ。クゼくんには未確定情報として話したが、それは公示されていないというだけでほぼ内定である。
これは覚えているのだが、原作では主人公ちゃんが夜会に参加する羽目になった原因はエカテリーナ嬢ではない。そもそも、原作における彼女って、物語のだいぶ最初のほうで上下関係をわからせようとしてプリムローズに喧嘩売って、案の定コテンパンに叩き潰されて以降は体の良いパシリみたいな扱いになってたし。だから今のブイブイ言わせてる彼女を見ていると、なんだか感慨深いのだがそれはさておき。
では誰のせいかと言うと、実はレオンヒルト殿下である。
彼が何気なく零した『アトリー嬢と踊れたらいいのになぁ』という言葉を周囲が勝手に忖度して、あれよあれよと殿下の与り知らぬところでミアベルを参加させるための規則が出来上がってしまった、みたいな事情だったはずだ。主人公ちゃんだけを王子殿下のパートナーにあてがったりしたら色々な意味で不味いので、飽くまでも特待生資格に付随する義務として、全特待生に参加を命じる、と。実際、特待生としての条項の一部には『学院からの要請に従う義務を負う』という類の文言がある。新たな制度を一から作るわけでなく元々存在する条項を今回の夜会に適応するだけの簡単なお仕事だから、エカテリーナパパであるクレインワース侯爵にとっては朝飯前だろう。
そんでもって、原作での夜会イベントって、わりと穏便な話だったんだよね。
何故ならば、そこにプリムローズが居なかったから。
ご存じの通りのちんちくりんであるプリムローズって、いかにドレスで着飾ったところで場違い感でちゃうし、そもそも身長差があり過ぎて殿方とステップを踏むことも出来ないのだ。なので、原作ではプリムローズは暗黙の強制参加もぶっちぎって、最初からボイコットを決め込んでいたのだ。
とはいえ、勿論ミリティア嬢を始めとした取り巻き連中は参加していたので、ミアベルに対する嫌がらせとかはあったと思うけど、記憶にも残らない些細なモノだったと思う。
それよりも、夜会イベントと言えば印象に残って居るのは、圧倒的にルークくんの初登場回であると言うことだ。何の因果か私は先日フライングで彼と出会ってしまったわけであるが、本来ならば夜会の場で彼が初めて登場するのだ。
なんかさも『このイベントはちゃんと覚えてましたよ?』的な顔をしている私であるが、黒い森でルークくんに遭遇するまではさっぱり忘れていたのは秘密だ。なお、きっかけがあればちゃんと思い出せるじゃん!と私はむしろ自分を褒めたい。
イベントの概要はと言えば周囲からいじめられる主人公ちゃんをルークくんが颯爽と助けて、あっという間に仲良くなった二人のもとにレオンヒルト殿下が現れ、主人公ちゃんを挟んでバチバチと火花を散らすヒーロー達に、読者は『香ばしくなってまいりました!』とワクテカするイベントだったのだが。
だがここで私にとって予想外の伏兵。
まさかのカーマイン殿下襲来である。
借りを返すためにクゼくんを探していたら、知りたくもないことを知ってしまった感がある。
普段から記憶を当てに出来ないと明言している私であるが、夜会イベントは比較的良く思い出せたので、これは言える。
いや、違うよね?
カーマイン殿下の出番はまだだよね?
今回はレオンヒルト殿下とルークくんの見せ場だよね?
おかしい。どうしてこうなった。
てか、脳筋殿下が主人公ちゃんにご執心ってノエルちゃんに聞いた時から若干不思議だったけど、やっぱりその段階で原作と違うんだよね。原作でカーマイン殿下がどのタイミングで主人公ちゃんに興味を示したのかって全然覚えてないから、ああ意外と早かったんだなぁとか暢気に構えてたけど、夜会にまで首突っ込んでくるってことは、やっぱり何かがおかしいぞ。
おかしいといえば、主人公ちゃんを取り巻く状況もだ。
プリムローズという悪の権化が仕事してないのだから、少しくらいは原作よりもマシな状況になるのかなと思っていたら、むしろ悪化してないかコレ。いや、プリムローズが働かないから確かに暴力的な事態は原作より遥かに少ないと言うかほぼ無くなってるんだよ。でも代わりに水面下でのギスギスが洒落にならんレベルになってる気がしてならない。
エカテリーナ嬢に自覚があるかは知らないが、彼女が上手いこと舵取りしてると思うのは本心だ。
一番上の立場にある彼女のやり口が、なんというか絶妙に手緩いので、周囲の連中はそれ以上のことが出来ないという、一種の調整弁的な役割を果たしてくれているのだ。
もしかして、そのせいで他の貴族連中の鬱憤が溜まってたりするのか?
なんにせよ、若くして痴呆予備軍の私が原作との差異など考えてもなんの意味も無いので、今を対処していくしかない。
クゼくんの案内で脳筋殿下の元へと向かいながら、私は考えていた。
私の基本的な方針はこうだ。
まず、カーマイン殿下には諦めてもらう。今の状況で夜会で主人公ちゃんと踊るとか無理だ。地雷原でタップダンスするようなものである。
それからレオンヒルト殿下にも諦めてもらう。以下同文。
さらに言えばルークくんにも諦めてもらう。彼の場合は主人公ちゃんを面白そうなやつだと思って気に入っているだけみたいなスタンスだったはずだから、必ずしも彼女と踊りたいわけではないだろうが。先日会ってみた印象も、完全に花より団子だったもんなぁ。まさか人のおっぱいをクッション呼ばわりしてくるとは。私じゃなかったらドン引きか激おこだぞマジで。
ちなみに意外なことだけど、レオンヒルト殿下はともかく、カーマイン殿下とルークくんも普通にダンス出来るんだよね。あくまでも原作では出来てた、だけど。まあ基礎教養ではある。貴族的な意味で。
しかしながら別に夜会に出席したら必ず踊らなくてはならないわけではない。というかそうだったら私が死ぬ。なので主人公ちゃんは大人しくマルグリットちゃんとかと一緒に居てくれればいいのだ。
もし可能なら彼女の姉であるユーフォリアちゃんやマリアちゃん辺りの執行部を嗾けられればなお良い。公爵令嬢を置いておけば流石にくだらん嫌がらせに走る輩も動けまい。幸い先のゴーレム騒動で接点はあるのだし、不自然でもない。
レオンヒルト殿下についてはそれほど心配はしていない。彼の呟きが発端になったのかもしれないが、だとしてもそれは周囲が勝手にやっただけで彼の意志ではないはずだし、彼は当然リヒティナリアの貴族の生態も良く理解しているから、主人公ちゃんと夜会の場で本当に踊ろうなどとは考えないはずだ。万一があってもアルヴィンくんが止めるだろう。
だから、やはり問題はカーマイン殿下だ。
クゼくんが言って諦めるような殿下ではないだろうから、説得のために私が自ら足を運ぼうと、そういうわけである。
「殿下は本日こちらに居られます」
「熱心なことだな」
クゼくんに連れられて辿り着いたのは、大学区の一角に存在する射撃場と呼ばれる施設だった。
文字通り、射撃の訓練をするための場所で、弓に始まりクロスボウ、マスケット、当然射撃魔法の訓練も可だ。私が脳筋殿下との衝突を避けるためにドロシーに行動範囲を調べてもらった際にはこの射撃場のことは出てこなかったので、おそらくこの場を使い始めたのは最近のことなのだろう。
高い料金を払わないと使用出来ない個室の射撃場へと通された私は、あの親睦会の日以来のカーマイン殿下へとエンカウントした。
殿下は入り口からは背を向け、奥に設置されたターゲットに向けて右腕を翳していた。左手で右手首を支えるようにして、射撃体勢を取っている。部屋に誰かが入室したことには気付いているだろうが、クゼくんだけだと思っているのか振り向きもしない。
そして殿下の魔力が高まり、右手に収束した雷が放たれる。
小さな弾丸サイズまで圧縮された高密度の魔力が、一直線に雷の軌跡を描いて、ターゲットの中心に小さな風穴を開けた。先日のゴーレム騒動の時の雷撃装置のそれを、更に洗練したような一撃であった。
高い貫通性と、雷の速度、そして精密なコントロールを有する、完成度の高い射撃魔法だ。
「…………うむ」
それなりに満足したのか、一息ついてようやくこちらへと振り向いたカーマイン殿下は、クゼくんと並んで立つ私の姿を認めて目を瞠った。
「お前は……!」
「やあ殿下。ごきげんよう」
私の挨拶に顔を顰めた殿下は、引き攣った顔で立っているクゼくんへと『どういうことだ』とでも言いたげな視線を向けた。
燦然と輝く金髪と、宝玉のような真紅の瞳。屈強な体格に、野性味のある男らしい容貌。まるで肉食獣の如き鋭い眼光で睨まれると、強面も合わさってかなりの迫力だ。上に立つ者の貫禄なのか、威圧感が半端ない。
必至こいて言い訳の言葉を捻り出しているクゼくんが憐れなので、私が割り込むことにする。
「夜会でアトリーと踊りたいと、言ったそうだな」
「む……クゼから聞いたのか」
「ああ。オセローがあまりにも不憫なので、お節介を焼くことにしたのだ。コイツにはウチのメイドが世話になったのでな」
そう言うと、カーマイン殿下は少し考えるように瞑目し、それからゆっくりと私に視線を向けた。
個室の射撃場には備え付けられている休憩用のスペースがあるので、そちらを視線で示すと、
「話を聞こう。そちらに座るがいい」
「ん?ああ」
「クゼ、茶でも用意せよ」
「はっ、只今」
んん?なんか思ってた反応とだいぶ違うぞ。
てっきり、よくも余計なことを喋ったなとクゼくんが消し炭にされるまであると思ったのに。慌てて買い出しに走るクゼくんを見送るでもなく、ローテーブルを挟んで対面に座ったカーマイン殿下に、私はとりあえず訊いてみた。
「やけに素直というか、大人しいな」
「……お前は俺よりも強い。ならば、敬意を表するのは当然のことだ」
「そのわりには不満げに見えるぞ。そも、貴様と優劣を決めた覚えはないが」
まあガルム人の模範解答だよね。
強い者に従うのは当然。彼は王族なので無条件に首を垂れることこそしないが、内心はどうあれ私の実力を尊重するつもりはあるということか。話がしやすくなって大変ありがたいが、疑問があるとすれば、別に私は殿下をのした覚えはないということだ。
「親睦会の夜、お前は俺の魔法を歯牙にもかけなかった。あの時、俺に反撃しなかったのはお前の慈悲だった。違うか?」
「慈悲というか、反撃する理由がなかっただけだが」
「つまり、お前にとってあの時の俺は敵対するにも値しない存在だったということか。少なくとも俺は、あれでお前が己よりも強大な存在であると理解したのだ」
なるほど、と私は一応の納得をする。
これも価値観というか、文化の違いなのだろう。これがリヒティナリア貴族であったら、己のプライドが邪魔して簡単に負けなど認められるものではない。それはマリアちゃんだろうがイオちゃんだろうが、もちろん私だろうが、程度の差はあれ同様だろう。
それに対してガルム人は、こと武力という指標に関しては驚くほどに真摯なのだ。
強いものは強い。だから尊重する。至ってシンプルで解りやすい判断基準である。
「無論、俺とていつまでも弱者に甘んじているつもりはない。だが――」
言葉の途中で、なんの予備動作もなく殿下の手前の空間が閃光を放つ。
宣言なしで放たれた雷属性の射撃魔法が、私の顔面に向けて迸る。
言うまでもなく視認など不可能なその攻撃を、しかし私の目は余裕をもって捉えていた。というのも、私に向けて攻撃が放たれた瞬間に、自動的に私の目に映る世界が停滞したからだ。
私の生命線の一つ。
この身に宿った時間属性がもたらす、特異な防衛本能の具現だ。私は常に一つの魔法を身に纏っている。魔法というよりは最早体質に近いが、その効果は何らかの事象がこの身に接近した時、その速度に応じて自動で時間を遅延させるという一種の結界だ。
要は私に対して何らかの攻撃が放たれた場合、その攻撃が速ければ速いほど、私の認識する世界は相対的に遅くなるのだ。殿下の雷や、あるいは銃撃のような殆ど視認不可能な速度で攻撃されると、今みたいに私の視界は止まってしまうのだ。これは死角からの攻撃に対しても、勿論攻撃以外の事象に対しても発動するので、基本的に私に遠距離からの不意打ちや狙撃は効かない。
例によって私しか使わない魔法なのだが、これは原作終盤のプリムローズも使用していたものなので、ちゃんと名前がある。
その名も『白魔礼装』。白魔は災害級の大雪のこと。フロストは結氷のことなので、要するに自らに害為すものを須らく氷結し静止させる時間の結界ということだろう。私では絶対に出てこないネーミングセンスだ。
私は停滞した時間の中で悠々と魔法モデルを構築し、防御魔法が完成してから『白魔礼装』をリブートする。
迸った雷は障壁にぶち当たって霧散し、私には若干の空気が焦げる臭いが届くだけだった。
眼前のカーマイン殿下は忌々しそうに顔を顰めた。
「俺の本気の不意打ちでも、お前の魔法は抜けん。その仕組みが解明出来ぬ内は、俺はお前の下というわけだな」
殺す気で不意打ちしておいて平然と会話を続けるカーマイン殿下に思うところはあるが、まあそれで話が早くなるなら別にいいか。
挨拶がわりに一発とか、帝国の親愛なる隣人においては日常茶飯事だから。いやあ慣れって怖いね。
「ときに殿下。一つ訊いてもいいか?」
「なんだ」
「アトリーとはどこで知り合ったのだ?」
私が問うと、殿下はきょとんとした。レアな表情。
本気の不意打ちとやらを私がガンスルーで普通に別のことを話し始めたので、虚を突かれた感じだ。ある意味不意打ちし返したと言えなくもない。
「何故お前にそんなことを教えねばならん」
「ただの興味本位だが」
それ以上でもそれ以下でもない。
殿下は舌打ちでもしそうな雰囲気だ。
「入学式典の日だ」
あ。教えてくれるんだ。
てか、原作開始日じゃねえか!
「俺は道に迷った。あの頃はまだクゼも居らず、尋ねようにも周囲は俺を明らかに避けていた。尤も、第二王子と衝突した直後の話だから無理からぬことだと理解はしていたがな」
私も見物していた学院前庭での騒ぎの後か。どうやら教員の介入でレオンヒルト殿下との勝負を強制的に打ち切られたカーマイン殿下は、好奇の目を煩わしく思って、ほとぼりが冷めるまで人目のない場所で時間を潰そうと移動したのだとか。
で、間抜けにも入学式典の会場への道がわからなくなったと。
連れていた従者は先に寮へと向かわせてしまったので、どうしたものかと一人悩んでいた殿下に、遠巻きにしていた周囲の者達の中で唯一声を掛けてくれたのが主人公ちゃんだったのだ。
「なんだ。それで親切にされて惚れたのか?」
「フン。笑いたければ笑え」
「別に笑いはしないが。貴様のキャラではないな」
「……自分でもそう思う」
カルチャーショックだったんだろうな。ガルム的に考えれば、弱者が強者に媚びることはあっても、親切心から行動するってことは中々ないだろうし。何故ならガルムでは『施す』という行為に捉えられて無礼に当たることが多いから。弱者のくせに上から目線で強者に施すとは何事か!ってね。私はガルムに行ったことはないが、ガルム人との付き合いはある。リヒティナリアとは別方向でめんどくさいよねあの国民性。
はて、そんな経緯があったんだねぇ。
なんで原作よりも早い時期にカーマイン殿下が主人公ちゃんに夢中になってしまったのか、理由を察した。原作では主人公ちゃんが道に迷った殿下を助けるなんて展開はなかった。だって、原作では両殿下の衝突に私ことプリムローズも参戦していたから、もっと手が付けられない事態になっていて、教員の介入をもってしてもスマートには鎮静化しなかったと思うのだ。つまり入学式典に遅れないためには、そもそもカーマイン殿下が人目を忍ぶために移動するような時間はなかったのだ。
今回は私が見物を決め込んだせいで三竦みにならず、教員がスマートに割って入って事態を終息させたため、時間が余って、殿下がぶらついて迷い、そして主人公ちゃんと出会ったと。
結局私の行動のせいじゃねえか!
「言っておくが一目惚れではないぞ。それがきっかけでヤツを覚えていて、その後も度々遭遇するうちにいつの間にかという経緯がだな」
「謎の言い訳とかいらんから」
・2021/11 細部の描写を修正。




