第7話 スウィートすぎて
一応は皇族であるテオなら、皇室御印を掲げた数頭立ての馬車に乗るべきなんだろう。
本当は乗りたかったんだろうとオレは思う。
見栄えが良いし移動も早いし。
でもテオは、「鞭打たれた後遺症で馬車の振動には耐えられないのだ」と頑固に言い張って、鈍足運転の牛車に乗っているのだ。
実際はとにかく生活費が無い所為で馬車は泣く泣く諦めるしか無かったのだけれど、オレがそこを指摘するとテオは逆ギレしてくる。
人間、痛い所を突かれると逆ギレするんだぞ?
◆
「テオの兄貴~」
混雑している朝の帝都の大通りを【帝国第一学院】に向かって牛車で進みながら、御者の少年ゲイブンが呆れたように言った。
「結局、これで振り出しに戻っちまったんでしょ? おいらガッカリなんですぜー……」
このゲイブンは【神の血】事件で壊滅した、トロレト村の数少ない生き残りなのだ。
縁あって先日からオレ達の仲間になって、普段は御者と外出時のテオの介助をやってくれている。
「済まない、ゲイブン。 これでトロレト村の仇を討てると思ったのが甘かった……」
テオが珍しく素直に謝ったからだろうか、ゲイブンは無邪気に笑った。
「へへへっ、テオの兄貴が大人しく謝るなんて、驚きなんですぜ! きっと明日は嵐ですぜ~!」
「ゲイブン、僕が謝ることも出来ない傲慢なだけの人間だとでも……?」
『兄貴』と持ち上げられて内心では満更でも無い癖に、テオは少しだけひねくれた言い方をした。
ひねくれても許して貰えるだろうと、内心でゲイブンに甘えているのだ。
甘えたい相手にだけひねくれたり、感情をそのままぶつけるようにして接するなんて、ちょっとキモいとオレは思う。
色々あって、少々こじらせが酷いのだ、テオは。
幸い、このゲイブンに甘えは通用しなかった。良い意味で。
「ロウさんなんか不利になったらそそくさ~と逃げていくんですぜ? あれは卑怯ですぜ! テオの兄貴はちゃんと謝れるから本~当~に立派ですぜ~!」
「そ、そうか!」
テオはあっと言う間にご機嫌な笑顔になる。
単純だな、テオ……。
いや、人間なんて複雑に見えても実際は単純なのかも知れない。
「そういや、おいら変な話を聞いたんですぜ~」
ゲイブンは牛を操りながら小首をかしげた。
「帝国城の下働きのおっちゃんおばちゃん達と雑談していた時に聞いたんですけど、最近【滅廟】を見に行くのが流行っているらしいんですぜ!」
「【滅廟】だと……?」
皇太子ヴァンドリックとの戦いに負けた暴君【赤斧帝】が、生きたまま封じ込められたって言うあの施設を?
今でも厳重に警備されているらしいから、見に行っても何も楽しいことなんて無いだろうに。
「へい、何でも見に行った人の悩みが解決したらしいんですぜ! 凄いですぜ!」
そう言ってから、ゲイブンは「おいらの悩みもどうにかして欲しいですぜ~!」と暢気に笑った。
「……きっと残虐無比な【赤斧帝】に恐れを成して、悩みの方が逃げ出したのだろうな……」
複雑な顔をしたテオが呟いた時、雑踏の向こうに【帝国第一学院】の表門が見えてきた。
◆
ゲイブンが学院の前で牛を止めて、テオを車椅子に乗せる。
仮にも皇室御印の付いた牛車だ。
恭しく学院の下働きの者が預かったのを見てから、ゲイブンは鞄を背負ってテオの車椅子を押し始めたのだった。
「ユルルア、今日の講義は何だったか?」
今日のユルルア姫が少しだけ楽しそうなので、テオは不思議そうだった。
「一限目はマーロウスント王国の第一、第二公用語ですわ。 二限目と三限目はザルティリャ特区の現状の課題について特別講師を招いて講話だそうです。 昼休憩を挟んで四限目は帝国史。 五限目は帝国の産業経済……」
ああ、それでか。
オレも合点がいった。
「誰が特別講師か当ててやろうか?」
知っている癖にテオがわざと言い出した。
……好きな相手に甘えたり意地悪したりと忙しいヤツだ。
ザルティリャ特区。
いや、旧ザルティリャ王国領の現在の統治を任されているのは、ユルルア姫の実家であるカドフォ公家なのだ。
オレがユルルアを『姫』と呼んでいるのは、彼女が紛れもない公家の姫君だからでもある。
「もう! テオ様、意地悪は嫌いですわ!」
あーあー、拗ねちゃった……。
女性の機嫌が変わりやすいのは知っている癖に何をやっているんだ。
「そうか。 意地悪をしたことは謝るが、僕は君が本当に好きだ」
「んまっ!? ……ま、まあ、テオ様ったら……」
「うへぇ~……うげぇ~」
ゲイブンが口の中に砂糖の塊を突っ込まれ、鼻の穴から蜂蜜を大量に流し込まれたような酷い顔をしている。
……頑張れゲイブン。
間違いなく、オレも同じ顔をしているから。
この二人のあまりにも甘すぎる世界は、糖度が高すぎて他の雑菌の立ち入りさえ許さないんだよな……。




