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【ディストピアでも】ガン=カタ皇子、夜に踊る【生きようぜ】――二人でやっと一人前のオレ達、今宵も正体を隠して戦います――  作者: 2626
第一章 【神の血事件】

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第5話 皇太子

 狂おしいまでに愛している相手が実は誰よりも酷い男だと、彼女は誰よりも知っている。


 酷い男だから愛してしまったのか?

 愛したのが不運にも酷い男だったのか?


 その辺りの判別は、彼女自身にもあまり良く分からない。

 今更になって区別したところで『愛している』と言う結末は変えられないのだから、するつもりも無かった。




 第一皇子ヴァンドリックは、幼い頃から将来を嘱望されていた。

 父帝である【赤斧帝(レッドアクス)】からも大器を見込まれ、三才にして皇太子の地位を授かる。


 讃えるべき哉、皇太子ヴァンドリック・ネロキアス・ガルヴァリーノス。

 俊傑にして寛容、些末な私情に囚われぬ帝雛。

 千年に一人の才気。

 乱世の覇者、治世の名君となるに違いない。


 皇族や貴族だけでは無い。

 文官も武官もそう噂するほど、この少年は英明であった。


 後ろ盾もネロキーア公家(プリンセ)。

 【赤斧帝】が誰よりも愛する皇后メルディーニアが生母。

 何処に出しても問題の無い、完璧な皇太子――。




 ……嘘ばっかり。

 この男(ひと)はちっとも完璧では無いわ。


 書状を握りしめて落ち込んでいるヴァンドリックを慰めながら、彼女は小さく心の中でそう呟く。


 「今日はもう執務をしたくない! 心が折れた……」


 情けない駄々まで捏ね出した愛する男を、彼女はたしなめた。


 「ヴァン様。 テオ様にも深い御事情があるのでしょう。 それに、『引き止めて貰える』と思って私に甘えるのは如何かと思いますわよ?」


 皇太子ヴァンドリックは彼女にも書状を広げて見せつけながら、情けない声で訴える。


 「――だが! だが! テオからの返事はまた(・・)『兄上の顔も見たくない』だぞ! 深い事情があったのも、いや、私が全て悪いのも分かっているが……あんまりでは無いか……」




 ああ、もう一度殺してやりたい、と彼女はほんのりとだけ思った。


 愛するヴァンドリックに、ここまで執着されている弟皇子テオドリック。


 ヴァンドリックの同母弟だから。

 ヴァンドリックの命の恩人だから。


 仕方なく彼を生かしておいてやっているが、もしもこれがヴァンドリックの妹皇女だったら――。


◆


 皇太子妃ミマナは己がとても嫉妬深い女であることを自覚している。

 モルド公家の姫として生まれ、皇太子ヴァンドリックの婚約者として育ったからでは無い。


 ヴァンドリックを愛しているからだ。




 「ヴァン様。 そこまでテオ様の御顔を御覧になりたいのでしたら、何も遠慮等せずに今すぐに向かわれて宜しいのです。 さ、参りましょう。 僭越ながら私共もお供し申し上げます」


 そこまで強く言って、ミマナがヴァンドリックの腕を掴んで椅子から立たせようとすると、ヴァンドリックも観念したらしい。


 「……いや。 これ以上テオに嫌われたくない、しばらくは止めておく……」


 そうっとミマナの手をほどいて、執務を再開した。




 彼らが執務を再開して間もなく【東太宮】にやって来たのは、ミマナと同じく皇太子妃のレーシャナだった。


 ミマナがおっとりとした柔和な印象を与える顔立ちであるのとは対照的な、才気煥発で凜とした女性である。


 「――やあ。 お二方とも待たせて申し訳無い」

 彼女は大量の書類を抱えていた。


 相当に重要な書類で無ければ、貴人である彼女は宦官か女官に運ばせる。


 ……まさか、例の件か。

 素早く察知したヴァンドリックの、ほんの僅かな目の動きまでミマナは感じ取っている。


 「今日の御前会議の要項がこちら、それと急ぎの裁決を必要とする案件が四つ。 特にこの一件は陛下の御署名も必要になるやも知れないぞ……」


 手際よく机の上に並べられていった書類を、ヴァンドリックとミマナはそれぞれ手に取って確認する。


 ――ほぼ同時に二人とも眉根を寄せた。


 「……トロレト村? ごめんなさい、聞いたことがありませんわ。 レーシャナ、本当にここに【神の血】の製造拠点が?」


 ミマナが怪訝そうにレーシャナに訊ねた時、ヴァンドリックが険しい顔で言った。


 「いや。 大叔父上がこの村で昨年に軍馬を手に入れたと自慢していた。 辺境の農村だが、最高級の軍馬を産していたと……」


 ミマナの顔色が変わった。

 およそ数ヶ月前から帝都や帝国の各地で、悍ましい【神の血】事件が頻発していたのだ。


 仮にこれらの書類に書いてあることが全て真実であり、彼らの予測も的中していたとすれば、トロレト村も村人も既に――。


 ヴァンドリックは立ち上がる。

「トロレト村に近しい廂軍(地方軍)全てでトロレト村を囲め! 指揮官は【閃翔(ソアリング)】に命じる。 直ちに【太極殿(キワマリ)】に呼べ。 私はそれまでに陛下の御署名を頂きに参る!」


 「はっ!」


 レーシャナは外で控えていた女武官に「急げ! 走ることを許す!」と命じ、女武官も敬礼してから直ちに動いた。


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