第3話 甘えタイム
帝国城には巨大な後宮がある。
皇族や皇族の姻戚、女官、宦官、後は入退許可を取った者限定で出入りできる特別な空間だ。
皇帝が寝起きするのは【紫天宮】。
皇太子は【東太宮】。
他にも数多の宮が広大な区画に並んでいるが、これらの豪華で由緒ある建物からはぽつんと離れた位置にあって、後宮の中でも最も立地条件が悪い場所にあるのが【黒葉宮】の離宮である。
現在、この狭苦しい【黒葉宮】で暮らしているのは、第十二皇子テオドリックことテオと、婚約者の姫君と、二人の従者だけだった。
「どう言うことだ! 僕は間違いなく! 生きたままハウロットを捕まえたのだぞ!?」
車椅子を動かしてテオが男装の文官クノハルを問い詰めると、彼女は重苦しい顔をして言った。
「その直後……らしいのですが。 姿の見えぬ何者かが潜入調査員達を攻撃して、眼前でハウロットを殺したようなのです。 生きたまま焼かれたらしく……消し炭に」
そう言いながらもクノハルの目は、テオ本人を注視していない。
テオの背後の空間を胡乱げに見つめている。
多分オレを見ているのだろうけれど、悪いな、オレはそっちにはいない。
「……殿下。 念のためにお伺いしますが、殿下達の仕業ではありませんよね?」
「馬鹿なことを聞くな! ハウロットは【神の血】の唯一の情報源だ。 『黒幕』の正体を吐かせるまでは断じて殺してなるものか!」
苛立たしげにテオは膝を叩き、そのまま自分の前髪を鷲掴みにした。
「……嫌な予感はしていたんだ。 【神の血】は異常だ。 これまではどのような薬物でも、魔力は増やせても【固有魔法】を増やすには至らなかった。 だがアレだけは異形化と引き換えに、幾度も成功させた!」
「テオ様、テオ様……」
なだめるようにテオの名を呼んで。
前髪を乱暴に掴んでいた彼の手を白い指先で優しくほどきながら、テオの婚約者のユルルア姫が目を伏せて口にする。
「……どうか嘘であって欲しいのですけれど。 皇族の方のみが希に従える、【精霊】の仕業でしょうか……」
「仮にそうだとしたら、ですが。 このガルヴァリナ帝国の統治者であるべき皇族の何者かが、自らの土台である国の秩序を自らの手で崩しにかかっているのでしょうか?」
いつものように辛辣なことしか口から出さないクノハルを、テオは睨み付けた。
「不敬だぞ!」
言った相手がテオじゃなかったら、馘首ものだ。
如何にも文官らしい線の細い見た目とは真逆の不敵で図太い神経を持っているらしく、クノハルは鼻先で笑った。
「殿下が威厳をお持ちで無いのがお悪いのです」
「何だと!!!」
煽られて炎上したテオは、また自分の膝を乱暴に叩いた。
忍耐が出来ないんじゃなくて、テオの感情をさらけ出しても大丈夫な相手だと本心では思っているのだ。
だからってさ、露骨に分かりやすいこんな反応をするから「威厳が無い」ってはっきり言われるんだぞ……。
オレもやむなくテオをなだめにかかる。
(落ち着け、落ち着けったら! クノハルがクソ生意気なのは平常運転だろうが……)
(誰であろうと! 侮辱には死で報いるのみだ!)
これほど苛ついていたテオだったが、ニッコリと笑ったユルルア姫がムキュッとテオの頬を優しくつねった瞬間、完全鎮火。
叱られた子犬のような可愛い目をして大人しくなる。
「もう。 クノハル、言い過ぎよ? テオ様をあまり虐めると、私まで悲しくなってしまうわ」
ニコニコしながらこのお姫様はテオをヨシヨシ&ナデナデと甘やかす。
テオは甘やかされるがまま上目遣いで彼女を見上げた。
「……君は、僕のために悲しんでくれるのか?」
まだ正式な家族では無いんだが……。
とにかく甘えたい相手がテオのために感情を動かしてくれるのがとても嬉しいらしい。
他人にそんな精神的な労力を――特にうら若い彼女相手に己を怒ったり宥めたり甘やかしたりする母親役を求めるなんて――オレの相棒はかなり気持ちの悪い男である。
「まあ、酷いですわね。 私が泣いていた時、笑わせようと心を砕いて下さったのは何処の誰でしょう?」
だけど、オレは知っている。
お淑やかに見えて、彼女は独占欲の塊だ。
テオが己に依存しまくる姿を見せる時に、堪らなく幸せそうな顔をするんだよ……。
要するに、この二人はそれぞれが相手にベタベタに依存し合っているので、他人が口を突っ込まない方が賢明なのだ。
「……済まなかった。 僕は君のために道化であり続けると誓ったのに……」
「……」
クノハル、気持ちは分かるよ。
オレもバカップルのイチャコラを至近距離で浴びて、蜂蜜の池の中に突き落とされて這い上がった先が砂糖の砂浜だったような気分になってきたんだ。
――と、台所から宦官のオユアーヴの呼ぶ声がした。
「おーい……! 皿を運ぶのを手伝ってくれ……」




