第2話 オレ達、シャドウ
「――だ、誰!?」
突然、影が差したからか。
潜入調査員の彼女が驚いた顔でオレ達を見上げる。
泣いたような笑顔の道化師の仮面。
隙の無い黒装束。
両手に銀色と鈍色の魔動銃。
「まさか――」
そう呟く彼女の予想は、恐らく正しい。
弾かれたようにハウロット・コーもオレ達を見て、気圧されたように怒鳴った。
「何だ、貴様は!?」
――そう聞かれたら、オレ達はこう答えるしかない。
「誰と聞かれたら答えてやろう!」
「ガン=カタを愛する者として!」
そう答えながら彼女を庇うように、オレ達は【虚魂獣】との間に飛び降りる。
「殺せ! ヤツが噂の『シャドウ』だ!」
ハウロットは指示するなり、背後の廃屋の中に逃げ込んだ。
牙を剥いて襲い来る【虚魂獣】八体。
相手にとって不足は無い!
「――ガン=カタForm.十二『ハングドマン』」
真っ先に鋭利な長爪でオレ達を切り裂こうとした【虚魂獣】の腹に穴が空く。
その巨躯の体の奥深くに打ち込まれていた【神の血】が魔弾に破砕されると、凄まじい悲鳴と共に全身から激臭の水蒸気を上げて人間へ戻っていく。
完全に人間に戻った瞬間、白目を剥いて絶命した。
まるで陸上に一瞬で引き上げられた深海魚のように。
……そうだ。
だからこそ、この『釘』は所持するだけで違法とされているのだ。
【神の血】は、人体に打ち込むことで【固有魔法】を一つ増やす。
【固有魔法】が増えるなら、と夢を見る者にとっては救済だろう。
けれど、体に一度でも打ち込めば、引き抜くことは不可能に等しい。
仮に何らかの手段を以てして破壊したところで、すぐさま絶命する。
仲間だった男が目の前で死んだのにも構わず、【虚魂獣】はオレ達に迫る。
もはや彼らに人の心は残ってはいない。
オレ達は壁を蹴って駆け上がり、空中に躍り出た。
ぐるりと上下逆さになり、狭い道にひしめく異形の獣達を見下ろしながら両手で『シルバー&ゴースト』を構える。
時間がゆっくりと流れていくと錯覚する、刹那。
引き金に力を込めた。
閃光と轟音、両手に反動と衝撃。
夜に打ち上がる花火のような目映さ。
風船の破裂音に近い音。
魔弾の雨が降り注ぎ、狭い道が臭い水蒸気で真っ白に染まった。
「あっ――!」
その中から彼女の小さな悲鳴が聞こえた。
生きているようで何よりだ。
同時に、遠方から大勢の人の気配。
【帝国治安省】の増援だろう。
両脚で着地したオレ達は、そのまま廃屋を目指して走る。
◆
――中は惨憺たる有様だった。
幾ら潜入調査員が精鋭だろうと、複数の【虚魂獣】に不意を突かれて無事でいられる人間はこの国でも数多くない。
オレ達は心の中で黙祷する。
任務ご苦労。
どうか安らかに。
必ずハウロットは捕まえる。
死体の山を過ぎて、裏口へ抜けたところでハウロット・コーが残したのだろう梯子が倒れていた。
罠が仕掛けられていたら堪ったものじゃないので、オレ達はさっきのように壁を飛び越えて周囲を探る。
――いた。
貧民街の中を一目散に、後ろ姿を晒して逃げていた。
オレ達の放った魔弾がその右足を撃ち抜く。
「ぎゃあっ!」
前のめりに地面を転がったハウロットに、オレ達は警戒しつつ近付いた。
案の定だった。
ハウロットは逃げようと足掻きながらもオレ達目がけて短刀を投げつける。
避けるのも面倒だったので魔弾で撃ち落とした。
「なっ――!?」
絶句したハウロットを押さえつけて、オレ達が手錠をかけようとした時。
「いたぞ! こっちだ!」
警笛が鋭く鳴って、潜入調査員の一人が壁を乗り越えて来た。
眩い携帯灯の光がオレ達とハウロットを照らす。
「――貴様は誰だ!」
マズいな。
彼らの敵じゃないが、彼らにオレ達の正体が露呈するのも困る。
オレ達はしっかりと手錠をかけてからハウロットを放り出して、彼らから逃走する。
「待て! 待つんだ!」
潜入調査員達はオレ達まで追いかけてきた。
仕方ない。
――体が重力に抗い、ふわりと浮かび、着地と同時に軽い衝撃。
「あっ!? 待て! 待ってくれ――!」
背後で驚きの声。何度も引き止められるが、止まってはいられない。
跳躍して民家の屋根に登ったオレ達は、さっさと行方をくらましたのだった。
これで【神の血】事件も解決に向けて一気に前進すると思った、その翌朝。
オレ達は想定外の速報を得るのだった。
あの後、ハウロット・コーは貧民街で殺害されたらしい。
――人相さえも分からない黒焦げの有様にされて。




