再会のプール
結局、私と母で三兄弟を連れて行くことになった。
一日いるのは無理、という母の強い意志で、朝イチから行ってお昼過ぎには帰ってくるプラン。
上二人はぶーぶー言っていたけれど、だったら無しだよ、の姉の一言に黙るしかなかった。
市民プール、と言っても結構広くて、流れるプールや波の出るプール、ウォータースライダーもそれなりに大きなものがあったりする。
私がちいさな時からあるので、年季は入っているけれど、今も昔も地元の子ども達に親しまれているみたいだった。
着いて早々、プールに走りたがる子ども達を抑えて、とりあえず拠点を決める。
日陰がギリギリ空いていた。
場所がわかると、もういいでしょ?何かあったらここにくればいいんでしょ?と早く早く、と子ども達が急かすので、もういいよ、と解放してあげた。
その言葉を聞くや否や、わー!と駆け出していく。走らないよー!と大きく声を掛けたけど、彼らの耳には届いたのだろうか。
保護者って大変だ。
レジャーシートを広げて陣取ると、母は早速お弁当を広げた。
朝ごはん食べそびれたから、とおにぎりを頬張っている。相変わらずマイペースな人だ。
遥希が、私のラッシュガードの裾を引っ張る。
「はるきもぷーる、いきたい」
拠点は母にお願いして、ちいさい甥っ子に手を引かれながら幼児向けプールへと向かった。
***
「あ、はるちゃんだー」
幼児プールで遥希とちゃぽちゃぽ遊んでいると、可愛い女の子が寄ってきた。
「おばさん、だれ?はるちゃんママは?」
おばさん、とナチュラルに呼ばれたことに少しショックを受けながらも、女の子の問いかけに答える。
「私は遥希のママのきょうだいだよ。遥希のママは今日、用事があって来れなくて。おねぇちゃんは遥希のお友達?」
「ようちえんがいっしょ」
「そうなんだ」
そのままスッと遥希の横にしゃがんで遊び始める。周りを見るが、保護者はいないようだった。
「…お母さんかお父さんは?」
「どっかいった」
…それは、迷子と言うのでは…。
「一緒に探そうか?」
「やだ、はるちゃんといっしょにあそぶ」
「でも、きっとお母さんたち心配してるよ?」
「だいじょうぶだもん」
大丈夫ではないと思う、と思ったけれど、遥希同様、意志の強そうなお嬢さんだったから変に刺激して泣き叫ばれても困る。
とりあえず、しばらく様子を見てから迷子センターに届けるか、と浅いプールに腰を下ろした。
***
女の子の名前は、あいりちゃん、と言うらしい。
あいりちゃんと遥希がパシャパシャと遊ぶのを微笑ましく眺める。
遥希ってこんな風にお友達と遊ぶんだな。
家ではわからない甥っ子の様子を見れるのは嬉しかった。
その内に、血相変えて幼児プールへと走ってくる若い女の人が見えた。
私と同年代か少し下かな、というところ。
キョロキョロと辺りを見回している。
あ、もしかして、と思って、あいりちゃんに声を掛けた。
「あいりちゃん、あの人、あいりちゃんのママかな?」
指さした方へあいりちゃんが視線を向けるのと、その人がこちらに気付くのはほぼ同じタイミングだった。
「彩里…っ!」
女の人があいりちゃんへと走ってくる。
ギュッと抱きしめてから、バッと離して、捲し立てた。
「もう!何してんの!パパ達と一緒にいないとダメでしょ!」
「だって、おっきいプールこわいんだもん」
「だからって…っ」
まあ、もういいや、とふうっと一息ついてから、私たちの方を見た。
「………犬飼、はる?」
「え、あ、はい」
私の名前を知っている、ということは同級生だろうか。地元の市民プールだし、会う可能性もあるだろうと覚悟はしていた。
けれど、この時間まで会わなかったから、意外と会わないもんだな、と気が緩んでいた。
「私、澤井千穂。今は鬼沢だけど」
澤井さん…確かクラスの中心的なグループでギャルな感じだった人だ。
当時はそんなに仲良くなかった、というか、関わりがなかった。
澤井さんはしゃがみこんで遥希にも挨拶をした。遥希も慣れた様子で、澤井さんと話している。
「夫が大工で、七紬さんには家族ぐるみで良くしてもらってる」
なるほど。鬼沢って、鬼沢建材の鬼沢さんか。
工務店を営む実家とは、祖父の代から付き合いがあって、長男の恭平くんと私は同い年だ。
今は疎遠だが、ちいさい頃は交流があって、所謂、幼馴染。
実家を継いだ姉の家族と縁があってもおかしくない。
「今日、七紬さんは?」
「あ、なんか、仕事でトラブルがあったみたいで。急遽、私と母でこっちに…」
そう、とあまり興味がなさそうに答えてから、あいりちゃんを呼んだ。
「パパ達のところ戻るよ」
「えー、やぁだぁ!」
嫌がるあいりちゃんを引っ張って連れて行こうとする。
「あ」
思わず声が出る。
澤井さんが少し不機嫌そうに振り向いた。
「何?」
「あ、いや、あの…」
怖気付きながらも、一応笑顔を添えて伝えてみる。
「ずっと、あいりちゃん、滑り台やりたかったみたいで…でも、さすがに親御さんいないとかなって我慢してもらってたから…」
ね、とあいりちゃんに同意を求める。
彼女はママの足元から私を見て、ちいさく頷いた。
「よかったら、少し遊ばせてあげて?」
私の言葉に背を押されたのか、あいりちゃんが澤井さんをじっと見つめる。
彼女と目を合わせてから、澤井さんが大きくため息をつく。
「…少しだけだよ」
「わーい!ありがとう、ママ!」
くるっと私の方をあいりちゃんが向いた。
「おねえちゃんも、ありがとう!」
おばちゃんからおねえちゃんに昇格したらしい。
「はるちゃんもいっしょにやろ!」
「やるー!」
「え、ちょ…」
子ども達を追いかけようとする私に澤井さんが言った。
「あれくらいの滑り台だったら下で見てたら平気だよ」
「…え、あ、そうなんだ…」
澤井さんの言う通り、あいりちゃんと遥希はふたりで上手に滑り台で遊んでいた。
着水も難なくこなし、列も守って遊べている。
遥希ってひとりでここまで出来るんだ、と驚く。
ただ…腕を組みながらふたりを見ている澤井さんの隣はとんでもなく気まずかった。
沈黙に耐えきれず、話を振る。
「澤井さん、すごいね。しっかりお母さんやってるんだね」
澤井さんがギロリ、と目だけこちらに向けた。
「すごいって何」
押し黙らせるように一瞥してから、また子どもたちに視線を戻す。
「この辺だったら普通でしょ」
子どもたちは滑り台から移動して、きゃっきゃとはしゃぎながら、水を掛け合っていた。
「てか、上にもう一人いるから」
「…そうなんだねー」
怖過ぎてこれ以上の会話はできなかった。
完全に折れた心で、早く遊び終われ〜、と子ども達に念を送った。




