夏休み
結局、私は三月末で会社を辞めて、四月から須崎くんの所で正式にアルバイトをさせてもらうことになった。
週三くらいでどう?という須崎くんに、週五は難しいかな?とダメ元で聞いてみたら、二つ返事でいいよ、と言われた。
正直、実家に居づらかったからホッとした。
平日の十時〜十七時。
昼休みあり、土日祝休み。
時給はちょっと安いけど、作業内容はそう難しくなく、人と触れ合う機会も少ない。
今の私には最高の職場だった。
***
あっという間に春が過ぎて、うだる様な暑さがやってくる。
事務所を出る頃もまだ明るくて、蝉は元気に鳴いている。日傘を片手に家路へとつく。
「ただいまー…」
「もー!だから、また別で埋め合わせするからっ」
「いっつもそう言って結局何もしてくれないじゃん!」
玄関に入るや否や、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「仕事だから仕方ないでしょ」
「この間もそう言って明日になったのに!」
「そうやって俺たちは結局どっこも行けないんだ!」
面倒くさそうだな、と思いつつ、一応リビングに顔を出すと、姉 対 三兄弟の上二人で向かい合っていた。
「…ただいまー…」
「あ、羽琉おかえり」
姉は私を見て少し安心したように息を吐いた。
「どうしたの…?」
私の登場で一旦休戦となるらしい。
子ども達は拗ねた様子で、ソファへと傾れ込んでいく。
その背中を眺めながら、姉は困り顔で大きなため息を溢す。
「明日、子どもたちをプールに連れて行くって約束してたんだけど、取引先でトラブルがあってね」
やれやれ、といった感じで片手を頬に当てる。
「お父さんと夏希くんは現場に行かなくちゃだし、私も業者さんのところに行かないとでさ」
はあ、と出た息は重い。
家族総出で対応しないといけないということは、それなりに大きなトラブルだ。
「お母さんは一日屋外プールはキツいって」
元気な母だが、彼女ももうすぐ還暦。
やんちゃ盛りの男の子達を連れて、しかもこの炎天下の中、外のプールに行くのは確かに酷だろう。
ふーん、と姉の話を聞く私に、一番上の甥っ子・律希がいい事思いついた!というように言った。
「じゃあさ、はるちゃんが連れてってよ!」
「…へ?」
「無理言わないの!」
間髪入れずに姉が言う。
一瞬、目をキラキラさせて私を見た律希はまた、しゅん、としてソファに沈んだ。
そんな姿を見て、可哀想だな、と思うくらいには、叔母として彼らを可愛いと思っている。
一週間くらい前からプール行くんだって楽しみにしていたもんね。
「………りっちゃんも、ともくんも、もう付きっきりで見てなくて大丈夫なの?」
おずおずと聞くと、心底驚いた、みたいな顔をして姉は答えた。
「…律希は六年だし、朋希も四年になったから一応大丈夫だけど…」
「え!はるちゃん、行ってくれるの!?」
姉の言葉を遮るように、甥っ子たちがソファからずいっと顔を出して声を上げる。
姉がこぉら!と子ども達に檄を飛ばしながら、心配そうに私を見る。
「……大丈夫なの…?」
彼女の言葉に、薄く笑って頷く。
はあ、と姉はひとつため息をついて、子どもたちに向き合い直し、指を出しながら言った。
「危ないことはしないこと。はるちゃんがいない時は必ず二人で行動すること。はるちゃんの言うこと聞くこと。守れる?」
「守れます!」
ピッと背筋を伸ばす息子たちを確認してから、はあ、と何度目かのため息をついて姉は言った。
「…いいよ、行っておいで」
いぇーい!と盛り上がる甥っ子達に、今回だけだよ!と、釘を刺している。
「はるちゃん、ありがとう!」
「準備してくる!」
バタバタと元気に階段を登っていく二人を、微笑ましく見送る。
「ほんとにいいの?」
「…まあ、いつもお世話になってるし」
相変わらず心配顔の姉に言う。
ふと、足元から視線を感じた。
見ると、一番下の甥っ子・遥希が私たちを見上げていた。
「はるきもいける?」
「はるきは……。ばぁばと一緒にお家で待っとこ?」
姉がしゃがみ込んで遥希に目線を合わせて言った。
その瞬間、期待に満ちた目がふにゃっと滲む。
「やぁだあ!にぃにたちだけ、ずるいぃ!はるきもいくのおー!」
ぎゃー!と大きな声で泣き叫びながら主張する。
こうなると手がつけられない。
はあ、と頭を抱える姉に、逆に変な提案をしてしまったかな、と申し訳ない気持ちが湧き上がる。
そんな私の心情を察したのか、姉は私の肩をポンッと叩いた。
「あんたは悪くないよ。お母さんに相談しとく」
とりあえずご飯にしよ、と泣き喚き暴れる我が子を軽々抱えて、姉は台所へと向かった。




