居場所
「…マクロ組める人って実在するんだ」
ノートパソコンの画面上で請求書が自動処理されていく様を見ながら須崎くんが呟いた。
お手伝いに誘われた夜から三日後、私は再び彼の事務所を訪ねていた。
「あの…この手書きの発注書のデータ化とかはできたり…」
薄茶色の紙の束を抱えて、私に見せる。
「やったことないけど、多分できると思う。調べてみるよ」
「うわ〜〜めっちゃ助かる!」
大袈裟に喜んでから、ハタッと動きを止める。
お尻のポッケからスマホを取り出して画面を見る。
「あ、ごめん、税理士からだわ」
そう言って、少し距離を取って電話に出た。パーテーションの向こうで何やら話している。しばらくして、須崎くんが戻ってくる。
「ごめん、ちょっと小一時間くらい出てきてもいい?」
了承すると、ありがと、と言って出掛ける準備を始めた。
「この時期、確定申告と新年度の発注かぶるからキツいんだよー」
「じゃあ、来年は確定申告も手伝えたらいいね」
「…あー、ね」
彼の歯切れの悪い返答に顔を上げる。
目が合うと困ったように笑った。
「まあ、今はとりあえず先のこと考えず、楽しみながらやってくれたらいいよ」
あ、そうか。
私のことを気にしてくれているんだ。
「長く居てくれるなら、俺としては助かるけどね」
ニカッと笑う顔が、少年みたいで可愛かった。
「じゃあ、行ってくるね。ゆっくりでいいから」
パタン、と扉が閉まってひとりになる。
けれど不思議と、さみしいとは思わなかった。
***
「はあ〜〜疲れた!脳みそめっちゃ使った!」
バタバタと帰ってくるや否や、須崎くんはテーブルに荷物を投げ出して、ソファに沈み込んだ。
「糖分買ってきたから、犬飼さんもお茶しよ」
「じゃあ、あと少しだからそれ終わったら…」
「はい、ダメー」
私の言葉に食い気味で言う。
「犬飼さんのメイン業務は俺の話し相手だからね」
ソファからキャスターチェアに移動し、背もたれを前にしてカラカラとこちらに近付いてくる。
「いや、てか、めっちゃ終わってんじゃん」
私の机の上を見て驚嘆の声を上げる。
「仕事早すぎでしょ」
「そんなことないよ」
実際、これよりもっとスピードを求められることは多々あった。
謙遜する私に、須崎くんがジトッとした目を向ける。
「こんなに早く終わっちゃったら、もう来てくれなくなっちゃうじゃん」
「…そんな事はないけど……」
確かに仕事がなくなったら、来る理由はなくなってしまう。
「はい、ダメー。サボりながらちょっとずつやってください」
わざとらしいふざけた口調が心地良い。
「…ふふっ、ありがとう」
思わず笑いが溢れる。
私を見て、須崎くんも笑った。
仕事が早い訳ではないと思うし、話し相手だってきっと彼にはいらないんだと思う。
でも、今はその優しさが有り難くて、遠慮なく甘えさせてもらおうと思った。




