第3話夕竜の剣
翌朝、屋敷はいつも通りの静けさに包まれていた。
どうやら昨日の出来事は、昔屋敷に雇われていた魔法術士が、いきなり解雇されたため、生活に苦しみ、その恨みで屋敷の庭に魔物を召喚したらしい。だが、一連の騒動は、父は気にも留めていなかった。
「……本当に、何もなかったことになってるな」
俺は複雑な気持ちで、腰に下げた夕竜の剣に触れた。あの熱を持った輝きが嘘のように、今は静かな鉄の感触しか返ってこない。
朝食の席で、ノアが不意にこちらを見た。
「……お前、昨日の夜、なんか騒がしかったらしいな」
「へえ、珍しく俺に興味持つんだ」
「ちげえよ。使用人たちが噂してただけだ」
ノアはそれ以上追及せず、興味なさげに視線を戻した。だがその一瞬、俺の腰の剣にちらりと目をやった。
少し離れた席では、セレスティアが黙々と食事を進めていたが、席を立つ間際、俺の横を通りながら小さく呟いた。
「……その剣、どこで手に入れたの?」
いきなり聞かれたもんだから、俺は少し戸惑った。
「……いや..まぁなりゆきで」
「ふーん、まぁどうでもいいけど。けど、食事の時は剣は自分の部屋にでも、置いときなさいね」
それだけ言うと、彼女はそのまま食堂を出ていった。詮索するでも、からかうでもない、ただの事実確認のような一言。とりあえず、剣のことは深く言及されなくて良かった。
朝食の後、俺はマーサを捕まえて、庭の隅に連れ出した。
「ねえ、マーサ。昨日のあれ、どういうこと? 何か知ってるんでしょ」
「……何のことでしょうか」
「とぼけないでよ。『表に出すな』とか言うくらいなら、絶対何か知ってるよね?」
マーサはしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついた。
「坊ちゃまが、その剣とどう向き合うかは、坊ちゃま次第です。私が口を出すことではありません」
「それ、答えになってないって」
「それ以外の言葉はいりません」
彼女はそう言うと、いつもの澄ました顔に戻り、話を切り上げるように一礼すると、こっそり俺に耳打ちした。
「......ただ一つだけ。その剣について調べ過ぎないように。それだけ、覚えておいてください」
それだけ言い残して、マーサは屋敷の中へ戻っていった。
俺はその背中を見送りながら、釈然としない気持ちを抱えたまま、腰の剣に視線を落とす。
「……お前は、何か知らないの?」
〈さあな。ただ、あの女相当腕の立つやつだな〉
「そうなの?」
〈あぁ。長年の勘、ってやつだよ〉
人気のない裏庭に移動して、俺はようやく剣とゆっくり向き合う時間を持った。
「で、結局君は何なのさ?」
少し剣が考えた後、ゆっくり口を開いた。
〈まぁ、俺の主になったんだ。少しくらい教えてやる〉
そう言うと、剣は淡々と語りだした。
〈俺は、世間では世界十大魔剣って呼ばれている、超貴重な魔剣なんだよ。名前は、夕竜の剣【せきりゅうのけん】っていうんだぜ〉
あまりに現実味のない言葉に、俺は呆然としていた。そんなことをスラっと言われるんだから、頭が混乱するに決まってる。
「ちょっ....とまって?世界十大魔剣って、あの迷信とかおとぎ話で言われてるやつ?というか、本当に君はその世界十大魔剣なの?」
〈あぁ?本当に決まってんだろ。お前みたいなひよっこを、あそこまで戦えさせるほど力を与えたんだ。これ以上説明いるか?〉
剣の言葉に、俺は少し納得してしまった。よくよく考えてみれば、あんな魔物を俺1人で倒したんだ。
「ほんとに君は世界十大魔剣なのか.....。じゃあ、なんで君はこんなとこにいたの?」
〈知らん〉
「知らないの!?」
〈気づいたらここにいたんだよ。ここに来てからの記憶が、俺自身も曖昧なんだよ〉
剣は淡々と、けれどどこか誇らしげに続けた。
〈だだ一つだけ、はっきり言えることはある。お前の頑張りは、俺はずっと見ていたってことだけだ〉
「.....はっきり言われると照れくさいな..」
剣の声が、少しだけ柔らかくなる。
「剣を振ると分かるんだよ。そいつが今まで積み重ねてきた覚悟ってやつが」
俺は思わず口をつぐんだ。何度言われても、この言葉にはまだ慣れない。
「……でも昨日、俺、全然上手く扱えてなかったよね。何度も吹き飛ばされたし」
〈当たり前だろ、昨日始めたばかりだろうが。逆に、お前みたいなひよっこが、1日で使いこなせたらたまったもんじゃねえよ〉
自信満々にそう言い切る剣に、俺は思わず苦笑した。
「……随分、自分に自信あるんだね」
〈当然だろ。俺は世界十大魔剣、夕竜の剣だぞ。自信がなくてどうすんだよ〉
「そのナルシストなところ、直した方がいいと思うけど」
〈うるさい。これは自信であって薄汚い感情じゃねえ〉
軽口を叩き合ううちに、胸の奥にあった不安が、少しずつ解けていくのが分かった。
試しに、と俺は剣を鞘から抜き、庭の隅で軽く構えてみた。
「昨日みたいな熱はないね..」
〈魔剣ってのは、使い手の思いの強さに比例して、魔剣も強くなるんだよ。どんな感情でも構わねえ、お前は何か目標があるんじゃねえか?〉
俺は剣を握りながら、静かに目を閉じた。
脳内に浮かぶのは、幼い日に見た冒険者の後ろ姿。そして、あと一年で辿り着くはずの、自由への道。
「……最高の冒険者に、なりたい」
声に出した瞬間、手のひらにわずかな熱が灯るのを感じた。刃が、ほんの少しだけ、夕焼け色の光を帯びる。
〈ほぉ、立派な心がけだな。ガキにしては、だが〉
「最後の一言余計だろ..」
剣の声には、からかいではない、確かな手応えのようなものが滲んでいた。俺は魔剣に出会った時から、ひそかに感じていた。この剣と一緒なら、俺もあの冒険者みたいな人になれるんじゃないかと。
〈.....お前ならなれるぜ、最高の冒険者〉
「.......まぁ、そこそこ頑張ってみようかな?」
夕暮れの庭に、小さな熱を灯した刃が、静かに輝いていた。




