第4話魔剣とダンジョン
早朝、俺は屋敷を抜け出して、ダンジョンに向かっていた。
〈おいおい、あの女にバレたらやばいんじゃねえか?〉
「そこはなんとかして見せるって!」
(ごめん...マーサ、どうしても魔剣の力をもう一回使ってみたいんだ!)
この国では、一定の身分を持つ貴族の子弟であれば、単独でも低難度のダンジョンへの立ち入りが認められている。なので、エルンフォード家の名を出せば、面倒な手続きもほとんど要らなかった。
誰の目もない場所で、誰にも知られず、自分の力を確かめる。今の俺には、最高の場所だ。
町外れにある「灰岩の洞」と呼ばれるダンジョンは、初心者向けとして知られる場所だった。低級の魔物しか出現せず、冒険者志望の子供たちが力試しに潜ることもあるらしい。
受付で家名を告げると、拍子抜けするほどあっさりと通された。
「エルンフォード家!?ああ....三男の坊っちゃんですか。どうぞ、お気をつけて」
その言い方に、微かな引っかかりを覚えたが、俺は気にしないふりをして洞窟へと足を踏み入れた。
薄暗い通路を進みながら、俺は腰の剣に小さく話しかける。
「……あの人、三男って言ったら露骨に態度変えてきたなぁ」
〈あんな小物は気にするな〉
「まあ、そうだよな」
軽口を叩きながらも、俺の意識は剣に向いている。ここには誰もいない。誰の目も気にせず、この剣と、ちゃんと向き合える。すると、向こうからカサカサと音が聞こえた。
「お?」
最初に現れたのは、洞窟ネズミと呼ばれる、ネズミの魔物。動きは遅く、危険度も低い。俺は夕竜の剣を抜き、正面から斬りかかった。
〈落ち着け。力むな〉
「分かってる……!」
振り抜いた一撃が、あっさりと魔物を斬り伏せる。前回のような不安定な熱はなく、思っていたよりも、剣はすんなりと手に馴染んでいた。
「……あれ、意外と、いけるかも....俺って実は才能ある?」
〈自惚れんな、ひよっこ〉
その後もいくつかの雑魚を相手に、俺は少しずつ手応えを掴んできた時、前方から複数の足音と、慌ただしい声を耳にした。
「――こっちだ!早く、あの区画に叩き込め!」
「本当にいいのか、あんな数の魔物、あそこに閉じ込めたら」
「何言ってんだ!こっちが生き残る方が先だろうが、それにこんなダンジョンなら証拠も隠蔽できるだろ」
物陰から様子をうかがうと、装備を纏った数人の男たちが、洞窟の一角からいそいで出ていくのを見た。その一角には、数人の男女が魔物に囲まれていた。
どうやら、魔物の巣に間違えて入ってしまったらしい。巻き込まれているのは、見るからにこの場所には不釣り合いな、貧相な装備を着た人達。多分、冒険者志望が力試しに潜っていたのだと思う。
「――っ、!?」
突然、後ろから背中を強く押された。反射的に後ろを見ると、男たちが奥へと走り去っていった。
「おい、あのガキまで閉じ込めて良かったのか?」
「目撃者なら、ダンジョン管理者にチクる可能性があるからな、ならあいつも閉じ込めた方がいい」
なるほど、どうやら俺はあの男たちに、証拠隠滅のために魔物の巣に閉じ込められたらしい。
閉じ込められた区画には、8本の足を持った異形な見た目、ねばついた糸がそこら中に張り巡られている。おそらく、ここは――
〈蜘蛛魔獣の巣だな〉
「おい、それ俺のセリフ」
魔剣と軽口をかけあっていると、後ろから声をかけられた。
「君もあいつらに閉じ込められたんだね....でも、安心して!俺たちが君を守る!」
「え...いや俺も戦います!」
「君はまだ小さいんだから、そこでまってなさい!」
確かに、この人のいうことはもっともだけど、この人数でこの数の魔獣を相手にするのは、相当キツそうだ。
「蜘蛛魔獣なら、火炎魔法が一番効く!魔法使いは魔法の準備を!」
「「わ..わかった!」」
女性たちが返事をし、魔法の詠唱を始める。その隙に、男たちが必死に時間を稼ぐ。
「……くっ!お前ら....耐えてくれ!」
「「灼熱の始祖よ、我が血に眠りし業火を認めよ天を焦がし、地を灼く者よ―—」」
徐々に魔力が濃くなり、周りが熱くなっていく、その状況を俺は静かに見ることしかできなかった。
「「灰より生まれ灰に還る者、かの者を灰に返し、すべてを灼き尽くせ」」
「今だ!!」
男が声を張ると、前線にいた者たちが、魔物を一か所に集める。
「「紅蓮業火!!」」
魔法使いの少女が渾身の一撃を放ち、魔獣たちは一瞬で燃えて、チリになり消えた。
「「よっしゃー!!」」
す、すごい..冒険者を目指している者たちは、なんでこんなに輝ているんだろう。なのに、俺は....ただ見ているだけで、何もできなかった。
〈くそ..まずいな。こんなに、心が下がってしまうのは〉
「さぁ、君も一緒にここから出——」
瞬間、後ろにいた男の仲間の数人が、叫び声をあげた。
「「うわあああああああ!!」」
声の聞こえ先を見ると、先ほどの魔獣より数倍、いや十数倍大きい蜘蛛魔獣がそこに立っていた。おそらく、この巣の主。
「な...まだいたのか!」
「しっ....しかもさっきの魔獣達より格段に強い.....!おそらく...D級上位、C級もありえるかもしれません..」
魔法使いたちも先ほどの魔法で、魔力はとっくになくなっている。ほかの者も、足止めでもう体力もなく、装備もボロボロだ。男たちも、戦意喪失気味、女性軍も泣きながら固まっている。
(お.....俺がやるしか..)
気づいたときには、足が動き出していた。
「お......おい!君じゃその魔獣は無理だ!!」
男に警告されるが、もう俺の足は止まらない。そう決意すると、握った柄から、確かな熱が伝わってきた。刃が、夕焼け色に輝きを増す。
〈そうだ....それでこそ、お前だ!〉
男女らが唖然としていると、俺は魔剣に教えてもらったことを思い出していた。
『いいか、もしどうしようもねえと思った時、すべての思いを俺にこめろ、そしてこう叫べ――』
俺は強く足を踏み込み、思いをすべて魔剣に込め、剣をふるった。
「スラッシュ!!」
そう叫ぶと、ボス魔獣は叫ぶ間もなく、真っ二つに切られて、洞窟で霧となって消えていった。
「や.......やった..のか?」
必死すぎて、気づかなかったが、魔剣を人に見られているのに、思いっきり使っていた。
(ま......まずい!これが噂になって、マーサにばれたら――)
俺が必死にごまかそうとすると、男が目をキラキラさせながら、こっちに寄ってきた。
「おい!!お前、めっちゃ強いじゃねえか!」
「...え?」
どうやら、男女らは興奮で、魔剣のことなど見てもいなかったらしい。そして、一角の先から、光が見えた。魔物のボスを倒したことで、岩が崩れて脱出口ができていた。
脱出の途中、男が声をかけてきた。
「ほんと、助かったぜ。お前がいなかったら俺ら多分死んでたからな!はっはっは!」
いや、笑い事じゃないだろと思ったが、本人がそんなに明るく話すから、まぁいいかと思ってしまった。
「最後に、名前だけ聞かせてもらえないか?」
「........ルシアン、ルシアン・エルンフォードです」
「「エ、エルンフォード!?」」
男女らが、一斉に声をあげて、呆然としていた。
「まぁ、と言っても才能ないから、雑用ばっかしてるけどね」
「あれで、雑用かよ....やっぱエルンフォード家って異常だな...」
「あ、あとおれの名前はカイルってんだ!」
俺はカイルと握手をして、別れの挨拶をとげる。
「そんじゃあ、ルシアン。また会うときはよろしくな!」
「............うん」
ダンジョンを出発したときは、早朝だったのに、今はすっかり町の人たちが仕事をし始めている。太陽の光が差し込む帰り道に、俺はひそかに考えていた。
「……なあ、そういえば、お前のことずっと『夕竜の剣』って呼ぶの、長いし呼びづらくない?」
〈それが本名だしな、文句言うな〉
「いや、そうなんだけど。もっと、こう、呼びやすい感じにできないかなって」
俺はしばらく考えて、ふと思いついた名前を口にした。
「――せっきー、とかどう?」
一瞬、場に沈黙が流れた。
「夕竜【せきりゅう】だからせっきー。結構よくない?」
〈ッチ、ガキの発想だな〉
「ほんとに子供だからしょうがないだろ。まだ十一歳だし」
剣はしばらく黙り込んでいると、ようやく声が返ってきた。
〈……まあ、いいだろう。特別に許してやる〉
せっきーの声は、どこか笑ったように聞こえた。
ちなみに、ダンジョンに行ったことはマーサに即バレました。
ごめんなさい。




